エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい   作:超とんでもなくムッチリしたインコ

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前回のあらすじ みんなで平和にランチ、でも魔導書が仕掛けてきそう


第30話 花の歌姫と、英才教育

昼休みの喧騒に包まれた中庭。

俺はベンチの上に立ち上がり、ゴシックドレスの裾を軽く払った。

幼女の背丈ではこうでもしないと威厳が出ないからな。そのまま、隣で目を丸くしているアリスを偉そうに見下ろす。

 

「さて、飯も食い終わったし……ちょっと気分転換に歩かないか? アリス」

 

「は、はい……!」

 

「ジェノ君たちが手入れしている花壇が、この中庭の奥にあるんだ。せっかくだから見ていこうぜ」

 

俺が提案すると、ジェノ君のモノアイが嬉しそうにピカーっと光った。

アッシュも「食後の運動にはちょうどいい」と立ち上がり、俺たちは連れ立って中庭の奥深く、色とりどりの花が咲き誇るエリアへと向かった。

 

そこは、王立学園の中でもひときわ美しい場所だった。

手入れの行き届いた土壌に、鮮やかな色彩の花々が、風に揺れて心地よい香りを漂わせている。

 

「わあ……きれい……」

 

アリスが感嘆の声を漏らし、瞳を輝かせた。

彼女の魔眼を隠す眼帯の隙間から、ほんのりと優しい光が宿っているのが分かる。

 

「邪神さまー!」

 

その時、花壇の奥からパタパタと軽快な足音を立てて、小さな影が飛び出してきた。

エリスの妹であり、屋敷の癒しである幼女、リナだ。

フリルのついた可愛らしいエプロン姿で、手には小さなジョウロを持っている。

 

「お、リナ。精が出るな」

 

「リナ!? なぜお前がこんなところに……お昼はどうしたんだ!?」

 

エリスが驚いて妹に駆け寄る。

リナは「えへへ」と笑いながら、エリスの腰に抱きついた。

 

「用務員室でお弁当、もう全部食べちゃったの! だからずっとお花のお世話をしてたんだよ。ジェノちゃんもさっき戻ってきて、一緒にお水あげてたの!」

 

どうやら俺たちが飯を食っている間、リナは先にお弁当を済ませて花壇の世話をしていたらしい。ジェノ君が先ほど俺たちのところへ現れたのは、リナの元へ向かう途中のちょっとした挨拶だったのだろう。

 

リナはエリスから離れると、その後ろにいるアリスを見つけて目を輝かせた。

 

「あっ、アリスお姉ちゃんもきてくれたんだね!」

 

「え……? あの、私の名前……それに、あなたは……?」

 

突然名前を呼ばれ、アリスが目を丸くする。初対面なのだから当然の反応だ。

エリスが慌てて間に入った。

 

「す、すまんなアリス! この子は私の妹のリナだ。今日はどうしてもここの花壇を手伝いたいと聞かなくて、こっそり連れてきていたんだ」

 

「リナです! 邪神さまやお姉ちゃんから、アリスお姉ちゃんのこといーっぱいきいてるよ! はじめまして!」

 

リナがペコリと元気よくお辞儀をする。

その屈託のない笑顔に毒気を抜かれたのか、アリスの顔にふわりと優しい笑みが浮かんだ。

 

「ふふ……そうだったんですね。エリスさんの妹さん。はじめまして、リナちゃん」

 

「えへへ! ねぇねぇみてみて、このお花、すっごく元気なんだよ!」

 

リナはすっかり懐いた様子でアリスの手を引き、花壇の一番特等席――

ひときわ大きく、光り輝くようなオーラを放つ花たちの前へ案内した。

 

「……すごい。こんなに綺麗な花、初めて……」

 

アリスはすっかり魅了されたようにしゃがみ込み、その花へそっと指先を伸ばした。

可憐な白い花弁に触れようとした、その瞬間――。

 

中庭の喧騒がふっと遠のき、粘り気のある悪意が立ち込めた。

 

「ひっ……!?」

 

ジュッ……。

 

指先が触れた箇所から、毒を注ぎ込まれたように花弁がどす黒く染まった。

毒は漆黒の根のような筋となって地表と茎を這い、隣の花へ、そのまた隣の花へと浸食していく。

瑞々しい花々に死の影が絡みつき、花壇全体を飲み込もうとしている。

アリスの顔から血の気が引いた。 

 

「あ……あ……。私の……私のせいで……! お花が……!!」

 

アリスが悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちそうになる。

だが――俺は動かない。

ニヤリと笑い、隣の幼女とゴーレムに視線で合図を送った。

 

「「ガンバレー! ガンバレー!!」」

 

唐突に、リナとジェノ君が応援を始めた。

リナは両手に持ったピンク色のボンボンを元気よく振り、ジェノ君も左手に黄色いボンボンを持ち、右手の殺意満載なギロチンアームを激しく上下させている。

 

『オ花……ガンバッテ……! ……ガンバッテ……!』

 

巨体が一拍遅れて揺れるたび、地面がドン……ドン……と重苦しく鳴る。

 

「えっ!? えっ!?」

 

パニック状態のアリスが、そのカオスな状況にさらに困惑する。

そこへ、ルミナもニコニコと微笑みながら加わった。

 

「お花さんも頑張ってますわ。……さあ、アリス様も!」

 

「共鳴しろ……! 闇より芽吹きし命よ、俺の『黒竜』からほとばしる力を受け取れッ……!」

 

カイが包帯を巻いた右腕を天に掲げ、謎のポーズで叫び出している。

 

「――行け、アリス・リドル」

 

アッシュまでもが腕を組んだまま、熱い声援を飛ばし始める。

 

「わ、わたし……!」

 

アリスは震える手で、胸元をぎゅっと握りしめていた。

俺も、エリスも、カイも、ルミナも。

全員がアリスの背中を見守っている。

 

アリスは大きく息を吸い込み、そして――

 

「が、がんばれぇぇぇっ!! お花さんたち、負けないでぇぇぇっ!!」

 

その声が合図だった。

毒に染まっていた花たちが、意思を持ったように真っ直ぐに上を向く。

それまで一方的に花壇を侵食していた毒が、逃げ場を失ったように花々の芯へと引きずり込まれていく。

 

ゴクリ、ゴクリと。

 

猛毒を飲み干すたびに、花たちは枯れるどころか、内側から溢れんばかりのオーラを放ち始めた。

悪意をすべて飲み尽くした頃には、気高く美しい大輪の花を咲かせていた。

純白の姿で咲き誇った不屈の花々は、そっと風に揺れながら――。

 

『『『――――ララ、――ラァ……――――』』』

 

どこか懐かしい、陽だまりのような温かさを纏ったハミングが静かに広がった。

それはかつてアリスが夢の中で聞いたことがあるような、慈愛に満ちた旋律。

毒を食らい、悪意を飲み込み、それでもなお優しく咲き続ける花たちが、彼女の孤独を抱きしめるように歌っている。

 

「……う、うそ……うた、ごえ……?」

 

自分が触れても腐らない、どころか、自分を肯定するように響く旋律の奔流。

そのあまりに優しい奇跡にアリスはただ、口元を震わせて硬直していた。

 

「……邪神。例の『対策』の結果がこれか」

 

アッシュが呆れたように、しかしどこか納得したような目で俺を見下ろした。

 

「ああ。教育の賜物だ。あいつらは、俺の致死量の毒で毎日叩き直されたエリートだからな。アイツらにとっちゃただの栄養満点なおやつだ」

 

「ふん。教育、か。……全く、お前の発想にはついていけん。魔改造の間違いだろう?」

 

アッシュはやれやれと首を振った。

 

(お前さっきまで、――行け、アリス・リドルって熱心に応援してたじゃねーか!)

 

俺は喉まで出かかった言葉を飲み込み、不敵な笑みを浮かべて返しておいた。

 

――時は少し遡る。

場所は会議中だった屋敷のリビングに切り替わる。

俺たちは「花壇の毒対策」について頭を悩ませていた。

 

「彼女が愛でる花壇の花……あれが枯れると、彼女の心も一気に病む。花壇全滅が『闇落ち』のトリガーになりかねん」

 

「うーん。だが、造花にするわけにもいかないしな」

 

毒に耐え、枯れずに咲き誇り、アリスに希望を与える生きた花。

普通の花じゃない、そんな都合の良い存在が――。

 

『マスター・アルテ……タネ……モウ、芽デタヨ……』

 

窓から声を掛けてきたのはジェノ君だ。

大型の樽型プランターを大事そうに抱えている。

 

「お、ジェノ君か。……種?」

 

俺はプランターを覗き込む。

そこには、可愛らしい双葉が顔を出していた。

確かリナの『歌う花の種』だったか。成長が早いな。

 

「邪神さまー!」

 

パタパタと小さな足音をさせて駆け寄ってきたのは、エリスの妹であるリナだ。

 

「この子たち、すごいの!『歌う花』は感情があって、かんたんなお話ならわかってくれたり、おしゃべりもできるんだって!」

 

リナが無邪気に笑う。

 

「……感情? 喋れる?」

 

確かに、当時の俺はそんな設定をしたような気もする。

懐から『黒歴史ノート』を取り出し、該当ページを確認する。

 

歌う花(シンギング・フラワー)。歌で感情を表現する。僅かな自我を持ち、育成者の愛情に応える』

 

あった。俺の中で、パズルが組み上がる音がした。

感情がある。自我がある。意思疎通が可能。

ならば、説得ができるのではないか?

 

ジェノ君に歌う花たちを専用の花壇に移してもらう。

会議が一段落した後、俺は花壇の前に片膝をついた。

 

「芽吹け……伸びよ、根を張れ!太陽の祝福を疑似的に再現する我が権能……『ラディアント・エデン』!!」

 

俺の手から黄金の魔力が溢れ出し、双葉を包み込む。

本来なら数ヶ月かかる成長過程を、俺の膨大な魔力で強制的にスキップさせる。

 

ポンッ!ポポーンッ!

 

小気味よい音と共に、茎が伸び、葉が茂り、色とりどりの蕾がついた。

そして――パッと花開く。

 

「…………ムニャ?」

 

花の中央の模様が、眠たげに瞬いた。

 

「よう、新入り共。目覚めの気分はどうだ?」

 

俺はニヤリと笑い、本題を切り出した。

 

「単刀直入に言おう。お前たちには今から、致死量の毒水に耐える『耐毒性訓練』を受けてもらう。世界を救うタメにな」

 

ざわっ……。

花たちが震えた。

 

「イヤ……」「ドク……ヤ……」「カレル……」

 

か細い声が響く。

生まれたばかりの赤ん坊に、今から毒のミルクを飲めと言っているようなもんだ。

 

(しまった……ストレートに言い過ぎたかな……)

 

だがその時、ジェノ君が動いた。

彼は花たちの前に膝をついた。いや、土下座した。

 

『オネガイ……オネガイ……』

 

ジェノ君の額が、地面に擦り付けられる。

その姿は狂気じみているが、同時に痛いほどの愛情に満ちていた。

花たちは知っているのだ。種の状態から、ジェノ君がどれほど丁寧に土を作り、水をやり、語りかけてきたかを。

 

「ジェノ……サン……」

 

花たちが戸惑うように揺れる。

そこに、リナも加わった。彼女もまた、スカートが汚れるのも厭わず、花たちと同じ目線まで屈み込む。

 

「お花さんたち……おねがい」

 

リナは潤んだ瞳で、花たちを見つめる。

 

「邪神さまがこまってるから……協力してあげて……!リナも一緒に応援するから……」

 

幼い幼女からの、純粋無垢な願い。

花たちの拒絶の色が、揺らぎ始める。

 

「リナ……チャン……」

 

心が動いている。今だ。

俺は立ち上がり、両手を広げてプレゼンを開始した。

 

「歌う花たちよ!お前たちの気持ちは分かる。誰だって痛いのは嫌だ!」

 

俺は声を張り上げる。

 

「だが聞け!お前たちはただの花壇の賑やかしで一生を終えるのか!?」

 

俺はそのまま続ける。

 

「違うだろう!お前たちには『歌』がある!『声』がある!」

 

俺は花たちを指差す。

 

「一度しかない花生(はなせい)だ、一華咲かせてみないか? 毒を飲み干し、絶望を跳ね除け、世界を救う伝説の存在……『花の歌姫(フラワー・ディーヴァ)』になるんだよ!!」

 

「!!!」

 

花たちの花弁が、カッと開いた。

単純な生物ほど、デカい言葉に弱い。

俺の言葉は、彼らの本能に刻まれた美しく咲きたいという欲求を直撃した。

 

「カッコイイ……」

「……ディーヴァ……」

「セカイ……スクウ……」

 

ざわめきが、拒絶から興奮へと変わっていく。

エリスが「なんだこのチョロさは……」と呟いたが無視だ。

 

「やるか、やらないか!今決めてくれ!」

 

「「「ヤル……ボクタチ……ヤル……!!」」」

 

可愛い、けれど芯の強い合唱が響いた。

交渉成立だ。

 

「いい返事だ!ジェノ君、リナ!特訓開始だ!」

 

そこからは、三日三晩に渡る地獄の、いや、愛の特訓が始まった。

俺の吐息から抽出した「邪神の猛毒」を極微量混ぜた水を、花たちに与える。

 

「キュ……ッ」

 

花が苦しげに震え、紫色に変色しかける。

すかさず俺が『ラディアント・リバース』を発動し、再生させる。

だが、毒を受けたという経験値と抗体だけは肉体に刻まれる。

 

「死ぬな!耐えろ!お前たちはフェニックスだ!」

「頑張ってー! まけないでー!」

『タエテ……タエテ……』

 

リナはずっとそばについて応援し続けた。

ジェノ君も土壌を調整し続けた。

破壊と再生。毒と回復。そして愛情。

その無限ループを繰り返すうち、花たちの内側が変わっていった。

 

見た目は変わらない。可憐で、美しい花のままだ。

だが、その茎はしなやかで折れず、葉は宝石のような光沢を帯び、花弁からは神々しいオーラが漂い始めた。

 

「ドク……タリナイ……」

「モット……ホシイ……」

 

中身だけは随分と逞しくなってしまったようだが。

 

そして三日後。学園の入学式当日。

 

「……完成したか」

 

俺は屋敷の花壇を見渡した。

そこには、朝日を浴びて誇らしげに咲き誇る、最強の花たちが整列していた。

どんな猛毒も栄養に変え、どんな悪意も歌声で跳ね返す、『対・絶望決戦兵器』の完成だ。

 

「ジェノ君、リナ。手はず通り頼むぞ」

 

『リョウカイ……』

 

「邪神さま!リナにまかせて!」

 

ジェノ君は学園の用務員として雇い入れてある。

学園の花壇と、この最強の花たちの入れ替え計画だった。

 

――回想終了。

 

そして現在。

花壇の花たちは、アリスから溢れ出た毒を美味しいおやつとして完食し、キラキラと輝きながら揺れている。

 

「……枯れて、ない……?」

 

アリスが、へなへなとその場に座り込んだ。

彼女の目から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。

自分が呪いを振りまいても、壊れない。枯れない。むしろ元気になる存在が目の前にいるのだ。

 

アリスは震える手を伸ばし、おそるおそる、一番近くに咲いていた一輪の花に触れた。

 

「……ごめんね。怖かったよね……?」

 

『♪〜』

 

唄う花は逃げなかった。それどころか、アリスの指先にすり寄るように花弁を揺らし、心地よいハミングを奏で始めた。

アリスの瞳から溢れた涙が、花弁に落ちてキラキラと輝く。

 

「……終わらせなくて、よかった……」

 

アリスは両手で顔を覆い、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

それは、張り詰めていた恐怖の糸が切れ、心からの安堵に包まれた涙だった。

ジェノ君がそっと彼女の背中を撫で、リナが「アリスお姉ちゃん、お花さんたち強いでしょ?」と笑いかける。

 

アリスに巣食っていた呪いが、今、花たちの歌声と共に確かに浄化されていた。

 

(……どうだ、魔導書。お前の負けだ)

 

アリスの涙を見て内心でガッツポーズをした、その直後だった。

俺の中の邪神が、チリッ、と焦げ付くような不快な悪意を感じ取る。

次の瞬間、おぞましい憎悪の奔流が俺に襲いかかってきた。

 

『…………Связь не мной со…… вайтесь…не…Свя…з!!』 

 

それは怒りというより、もはや執念に近い気配だった。

アリスを絶望させるための渾身のシナリオを、ただの「肥料」にされてコケにされたのだ。

世界の強制力が今、静かに、そして確実に沸騰している。

 

(何言ってるかわからんが、相当お怒りらしいな)

 

だが、恐怖はない。アリスの日常を巡る、世界との泥沼の持久戦。

……いや、これは持久戦じゃない。俺たちによる、運命の蹂躙だ。

 

(いつまでも受け身でいると思うなよ、強制力。……次は、こっちから仕掛けてやる)

 

俺は次なる嵐の予感に向かって、高らかに勝利を宣言した。

世界の想定外を、これからお前にたっぷりと見せてやる。




遅れてすんません!
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