エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい 作:超とんでもなくムッチリしたインコ
地獄のスク水回から数日が過ぎた。
俺たちの学園攻略は斜め上……いや、明後日の方向へ爆走していた。
登校風景が変わった。
かつては貴族の馬車や、煌びやかな制服が並んでいた正門前。
今、そこを闊歩しているのは闇のファッションリーダーたちだ。
「よう、兄弟。……今日の『痛み(ペン)』の調子はどうだ?」
「最高だ。指先の痺れが、脳髄までクリアにしてくれる……」
挨拶からしておかしい。
生徒たちが身につけているのは、俺(氷結処刑人)のマスクを模した仮面風レプリカと、漆黒のローブ。
だが、彼らはそれをただ着ているだけではない。
仮面をあえて顔につけず、斜めに被ってベレー帽風にしたり。
黒ローブの裾をまくり上げ、裏地の赤色を見せる着こなしをしたり。
女子生徒に至っては、
「見てこの刺繍! 『アビス』って文字、マジでバイブス上がらない?」
「わかるー! チャームもかわいくて尊いよね〜!」
(若者のセンスが複雑骨折してる……!!)
俺はその
拷問ペンに続く第二弾。
教団が作製、販売中であるこの不審者セットを公式学生服として配った。
「精神汚染対策」と「神隠し対策」でもある、
個性を消し、全員を均一化することで、汚染を抑えつつ標的逸らしを狙った苦肉の策だ。
「ダサい」「宗教くさい」といった反発が起きることも覚悟していた。
だが、蓋を開けてみればこれだよ。
王都では今、教団のアパレルブランド――『D・E・A・T・H』。
正式名称はダークネス・エターナル・アパレル・トータル・ハウス……なげぇよ!
まあともかく、若者の間で社会現象らしい。
店長兼、最高司祭のガリウスが、
『自由は鎖にある』
『救いは献身にある』
『選択は服従にある』
という、とち狂った三段構えのキャッチコピーで売り出した結果、ちょっと宗教くさいダークコーデが若者文化の最前線になってしまったのだ。
「先生、おはようございます!」
「うむ。今日のローブの着こなし、キレてるな」
「ありがとうございます! 昨夜、徹夜でダメージ加工しました!」
教師まで褒めだした。ダメだこの国、早くなんとかしないと。
しかし、その狂気は授業中になっても収まらなかった。
彼らが握っているのは翼や鱗の装飾が指に食い込む、拷問ペンだ。
「……この痛みが、俺の脳を活性化させる……!」
「雑念が消える……! 覚えられる、脳味噌に刻み込まれていくぞぉぉ……!」
(……俺、邪神じゃなくて『マゾヒスト製造機』だったのか……?)
学園全体が、痛みと黒歴史を共有する謎の集団へと変貌しつつある。
だが、これはアリスを救うためだけではない。
アリスをいじめなければならないという世界の強制力から、生徒たち自身を守るためのワクチンでもある。
荒療治だが、今のところ効果はてきめんだった。
昼休みになれば、校内スピーカーからは、DJガリウスの陽気な声が流れている。
BGMは軽快なジャズだ。
『懺悔ラジオ、お前の秘密を暴露するぞスペシャル~!さあ、ラジオネーム・堕天使ルシファー君からの投稿ですぞ!』
今や生徒たちは、この放送を楽しみに待っている。
今日は誰の黒歴史が?というワクワク感が、陰湿な空気を吹き飛ばしていた。
平和だ。狂っているが、平和だ。
空は晴れ渡り、風も穏やかだ。
俺たちはアリスを誘い、中庭のベンチで昼食を囲んでいる。
「アリス様。その卵焼き、私の唐揚げと交換しましょう?」
「あ、ズルいぞルミナ! 俺のタコさんウィンナーも食べてくれアリス!」
ルミナとカイが、アリスを囲んで賑やかに騒いでいる。
アリスは少し困ったように、でも嬉しそうに微笑んでいた。
「ふふ……。ありがとうございます。じゃあ、半分こしましょう」
彼女もまた、黒いローブを羽織っている。
まだ仮面をつける勇気はないようだが、その姿はすっかりアルテ一味の一員だ。
「……あの。アルテさん」
「なんだ?」
「その……学校って、もっと怖い場所だと思ってました。でも……」
アリスは周囲を見渡した。
生徒たちがガリウスの垂れ流す怪文書に爆笑したり、ペンの痛みを自慢し合ったりしている。
そこには、彼女が恐れていた冷たい視線や陰湿な無視はない。
あるのは騒がしくて、どこか馬鹿馬鹿しい日常だ。
「……なんだか、おかしくて楽しい場所ですね。ふふっ」
「……ああ。そうだな」
アリスが、花が咲くように笑った。
隣でエリスが満足げに紅茶を啜っている。
ルミナはアリスの口元を、甲斐甲斐しく拭いてあげている。
「――ほう。優雅なランチタイムだな」
不意に、背後から気怠げな声がかかった。
振り返ると、そこには制服を着崩した白髪――生徒会長のアッシュが立っていた。
手にはコンビニ感覚で買ったらしい焼きそばパンを持っている。
「せ、生徒会長……!?」
アリスが驚いて立ち上がろうとする。
無理もない。学園の頂点に立つ男が、こんな中庭の片隅に現れたのだ。
「座っていろ。……堅苦しいのは嫌いだ」
アッシュはひらりと手を振り、俺の隣にドカッと腰を下ろした。
その動作はあまりに自然で、最初からそこにいたかのような違和感のなさだ。
「……派手に改革をしてくれたものだな、邪神よ」
「人聞きが悪いな。俺はただ、生徒たちの『潜在能力』を引き出しただけだ」
俺が肩をすくめると、アッシュは鼻で笑った。
「……ふん。おかげで校内はカルト教団の支部みたいになっているがな。……まあ、陰湿な空気が消えたのは評価してやる」
彼はそう言って、焼きそばパンを大きくかじった。
その横顔には、生徒会長としての威厳よりも、どこか達観したような穏やかさがあった。
アリスが、ぽかんとしてその様子を見ている。
「あ、あの……生徒会長さんが、どうしてここに……?」
「抜け出して来た」
「えっ」
「生徒会の椅子は硬くてな。それに、ここには『面白い連中』が集まっていると聞いた」
アッシュは俺たちを見回し、最後にアリスへ視線を止めた。
「……アリス・リドルだったか。安心しろ、俺は敵じゃない。……少なくとも、こいつらと一緒に飯を食う程度にはな」
「は、はい……!」
アッシュのワルっぽいけど実は良い人っぽい人となりに、彼女も警戒を解いたようだ。
これがアッシュ――レオンハルトの本来の一面なのかもしれない。
と、その時だった。
ズシーン……ズシーン……
地面を揺らす重い足音が近づいてくる。
生徒たちが悲鳴を上げて道を開ける中、その巨体は現れた。
全身トゲトゲの鋼鉄装甲。
殺意の塊のようなギロチンアーム。
そして、なぜかその巨体に無理やり着せられた、パツパツの用務員作業着。
アイアンゴーレムのジェノ君だ。
「ひぃぃっ!? か、怪物が……!!」
アリスが真っ青になって俺の背中に隠れる。
当然の反応だ。どう見てもラスボスの風格である。
『……アッ……』
ジェノ君はアリスの怯えた反応を見て、悲しげにモノアイを明滅させた。
そして、巨大な体をオドオドと縮こまらせる。
『コ、コワク……ナイ……ヨ……?』
「あー、大丈夫だアリス。紹介するよ」
俺はアリスの背中をポンと叩き、ジェノ君を手で示した。
「こいつはジェノ君。うちの……じゃなかった、この学園の新しい『ガーデニング担当』だ」
「ガ、ガーデニング……!?」
「ああ。見た目はちょっとイカツイが、花を愛する心優しい奴なんだ」
俺が言うと、ジェノ君は恥ずかしそうに(?)身をよじり、ゆっくりと左手を差し出した。
人差し指だ。
『……ヨロシクネ、アリス』
不器用な、けれど精一杯の握手ポーズ。
アリスは恐る恐る顔を出し、その巨大な指先を見つめた。
そこに敵意がないことを感じ取ったのだろう。彼女はおずおずと自分の手を差し出した。
「……驚いちゃって、ごめんなさい。……よろしくお願いします、ジェノさん」
小さな手が、冷たい鋼鉄の指に触れる。
ジェノ君のモノアイが、嬉しそうにパァァッと輝いた。
『トモダチ……』
「ふふ、手が大きいですね」
アリスが微笑む。
その光景を見て、俺たち全員の顔が自然と綻んだ。
生徒会長に、女騎士。
中二病の剣士、聖女、そしてアイアンゴーレム。
カオス極まりないメンバーだが、今のこの空間だけは、確かに温かい居場所だった。
平和だ。
あまりにも安易で、幸せな時間。
――だが。
(……ん?)
唐突に、空気が一瞬だけ歪んだ気がした。
物理的な風ではない。もっと粘り気のある、不快な気配だ。
俺が目を凝らすと、アリスが抱えている『魔導書』の表紙が、ドクン……と一瞬だけドス黒く脈動したように見えた。
『…………』
アリスは気づいていない。談笑を続けている。
だが、俺の見間違いじゃない。今、確実に「何か」が蠢いた。
「……なあ、アリス。その本、いつも持っているよな」
俺は以前から気になっていたことを聞いた。
彼女が肌身離さず抱えている、古びた装丁の本。
「え? ……あ、はい。これは……」
アリスは愛おしげに、けれど少し寂しげに表紙を撫でた。
「亡くなったお母様から受け継いだものです。『家系』に伝わる大切なものだから、肌身離さず持っていなさいって……」
俺は知っている。
『アリスの魔導書』
設定上は、彼女の強大すぎる魔眼を制御するための封印具であり、同時に古代魔法の知識が記されたグリモワール。
……前のループでノーマークだった魔導書だ。
先ほど感じたドス黒い脈動。あれはアリス自身の魔力じゃない。
もっと無機質で、強大で、意思だけが前に出ている感触。
この変な空気に、強制力が拒絶反応を起こしているのかもしれない。
(……なるほど。焦ってるな、強制力も)
世界はこの魔導書を「回路」に使って現象を起こしているのだ。
今回のループではこちらが先に動いたおかげで、前なら見逃していた歪みが、今ははっきり分かる。
俺が厳しい顔をして黙り込んでいると、アリスが不安そうに本を強く抱きしめた。
「あの、アルテさん。変ですよね、こんな古臭い本……」
「……お母さんの形見なんだろ? だったら、胸を張って持っていればいい」
「……でも」
アリスは少しだけ言葉を探してから、視線を伏せた。
「たまに、なんです。……この本が、変な感じに思える時があって……」
そう言って、彼女はぎゅっと本を抱きしめた。
「……考えすぎ、ですよね?」
アリスが表情を曇らせ、体を小さく震わせる。
母の遺品が、皮肉にも彼女を追い詰める凶器として利用されようとしている。胸くそ悪い話だ。
俺が声をかけようとした、その時だった。
「そんな顔するな。俺たちがいる」
「カ、カイ君……?」
「……俺があんたを守る。この、暴れ狂う俺の『黒竜』にかけて、な」
カイが包帯を巻いた右腕を、ビシッと掲げる。
中身はただの「かぶれ」だが、世界で一番頼もしい英雄の腕に見えているのだろう。
「……はいっ……!」
アリスが頬を染めて、涙目で頷く。
完全にフラグが立った音がした。
(爆発しろ! ……いや、今はいい雰囲気だから許すが)
俺はサンドイッチを飲み込み、見えない敵に向かって静かに闘志を燃やした。
付き合ってやるよ、魔導書。
仕掛けて来い。そのために準備してきたんだ。