エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい   作:超とんでもなくムッチリしたインコ

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ぜんかいのあらすじ
アリスがいじめられる現場を目撃したアルテは救済のため、ガリウスと共に地獄のランチタイムを開始


第28話 安易ではない救い(スク水回ver)

古びた魔導書を胸に抱き、小刻みに震える小柄な少女――アリス・リドル。

彼女を壁に追い詰めるように、三人の男子生徒が立ちはだかっている。

ニヤニヤとした卑屈な笑い。アリスの眼帯に伸びる手。

典型的な、そして俺がかつて書き殴ったシナリオ通りの悪意の光景だ。

 

(……やはり、避けられないか)

 

俺は靴音を響かせ、歩み寄った。

 

「……ちょっと待て」

 

「ッ!?」

 

背後から掛けられた声に、いじめっ子たちは振り返る。

 

「か、仮面の……氷結処刑人……!?」

 

彼らは明らかに狼狽していた。

だが、その目はどこか虚ろだ。彼らもまた、物語という強制力に踊らされているに過ぎない。

なら、その舞台ごとひっくり返すのが作者の役目だ。

 

「な、なんだよあんた……! 俺たちに手を出すってのか?」

 

震える声で虚勢を張るリーダー格。

俺は彼らの背後で怯えるアリスに一瞬だけ視線をやり、肩をすくめた。

物理的に叩きのめすだけでは、この物語の呪いは解けないのだ。

 

「安心しろ、俺は暴力は好まない。ただ……少し『賑やか』になるだけだ」

 

「は……?」

 

俺は懐から通信機を取り出し、短く告げた。

 

「……作戦開始だ。派手にやれ」

 

直後――

 

キィィィィン!!

 

「うぐっ!?」

 

不快なハウリング音が、校内放送のスピーカーから大音量で響き渡った。

廊下の空気そのものを震わせるような音圧に、周囲の生徒たちが一斉に耳を押さえる。

 

「な、なんだ!? 放送事故か!?」

 

ざわめく喧騒を切り裂くように、スピーカーから――ガリウスの声が流れた。

 

『ここからは特別番組! 『あなたのヒミツ、懺悔の時間』のコーナーですぞォォォ!!』

 

BGMが、場の空気にそぐわない陽気なサンバに切り替わる。

いじめっ子たちがキョロキョロと周囲を見回す中、ガリウスの声は楽しげに続いた。

 

『えー、最初のお便りは……匿名希望の「貴族A」君から! ……ふむふむ。『2年B組の、金髪で、右の靴紐だけいつも解けている男子生徒へ』……』

 

「……あ?」

 

アリスの眼帯に手を伸ばしていたリーダー格の男子生徒が、ハッとして自分の足元を見た。

右の靴紐が、解けている。

 

『なんと! 彼らには誰にも言えない秘密があるそうですぞ! ……えー、「僕は実は……家では猫語で甘えるのが趣味です」……』

 

「!?」

 

『家に帰ると、毎日ぬいぐるみのクマちゃんに「今日も学校怖かったよぉ~」って泣きついてるらしいじゃないか! しかもそのクマちゃんに「ママ」って名前つけてるってマジ!?』

 

「ぶっ……!!」

 

廊下の向こうで、誰かが吹き出す音が聞こえた。

男子生徒の顔が、瞬く間にトマトのように真っ赤に染まる。

 

『さらに! 「将来の夢は、お母さんと結婚することです」……おおっと、これはマザコンの波動を感じますなァ!!』

 

「やめろォォォォォ!!」

 

男子生徒が絶叫する。周囲の視線が一変した。

笑いをこらえた者、眉をひそめた者。無数の反応が、鋭利な刃となって突き刺さる。

 

俺はその様子を静かに見下ろし、内心で頷いた。

傍から見ればただの公開処刑だが、これでも救済のつもりだ。

 

今この学園を満たしているのは、アリスの闇落ちに呼応した精神汚染。

ならば――羞恥という名の劇薬で、思考をクリーニング(強制洗浄)してやる。

負の感情を吸い上げ、彼女を絶望させる環境を壊す。

これは、その第一歩だ。

 

『お次はそこの取り巻き二人! 君たちにも「実家の犬」と「洗濯係」からタレコミが届いているぞ!』

 

「ひっ……!?」

 

残りの二人が後ずさるが、ガリウスの美声は逃さない。

 

『まとめてドン!! 右の君は「毎晩『ときめき☆ナイト』のヒロインになりきって枕を濡らしている」、左の君は「暗いのが怖くてパパのパジャマの裾を握らないとトイレに行けない」……とのことですぞォォ!!』

 

「「ぎゃああああああああ!!」」

 

『いやはや! 騎士道よりも恋の道、そしてパパへの愛! 涙で前が見えませんぞォォ!!』

 

「ち、ちがう!騎士役の気持ちを理解するためなんだよぉぉ!!」

「やめてくれぇぇ! パパのパジャマはシルクの触り心地が安心するだけでぇぇ!!」

 

弁解すればするほど、墓穴を掘っていくな。

教団の情報網を舐めるなよ。

こいつらは、お前たちの家の壁にだって耳がついているんだからな。

 

「……お、俺たちが悪かった! 放送を、その放送を止めてくれぇぇぇ!」

 

涙目で見上げてくる彼らに、俺は作者としてのやるせなさを覚えた。

こいつらもまた、運命の被害者なのだ。

 

「……安心しろ。『仕上げ』も、ちゃんと考えてある」

 

俺は慈悲深い笑みを浮かべ、彼らにゆっくりと歩み寄る。

そして、ヴォイド・ストレージへと手を伸ばした。

 

ここに入っているのは『黒龍王筆(ブラック・ドラゴニック・ペン)』。

通常の龍王筆と機能は同じだが、装飾の突起を三割増しにした、物理的にもっと痛い限定モデルだ。

これを握らせれば、痛みも二倍。より強く意識を現実に引き戻せる。いわば更生の二刀流だ。

俺直々に授けたとなれば、あいつらも体裁くらいは保てるだろう。……多分。

 

俺がその漆黒の筆を掴み、取り出そうとした――その時だった。

 

キィィィィィン!!

 

スピーカーから、全校生徒の鼓膜をドリルで抉るような、超ハイテンションボイスが炸裂した。

 

『イェエエエエイ! お待たせしました生徒諸君! そして魔界の同志諸君!!』

 

「はっ……!?」

 

次の瞬間、巨大な魔導スクリーンが展開された。

映し出されているのは、冷や汗を流して立ち尽くす俺の姿。

そして――滝のように流れる、魔界文字による弾幕コメント。

意味が、勝手に脳へ流れ込んでくる。

 

『キタアアアアアアア!! 待ってたぞスク水回ィィ! !!』

『我、興奮ノ余リ心臓ガ爆発!! ダガ構ワン!!』

 

スピーカー越しに、ズサーッ!! と土下座の音が響いた。

 

『申し訳ありませんッ邪神様ァァァ!! 以前頂いた「何でも願いを聞く」という権利……今、ここで使わせていただきますぞォォ!!』

 

「ガリウスお前えええ!!学校だぞここは!!」

 

そう、実は約束をしていた。

以前、大邪神像を素材に使うため、号泣して渋るガリウスに、良かれと思って渡したものだ。

――たった一度の絶対命令権を。

だが待て。 この演出、あの忌まわしき『強欲の錬金釜』じゃねえか!!

 

「って、おい弾幕! 『スク水回』って誰が着るか!? そんな伏線回収いらねえよ!!」

 

『何を仰いますか! 私の両目は、邪神様のスク水を焼き付けるためだけに、母の胎内から形成されたのです! この奇跡を逃す事こそが、真の『世界の終わり』! 瞬きすら罪ですぞォォォ!!』

 

「ダメだこいつ話が通じねえ! 却下だ却下!!」

 

『そうおっしゃると思いましてな……グリード・ポッド殿に相談したのです!』

 

俺の背筋に悪寒が走る。

 

『魔界通信網『アビス・チューブ』リンク・スタート(強制接続)!!』

 

ブォン!!

 

「ぎゃあああああああ!?」

 

俺の悲鳴と同時に、学園中の至る場所にスクリーンが展開された。

視界を埋め尽くす弾幕コメントが、ある一つの『怒り』で埋め尽くされていく。

そのリスナーの総意を代弁するように、強欲の錬金釜がドスの利いた声を張り上げた。

 

『よお、邪神ちゃん! 前回の配信で「次はスク水回な!」って約束したのに、全然脱ぐ気配ねぇじゃねぇか! 詐欺かぁ!? リスナーは怒ってるぜぇぇ!!』

 

「いやそれ!お前が勝手に言っただけじゃねえか!!」

 

絶叫する俺の前に、強欲の錬金釜がグニャリと現れる。

その悪魔の顔は、かつてないほど下卑た歓喜に歪んでいた。

 

『我には解るんだぜぇええ!? お前、以前「今の俺ならスク水でブレイクダンスを踊りながら倒せる気がする」なーんて、不遜なことを考えてただろぉぉぉ!?』

 

「なっ……!? なんでそれを!? お前、心まで読めるのかよ!?」

 

『当たり前だろぉ! 我はお前の深層心理を暴き出すんだよ! それになぁ、リスナーとの約束を破るなんて、配信者としてあるまじき行為だぜぇぇ!?』

 

釜の眼窩が怪しく光り、システムメッセージが視界を埋め尽くす。

 

『ガリウスの願いとリスナーのソウルが完全合致だ! 拒否権なしの強制執行、いっちゃうぜぇぇ!!』

 

ドロロロロ……ッ!!

 

俺の足元から漆黒の粘液が噴出し、禍々しい鏡面仕上げのステージを形作っていく。

闇で編み上げられた巨大なスピーカーが山積みになり、重低音で廊下が物理的に波打ち始めた。

 

「やめろぉぉぉ! ステージまで作るな! 今はアリスの前なんだぞ! 俺の威厳が、英雄としての格好がぁぁぁ!!」

 

『はい一回目! お題は『王立学園の校訓を、メスガキ口調でわからせ朗読』だァァァ!!』

 

俺の首がギギギと音を立てて強制的に回り、呆然としている三人のいじめっ子たちをロックオンした。

俺の口が、俺の意思を完全に無視して、最高に生意気な三日月形に歪む。

脳内に流し込まれる強制スクリプトが、俺の喉を、舌を、駆動させた。

 

「《……校訓『清く、正しく、逞しく』ぅ? うっそだぁ~♡》」

 

俺は腰に手を当て、蠱惑的かつ小馬鹿にしたポーズで彼らを指差した。

 

「《よわよわな女の子ひとり囲んでイキってるだけの、クソ雑魚お兄ちゃんたちのどこが逞しいのぉ? キャハハ! 校則以前に、男として終わってるね♡ ざ~こ♡》」

 

(死にたい死にたい死にたい死にたい!!)

 

いじめっ子たちの顔が屈辱で真っ赤になるのと、俺の心が死ぬのは同時だった。

 

バシュゥゥゥッ!!

 

絶望に浸る間もなく、闇の触手が俺の体を侵食し、強制追加装備ドン!

闇が晴れた後に現れたのは、紺色のスクール水着と上履きを履いた俺。

しかも、なぜか猫耳カチューシャと鈴付きの首輪、そして「あるて」の名札まで付いた、どこからどう見てもアウトな『校則違反・完全処刑仕様』だ。

 

『さあ、休む暇はねえぞ! 二回目! 魔界式・わからせ体力測定、開始ィィ!!』

 

「体力測定!? なんでこの格好でそんなことを!」

 

『リスナーが「筋肉の弛緩と躍動が見たい」っつってんだよ! ほら、背中を反らせろ! 反復横跳びだ!!』

 

「ひっ!?」

 

勝手に体が動き出す。

俺の意思とは裏腹に、鍛え上げられた肉体は残像が見えるほどの速度で反復横跳びを開始した。

 

キュッ! キュッ! キュッ! キュッ!

 

「や、やめろぉ! なんでこんな時だけ体が軽いんだよぉぉ!!」

 

上履きが床を擦る高い音が、校内に虚しく響き渡る。

左右に飛ぶたびに、スク水という名の悪魔の布面積が太ももに食い込み、猫耳と鈴がシャンシャンと陽気なリズムを刻む!

 

「見るな! 躍動感のある俺を見るなぁぁぁ!!」

 

『無駄にキレのある動き! 恥じらいながらも完璧なフォーム!いいぞぉ!』

『速スギル! 残像デ、スク水ガ3人ニ見エル奇跡!!』

『筋肉ノ躍動、マサニ深淵ノ芸術!』

 

「フォームを褒めるな! 殺せ! いっそ俺を殺してくれぇぇぇ!!」

 

さらに俺が苦悶の表情でブリッジをさせられると、学園の空気が一変した。

俺の羞恥エネルギーが物理法則に干渉し、空間そのものが重苦しく歪み始めたのだ。

 

「な、なんだ!? 氷結処刑人が動くたびに、空気が……世界が歪んでいく……っ!?」

 

いじめっ子たちは天井を見上げ、未知の圧力にガタガタと震えだした。

逆らえない。逃げられない。

これはただのダンスじゃない。世界の理そのものを書き換える儀式だと思い知らされているのだ。

 

『よし、いい汗かいたなァ! 三回目! お題は『お前が封印した恥ずかしい黒歴史を叫べぇ!!!!』

 

俺の口が、またしても勝手に動き出す。

 

「《かつて……俺は思った。魔法には詠唱。だが、ただ唱えるだけじゃつまらない。リズムとビートに乗せてこそ、言霊は真の力を発揮する……そう、これからはアビス・ラップ(深淵の言霊)の時代だとな……ッ!!》」

 

「って、やめろぉぉぉ! その黒歴史を語らせるな! 封印したんだよそれは!!」

 

そんな抗議は届かない。

重低音のビートが学園中に響き渡り、俺の喉は勝手に韻を刻み始めた。

 

「《Yo、Yo、ハリボテの権威 剥ぎ取る善意 お前の定義を崩す正義 ここは礼儀知らずの会議

暴かれた罪状 最上の会場 俺が大将 お前が対象 萌え萌えキュン! これぞ深淵からの追及! Say Ho!!》」

 

(……誰か俺を救ってくれ……)

 

『Wait...!? (いん)ガ深淵ヨリ深イ……!!』

『Oh my GOD!! 悪魔的フロウ! Real Devil!!』

『「罪状」ト「会場」デ踏ムトハ……This is LEGEND!!』

 

魔界の住人たちが絶頂に達する中、いじめっ子たちは「将来の夢はマザコン……」「俺はパパのパジャマ……」と涙を流しながら、俺のラップに合わせてハンドサインを出し始めた。

もうこれ、完全な精神汚染だ。

 

『はいミュージック・スタート! 仕上げに邪神ちゃんの「黒歴史ブレイクダンス」いっちゃうぜぇぇ!!』

 

爆音で流れるのは、やたらとBPMの速い魔界サンバ。

俺の肉体は、もはや重力を無視して、闇のステージの上を舞った。

 

「《唸れ遠心力! 俺の回転は……時空さえもねじ切るダーク・トルネードッ!!》」

 

ウィンドミル、ヘッドスピン、そしてバックスピン!!

スク水の股布が限界まで引き延ばされ、全方位に展開された魔導スクリーンに超高画質で映し出される!

 

カッ!!!!

 

股関節が大きく開かれるたびに、魔界のコメント欄が物理的に発火した。

 

『魔界の出生率が300%上昇。原因はこの配信』

『我ハ今、宗教ヲ創ル決意ヲシタ。教典ハコノ配信ノ録画ダ』

『邪神様の股抜き視点。神に感謝』

 

「映すな! そこをドアップで映すなァァァ!!」

 

俺が涙目で激しくお股を開閉させながら踊り狂う中、廊下の向こうで信じられない光景が目に入った。

 

「……はぁ、はぁ……。邪神様を見ながら食べるごはん……最高に美味しいですわ!!」

 

ルミナが、踊る俺をガン見しながら、すさまじい勢いで白米を掻っ込んでいる。

おかずはゼロだ。視覚情報だけで米を食いやがっている。

 

「おかずにするな! 飯を食うのをやめろぉぉ!!」

 

そんな地獄絵図の傍らで、カイは俺の姿に目を輝かせ、あろうことか同じステップを踏み出そうとしていた。

 

「……ッ! やはりあんたは次元が違う! 羞恥という名の業火で己の魂を焼き、その光で世界を救うとは……! 俺も、俺もその高みへ……ッ!!」

 

カイの目には、既に師匠と共に踊る自分のビジョンが鮮明に見えていた。

 

「カイ、一緒に踊りましょう! 邪神様を挟んで、三人でブレイクダンスを……!」

 

ルミナが目を血走らせてカイの手を取ろうとする。

 

「お前たちまで向こう側に行くなァァァ!!」

 

エリスが悲鳴のようなツッコミと共に、ルミナを羽交い絞めにして全力で引き戻した。

 

「離してくださいエリス様! 私も踊るんです! 邪神様と! カイと! 三人で!」

 

「カイ、お前も正気に戻れ! あれは『高み』じゃない! 人の尊厳という崖の底なんだ!!」

 

一方、アリスはといえば。

彼女は古びた魔導書で顔を半分隠し、ガタガタと小刻みに震えていた。

 

(……アリス、違うんだ。これは俺が望んだことじゃないんだ……そんな「この世の終わり」を見るような目で俺を見ないでくれ……!!)

 

そんな俺の内心の叫びも虚しく、システムは無慈悲にフィナーレを告げる。

 

『はいラスト! 決めポーズで「萌え萌え・グランドフィナーレ」だァァ!!』

 

俺の肉体は、無慈悲にも足を大きくM字に開いた状態で静止し、指でハートマークを作らされた。

 

「《こ、混沌を……召し上がれ……にゃん♡》」

 

ドゴォォォォン!!

 

爆音と共に花火が炸裂した。

叫びも、憎しみも、恐怖も、すべてが意味のない派手さに押し流されていく。

もはや、いじめも、貴族も、魔眼の恐怖も、すべてが「邪神ちゃんのスク水ダンス」という狂乱の渦に消え去った。

 

俺は股を開いたままの姿勢で、魂が抜け出したような目で天井を見上げていた。

 

(……救済。そう、これも『安易ではない救い』だ。……俺の尊厳を代償に、世界の歪みを、おっぴろげにするんだ……)

 

轟音と共に配信が終了し、ホログラムスクリーンが霧散する。

だが、いつものように金貨が噴き出すことはなかった。

代わりに、強欲の錬金釜(MC)が意味深な笑みを浮かべて囁く。

 

『ヒャハハー! 今回稼いだ莫大なソウルだが……例の計画のギャラとして預かっておくぜぇ?』

 

釜はそれだけ言い残し、ニヤリと笑って虚空へと消えた。

残されたのは、静寂と、精神的に焼け野原になった俺だけだ。

視界の端で、何かが動いた。見れば、いじめっ子たちが白目を剥いて震えている。

 

(……そうだ。仕事がまだ、残ってたな……)

 

俺が取り出したのは『黒龍王筆(ブラック・ドラゴニック・ペン)』だ。

 

「ひっ!? 氷結処刑人さま!?」

 

「安心しろ、制裁はしない。……俺もお前たちと『同じ』だからな」

 

「え……?」

 

俺の言葉に、彼らの目から恐怖が少しだけ消え、困惑が混じる。

 

「恥じることはない。誰にでも『闇』はある。……だが、それに飲み込まれてはいけない」

 

俺は自分への特大ブーメランを無視し、配布済みのアイテムについて問いかけた。

 

「配られた『ドラゴニックペン』は持っているか?」

 

「え? あ、ああ……。氷結処刑人様からの寄付だっていう、あのペンか……?」

 

彼らがポケットからペンを取り出す。

翼が生え、ドラゴンの鱗が彫刻された、握り心地最悪のペンだ。

 

「そうだ。……それはただの筆記具ではない。己の『弱さ』を戒めるための拘束具だ」

 

「な……なんだって……!?」

 

「そして……これを見ろ『黒龍王筆』……。選ばれし者にしか扱えぬ、限定モデルだ」

 

「げ、限定モデルッ!!?」

 

貴族のボンボンは限定という言葉に弱いと踏んだが、やはり食いついたな。

 

「お前たちには素質がある。……特別に授けよう。それを『デュアル・ウィールド(二刀流)』で構えろ」

 

「デュアル・ウィールド……!?」

 

「そうだ。左右に持って強く握りしめろ。その無数の突起が指に食い込む痛み……それこそが、お前たちの『弱さ』が抵抗している証拠だ」

 

彼らは言われるがまま、両手にトゲトゲのペンを握りしめ、ギリギリと力を込めた。

 

「ぐ、ぐぅぅぅッ!!」

「い、いってぇぇぇ……!!」

 

当然だ。指の股にドラゴンの翼が食い込んでいるのだから。

だが、俺は畳み掛ける。

 

「痛いか? ……その痛みが、お前たちを『現実』に繋ぎ止める鎖となる。恥も、外聞も、ママへの甘えも……痛みと共に乗り越えろ!!」

 

「う、うおおおおおおッ!いってぇぇぇ!!」

「でも……なんか力が湧いてくる気がするぅぅッ!!」

 

痛みで脳内麻薬が出ているのか、それとも中二病の集団催眠か。

彼らの中でいじめという陰湿な欲望が、痛みに耐える俺かっこいいと歪んだ自己陶酔に上書きされていく。

 

「……見事だ。お前たちはもう、弱い者いじめで己を慰めるような小物では……ふぐっ……」

 

「え?」

 

かっこよく締めようとした瞬間、さっき自分が晒した「召し上がれにゃん♡」の映像が、脳内で鮮明にフラッシュバックした。

 

「うっ、ぐすっ……! うあぁぁ……!」

 

俺の目から、止めどない涙が溢れ出した。

説教している場合じゃない。死にたい。今すぐ舌を噛んで死にたい。

尊厳の喪失感が、遅れて津波のように押し寄せてきたのだ。

 

だが、その涙を見たリーダー格が、ハッと息を飲んだ。

 

「俺たちのために泣いてるのか……?」

「……ま、まさか……俺ら痛みを代弁して……!」

「俺たちごときのために、英雄が涙を……!!」

 

違う。ただの特大の羞恥心だ。

だが、彼らはペンを握りしめ、ボロボロと涙を流して土下座した。

 

「うおおおッ!! この痛み、一生忘れません!!」

「行くぞお前ら! 英雄の涙を無駄にするな! さらなる修羅の道へ!!」

 

彼らは叫びながら、血走った目で廊下の彼方へと走り去っていった。

どこへ行くのかは知らないが、まあ、アリスに構っている暇は当分ないだろう。

アリスは壁に背中を預けたまま、呆然と俺を見ていた。

俺はそんな彼女の前に立ち、精一杯の勇気を振り絞って声をかけた。

 

「……アリス。一緒に、昼飯を食わないか?」

 

アリスはポカンとして、それから信じられないものを見る目で俺を見た。

そして、恐る恐る口を開く。

 

「……えっ……!? こ、この流れで、ですか……!!?」

 

ごもっともだ。

いじめっ子をペンで洗脳し、スク水で踊り狂い、号泣した直後のランチの誘い。

狂気以外の何物でもない。

 

「……だよな。やっぱ、無理だよな……」

 

俺がガックリと項垂れると、頭上から「くすっ」という小さな笑い声が降ってきた。

顔を上げると、アリスが口元を押さえて笑っていた。

 

「……ふふ。貴女って、本当に変な人」

 

彼女の目から、先ほどまでの世界の終わりを見るような恐怖は消えていた。

代わりにあったのは、呆れと、ほんの少しの親愛。

 

「……私なんかで良ければ」

 

「本当か!?」

 

「はい。……だって、あんな姿を見せられたら、もう怖いものなんてありませんから」

 

それは褒め言葉として受け取っておこう。

俺たちが顔を見合わせて笑っていると、廊下の向こうから仲間たちが駆け寄ってきた。

 

「師匠ォォォ! さっきのステップ、俺にも伝授してくれ!!」

「カイ!さっきの事は忘れろ! アルテをこれ以上汚染させるな!」

 

目を輝かせるカイを、エリスが必死に引き剥がしている。

そして、その後ろからルミナが、うっとりとした表情で歩いてきた。

 

「はぁ……。ごちそうさまでした。私、もうお腹いっぱいですわ……♡」

 

「俺の尊厳を栄養素にするな!!」

 

こうして俺たちは、奇妙な連帯感の中で屋上ランチへと向かった。

 

それはそれとして。

この騒動の元凶であるガリウスには、後日きっちりと落とし前をつけた。

奴の両眼を魔法で一時的に映写器に作り替えた。

そして教団の大ホールで、俺のダンス映像を二十四時間投影させ続ける。

信者たちはそれに感涙し、ありがたがってひれ伏しているが……。

 

壁一面に映る尊い姿。だが、光源である本人だけは決してそれを見ることができない。

尊さへの渇望に身を捩らせ、虚空を掻きむしるその姿は、まさに『タンタロスの責め苦』そのものであった。




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