エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい 作:超とんでもなくムッチリしたインコ
「……それで、どうなってるんだ?」
俺の屋敷、その広間にあるソファにて。
紅茶を飲みながら、向かいに座るエリスに尋ねた。
「状況は芳しくない」
エリスは眉間に深い皺を寄せ、羊皮紙の束をテーブルに広げた。
「王立学園に通う貴族の子弟から『連絡が途絶えた』という相談が急増している。
「親が学園に問い合わせても、『勉学に集中させるための特別合宿中だ』の一点張りで、面会すらさせてもらえないそうだ」
「合宿ねぇ……。それが全員分か?」
「ああ。外部からの手紙は届かず、帰省もしない。だが、学園側が提出した名簿には、行方不明の生徒全員に『出席』の印がついている」
「つまり、親は『いない』と言い、学園は『いる』と言い張っているわけか」
典型的な隠蔽工作だ。だが、雑すぎる。
親が騒げばすぐにバレる嘘を、なぜつき続ける?
まるで、「バレたところで問題ない」とでも言いたげな傲慢さ。
あるいは、「そうせざるを得ない」事態が切迫しているのか。
いずれにせよ、俺の『設定』が絡んでいる可能性が高い。
理不尽な状況には、理不尽な理由があるはずだ。
違和感の正体を探るべく、事前に読んだ黒歴史ノートを思い返す。
まず思い浮かぶのは、鍵を握るであろう少女――アリス・リドルについてだ。
設定はこうだ。
『学園でイジメられる黒髪金眼の少女で、魔眼を持つ一族の生き残り。眼帯の下の左目は、「呪いの魔眼」。その力のせいで家族を失い、周囲から忌み嫌われ、心を閉ざしている』
当時の俺は不幸な少女が堕ちていくという構図に酔っていた。
だから、彼女に救いのない設定を盛り込んだ。
ノートに書き殴った、あの忌々しいポエムのような比喩が脳裏に蘇る。
『少女に、安易な救いなどいらない。
彼女の美学は、自ら閉ざした鳥籠という器の中で完結する。
その痛みは毒の根のように侵食し、抵抗の証として黒い花を咲かせる。
他者の手は届かず、誰にも理解されず、闇に沈む。
それが世界への唯一の抵抗であり、至高の証なのだから』
(……なんで俺は、こんなことを書いてしまったんだ……!)
今の俺からすれば、ただの悪趣味な破滅願望だ。
当時の俺はそれが美しいと信じて疑わなかった。
だが、自分の筆で生み出した悲劇に責め苛まれることになるとは。
そして、もう一人。
俺の思考は、学園の頂点に立つ男へと及ぶ。
レオンハルト・ヴァン・アレスティア。
学園の生徒会長にしてこの国、『アレスティア王国』の第三王子。
こいつは『黒歴史ノート』には存在しない、俺がのちに執筆した『混沌クロニクル』の中で、何度も改稿を重ねたキャラクターだ。
黄金の髪に、整った端正な顔立ち。
背筋を伸ばすだけで周囲を静まらせる、王者の風格。
それだけじゃない。卓越した才能と圧倒的な実力を備えた、比類なき天才でもある。
味方にできれば、これ以上なく心強い。
しかし、どう接触したものか。あいつはプライドの塊だ。下手に近づけば、火傷じゃ済まない。
それに……完璧超人であるレオンハルトにも、ひとつ「痛い設定」があったことを思い出した。
それは――
「……アルテ。顔色が悪いぞ」
ふと、案じるような声がかかった。
顔を上げると、エリスがその瞳を不安げに揺らしていた。
俺の苦悶の表情を見て、本気で心配しているようだ。
(いかん、思考の迷路に入り込んでいた)
俺は慌てて思考を中断し、平静を装ってカップを置いた。
「いや、少し考え事をしていただけだ。……エリス、一つ頼みがある」
「なんだ?」
「アリス・リドルという少女がいる。その子をそれとなく気にかけてやってくれ」
「アリス・リドル……?」
「ああ。この事件の『鍵』になるかもしれない。もし彼女が危機に瀕しているなら、最優先で保護してほしい」
俺の言葉に、エリスは真剣な眼差しで頷いた。
「分かった。アルテがそう言うのなら、重要な人物なのだろう。必ず守り抜いてみせる」
「助かる。お前ならそう言ってくれると思った」
エリスの信頼が心地よかった。
よし、方針は決まった。明日の朝、最終確認だ。
そして翌朝、王都の空は快晴。
鏡の前で、俺は背中の相棒に語りかけた。
「……悪くない。いや、むしろ最高だ」
幼女の絶妙な等身バランス。白ワンピースの丈感も完璧だ。
そしてエリス選定のクマリュックが加わることで、さらなる化学反応が起きた。
この、人生を三回くらい諦めたようなクマの脱力した表情(かお)を見ろ。
これが敵の警戒心を根こそぎ奪い去る、最強の精神干渉兵器となるのだ。
「この『あざとさの暴力』で、学園の情報を引き出してやる」
俺は鏡の前で、クマと一緒にドヤ顔を決めた。
「……とぉぉっても、愛らしいですわよ……邪神様」
背後から、ねっとりとした声が聞こえる。
(こ、この声……見られてしまったか……)
慌てて振り返ると、そこには完璧に着こなされた制服姿の美少女。
金髪碧眼、清楚な佇まい。まさに学園のマドンナと化したルミナだ。
ただし、その瞳の奥が獲物を狙う猛獣のようにギラついていることを除けば。
「お、おう……。ルミナ……お前もなんか気合入ってるな……」
「当然です。監視対象が二人も一箇所に集まるのですから。……それに」
ルミナはスカートの裾を摘んで、優雅に微笑んだ。
「カイや邪神様に、悪い虫がつかないよう『除虫』するのも、聖女の務めですから」
物理的な意味じゃないことを祈ろう。
そこに、階段から降りてきたエリスが合流する。
ジャージ姿に首からホイッスル、手には竹刀。
完全に鬼体育教師だ。
「……似合いすぎだろ、それ」
「そうか? 騎士団の新人研修と同じ格好なのだが……。これなら生徒が多少反抗しても、即座に『教育』しやすいだろう?」
こいつも物理的な意味でやる気満々だ。
騎士団副団長が教師役で、聖女と邪神と中二病が生徒。
誰だよ、このメンツで授業が成立すると思ったやつ。
「じゃあ、行くか。……出撃だ」
俺たちはリビングを後にし、玄関へと向かう。
「リナ、ジェノ君。留守番頼むな」
『……イッテラッシャイ……』
「いってらっしゃーい! みんな気をつけてね!」
目指すはハッピーエンド、待ってろよ王立学園。
今から乗り込んでやる。
――そして、乗り込んだ結果がこれである。
王立学園の受付窓口。
エリスはわなわなと震える手で、突き返された羊皮紙の束を握りしめている。
「……ありえない……。手筈が、何一つ整っていないだと……?」
「は、はい……。学園長からは『本日は来客の予定はない』と伺っております」
受付が申し訳なさそうに、首を横に振った。
「編入予定の生徒様の書類も、臨時体育教師としての着任許可証も、事務局には届いておりません。ですので、お通しするわけには……」
「馬鹿な! 数日前に送達されているはずだ!」
エリスが詰め寄るが、受付のお姉さんは怯えるばかり。
なるほど。居留守ならぬ、書類の握り潰しか。
手続きそのものをなかったことにして、門前払いしようという腹だろう。
俺たちは小声で会話する。
「(エリス、ここで受付のお姉さんをいじめても仕方がない)」
「(だが、アルテ! このままでは潜入どころではないぞ……)」
「(俺に考えがある。まかせろ)」
「……なんだと?」
俺はそっとエリスの前に進み出た。
(……やるぞ。この恥ずかしさは、全てハッピーエンドのためだ)
背中のクマリュックにそっと手を添え、受付のお姉さんに上目遣いで語りかける。
声はわずかに震えるような、か弱さを演出した。
「あの……お姉さん……」
受付嬢の視線は、白ワンピースに包まれた幼女と、その表情に吸い寄せられる。
「わ、わたくしたちは……本当に、この学園に入らないと、いけないんです……」
瞳にうっすらと涙を溜め、受付嬢をじっと見つめる。
「わたくし、体が弱くて……。でも、ここじゃないと、受け入れてくれるところがなくて……」
俺は自らの境遇を語るように、一語一語を区切って話す。
その姿は、逆境に立ち向かう健気な幼子そのものだ。
「学園長先生と、どうしても直接お話がしたいんです……。このまま帰ると、エリス先生も困っちゃうから……。お願いできませんか……? 少しだけで、いいんです……」
受付嬢は、事務規定や学園長の命令と、目の前の可憐で悲しげな少女の訴えとの間で、激しく葛藤しているのが見て取れた。
「え、あ……その……でも、規則で……」
俺はさらに、頼るように上目遣いで受付嬢の制服の袖をそっと掴む。
「お願いです、お姉さん……。一生のお願いです……」
数秒の沈黙の後、受付嬢はついに観念したように、小さくため息をついた。
その表情には諦めと、保護欲を刺激されたことによる親切心の色が混ざっている。
「……わかり、ました。少しだけですよ。私が責任を持って、学園長室までご案内しますから……その代わり、くれぐれも騒ぎを起こさないでくださいね」
「ほ、本当ですか……! ありがとうございます、お姉さん!」
俺は一瞬で泣きそうな顔から、満面の笑顔に切り替える。
エリスは、言葉を失って俺を見つめていた。
「いきましょう……、エリス先生、カイ、ルミナ」
俺は受付のお姉さんに導かれ、堂々と学園の奥へと足を踏み入れた。
目指すは本丸、学園長室だ。
こじ開けるべき扉が、そこにある。
王立学園、学園長室。
蹴り開けられた扉の先、重厚なマホガニーの机を挟んで俺たちは対峙していた。
「……ですから、聞いていないと言っているでしょう」
学園長――脂ぎった禿頭の初老の男が、ハンカチで額の汗を拭いながら言った。
しかし、その態度は妙にふてぶてしい。
「推薦状? はて、郵便事故でもあったのですかな。私の手元には届いておりませんでね」
「白々しいぞ! 貴様が握り潰したのだろう!」
ダンッ! と机を叩いたのは、ジャージ姿のエリスだ。
彼女は今日から『臨時体育教師』として教壇に立つはずだった。
その予定が白紙だと聞かされれば、血管も切れようというものだ。
「書類がない以上、部外者を学園に置くわけにはいきませんな。お引き取りを」
「今すぐ確認しろ! 生徒の編入枠も、教師の空きポストも確保させておいたはずだ!」
「おやおや、野蛮ですな。ないものはないのですよ」
学園長は嫌らしく鼻で笑った。
「仮に書類があったとしても、我が校は現在、定員が完全に埋まっておりましてな。机の一つ、椅子の一つも空きがない」
「き、貴様……ッ!」
エリスのこめかみに青筋が浮かぶ。
今にも剣(今日は竹刀だが)を抜きそうだ。
だが、ここで暴れれば向こうの思う壺だ。
野蛮な部外者の乱入として処理され、証拠隠滅の時間を与えてしまう。
(……交代だな)
俺はエリスの前に進み出た。
上目遣いで、学園長の情に訴えかけようとした――その時だ。
学園長がチラリと俺を見て、すぐに興味なさげに鼻を鳴らす。
その一瞬の反応だけで十分だった。
こんな奴に俺の極上のあざとさを消費してやる義理はない。
(対話は不要だ。……もっと分かりやすい言葉で殴ってやろう)
「……学園長様。私、こう見えても学ぶことには熱心なのです」
「あー、うん。お嬢ちゃんには悪いがね……」
「席がないのでしたら……作ればよいのでは?」
「は? だから予算もスペースも……」
「予算でしたら、こちらで用意いたします」
俺は虚空に手をかざした。
『
ズンッ!
重たい音が響き、学園長の目の前に「それ」が現れた。
純金の延べ棒。
『強欲の錬金釜』が吐き出した、混じりっけなしの24金だ。
「なっ……!?」
学園長が椅子から転げ落ちそうになる。
「こ、これは……本物……?」
「疑っておられるのですか? ……どうぞ、お手に取って確かめてください」
俺はニッコリと微笑み、金塊を一本、学園長の方へ滑らせた。
学園長は震える手でそれを掴み――そして、表情を歪めた。
「ぐっ……!?」
重い。
金特有の、手に吸い付くような密度と重量感。
メッキや偽物では決して出せない、本物の「富」の重み。
「……どうでしょう。その重みこそが、私の『熱意』です」
俺は無表情のまま、次を取り出す。
ズンッ!
「これは机の分」
ズンッ!
「これは椅子の分」
ズズズンッ!!
「これは……そうですね、行方不明になった書類の『再発行手数料』と、学園長様の『精神的な労い』ということで」
俺は金の延べ棒を、まるで積み木のように積み上げていった。
その圧倒的な質量と輝きに、学園長の目が釘付けになる。
「リスク」と「言い訳」
それらが、目の前の「圧倒的な富」によって塗りつぶされていく。
「どうでしょう……? これだけの『重み』があれば、席の一つや二つくらい、ご用意いただけるのでは?」
俺は悪魔のように囁いた。
学園長の顔が、卑しく歪む。
「ひっ、ひひ……! な、なんと向学心に溢れた生徒だ……!」
学園長は震える手で金塊を抱きしめ、その冷たい感触に頬ずりした。
「教育者として、これほどの熱意を無下にはできませんな! よろしい! たった今、書類が見つかりました! 特別に『特待生枠』を新設しましょう! あと体育教師の枠も急遽空きました!」
「ありがとうございます、学園長様。……あら?」
俺は机の上に放置された書類――全校生徒の名簿に目を留める。
学園長は金塊に夢中で、手元がお留守になっている。
俺は何食わぬ顔でパラパラとページをめくり……目当ての名前を見つけた。
『1年A組 アリス・リドル』
(……やはり、もう「入学」しているのか)
行方不明の生徒を出席扱いにしている改竄名簿だ。
だが、これなら好都合だ。俺は名簿の一点を指差して、上目遣いでねだった。
「あの、もう一つお願いがあるのですが……わたくし、このアリス・リドルさんと同じクラスがいいんです」
「ん? ……ああ、はいはい。いいですとも、好きにしなさい」
学園長はうっとりとした表情で金塊を見つめている。
完全に上の空だ。
「君の希望通りにするよう、担任に伝えておく。だからもう行きなさい。私はこの『教育的熱意』とじっくり対話せねばならんのでね……ふひ、ひひひ……」
学園長は金塊に頬ずりしながら、邪魔くさそうに手をひらひらと振った。
「……感謝いたします」
会話のキャッチボールは死んでいたが、言質は取った。
俺は優雅にカーテシーをした。
隣のエリスは、あまりの腐敗っぷりに口をパクパクさせていたが、最後には深い溜息をついた。
俺たちは無事(?)入学手続きを終えて教室へ向かっていた。
「……ふっ。金で学歴を買うとはな。俺の妹に相応しい大胆さだ」
廊下に出るなり、カイが髪をかき上げて言った。
「人聞きの悪いことを言わないでください。寄付です、寄付」
俺が肩をすくめた、その時。
前方から、一人の男子生徒が歩いてきた。
すれ違いざま、廊下の空気が数度下がった気がする。
思わず振り返った。
腕に生徒会の腕章をつけた、長身の男。
整った顔立ちだが、頬はこけ、目の下には薄いクマ。
そして何より――髪だ。
色素が抜け落ちたような総白髪。
だが老人のそれではない。
雪原を思わせる、鋭く澄んだ白。
やつれているのに、どこか触れがたいほどの美しさをまとっていた。
「み、見て……!」
「素敵……あの儚さ、反則でしょ……」
「……好き……」
周囲の女子生徒たちが、遠巻きに熱い視線を送っている。
どうやら一部で崇拝されている病み系美男子らしい。
「……うわ、何かすげえ雰囲気あるな」
俺は小声で呟いた。
「ええ、ただ者ではありませんわね……」
ルミナも同意見のようだ。
(しかし、誰だ? 生徒会の腕章……ずいぶん濃いキャラだが……)
まあ……世界設定は作り込んだつもりだが、全校生徒の設定まで書いたわけじゃない。
設定しなかった生徒会役員の枠を、世界が勝手に補完したんだろう。
俺は奴を雰囲気重視のモブ役員だと判断した。
俺はそう結論づけ、歩き出そうとした。
だが奴は、足を止めていた。
振り返りもせず、視線だけがこちらをかすめた。
底の見えない沼みたいに暗い瞳。
そのまま何事もなかったかのように歩き去る。
カツン、カツンと規則正しい足音だけが残った。
「……なんだ、あいつ」
カイがじっとその背中を見つめる。
その顔は意味深ミステリアス美形に刺激され、
「……俺と同じ闇属性を感じた。運命が呼び合ってる。
「勝手に
俺は小声でツッコんだ。
そして周囲の女子が囁きを続ける中、俺たちは教室へ向かった。