エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい   作:超とんでもなくムッチリしたインコ

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第31話 神聖なる保存食と、鏡の国

ズルッ、ズルズル、ズルルッ!

 

――王立学園の歴史が泣く音がする。

 

王立学園の食堂。

およそ貴族の学び舎に相応しくない、下品で豪快な麺をすする音が響き渡っていた。

 

「……なんだこれは。洗練された貴族の味ではない。だが、この暴力的なまでのジャンクな旨味……!」

 

アッシュは額に汗を浮かべ、フォークを握る手が小刻みに震えている。

 

「洗練とは何だ……? 貴族とは、文明とは、あるいは人間とは――……?」

 

(おい待て、カップ麺でそこまで行くな……!)

 

その瞳は完全にイッていた。

周囲の生徒たちも狂ったような形相で極彩色の紙容器に食らいついている

 

そう、事の発端は数分前。

世界の強制力たる魔導書が、またしても茶々を入れてきた。

前のループでもあった、アリスの周囲の食事を腐敗させる陰湿なイベント。

彼女が触れようとした瞬間にカビが生え、腐り果てた。

 

だが、それも対策済みだ。

俺は腐敗が始まった瞬間、椅子の上に立ち上がり「敵の魔眼による兵站破壊を想定した、抜き打ちのサバイバル訓練だ!」と叫んだ。一ミリも間を置かずに。

 

普通なら暴動が起きるだろう。

だが、すっかりカルト的な連帯感に染まりきった生徒たちはというと。

 

「俺たちは、恵まれすぎていたんだ……」

「食えない日があるから、食える日が輝く……これが、貴族の驕りへの答えか……!」

 

誰一人としてアリスを責めなかった。全員が完全に別の話をしていた。

 

そこで俺がストレージから放り出したのが、この保存食たるカップ麺である。

世界の強制力は、新鮮なモノを腐らせるのが得意だ。だが、こいつは元よりカピカピに乾燥しきった死の産物。腐らせるべき水分も生気も最初からない。お前の土俵に乗る気はないんだよ。

 

極めつけは調理法だ。ルミナが神聖魔法で即座に沸騰させた清浄な聖水を注ぎ込むことで、腐敗の呪いを凌駕してしまったのである。おまけに何故か味も良い。

 

「ああ……聖女様の聖水……ペロペロ……最高じゃないか……」

「ハァハァ……ルミナ様の聖水が、麺に染み込んで……! 俺はもう後戻りできない……!」

 

一部の不逞の輩が、恍惚とした表情で呟いた。

食堂の空気が、別の意味で凍りつく。

 

「…………。邪神様、あの方々は浄化してもよろしいでしょうか」

 

ルミナの笑顔から一切の感情が消え、彼女の背後に巨大な光のメイスが顕現した。

完全にこの世から浄化させる気だ。

 

「お、お前らそれが遺言でいいのか!? 変態も程々にしろ……! 」

 

俺は戦慄しながら不逞の輩を怒鳴りつけてると、変態たちは感激して泣いている。

救いようがなかった。

隣の席でアリスがおずおずとカレー味のスープを一口啜っている。

 

「……美味しい。あったかくて、不思議で……でも、すごく元気が出ます」

 

アリスが、涙を浮かべながら微笑む。

自分のせいで皆の食事が台無しになったという絶望は、この暴力的な旨味と温かさによって上書きされていた。

すると、隣に座っていたカイが自分のシーフード味の麺をフォークで巻き取り、アリスの口元へスッと差し出した。

 

「ほら、こっちもどうだ。深淵の海に潜む者味だ」

 

「えっ……? あ、あむっ……美味しいです、カイ君!」

 

「ふっ、だろ? ほら、口元についてるぜ」

 

カイがアリスの口元を指で拭い、二人が照れくさそうに笑い合う。

絶望の呪いの中で繰り広げられる、甘酸っぱい青春のワンシーン。

 

ふと隣を見ると、ルミナがしょんぼりと肩を落としていた。

こんなのでも根は聖女だ。アリスが笑顔を取り戻したことは純粋に喜んでいるだろう。

だが、大好きなカイが他の女子とあーんをしている光景は、やはり胸にくるものがあるらしい。自分の容器を両手で包み込みながら、羨ましげで寂しそうな視線を向けている。

 

俺は小さくため息をつき、自分の容器から割り箸で麺を持ち上げた。

 

「……ルミナ。俺のはうどんだけど……食うか?」

 

俺が麺を差し出すと、ルミナはハッとして顔を上げた。

しょんぼりした顔が一瞬で消え去り、焦点の合っていない瞳でねっとりとした極上の笑みを浮かべた。

 

「……邪神様の深い愛が染み込んだ麺……ハァ、ハァ……身体の奥底から力が……っ!」

 

ルミナは麺を咀嚼することすら惜しむように飲み込むと、聖女らしからぬ荒い息遣いになり、俺の持つ割り箸を熱っぽい視線で見つめた。

 

「……尊すぎますわ。邪神様、どうかそのお箸、食後わたくしに……」

 

(お前も大概変態じゃねーか!!)

 

俺は心の中でツッコミを入れつつ、安堵の息を吐いた。

色々とカオスな状況だが、結果的にアリスの心は守られたのだ。

 

俺はそのまま、アリスが胸にぎゅっと抱きしめている魔導書へ視線を向けた。

母の形見として肌身離さず持っているその本は、アリスの腕の中でさぞ不満だろう。

彼女が座る椅子と目の前の長机にまで呪いを這わせようと、執拗に試みているのが分かった。

今の俺なら、こんな微かな気配もはっきりと感じ取れる。

 

だが、無駄だ。そんなものはとっくに対策済みである。

呪いの瘴気が触れても、木製に見えるはずの机も椅子も、一切の腐食を受け付けず、ただ乾いた音を立てて呪いを弾き返している。

 

(……どうだ? そろそろこの空間の『やりにくさ』に気づいてきたんじゃないか?)

 

俺は内心で、ふんと鼻を鳴らした。

この校舎には、ある秘密が隠されている。まだネタバレする気はないが、魔導書にとってはさぞかし居心地が悪い空間だろう。

乾燥保存食と熱湯聖水の前に食事への呪いも防がれ、絶望の種を撒いても全く育たない。想定通りのシナリオが進まない苛立ちだけが、本からひしひしと伝わってくる。

 

俺はアッシュやカイたちへと向き直り、ニヤリと笑う。

次は俺たちが、この腐りきった運命のシナリオを根本からぶっ壊す番だ。

 

「昼休みが終わったら、大広場の中心に集合だ。……『特別授業』をとり行うぞ」

 

食堂での昼食を終えた俺たちは、そのまま学園の中心にある大広場へと移動していた。

 

「よし、よく集まったな! 午後の通常授業はすべてキャンセルだ。これから、この俺による特別授業を開始する!」

 

俺が広場の中心にあるお立ち台の上から宣言すると、集まった数百人の生徒たちが一斉にどよめいた。

制服代わりに漆黒のローブと封魔の仮面を身につけている彼らが集結したことで、広場は異様な黒の集団で埋め尽くされている。

アリスは俺の隣で、何が始まるのかと不安げに周囲を見回していた。

 

魔導書が狙う、最後にして最悪のシナリオ。

それは生徒たちの精神を暴走させ、味方を追い詰めることでアリスを絶望の底へ突き落とすこと。

そして彼女の心を完全にへし折り、影の処刑人による虐殺を引き起こし、生徒の血肉ごと校舎を迷宮へと変貌させることだ。

 

アリス自身が迷宮の核となるため、後から物理的に破壊することすらできない絶対のバッドエンド。

前のループで起きたあの惨劇を回避するには、誰一人として闇に呑まれて孤立せず、精神汚染すら受け付けない強固な繋がりが必要になる。

魔導書のそんな舐めた真似は、ここで完全に終わりにさせてもらう。

 

「今から究極の神隠し対策を行う! 個を捨てて全になれ! 全員、あらかじめ配っておいた運命の赤いロープで、隣の奴と自分をガッチリと連結しろ!」

 

俺の合図と共に、生徒たちがお互いの腰を頑丈な登山用ロープで数珠繋ぎに結びつけていく。

数百人の仮面ローブ集団が、太い赤い縄で全員繋がっているという、控えめに言って完全に通報レベルの光景だ。

 

最前列の中心には俺、カイ、エリス、ルミナ、アッシュ、アリス。

隣で腰にロープを巻きつけながら、エリスが俺に目を向けてきた。

 

「アルテ。こんな物理的な方法で、精神汚染やら呪いが本当に防げるのか……?」

 

「エリス、理屈で考えるな。感じるんだ」

 

「んっ、んん……?」

 

「見ろ、この圧倒的な『なんか繋がってる感』を。この一体感が、陰湿な呪いを上書きする最強のバリアになるんだ……多分」

 

「……相変わらずだな。だが、お前の『多分』は、不思議と負ける気がしないんだ。……分かった、考えるのはやめだ。私もその一体感とやらに身を任せるとしよう」

 

エリスはふっと表情を緩め、ロープを指先で弾いた。

そして、忘れてはいけないガリウスの姿もある。

 

「邪神様の御心のままに! 我ら信徒一同、身も魂も固く結びつきましょうぞ!」

 

狂言回しのジジイは感涙にむせびながら、誰よりも嬉々として自分をロープで縛り上げ、周囲のテンションを無駄に煽り立てていた。

 

(嬉しそうにセルフ拘束してんじゃねぇよ!)

 

さらにその横では、パツパツの用務員服を着たジェノ君が鋼鉄の指で器用にロープを結び、小さなリナが「えへへ、魔導列車ごっこだね!」と満面の笑みでロープを握りしめている。

 

「あ、あの……アルテさん? これは一体……?」

 

アリスがおずおずと尋ねる。

俺が答えるより先にカイが、ふと虚空を見上げてポツリと呟いた。

 

「……すごい」

 

「……えっ?」

 

「……すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を」

 

カイのその言葉は、静まり返った広場に奇妙な波紋を広げた。

ロープで物理的に繋がれた安心感と、全員が同じ服を着ているという異常な没入感。

それが極限状態にあった彼らの集団心理に、強烈な火をつけたのだ。

 

「風……」

「……なんだろう、吹いてきてる」

 

広場のあちこちから、生徒たちの声が上がり始める。

数百人の仮面集団がまるで巨大な一つの生物のように、声を揃えて叫んだ。

 

「「「確実に――」」」

 

ビシィッ!!

 

全員が一斉に、何の意味もないポーズを決めた。

 

「「「着実に――」」」

 

バサァッ!!

 

黒いローブが一斉に翻る。 風向きなどバラバラのはずなのに、なぜか全員きっちり同じ方向になびいていた。

 

「「「俺たちのほうに!!!」」」

 

ゴォォォォォッ!!

 

実は広場の端から、闇の奔流が噴き出していた。

魔導書が放った、悪意の波紋。 理性を削り、恐怖と絶望を植え付けるための、世界そのものの呪い。

闇は風となって、生徒たちへ襲いかかる。

 

だが――

 

赤いロープで数珠繋ぎになった生徒たちが、吹きつける闇を真正面から浴びながら、さらにビシィッ!! とポーズを決める。

「俺たちに来ている風だ」と大真面目に勘違いして受け入れていた。

 

無理もない。精神を汚染しようにも、彼らの脳内はすでに謎の全能感と集団ヒステリーによって、別のベクトルで完全に汚染しきっていたからだ。

世界の強制力による呪いが、圧倒的なまでの痛さの前に敗北した瞬間だった。

 

その異様な熱気に、ついにあの男まで呑まれた。

 

「……信じよう。そしてともに戦おう」

 

生徒会長であるアッシュが、キメ顔を作りながら呟いた。

 

「……おいアッシュ、正気なのか……? って、なんだ、私の中にも……謎の勇気が湧き上がってきたんだが……!?」

 

そんなエリスも抗いがたい熱波に呑み込まれ、次第に熱狂のトーンへと染まっていく。

 

「沢山の仲間がいる。決して一人じゃない!」

 

カイがアリスに力強く頷きかける。

その瞬間、突風が吹き抜け、数百人の黒いローブが一斉にバタバタと翻った。

 

「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」

 

広場を揺るがす、謎の勝ち確テンションの雄叫び。

闇の呪いは、この暑苦しい大合唱の前に完全に勢いを失っていく。

 

俺はニヤリと笑い、アリスの胸元でガタガタと震える魔導書に向かって言い放った。

 

「……ちなみに、カイをはじめとする俺の身内には全員、教団特製の『懐中時計』を持たせてある。誰もあんな安物の時計欲しさに、窃盗なんか起こさないぞ」

 

窃盗の濡れ衣を着せてカイを孤立させるイベントも、完全封殺だ。

 

「これでも続ける気か? ……魔導書よ!!」

 

俺の挑発が、引き金になった。

 

『Зфаль…гви…лоб…шай…аааа……аа……!!!』

 

魔導書から、世界そのものがひび割れるような絶叫が響き渡った。

物理も、精神もコケにされた世界の強制力が、ついに理性を投げ捨てたのだ。

 

俺は舌打ちをし、急いで『黒歴史ノート』を取り出した。

これだけ前提をぶち壊してやったんだ。結末のシナリオも上書きされているはずだ。

そう期待して、ページをめくる。

だが、アリスの設定ページを開いた瞬間、俺の表情は険しくなった。

 

うっすらと、文字が浮かび上がってくる。

前回のループで見たのと同じ、血のような赤い文字が。

 

『少女に、安易な救いなどいらない』

 

ジジジ……と、不吉に瞬く。

 

『彼女の美学は、自ら閉ざした鳥籠という器の中で完結する』

 

そして、文章の中で特定の単語だけが、さらに激しく発光した。

 

『器』

『完結』

 

「……クソッ! これだけやっても、まだ結末は変えられないってのか!?」

 

俺の悪態を嘲笑うかのように、アリスの足元から噴き出した漆黒が、質量を持った津波となって学園を飲み込んでいく。

 

「きゃあああっ!?」

「アリスお姉ちゃん!?」

 

アリスの体がふわりと宙に浮き、赤い結晶体に包まれていく。

それは迷宮の心臓たるダンジョンコア。

彼女を殺戮の迷宮の主として永遠に閉じ込める、避けられぬ結末の儀式だ。

 

「アリス! くそっ、離せ! アリスを連れて行くなぁぁぁっ!!」

 

カイが叫び、必死に手を伸ばす。だが、その手は届かない。

赤いクリスタルの中で、アリスが魔導書を抱きしめ、胎児のように丸まっていく。

物語の強制力が、最悪の形で具現化する。

広場のあちこちから、影がゆらりと立ち昇った。

 

「なん、なんだこれ! 影だ! 影が……!?」

 

影の処刑人。

その手には、自身の身の丈ほどもある巨大な影の鎌が握られていた。

前回のループで、生徒たちを容赦なく肉塊へと変え、鮮血で迷宮を赤く染め上げた絶望の権化。

それが今、逃げ場のない生徒たちの背後に立ち、無造作にその凶刃を振り上げた。

 

ヒュンッ!!

 

生徒たちが悲鳴を上げ、目を閉じた、まさにその瞬間だった。

 

「……リリース!!」

 

パチンッ。

指を鳴らす乾いた音が、スローモーションの世界に響いた。

 

直後——

 

ピキーーーン……ッ、パリンッ!

 

学園全体を覆っていた幻術が、ガラスのように砕け散る。

俺が膨大な魔力を注ぎ込み、維持し続けていた超広域カモフラージュの解除。

そして、影の鎌が生徒の首に触れようとした瞬間。

 

ジュワアァァァァッ!!

 

「な、なんだ……!?」

「消えた……? 影が、いきなり……?」

 

目を開けた生徒たちが、呆然と呟く。

無理もない。彼らを襲おうとした影の処刑人たちは一瞬にして崩れ去ったのだ。

 

そこに現れたのは、血塗られた絶望の迷宮ではなかった。

延々と続く回廊の床も、そびえ立つ壁も、遥か頭上の天井に至るまで。

視界に入るすべてが、神々しいまでの白銀の輝きを放つ、異質な大迷宮だった。

要するに魔導書は、俺たちがプラチナで丸ごとコーティングしておいた校舎をベースに、ダンジョン化してしまったのである。

 

――回想。三日前の屋敷の広大な庭園にて。

 

「……待て。腐食耐性もさることながら、この合金、目が眩むほどの神聖力を内包している。これほどの純度なら、影や呪いの類にも有効だろう」

 

隣に立つアッシュが像の表面を撫で、信じられないというように呟く。

教団が全財産と技術力を結集して建造した、高さ6メートル66センチの大邪神像。

推定数百トンの超高純度プラチナ塊に、超強化イリジウムを限界まで配合した神魔聖・超合金。

 

俺の脳裏に、閃きが走る。

いつの間にか王都の一等地に大規模な教団本部を建て、こんな狂気的な像を平然と造り上げるこいつらの建設能力。これを利用しない手はない。

 

「……解体するか」

 

俺がボソリと呟くと、ガリウスの動きが止まった。

 

「こいつを溶かすぞ。で、その素材を使って机から壁まで校舎全体をコーティングする。腐食対策であり、罠だ。俺の魔力で普通の校舎の幻術を被せて隠しておくか」

 

「ええっ!? お待ちくだされ邪神様ァァァ!! 信者たちの血と汗と涙の結晶を溶かすなど、そ、そんな殺生なァァァ!!」

 

涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったガリウスが俺の足に縋り付いてきた。

こうなったら飴しかない。

 

「……まあ、協力してくれたら、一回くらい何でも願いを聞くからさ」

 

「……今、何でもとおっしゃいましたか……?」

 

ピタリと泣き止んだガリウスの目が、ギラギラと欲望に燃えている。

やばい、悪寒がした。だが引くに引けない。俺が「出来る範囲でな?」と頷いた瞬間、彼は天を仰いで携帯通信機を取り出した。

 

『総員、至急中庭へ集合! 溶解炉を持ってこい! 大邪神像を破片一つ残さず回収し、校舎の補強材に作り変えるのだァァァ!!』

 

(は、早まったか……?)

 

俺はこの時、まだ知らなかった。

この何でも願いを聞くという軽はずみな約束が、数日後に俺へ社会的死を招くことになろうとは。

 

――回想終了。

 

腐食対策、そして影の魔物への罠として仕込んでおいた神魔聖・超合金。

圧倒的な神聖力が呪いを寄せ付けず、死神たちは湧き出た先から自滅していく。

アッシュの言葉を信じて張った罠だったが、まさか魔導書自身がこれをベースにダンジョンを構築し、自らの首を絞めるとはな。

超広域幻術を掛けた甲斐があったってもんだ。

 

俺は、頭上に浮かぶ赤い結晶体――ダンジョンコアを見上げた。

 

かつてのループなら、生徒たちの血肉が彼女を支える歪な台座を作っていたはずだ。

だが今、彼女の真下にあるのは、鏡のように磨き上げられた純白金の床だけ。

生贄はただの一人もいない。

アリス自身が迷宮の核となっている以上、破壊すれば彼女の命が散る。

だが、無敵の迷宮の主を気取っている魔導書よ。

お前の作り出した絶望の世界は今、ただの滑稽な赤い鳥籠に成り下がっているぞ。

 

研磨されたプラチナの壁は、俺たちの姿を無限に反射し、迷宮全体をまるで万華鏡のように輝かせている。

俺は壁中に反射する無数の自分の姿と共に、アリスの腕に抱かれた魔導書を見上げて両手を広げた。

 

「ようこそ、白の盤面へ。……陰湿な絶望より、このふざけた盤上の方がおとぎ話にはお似合いだろ?」

 

迷宮ごとプラチナに染まったこの空間は、もはやおとぎ話の鏡の国そのものだった。

俺は一歩、白銀の床を踏み出す。

背後では、剣を抜いたエリス、祈りをささげるルミナ、右腕を押さえるカイ、鋼の指を鳴らすジェノ君。

さらには、謎のキメ顔を崩さないアッシュに、感涙にむせぶガリウス、小さなリナまでもが続き、静かに歩みを進めてくる。

頼もしくもイカれた、お茶会のふざけた客人たちだ。

 

俺は懐から、先ほど見せびらかした教団特製の懐中時計を取り出し、カチリと蓋を開けた。

 

「さあ、時間だアリス。迷い込んだ主役の鳥籠を開け、現実に引きずり戻す。それが、時計を持った案内人の役目だろ」

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