エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい 作:超とんでもなくムッチリしたインコ
視界を埋め尽くすのは脈打つ赤と、蠢く黒だった。
そこはもう、学び舎ではなかった。
壁は生物の臓器のように生温かく波打ち、天井からは血管のような蔦が垂れ下がっている。
床を覆うのは、先ほどまで生徒だったものたちの成れの果てである赤い液体と、アリスの影から溢れ出した闇。
「……ッ、くそ!」
影の鎌が振り下ろされた。
俺は黒い刃を掴むと力任せに引き寄せる。
そしてそのまま顔面を叩き潰すと影が崩れ、床に溶けた。
息を吐く暇もない。
次が、もう来ている。
「下がってくれアルテ!前に出すぎるな!」
エリスの鋭い声が響く。
彼女は俺の前に割り込み、身の丈ほどある影の巨人をその剣技で切り伏せた。
だがエリスの顔に余裕はない。
「キリがないな……! 倒しても倒しても湧いてくる……!」
エリスが叫ぶ通りだった。
霧散した影は周囲の闇と混ざり合い、新たな異形となって再生する。
ここはアリスの心象風景。
彼女の絶望が尽きない限り、敵は無限だ。
「アリス! 聞こえるか……! 俺だ、カイだ!!」
カイが喉が裂けんばかりに叫んだ。
この空間の中心。
赤黒い結晶体――ダンジョンコアの中に、アリスは囚われていた。
彼女は胎児のように膝を抱え、瞳を閉ざしている。
その表情は苦悶に歪み、何か悪夢を見ているようだった。
「目を覚ましてくれ!あんたは誰も殺したくないはずだ!」
「お願いです、アリス様! 戻ってきてください!」
ルミナも杖を掲げ、浄化の光を放つ。
だが、光はコアに届く前に闇に飲まれ、蝋燭の火のように頼りなく消えた。
この空間は絶望と拒絶で満ちすぎている。
聖女である彼女の光魔法は相性が最悪だ。
光を灯した端から、闇に飲み込まれていく。
それどころか、異物が侵入したことに反応し、周囲の影が一斉に蠢いた。
『――――!!』
声なき咆哮と共に無数の影が槍となって、声を張り上げる二人へと殺到する。
「――ッ、くそ! 邪魔するな!」
カイは説得を中断せざるを得なかった。
彼は咄嗟にルミナを庇うように前に出ると、迫りくる死の刃を払うべく、腰の剣を抜き放った。
「ちくしょう……なんでだ……!」
カイが泣きそうな声で呻く。
腰に差していた漆黒の剣――模造品の魔剣グラムを抜き放ち、必死に振るっていた。
「なんで俺の『黒竜』は応えてくれないんだ!なんでだよぉぉぉ!」
剣ごとはじき返され、影に吹き飛ばされる。
彼が信じる右腕の力。
現実を侵食するアリスの本物の闇の前ではあまりに無力だった。
「弱いな」
背後で、温度のない声がした。
アッシュだ。 彼は手にした剣で影を切り裂きながら、感情の一切ない声で呟いた。
「『銀影の黒竜』……なぜここまで弱い ……やはり私が知る歴史とまるで違う」
アッシュの動きは、人間を辞めていた。
あらゆる死角からの攻撃を最小限の動きで躱し、影の急所を的確に貫く。
まるで、このダンジョンで戦い慣れているかのように。
「う、るせぇ……っ!」
カイがアッシュの言葉に反発するように、がむしゃらに剣を振るう。
だが、焦りが隙を生んだ。
ドゴォォッ!!
「ぐあッ!?」
死角から伸びた巨大な影の腕が、カイの防御ごと彼を殴り飛ばしたのだ。
カイの体が枯れ葉のように吹き飛び、地面に叩きつけられる。
その隙をダンジョンは見逃さない。
無防備なカイの背後へ、鋭利な影の刃が迫る。
「カイ!」
ルミナが飛び込み、その刃を背中で受けた。
「ルミナ!」
「だ、大丈夫ですわ……これしき……!」
ルミナが血を吐く。背中が裂け、鮮血が滲んでいる。
俺は焦燥に駆られながら手をかざした。
「癒やせ、
眩い光の奔流がルミナを包み込む。
邪神による最上級治癒魔法。
裂けた肉が瞬く間に塞がり、顔色も戻っていく。
だが――
「きゃあっ!」
治癒の光が消えるか消えないかの刹那、また別の影がルミナを襲った。
頬に、腕に、新たな切り傷が刻まれていく。
「くっ、回復しても追いつかない……!」
数が多すぎる。
一瞬でも足を止めれば、そこが死地になる。
その時だった。
俺の意識の外、完全な死角から殺気が膨れ上がった。
(――しまっ)
巨大な影の鎌が無防備な俺の首を刈り取ろうと迫る。
触れた瞬間。
ズオォォォォォォッ!!
暴風のような魔力の咆哮。
俺の体が勝手に反応していた。
パッシブスキル『
手のひらから溢れ出した膨大な魔力が、影を跡形もなく吹き飛ばしたのだ。
霧散した影の粒子が、空中に舞う。
「はぁ……はぁ……」
俺は膝をつく。無駄な魔力を使ってしまった。
俺の魔力は無尽蔵とも言える。
だが無限じゃない。いずれ底がつくのも時間の問題だろう。
(……くそっ、ジリ貧だ!)
守るだけじゃ勝てない。 俺は決断した。
「エリス、カイ! 少しの間、俺をカバーしてくれ!」
「何をする気だ!?」
「あのコアを……アリスを包んでいる殻を壊す!」
俺は右手に魔力を集中させた。
アリスを傷つけずに、外殻だけを破壊する。
至難の業だが、今の俺の魔力操作ならできるはずだ。
「貫け! 『
螺旋状に収束した魔力の杭を、コアの一点に向けて撃ち放つ。
狙いは正確だった。赤い結晶の表面に直撃する。
だが――弾かれた。ヒビ一つ入らない。
「な……ッ!?」
「やめておけ」
背後から、冷ややかな声がした。
アッシュだ。 絶望的な戦況の中にあって、一人だけ浮いているほど冷静だった。
いや、冷静ではない。飽いているのだ。この絶望に。
「無駄だ。あれは今のこの領域の心臓だ。外部からの干渉をすべて拒絶している」
「なら、こっちならどうだ!」
俺は標的を変えた。
コアがダメなら、この空間そのものを破壊して脱出路を作る。
仕切り直しだ。
俺は詠唱付きでありったけの魔力を練り上げる。
「理よ、名を失え。因果よ、意味を捨てろ。始まりも終わりも否定し、ただ
『
ズオオオオオオッ!!
俺の火属性最強魔法。概念すら焼き尽くす黒炎。
極大の黒炎が、肉壁のようなダンジョンの壁に直撃する。
ジュゴォォォォォォッ!!
黒炎は、そこで止まらなかった。
壁を貫くでも、吹き飛ばすでもなく、
ただ――貼り付くように、激しく燃え続けている。
「す、すげぇ……! 師匠、すごすぎるぜ……!!」
「な、なんだあの黒い炎は……!?」
カイとエリスが驚愕の声を上げる。
アッシュもまた、その威力を測るように目を細め、じっと炎を見つめていた。
「やったか……!?」
黒炎はその表面を舐め、喰らい、じわじわと削り取っていく。
だが、まだ奥は見えない。
ピシッ。
嫌な音が響いた。
振り返ると、アリスを閉じ込めた赤いコアに亀裂が入っていた。
そしてその亀裂からドロリと流れ出したのは、魔力や光の類ではない。
鮮血だった。
「――は?」
俺は戦慄した。
壁を焼いたはずだ。アリスには当てていない。
なのに、なぜアリスが血を流す……!?
「……う、あ……」
アリスが苦悶の声を漏らす。
「まさか……リンクしているのか……?」
このダンジョン全てが、アリスの肉体そのものだというのか?
壁を壊すことは、アリスの皮膚を剥ぐことと同じ。
脱出路を開けることは、彼女の腹を裂くことと同じ。
「う、嘘だろ……」
俺は魔法を解除した。詰んだ。 脱出すればアリスが死ぬ。
戦えば消耗して死ぬ。
俺は気付かぬうちに涙を流していた。
傷つく仲間たち。そしていまだに打開策を出せない自分。
俺はどうすればいい? アリスを殺すしかないのか?
屋敷にはリナやジェノ君もいる。教団の皆や王都に住む人たちが。
守ると誓ったのに。ハッピーエンドにすると決めたのに。
俺の心はもう折れていた。
足が震え、上手く立てない。
その時。
「……その黒炎、アリス・リドルに撃たないのか?」
耳元で悪魔の囁きが聞こえた。
アッシュだ。
俺の横に立ち、血を流すアリスのコアを見つめていた。
「あの炎ならば、コアごと彼女を消滅させられるだろう。そうすればダンジョンは崩壊し、世界は救われる」
「な……」
俺はガタガタと震えながらアッシュを見た。
こいつは、今、なんと言った?
「殺せと言っているのか……? 俺に、アリスを……!」
「他に手があるなら言ってみろ」
アッシュの声は冷徹だった。
感情論ではない。純粋な損益計算の結果として、そう言っているのだろう。
「ま、待ってくれ……。何か手があるはずなんだ、何か……何か……ッ」
俺は縋るように言葉を紡ぐが、その声は酷く上擦っていた。
視線が泳ぐ。思考が空回りする。
解法が見つからない。
けれど、殺すなんて選択肢は選べない。
だがアリスを殺さないと……みんな死ぬ。
「あるはずだ……俺が、思いつかないだけで……!」
「……そうか」
アッシュは俺の狼狽ぶりを、値踏みするように見下ろした。
その瞳に浮かぶのは失望か、それとも憐憫か。
彼は俺の葛藤を見透かしたままふと視線を外し、俺だけに聞こえる声量でポツリと漏らした。
「……既に、手遅れだがな」
彼は周囲の惨状を一瞥し、俺の正面へ歩いてきた。
その瞳は深淵よりも深く、そして恐ろしいほどに冷たかった。
「……」
アッシュは俺の目の前に立った。
彼は傷一つ負っていなかった。
「この学園において、私の死がループのトリガーとなる」
「……は?」
俺は涙で霞む目で、アッシュを見た。
ループ? トリガー?
「お前は……まさか……」
俺の脳裏に、あるキャラクターの設定がよぎる。
本来、この世界には存在しないはずの没設定。
間遡行能力を持つ悲劇の王子。
「……レオンハルト、なのか……?」
(いや、そんなはずはない。その設定は『黒歴史ノート』にも書いてもいない! Web版で改稿したはずなんだ……なんで……?)
アッシュ――いや、レオンハルトは答えなかった。
肯定も否定もしない。ただ、焦燥感だけを募らせていた。
「殺せ」
レオンハルトは短く告げた。
「お前を特異点と見た。万が一お前が死んだり、取り込まれでもしたら……私ですらどうなるか分からん。世界そのものが崩壊するかもしれん」
レオンハルトの言葉は早口だった。
俺を説得しようとしているのではない。
まるで俺の死が、単なる一人の死では済まないことを確信している口調だった。
「な……なにを……」
もう、何が何だか分からなかった。
顔中、涙と鼻水でグシャグシャだった。
レオンハルトが何を言っているかも分からなかった。
「で、できない……俺には……!」
俺が首を横に振ると、レオンハルトの目が険しく細められた。
ガシッ!
「ひっ……!?」
レオンハルトの手が、俺の顔面を鷲掴みにした。
頬骨が軋むほどの力。
『不動の王』が発動しかけるが、レオンハルトの殺気のない、しかし純粋な力がそれを封じ込める。
彼は無理やり俺の顔を上向かせ、自分の瞳を覗き込ませた。
「……その顔だ。何も選ばず、ただ絶望に酔っているだけの、無能な顔だ」
至近距離。
彼の瞳に浮かんでいたのは、単なる侮蔑ではなかった。
まるで、鏡に映った自分を見るような、酷く痛々しい苛立ち。
「そのツケを払うのはお前じゃない。……あいつらだ」
息が詰まる。
あまりにも正論すぎて、返す言葉が見つからない。
「救いたいなら、手を汚してみろ。……その程度の業も背負えない奴に、誰も救えるはずがない」
言葉の刃が、深々と俺の弱さを貫いた。
反論の余地など欠片もなかった。
「い、いやだ……! 俺は……ハッピーエンドを……!」
俺はレオンハルトの腕を引き剥がそうとする。
だが、びくともしない。手が震えてうまく振りほどけなかった。
「――その手を、離せぇぇぇぇッ!!」
横合いから、銀閃が走った。
「アルテに……何をしているッ!!」
エリスの神速の突き。
殺気すら置き去りにするはずの必殺の一撃が、レオンハルトの首を狙う。
だが。
「邪魔だ」
レオンハルトは、エリスを見もしなかった。
掴んでいない方の手を、羽虫を払うように無造作に振るう。
カァンッ!!
「がはっ……!?」
金属が砕ける音と共に、エリスの体が真横に吹き飛んだ。
「エリス……ッ!?」
エリスが壁際で呻く。
レオンハルトは冷めた目で彼女を一瞥し、そして俺を見た。
「……そうか。足りないか、覚悟が」
彼の手から、無機質な殺気が膨れ上がる。
その矛先が――倒れ伏すエリスに向けられた。
「なら、こいつを殺せばやる気が出るか?」
「…………え?」
「どうせ失敗した世界だ。一人増えても変わらんだろう?」
レオンハルトの指先に、圧縮された魔力が収束する。
脅しではない。こいつは、やる気だ。
俺に自分を殺させるためなら、躊躇なくエリスを殺す。
「や、やめろ……ッ!」
「選べ。今ここで私を殺すか、騎士の死骸を見るか」
レオンハルトが咆哮した。
その声は命令であり、懇願であり、そして魂からの絶叫だった。
「……はやくしろォォォォォッ!!!!」
その気迫に俺の体が反射的に動いた。
恐怖。混乱。絶望。
それらが混ざり合い、制御不能な魔力となって暴走する。
「うあ……あああああああああああああっ!!!」
俺は泣き叫びながら、レオンハルトの胸に手を突き出した。
思考するより先に生存本能と破壊衝動が、指先から溢れ出す。
『
詠唱すらもない。ただの魔力の奔流。
至近距離からの極大魔法。
黒い衝撃波が、俺の目の前でアッシュを――レオンハルトを飲み込んだ。
「……ッ」
黒い奔流の中でレオンハルトが微かに笑った気がした。
だがそれは安堵ではない。
『忘れるなよ』という、呪いのような執念の笑み。
次の瞬間。
世界が、白く弾けた。
そういうわけでまた書き溜めするから見捨てず待っててくれよな!