エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい   作:超とんでもなくムッチリしたインコ

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待たせた……。長文になりがちですまんな


第22話 罪の味と、甘いプリン

瞬きをした、その一瞬の出来事だった。

 

鉄錆のような血の臭いも、そして俺を見下ろしていたレオンハルトの冷笑も。

全てが、悪い夢だったかのように消え失せている。

 

代わりに世界を満たしていたのは、穏やかな夜風の匂い。

そして背中から伝わる確かな体温と、規則的な揺れだった。

 

(……あぁ、そうか。戻って、きたのか……)

 

視界の端に見えるのは、見覚えのある王都の石畳。

遠くに見える街の灯り。

俺たちが買い出しを終え、何気ない会話をしながら歩いていた、あの帰り道だ。

 

つい数秒前まで、俺の目の前でエリスは血を吐いて倒れていたはずだ。

ルミナは背中を切り裂かれ、カイは無力感に泣き叫んでいたはずだ。

俺が書いたシナリオの強制力が、アリスの暴走が、俺の大切な仲間たちを理不尽に蹂躙されるのをこの目で見ていた。

 

それを止めるために。

 

――レオンハルトを、殺した。

 

ハッピーエンドを目指すと言いながら。誰も死なせたくないと言いながら。

ループのトリガーを起動させたのだ。

 

魔法で一瞬に終わらせた。

血も飛ばず、肉に触れたわけでもない。

 

それなのに、その手には――

 

何か生温かいものがべったりと残っているような気がする。

その感覚を肯定するかのように、呪いめいた笑みが、脳裏に焼き付いて離れない。

 

「……っ」

 

安堵よりも先に、強烈な吐き気が込み上げてくる。

生きている。みんな、まだ無事だ。

時間は巻き戻った。最悪の結末は回避された。

けれど、その事実は俺の罪を1ミリたりとも軽くしてはくれない。

 

あんな地獄を作ったのは誰だ?

あんな化け物を設定したのは誰だ?

救いのない運命を、彼らに背負わせたのは誰だ?

 

全部、過去の俺だ。

俺の性癖が、俺の拙い創作が、彼らを殺しかけたのだ。

俺は被害者じゃない。加害者だ。それも、世界で一番タチの悪い。

 

「……なあ、アルテ」

 

不意にエリスがぽつりと呟いた。

夜の静寂に溶けるような、静かな声色だった。

 

「お前は……本当に、邪神なのか……?」

 

心臓が早鐘を打った。

以前にも、同じことを聞かれたことがあった。

だが、あの時とは言葉の重みがまるで違っていた。

 

「…………」

 

言葉が出なかった。

 

『違う、俺はただの無責任な作者だ』と言えば、楽になれるのか?

 

いいや、言えない。言えるはずがない。

真実を告げた瞬間、彼女たちの歩いてきた人生が――ただの設定に変わってしまう。

そんな気がして、どうしても口を開けなかった。

喜びも、恐怖も、涙も、絆さえも。

最初から用意されていた筋書きだったと、俺自身が踏み潰してしまうような気がして。

 

声を出すことすら許されないと思った。

俺は必死に嗚咽を噛み殺し、涙だけを流し続けた。

背中の上で俺の体が小刻みに震えているのを、彼女は感じ取っているかも知れない。

 

「アルテ…………」

 

エリスはそれ以上、何も聞かなかった。

ただ俺を背負い直す腕に、少しだけ力を込めて。

俺の体温を確かめるように、一歩、また一歩と、黙って歩き続けてくれた。

その規則的な足音が、世界で唯一の救いのように響いていた。

 

屋敷に着いた頃には、とっぷりと日が暮れていた。

見慣れた玄関の灯り。

その扉の前で、巨大な影がちょこんと正座をして待っていた。

 

『……オカエリ……』

 

ジェノ君だ。

トゲトゲしい鋼鉄の巨躯を持つアイアンゴーレムが、主人の帰りを今か今かと待ちわびていた。

その光景があまりに平和で、あまりに日常的すぎて、数刻前に見た地獄との落差に胸が張り裂けそうになる。

 

俺は無理やり口角を上げた。

いつもの邪神の仮面を被り直さなければならない。

 

「……ただいま、ジェノ君。ほら、お土産だ」

 

取り出したのは、巨大なジョウロだ。

 

「リナが選んだやつだ。お前の花畑に、ちょうどいいだろ?」

 

ジェノ君はそれを大事そうに受け取った。

まるで壊れ物を扱うかのように、あるいは宝物を抱くかのように。

 

『アリガトウ……マスター・アルテ……リナ……』

 

ジェノ君のモノアイが、弱々しく明滅を繰り返した。

無機質なはずのその瞳が、じっと俺の顔を覗き込んでいる。

 

『マスター・アルテ……ゲンキ、ナイ……?』

 

この心優しいゴーレムには、俺の空元気などお見通しか。

心配そうにジョウロを抱え、オロオロと視線を彷徨わせるその姿。

俺はジェノ君の冷たく硬い装甲を撫でた。

 

「大丈夫だ……ジェノ君。ありがとな」

 

「な、なあ、師匠……」

 

後ろからカイが声をかけてくる。

いつもなら軽口を叩いて返すところだが、あの中二病全開の弟子と向き合う余裕すらなかった。

カイの顔を見れば、あの時浮かべていた絶望の表情がフラッシュバックしてしまう。

 

「すまん、ちょっとだけでいいんだ。一人にしてくれ……」

 

俺は逃げるように、自室へとその足を向けた。

 

部屋に入り、扉を閉めた瞬間、世界から隔絶されたような重苦しい空気が俺を包んだ。

机の上に置かれた『黒歴史ノート』が、呪いのアイテムのように禍々しく見える。

 

俺は自分の手を見る。

震えていた。

止まらない。指先が、痙攣するように細かく跳ねている。

 

「……はぁ、はぁ、うッ……」

 

込み上げる吐き気に、俺は口元を抑えてうずくまった。

どうすればいい?どうすれば、アリスを救える?

あのダンジョンは、彼女の絶望そのものだ。

攻略することは、彼女を殺すことと同義だ。

 

まるでシナリオ上の負けイベントを強制されているかのような閉塞感。

俺が書いた設定が、俺自身の手足を縛り上げている。

 

コン、コン。

 

思考の沼に沈みかけていた時、控えめなノック音が響いた。

 

「アルテ、少しいいか……?」

 

エリスだ。

俺は膝を抱えたまま、扉の向こうに声をかける気力もなかったが、彼女は返事を待たずに静かに入ってきた。

 

「すまん、エリス。今は……」

 

「話がある。例の潜入任務の事だ」

 

エリスは部屋に入ると、努めて平静を装った声で切り出した。

学園への潜入。アリスを救うための作戦だ。

 

「……潜入任務、断ろう」

 

「……え?」

 

俺は思わず顔を上げた。

エリスは真剣な眼差しで、けれどどこか痛ましそうに俺を見ていた。

 

「なに、気にするな。この国には手練れも多い。なにも毎回、私たちが矢面に立つ必要はない。冒険者ギルドに依頼を出せば済む話だ」

 

「無理に私たちがやることもないだろう、な?」

 

「エリス……」

 

嘘だ。

彼女ほど責任感の強い騎士が、一度引き受けた依頼を理由もなく投げるはずがない。

ましてや、王家が関わる極秘任務。

ギルドに回している場合じゃないことくらい、彼女が一番理解しているはずだ。

 

気を使っているのだ。

帰りの道中、俺が壊れかけていたのを察して。

これ以上、俺を戦いの場に晒してはいけないと判断したのだ。

俺が邪神ではなく、ただの「守るべき子供」に見えたから。

 

その不器用な優しさが、今は心臓を抉るほど痛かった。

違うんだ、エリス。

俺が何とかしなきゃいけないんだ。これは俺が蒔いた種なんだから。俺が責任を取らなきゃいけないんだ。

 

「大丈夫だ……エリス。だが、今回は俺一人でやる」

 

「……は?」

 

「お前たちがくる必要はない。俺一人で潜入して、片付けてくる」

 

俺は震える声を押し殺し、それでも突き放すように告げた。

もう、誰も傷つけさせない。

俺の黒歴史の尻拭いで、これ以上彼女たちが血を流す姿なんて見たくない。俺一人で十分だ。

 

「いや、待て……アルテ。いったい急にどうしたんだ……」

 

エリスが困惑して歩み寄ってくる。

 

「最近のお前は、どこかおかしいぞ。まるで、何かに追い詰められているような……」

 

「なんでもないと言っているだろ!」

 

つい、声を荒げてしまった。

部屋の空気が凍りつく。

自己嫌悪で押しつぶされそうになる俺に、エリスは怒るどころか、悲しげに眉を下げた。

 

「……なぁ、エリス」

 

俺は絞り出すように聞いた。

 

「なんで……お前はそんなに優しいんだ……? 俺は、お前が思うような立派な奴じゃない。ただの……」

 

「……お前が、くれたからだろ」

 

エリスは静かに俺の言葉を遮った。

 

「妹の命も、私の居場所も、この温かい日常も。全部、お前がくれたものだ。だから私は……お前の力になりたいんだ」

 

その言葉が、俺の罪悪感をさらに刺激する。

違う、それは俺が書いた悲劇の埋め合わせをしただけだ。

感謝されるようなことじゃない。俺はマイナスをゼロに戻しただけなんだ。

 

「ごめん……エリス。お前たちを巻き込む訳にはいかないんだ!」

 

一人でいい。一人がいい。孤独な邪神には、孤独な戦いがお似合いだ。

お前たちが傷つくくらいなら、俺が孤独に狂ったほうがマシだ。

俺は視線を逸らし、拒絶しようとした。

 

だが、その時。

 

「……ッ」

 

ふわりと、温かいものが俺を包み込んだ。

 

「私は……お前を一人にはさせない」

 

エリスが、俺を抱きしめていた。

拒絶の言葉を遮るように、強く、けれど壊れ物を扱うように優しく。

柔らかな体温が、凍り付いていた俺の心を無理やり溶かしにかかってくる。

 

「……エリス……」

 

「お前は、私たちがそんなに頼りないか?お前が苦しい時に、ただ守られているだけで満足するような……そんな安い女に見えるか?」

 

耳元で囁かれるその声は、震えていた。

けれど、そこには確かな怒りがあった。

俺の身勝手な自己犠牲に対する、愛のある怒りだ。

 

「一人で背負おうとするな。……頼むから、私を信じてくれ。お前の力になると言ったのは、嘘じゃないんだ」

 

「……あぁ」

 

その言葉が、俺の「作者としての傲慢さ」を打ち砕く。

そうだ。俺はまだ、どこかで彼女たちを「守られるべきヒロイン」という枠に押し込めていた。

彼女たちはもう、俺のシナリオを超えて生きている。

俺一人で勝てるほど、この世界は甘くない。

 

(……こんなに温かいものを、遠ざけてどうする)

 

あんな惨劇は一度でいい。

この温もりを守るためなら、俺はプライドも孤独も捨ててやる。

俺には、こいつらの力が必要だ。

 

俺はエリスの腕の中で、ゆっくりと息を吐き、強張っていた肩の力を抜いた。

そして、顔を上げる。

 

「……悪かった。エリス、訂正する」

 

俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、告げた。

 

「俺一人じゃ無理だ。お前たちの力が要る。……力を、貸してくれるか?」

 

「当たり前だ……!」

 

エリスは涙目で、けれど見たこともないほど晴れやかな笑顔で頷いた。

 

「邪神さまー!!」

 

パタパタと軽い足音が響いた。

重苦しい空気を切り裂くように、リナが部屋に飛び込んでくる。その手には、プルプルと震える黄色い物体が乗った皿がある。

 

「リ、リナ!?今はちょっと……」

 

「特製プリン持ってきたの!エリスお姉ちゃん直伝の!」

 

リナは満面の笑みでプリンを差し出してきた。

屈託のない笑顔。守られるべき無垢な存在。

その笑顔は、ただ純粋に俺を案じてくれている。

 

「ほら、カイお兄ちゃんもルミナお姉ちゃんも!一緒にたべよ!」

 

リナに手を引かれ、カイとルミナも部屋に入ってくる。

 

「あー、いや、その……師匠、邪魔するぜ……」

 

カイが気まずそうに入ってきた。

さっきまでのシリアスな空気が、プリンの甘い匂いとお皿の音で霧散していく。

 

「はい、邪神さま!あーん!」

 

差し出されたスプーン。

俺は震える唇を開き、黄色い塊を口に運んだ。

 

「……ん」

 

口に入れた瞬間、甘みが広がる。

その幸福感が、ひどく場違いに思えた。

まるで『罪人が甘味など味わうな』と、叫んでいるように。

 

だが、俺はそれを無理やり飲み込んだ。

これが俺が守りたい日常の味だ。

ならばその罪の味ごと飲み干すのが俺の義務だ。

 

「……うまい。甘くて、うまいな」

 

ゴクリ、と喉を鳴らして、俺はプリンを胃に落とした。

 

「ありがとう、リナ。……元気、出たよ」

 

俺の言葉に、リナが花が咲いたように笑う。

それにつられるように、ルミナの表情も和らぐ。

だが、カイだけは少し違った。

部屋を出て行く際、カイはふと立ち止まり、背中越しにボソリと言った。

 

「……師匠」

 

「なんだ」

 

「深淵の闇が騒いでいる……。世界が、またきな臭くなってきやがった」

 

カイは芝居がかった仕草で、自身の右手を抑えた。

今の俺にはその言葉の意味が痛いほど分かる。

こいつも感じているのだ。世界を覆う違和感を。

 

「俺の右腕が疼くんだ。『準備しておけ』ってな」

 

ニヤリと口角を上げた。

それだけ言うと、カイは振り返らず部屋を出て行った。

 

(……生意気になりやがって、あの中二病が)

 

胸の奥が熱くなる。

弟子にまで気を使わせてどうする。

ああ、そうだ。俺は一人じゃない。

こいつらがいるから、俺は最強の邪神でいられるんだ。

 

全員が部屋を出て行き、再び静寂が戻った部屋。

俺はマスクを手に取った。

 

およそヒーローには似つかわしくない黒い仮面。

それは、俺がこの世界で生きるための顔であり、弱気な作者である俺を殺すためのスイッチだ。

 

手は、まだ震えている。

レオンハルトを殺した感触は消えない。

だが、それでも。

 

「……震えるな」

 

俺は自分自身に言い聞かせる。

 

「俺は誰だ。俺は、この理不尽な世界を生み出した創造主だぞ」

 

悲劇も、絶望も、全部俺が書いた。

だったら――その壊し方も攻略法も、解るはずだ。

作者が自分の作品に負けてたまるか。

 

「俺は……邪神、アルテ・イリヤだ。あんな三流シナリオごとき、鼻で笑って踏み潰してやる」

 

俺は震える手で、マスクを顔に押し当てた。

カシュッ、と留め具がはまる音。

自分の呼吸音が大きく響く。

 

『――シュコー……』

 

フィルターを通した呼吸音が、部屋に響き渡る。

その瞬間、俺の手の震えはピタリと止まっていた。

怯えきった作者の顔はもうない。

そこにいるのは、世界を敵に回してでもハッピーエンドを強奪する、傲慢で不遜なラスボスだけだ。

 

「行くぞ。……シナリオのリテイクだ」

 

深夜。

屋敷の住人が寝静まった頃、俺は音もなく窓を開けた。

壁の向こうで眠る仲間たちへ、音のない感謝を送る。

今はゆっくり休んでいてくれ。夜明けと共に、忙しくなるからな。

 

俺は夜空へと舞い上がった。

目指すは王立学園。

 

なぜ今、一人で行くのか。

仲間を信じたはずの俺が、なぜ単独行動をとるのか。

それは決して、彼らを仲間外れにしたわけではない。

ただ、俺にはどうしても確かめなければならないことがあった。

 

風に乗って、微かに漂ってくる気配がある。

王都の空気には混ざるはずのない、異質な歪み。

そして、肌を刺すような視線。

 

(……呼んでるな、あいつ)

 

レオンハルト。

 

彼こそがこの世界で最も多くの血を流し、最も心を摩耗させてきた被害者かもしれない。

俺がさっき殺した「彼」と今の「彼」は、同じ記憶を持っているだろう。

だとしたら、その怨嗟は当然俺に向く。

 

これは戦いではない。

加害者(作者)が、被害者(登場人物)の前に立ち、その罪の重さを問われるための審判だ。

ならば、俺一人で行かなければならない。

 

飛行魔法を使い、上空から接近する。

眼下には、学園を外界から隔絶する巨大な正門が聳え立っていた。

無駄に黒く、天を突くように鋭利なスパイクが無数に並んだ鉄の要塞。

 

『断罪の門』とかいう名前をつけた気がする。

登ろうとする者の戦意を挫くためだけの、過剰に攻撃的なデザイン。当時の俺の「カッコいい=トゲトゲ」という短絡的な美学が遺憾なく発揮されている。

 

まともな神経なら門前で引き返すレベルだが、あいにく今の俺は空を飛べる。

関係ないね、とスルーして敷地内へ入ろうとした――その時だった。

 

ジャジャッ!

 

校庭を巡回していたゴーレムたちが、一斉に首を真上に捻じ曲げ、正確に俺を捕捉した。

 

『――侵入者、ハッケン』

 

(げっ、バレた!? 夜間はセンサー感度も段違いかよ!)

 

赤い眼光が殺意を伴って明滅する。

不可視の魔法でやり過ごすべきだったか。

だが、俺は邪神だ。コソコソ隠れるのは性に合わない。

 

ならば――!

 

俺は覚悟を決め、あえて急降下した。

 

ドォォォン!!

 

土煙を巻き上げながら、敵のど真ん中に着地する。

立ち上る砂塵。

その向こうで迎撃態勢に入り、砲口をこちらに向けるゴーレムたち。

だが、俺の作者の脳が奇妙な既視感を訴えた。

 

(……ん?待てよ。こいつら……?)

 

こいつらの中二じみたフォルム。

関節の隙間から漏れる紫色の光。

そして何より肩パーツには、六枚の翼を広げた単眼の蛇が、浮き彫りのように刻まれていた。

 

賭けではない。確かめるだけだ。

俺は前に出た。

 

 

右手を高々と掲げ、左手で右目を覆い、片足立ちで背中を思い切り反らす。

かつてジェノ君を屈服させた、邪神のポーズだ。

 

「――頭が高い。……誰の御前だと思っている!!」

 

腹の底から、覇気(という名のハッタリ)を放った。

夜の校庭に朗々と響き渡る。

 

(……ど、どうだ?)

 

心臓が早鐘を打つ一瞬の静寂。

直後、ガガガガッ!と異音が響いた。

 

数体の警備ゴーレムたちが一斉に痙攣し、地面にヘッドスライディングするように平伏した。

 

『『『シテ……ユルシテ……』』』

 

「やっぱり、こいつらにも効くのかよ……!」

 

こいつら、学園で作られた最新鋭の警備ロボットじゃない。

旧文明の遺跡から発掘された、破壊の自動人形『キリング・ドール』だ。

 

どうやったか知らんが、かつて世界を火の海にした兵器を再利用していやがったのか。

だが、幸いなことに、こいつらの創造主(という設定)は、他ならぬ邪神アルテ・イリヤだ。

古代兵器が、生みの親に逆らえるはずがない。

 

「おう、ご苦労さん。色が塗り直されてて気付かなかったぞ」

 

俺は労うように、一番近くにいた機体の肩をポンポンと叩いてやった。

 

「引き続き業務に戻れ。俺以外の不審者がいたら、遠慮なく撃ち落としていいぞ。……当時のキレを見せてやれ」

 

『御意、創造主サマ……』

 

再起動したゴーレムたちが、俺に敬礼を送りながら巡回に戻っていく。

完全に手下になったようだ。

 

「ふん、チョロいもんだ」

 

口では強がるが、背中は冷や汗でびっしょりだ。

だが、これでいい。

俺はこの世界のルールを作った神だ。使える設定は全部使って、ねじ伏せてやる。

 

俺は学園の奥へと進む。

目指す生徒会室には誰もいなかった。

だが、机の上にはまるで俺が来るのを見越していたかのように、一枚のメモが残されていた。

魔力の残滓で書かれた文字。

 

『話があるなら、旧校舎へ来い』

 

人気のない旧校舎。

すでに使われなくなって久しい、ボロボロの木造校舎だ。

廊下を歩く。床が軋む音だけが、やけに大きく響く。

埃っぽい空気。割れた窓ガラスから差し込む月明かり。

まるで幽霊屋敷だが、今の俺にとっては、どんなお化けよりも恐ろしい現実が待っている場所だ。

 

最奥の教室。扉は開け放たれていた。

月明かりだけが照らす教室の窓辺に、その男はいた。

 

窓枠に腰掛け、夜風に白髪をなびかせている生徒会長。

 

アッシュ・ノエル――またの名を、レオンハルト。

 

彼は俺に背を向けたまま、口元から細い紫煙を吐き出していた。

 

「……煙草?」

 

俺は思わず声を漏らした。

『混沌クロニクル』のどこを見ても、彼が喫煙者だという記述はないだろう。

そもそも未成年の学生だ。

清廉潔白な王子様キャラに、ニコチンなど似合うはずがない。

 

レオンハルトは足元に吸い殻を投げ捨て、革靴の裏でグリグリと火を揉み消した。

その足元には、既に何本もの吸い殻が転がっている。

さらに言えば、破り捨てられた手帳のページが散乱していた。

まるで嫌気が差した役者が、台本を破り捨てたかのように。

 

「……ぎりぎり、及第点といったところか」

 

彼はゆっくりと振り返り、冷たい瞳で俺を射抜いた。

 

「来るのが遅い。待ちくたびれて、本数が増えてしまっただろう」

 

その態度は、敵対者へのものでありながら、どこか共犯者を迎えるような響きを含んでいた。

俺の知らない設定。俺の知らない表情。

目の前にいるのは、俺が書いた完璧な王子様ではない。

この狂った世界で、同じ時を繰り返し、足掻き続けてきた、一人の疲弊した男だった。

 

「待たせたな。……ちょっと、門番への挨拶に手間取ったんだ」

 

俺は努めて平静に、不敵な笑みを浮かべてみせる。

仮面の奥で、冷や汗が流れるのを感じる。

心臓は早鐘を打っている。

当然だ。目の前にいるのは、数時間前の未来で、俺が一度殺した相手なのだから。

 

だが、俺は一歩、彼の方へと踏み出した。

もう逃げない。

たとえ彼が俺の首を狙おうとも、俺は責任を取らなければならない。

 

俺の覚悟を感じ取ったのか、レオンハルトは口角を歪め、愉悦とも侮蔑ともつかない笑みを浮かべた。

 

「では、答え合わせといこうか……『仮面の氷結処刑人』。いや――」

 

彼はその冷徹な瞳で、俺の魂の奥底、あるいはこの世界の構造そのものを見透かすように告げた。

 

「創造主よ」




とりあえず明日と明後日も投稿する。
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