エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい 作:超とんでもなくムッチリしたインコ
その夜、俺たちは憔悴しきったアリスを屋敷へ連れ帰った。
「アリス、何か食べるか……?」
カイが優しく声をかけたが、彼女は首を横に振るだけだった。
言葉を発する気力すらないようだ。
アリスは客室のベッドに腰を下ろし、ただ膝の上で魔導書を抱きしめていた。
その目は虚ろで、まるで自分の体が空っぽの抜け殻になってしまったかのようだった。
「……アリス様」
ルミナが彼女の隣に座る。
「私が、今夜は側にいます。だから――」
「……大丈夫、です。ルミナさん……」
アリスが、か細い声で遮った。
その瞳には、諦めと静かな確信が宿っていた。
「もう、いいんです……みなさんは、優しいから」
アリスはそう言って、魔導書をぎゅっと抱きしめた。
しかし言葉が途切れる。
「……ごめんなさい。わたし、なんだが……眠いんです……」
アリスが、小さく微笑んだ。
それは今まで見たこともないほど、穏やかで――そして、恐ろしく空虚な笑みだった。
ルミナが何か言いかけて、しかし言葉を飲み込んだ。
「……アリス様、結界は張りましたわ。ゆっくりお休みください」
アリスはゆっくりとベッドに横たわった。
魔導書を胸に抱いたまま、目を閉じる。
俺たちは、その部屋を後にした。
廊下に出て、扉を閉めた瞬間。
カイが壁を殴りつけた。
「くそっ……!」
鈍い音が響く。
拳から血が滲んでいた。
「……カイ」
「分かってる。分かってるよ、エリスさん」
カイが歯を食いしばる。
「でも、どうすりゃいいんだ……。俺たち、何もできてねえじゃねえか!」
「……」
エリスは何も言い返せなかった。
彼女もまた、拳を強く握りしめていた。
「師匠」
カイが俺を見た。
その目には、まだ諦めていない光があった。
「明日、絶対に守る。何が来ても、今度こそアリスを――」
「……ああ」
俺は頷いた。
「明日こそ、全員で守る」
カイは小さく頷き、自室へと向かった。
俺は自室に戻り、ベッドに倒れ込んだ。
(……明日、か)
天井を見上げる。何か、決定的な手が打てるのか?
群衆の敵意を止める方法は?
アリスを追い詰める『呪い』を解く術は?
俺は黒歴史ノートに手を伸ばした。
指に馴染むほど何度も触ってきたはずなのに、今夜はやけに重い。
ページをめくる。
走り書きの設定、勢いだけで書いた用語、使われなかった能力案。
どれもかつての俺が面白そうだと思った欠片だ。
そんな走り書きに、今の俺は縋りつく。
だが――
何度読み返しても、答えはない。
群衆心理をひっくり返す方法も、アリスの呪いを解除する裏設定も、この局面を覆す“抜け道”も、どこにも書いていない。
あるのは、悲劇を盛り上げるための設定と、絶望をそれっぽく飾る言葉。
『こうなったら面白いだろ』
という無責任な発想だけだ。
ページをめくる指が、次第に鈍くなる。
期待して、否定されて、また期待して――それを何度も繰り返す。
そして、最後のページまで辿り着いてしまった。
何もない。
ノートを閉じると、部屋の静けさが一気に押し寄せてきた。
世界は、何一つ教えてくれない。
助ける方法も、間違いだという証明も。
(……分からない。何も分からない……)
俺は枕に顔を埋めた。
祈るような気持ちで、目を閉じる。
(せめて、明日だけは……何も起きないでくれ……)
どれほど時間が経ったのか分からない。
眠ったのか、それともただ目を閉じていただけなのか。
だが。
コンコン、と小さなノック音が響いた。
「……ん?」
俺は目を覚まし、扉を開ける。
そこには、ルミナが立っていた。
その顔は青ざめていた。
「……アルテ様」
ルミナの声が震えている。
「アリス様が……いません」
「……は?」
俺の思考が、一瞬停止した。
「いない、って……お前、少し席を外しているだけなんじゃ……」
「いえ、隈なく探しましたが……見つかりません。こちらへ」
俺は急いで客室へ向かった。
ベッドは綺麗に整えられていた。
シーツには皺一つなく、まるで最初から誰も寝ていなかったかのようだ。
「……馬鹿な」
エリスも駆けつけてくる。
「どういうことだ!? 結界は!?」
「破られた形跡はありません……」
ルミナが叫ぶ。
「私が展開した『聖域結界』は、この国最高位の防壁です。物理的な干渉はもちろん、認識阻害や転移魔法さえも弾くはず……!」
「なのに、いない……」
俺は部屋の中を見回した。
窓は閉まっている。
扉の鍵は、内側からかかっていた。
つまり――アリスは自分の足で歩き、結界を素通りして出ていったのだ。
「ありえませんわ……」
ルミナが呆然とする。
「術者である私すら感知できない移動なんて……」
(……強制力……か!?)
隔離しようが閉じ込めようが、無意味なのか。
アリスは学校へ通うというシナリオが、物理法則すらねじ曲げてアリスを導いた。
世界そのものが、彼女を断頭台へと誘っている。
鎖でベッドに縛り付けておけばよかったのか……?
手足を折って歩けないようにすればよかったのか……?
そこまでしないと、この物語は止まらないのか……?
――そこで、背筋を冷たいものが走った。
「……カイは?」
その一言で、嫌な予感が確信に変わった。
屋敷の中を見回しても、彼の姿がない。
「まさか……」
昨日の夜。
誰よりも強くアリスを案じていたのは、あいつだ。
「まさか、アリスも、カイも学園に……?」
エリスの顔が青ざめる。
「……急ぐぞ!」
学園に足を踏み入れた瞬間、肌にまとわりつくような湿気を感じた。
物理的な湿度ではない。悪意の密度だ。
「……なんだ、この空気」
エリスが眉をひそめる。
いつもなら聞こえるはずの朝の喧騒がない。
生徒たちはヒソヒソと声を潜め、しかしその瞳にはギラギラとした嗜虐的な光を宿して、ある一点へと向かっている。
「……おい、聞いたか?」
「ああ、ついに捕まったらしいぞ」
「やっぱりあいつだったんだ」
「魔女の手先め……」
すれ違う生徒たちの会話が、ノイズのように耳に障る。
「捕まった……? まさか……カイ!?」
俺は走り出した。心臓が早鐘を打つ。
校舎の奥、中央広場の方から異様な熱気が漂ってくる。
人だかりができていた。
数百人の生徒が無言で、しかしじっとりとした視線で中心を見つめている。
「どけッ! 通せ!」
俺は人混みを強引にかき分けた。
突き飛ばされた生徒は文句も言わず、ただ虚ろな目で俺を見て、またすぐに視線を戻す。
その異常さに寒気を覚えながら、俺は最前列へと躍り出た。
そして――
「……っ」
息が、止まった。
広場の中心。
カイが、数人の男子生徒によって床に組み伏せられていた。
その制服は汚れ、頬には殴られたような痣がある。
口の端からは血が滲み、呼吸が荒い。
そして、そのすぐ側に、アリスが立ち尽くしていた。
顔面蒼白で、ガタガタと震えながら、必死に教師の袖に縋り付いている。
「違います! カイさんは……カイさんは何もしてません!」
「黙りなさい」
教師の声は冷淡だった。
彼は汚いものを摘むように、カイの鞄を逆さにして振った。
ボトッ。
重く、湿った音がした。
床に落ちたのは――黄金の懐中時計だった。
それも、ドロドロとした黒い粘液にまみれ、鼻をつく腐臭を放っていた。
「学園長室から盗まれた金時計だ。……この粘液、見覚えがあるな?」
「っ……!」
「状況証拠は揃っている」
教師がカイを見下ろす。
「カイ・シュヴァルツ。貴様はアリス・リドルに唆され、この時計を盗んだ。違うか?」
「俺の誇りに掛けて、違う……!」
床に顔を押し付けられながら、カイが呻く。
「その時計は、今朝いきなり鞄の中に……! 俺は盗んでなんか……!」
ドゴッ!
カイを押さえつけていた生徒会役員が、カイの脇腹を蹴り上げた。
「ぐあっ……!」
「カイさん……!? やめて! やめてください!」
「まってください! どこの情報ですか!?」
俺はたまらず叫んだ。
教師が、無表情で俺を見る。
「カイが盗んだという根拠は!? 防犯魔道具の記録は見たんですか!? そもそも――」
「粘液だ。それが全てだ」
「はっ……粘液……? そ、それが……? そんな馬鹿な理屈が――」
「逃げ出さないようにしろ」
教師が短く告げた。その言葉は、合図ですらなかった。
スイッチが入ったように。
周囲を取り囲んでいた生徒会メンバーが一斉に、まるで一つの生き物のようにカイに群がった。
「ぐあぁッ!?」
さらに数人が増え、カイの手足を完全にロックする。
その様子は異常だった。
ただの学生たちが軍隊のような統率と、獣のような怪力でカイの四肢を地面に縫い付けている。
関節が悲鳴を上げているのが、見ていても分かった。
「や、やめろ……! 放せっ!!」
「カイ!」
俺は駆け寄ろうとした。
だが――
「っ!?」
無表情の生徒たちが、無言で俺の行く手を塞いでいる。
押しても、押し返される。
まるで、見えないゼリーの壁に阻まれているかのように。
「どけ! どけよ!」
カイの悲鳴が響く。
だが、誰も動かない。
「アッシュ!!」
俺は叫んだ。
人混みの後ろ、腕を組んで静観する生徒会長の姿を見つけたからだ。
「早くやめさせてくれ!!これは正当な生徒会活動じゃないだろ!?」
アッシュはゆっくりと歩み出た。
その表情は、仮面のように無機質だった。
彼は俺を見下ろし、そしてアリスを一瞥し、最後に群衆を見た。
「……生徒会長命令だ。カイを放せ」
静かな、しかしよく通る声だった。
だが。
誰も動かない。ピクリとも反応しない。
彼の声など聞こえていないかのように、カイの腕をねじ上げ続ける。
「……聞こえなかったのか? 放せと言っている」
アッシュがもう一度言った。
それでも、生徒たちはカイの首根っこを掴んだまま、瞬き一つしない。
「……やはり、駄目か」
アッシュが、独り言のように呟いた。
そこに驚きも焦りもない。あるのは、壊れた機械を見るような冷徹な確認だけだ。
彼は小さくため息をつき、首を振った。
「無駄だ。今の奴らはただの『舞台装置』だ。私でも通じない」
「な、何言ってんだお前!」
アッシュは答えなかった。
ただ、虚ろな目で広場を見渡している。
「ふざけるな!」
エリスが飛び出した。
彼女はカイを押さえつけている男子生徒の腕を掴み、力任せに引き剥がそうとする。
「どけッ! カイに何をする!」
エリスの握力は、常人の骨なら容易く砕く。
掴まれた生徒の腕にどす黒い痣が浮かび、メキメキと骨がきしむ嫌な音が響いた。
だが――生徒は無表情だった。
「なに……?」
エリスが動きを止める。
普通なら激痛に悲鳴を上げるはずだ。腕が折れれば力が入らなくなるはずだ。
だが、その生徒は眉一つ動かさず、折れかけた腕でさらに強くカイを締め上げたのだ。
その目は虚ろで、瞳孔が開いている。
「な……こいつら、正気じゃない!」
エリスが戦慄して後ずさる。
痛みを感じていない。恐怖を感じていない。
ただカイを痛めつけるという、命令だけを実行する肉人形。
「……汚らわしい」
ルミナが低く呻いた。 彼女の美しい顔が、嫌悪に歪む。
「正義の名を借りた、ただの暴虐……。穢れています。貴方たちの魂は、腐臭を放っている!」
ルミナが杖を掲げる。
「聖光よ、彼らの狂気を祓いたまえ!」
浄化の光が放たれる。
だが――光は生徒たちに触れた瞬間、ジュッと音を立てて掻き消えた。
「……そんな……」
ルミナは息を詰まらせ、杖を握る手に力を込める。
聖女の祈りすら届かない。
「アリスのせいだ!」
群衆の中から、誰かが叫んだ。
それを合図に、機械的な罵倒の雨が降り注ぐ。
「あいつがカイを操ったんだ」
「自分じゃ手が汚れるから、カイに盗ませたんだ」
「最低だよ、魔女のくせに」
抑揚のない、棒読みのような罵声。
だが、その数と悪意だけは本物だ。
数百人の生徒が、アリス一人を指差し、呪詛を吐く。
「ち、違います……!」
アリスが首を振る。 涙で顔がぐしゃぐしゃだ。
「カイさんは悪くない……! 悪いのは私……私なんです……!」
「そうだ。お前が悪い」
教師が冷たく言い放つ。
「お前が来てから、学園はおかしくなった。机は腐り、花は枯れ、生徒たちの心が乱れた」
教師が一歩、アリスへと近づく。
「お前さえいなければ!」
生徒たちが復唱する。
その声は次第に大きくなり、校舎を揺らすほどのうねりとなる。
「お前さえいなければ!」
「お前さえいなければ!」
生徒たちが復唱する。
その声は次第に大きくなり、校舎を揺らすほどのうねりとなる。
「違う! 俺はやってない!」
床に顔を押し付けられながら、カイが叫ぶ。
口の中が切れているのか、血の泡が飛ぶ。
「アリスを責めるな! アリスは……俺たちの友達だ!」
その言葉が、群衆の逆鱗に触れた。
「黙れよ犯罪者」
ドゴッ!
生徒の一人が、躊躇なくカイの顔面を蹴り上げた。
鼻が潰れ、鮮血が床に広がる。
「あっ……カイさん! やめてっ!!」
アリスの悲鳴。
自分のために、一番大切な人が傷つけられていく。
自分のために庇ってくれた人が、理不尽に踏みにじられていく。
アリスにとって肉体的な暴力よりも遥かに残酷な拷問だった。
「……許せない……」
ルミナが杖をメイスのように振り回し生徒たちを殴り倒す。
「私の目の前で、カイを愚弄するなど……もう……断じて許しません!!」
だが、倒れた生徒は即座にゾンビのように起き上がる。
痛みなどないかのように、今度はルミナに群がり始めた。
「……なんだよ、これ……もう……どうすればいいんだ……」
絶望が泥のように足元から這い上がってくる。
(いや、まだだ……まだ、これがある……)
俺はすがるような思いで、『黒歴史ノート』を取り出す。
これが全ての元凶。俺が書き散らした呪いの経典。
(頼む……見つかってくれ……)
俺は祈るようにページをめくった。
なんでもいい。
今からでも、ここからでも――
奇跡みたいな一行が、どこかに紛れ込んでいないか。
だが、アリスのページを開いた瞬間、俺の思考は凍りついた。
アリスの設定ページ。
うっすらと、文字が浮かび上がってくる。
赤い文字が。
『少女に、安易な救いなどいらない』
ジジジ……と、不吉に瞬く。
『彼女の美学は、自ら閉ざした鳥籠という器の中で完結する』
(……やめろ、やめてくれ……)
そして、文章の中で特定の単語だけが、さらに激しく発光した。
『器』
『完結』
吐き気がするほどの悪寒が、背筋を駆け上がった。
それがどういう現象なのか、何が起きるのかは分からない。
だが、確かなことが一つだけある。
それが実行されたら、アリスはもう――人間ではいられなくなる。
絶望に膝が折れそうになった時、誰かが言った。
「死刑だ」
誰かが言った。
「退学じゃ済まない。こいつは魔女に魂を売った悪魔だ」
「そうだ、死刑にしろ」
「殺せ。殺せ」
「死刑。死刑。死刑」
狂った合唱が廊下に響き渡る。
アリスの顔から、完全に血の気が引いていく。
「殺せぇぇぇぇッ!!」
カイを押さえつけていた生徒の一人。
何故か近くにあった壊れた机の脚を掴んだ。
鋭利に尖った、鉄パイプ。
それを、高々と振り上げた。
狙いは、カイの頭部。殺意しかなかった。
「やめろぉぉぉぉッ!」
群衆が、俺を押し留める。
鉄パイプが――
振り下ろされる。
「やめてえええええええええええっ!!!」
アリスの絶叫が、空間を引き裂いた。
カッ、と彼女の抱えていた魔導書がどす黒く発光する。
衝撃で、アリスの右目を覆っていた眼帯が弾け飛ぶ。
露わになったのは――
深淵を覗き込むような、禍々しい「魔眼」
「――ぁ」
鉄パイプを振り上げていた生徒が、動きを止めた。
いや、止まったのではない。
次の瞬間、その全身は灰色の石になっていた。
「え……?」
ざわり、と空気が凍りついた。
振り上げられた腕も、歪んだ表情も、そのまま石になって固まっている。
石化した生徒は、バランスを崩してゆっくりと傾き――
ガシャァァァァンッ!!
床に激突し、粉々に砕け散った。陶器のように。
ついさっきまで、生きた人間だったものが。 血も出ず、悲鳴もなく。
ただの瓦礫となって床に散らばった。
一瞬の静寂。誰もが、その光景を理解できなかった。
そして――
「ひ……人殺しだああああああああああッ!!」
「殺った! こいつやりやがったあああああ!」
「バケモノだ! 逃げろぉぉぉぉッ!」
パニックが爆発した。
生徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、あるいは腰を抜かして失禁する。
「あ……あ、あ……」
アリスは自分の足元に散らばる「クラスメイトだった破片」を見下ろしていた。
殺した。
カイを守りたかった。
ただ、止めたかっただけだった。
「殺し、ちゃった……」
「アリス……!?」
カイが、血まみれの顔で彼女を見上げた。
その瞬間。
地面が揺れた。
アリスの足元から、黒い染みが滲み出していた。
「わたし……は……ひと、ごろし」
彼女の瞳から、光が消えた。
「あああああああああああああああああっ!!!」
アリスが頭を抱え、獣のような咆哮を上げた。
心が、完全に砕け散った。
ズズズズズ……ッ!
校舎が悲鳴を上げる。
アリスの足元から噴き出した漆黒が、津波のように学園を飲み込んでいく。
影が舞い、闇が踊る。
だがそれは、優雅な舞踏などではない。質量を持った死の暴走。
物語の強制力が、最悪の形で具現化する。
「なん、なんだこれ! 影だ! 影が……!?」
影の処刑人。
その手には、自身の身の丈ほどもある巨大な「影の鎌」が握られていた。
逃げ場を失った生徒たちの背後で、影がゆらりと立ち昇る。
「あ……」
ヒュンッ。
風を切る音はしなかった。
ただ、影の鎌が無造作に横薙ぎに閃いただけだ。
「え?」
首が、胴が、手足が。
積み木を崩すように、滑らかに断面を晒してズレ落ちた。
「ぎゃああああああッ!?」
「いやだ! 来るな! こっちに来るなぁぁぁっ!!」
這いつくばって逃げようとする生徒の行く手を、絶望が塞ぐ。
ジャキッ!!
地面そのものが牙を剥いた。
足元の影が硬質化し、無数の「黒い刃」となって突き出したのだ。
「あ、が……!?」
退路を断たれた生徒たちは、下から突き上げられる刃に串刺しになり、あるいは鎌によって刈り取られていく。
理不尽にカイを責め立てた彼らは、さらに理不尽な暴力によって肉塊へと変えられた。
鮮血が噴水のように吹き上がり、誕生したばかりの『迷宮』を赤く染め上げていく。
「アリス!やめてくれぇぇぇっ!!」
カイは叫んだ。
だが、もう声は届かない。
アリスの体は宙に浮き、赤い結晶体に包まれていく。
それは「ダンジョンコア」
彼女はこの殺戮の迷宮の主として、永遠に閉じ込められたのだ。
『少女に、安易な救いなどいらない』
『彼女の美学は、自ら閉ざした「鳥籠」という「器」の中で完結する』
赤いクリスタルの中でアリスが魔導書を抱きしめ、胎児のように丸まっているのが見えた。
その下では床の血肉が蠢きながら盛り上がり、彼女を捧げ物のように支える歪な台座を形作っていく。
その瞳は閉じられ、もう二度と開くことはないように思えた。
これが『避けられぬ結末』
俺たち以外、全滅した世界で、俺は呆然と赤い核を見上げていた。