エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい   作:超とんでもなくムッチリしたインコ

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第32話 白金盤上のアリスと、鏡の国の不条理

「ようこそ、白の盤面へ。……陰湿な絶望より、このふざけた盤上の方がおとぎ話にはお似合いだろ?」

 

俺の挑発の言葉が空気に溶けた、その刹那。

アリスを包み込む巨大な赤いクリスタルが、激怒した心臓のようにドクン、ドクンと暴力的な脈打ちを始めた。

直後、迷宮全体を構成する白金の奥底から、巨大な歯車が軋むような、重く不吉な地鳴りが響き渡る。

無敵の迷宮の主という前提を、プラチナという圧倒的な物質の暴力で崩され、魔導書が完全に理性を飛ばしたのだ。

 

「来るぞ! 構えろ!」

 

エリスの鋭い声と同時だった。

プラチナの床から、壁から、遥か頭上の天井から、無数の影の魔物たちが文字通り空間を割って湧き出してきた。

だが、奴らが俺たちに牙を剥こうと、プラチナの床へ足を踏み入れた瞬間だった。

 

ジュゥゥゥゥ……ッ!!!

 

焼け付くような音だけを残して、おびただしい数の影が一瞬で蒸発した。

ガリウスたち教団が全財産を注ぎ込んで敷き詰めた『神魔聖・超合金』の床。

その圧倒的な神聖力が、自動的に影の軍勢を黒い塵へと変えていく。

 

「な、なんだ!? 景色が変わった!?」

「出口は!? 閉じ込められたのか……?」

 

突然のダンジョン化に巻き込まれ、広場の端にいた生徒たちがパニックを起こしかける。先ほどまで学園の景色だった空間が、延々と続く白銀の回廊へと変貌したのだから無理もない。

だが、彼らは赤いロープで互いを数珠繋ぎに結び合っていたため、散り散りに逃げ惑うことだけは避けられていた。

 

「生徒諸君! 決してロープを解いてはなりませんぞォォ!!」

 

生徒たちの前に立ち塞がったガリウスが、教団の法衣を翻しながら大仰な身振りで叫ぶ。

 

「この白銀の輝きこそ、邪神様の愛の結晶! さあ、私を中心に円陣の防御陣を組み、共に邪神様の勝利を祈るのですぞ!」

 

ガリウスの言葉に、生徒たちは我に返ったように彼のもとへと集まり、ロープで繋がれたまま強固な円陣を作り上げた。

その列からちょこんと抜け出し、俺たちの背後へ小走りで戻ってくる小さな影があった。リナだ。

 

「リナ! お前もガリウス殿の防御陣の中へ行くんだ!」

 

エリスが窘めるが、リナは頑なに首を横に振った。

 

「やだ!リナも一番前で邪神さまたちを応援する! ジェノちゃんのうしろは安全だもん!」

 

リナはそう言って、ジェノ君の足にピタリと張り付いた。

そんな彼女の前に、教団の法衣を翻したガリウスが静かに歩み寄る。いつもの大仰な狂態は鳴りを潜め、その顔には大人の、そして指導者としての真摯な光が宿っていた。

 

「リナ殿。これから先は真の死地。エリス殿も、そして邪神様すらも、最前線で我々を庇いながら戦う余裕などないはずですぞ」

 

ガリウスはリナの目を見据え、そして巨大な殺戮人形を見上げた。

 

「ジェノサイド・キラーも、同じ気持ちのはずですぞ!」

 

その静かな声に応えるように、ジェノ君も重い金属音を鳴らして一歩前へ出る。その圧倒的な質量で防衛陣の最前列に立ち、生徒たちとリナを守る城壁としてそびえ立つ。

 

確かに、この鳥籠の中に絶対の安全圏など存在しない。ならば、ジェノ君という強固な後衛の要塞にリナたちを託し、俺たちは攻めに専念するのが唯一の正解かも知れない。

しかしガリウスも、たまにはまともなこと言えんだな。

 

「……ガリウス、ジェノ君。後ろは頼んだぞ」

 

俺は短く息を吐き、頭上の赤いクリスタルを睨みつけた。

普通の魔法じゃ、あのコアにも壁にも傷一つ付かない。かと言って、概念すら焼く俺の最強魔法を撃ち込めば、迷宮と同化しているアリスの肉体が引き裂かれる。前回のループの二の舞だ。

 

ダンジョンそのものの破壊という選択肢が封じられている以上、湧き出る影の魔物たちを的確に粉砕し、アリスの元まで道を切り拓くしかない。

 

「よし、俺たちでアリスのもとへ向かう道を作るぞ!」

 

俺たち前衛組――アッシュ、エリス、カイ、ルミナの腰に繋がっていた赤いロープを手早く外し、虚空のストレージへと放り込む。

もはや生徒への精神汚染を防ぐフェーズは終わった。ここからは純粋な機動力と殲滅力がモノを言う。

残る脅威は、足場を持たずに空から特攻を仕掛けてくる一部の影の魔物たちのみ。

 

「ルミナ、右斜め上、三時の方向。展開を二秒遅らせろ。引きつけてから床に叩き落とせ」

「エリス、前方の三体は囮だ。本命はお前の足元だ。跳べ」

「アルテ、そのまま正面の群れを魔法で薙ぎ払え!」

 

戦場を完全に支配しているのは、一切の感情を排した冷徹で完璧な指示を飛ばすアッシュだ。

過去百回に及ぶ凄惨なループが、彼の全感覚を極限まで鋭敏にしていた。敵の重心、魔力の流れ、わずかな気配の揺らぎ――死に続けた者だけが持つ、戦場そのものを読む眼。

 

神速の剣を振るうエリスと、光のメイスを叩きつけるルミナ、そして俺が放つ漆黒の魔弾が、アッシュの指示通りに無傷で敵を粉砕していく。遊撃に回ったカイも、落下してくる影の頭部を的確に両断していた。

アッシュは背後から迫る影の刃を見ることすらなく、背手に持った剣で串刺しにした。そして、忌々しげに影の灰を払い落としながら、ふと口元を緩めた。

 

「……この私が、『次』を考えずに剣を振るえるとはな」

 

それは、終わりのない地獄を一人で歩き続けてきた彼が初めて見せた、静かな希望の響きだった。

ジリ貧だった前回とは真逆の、完璧な殲滅戦。無尽蔵に見える影の特攻など、もはや脅威ではない。

だが、その口元の緩みは一瞬で消えた。

百回死んだ男はその時まで祝杯を許さなかった。

 

(よし! あとはあの鳥籠をこじ開けるだけだ。俺のストレージにある『あの忌々しい釜』を使って、強制的にアリスを覚まさせてやる!)

 

俺が勝利を確信し、虚空のストレージへ手を伸ばした。

――その瞬間。

 

『ха… аха… хи… ха… а…хх… ихахахаха!!!』

 

魔導書の奥底から、鉄を削るような不気味なノイズが響き渡った。

鼓膜を直接引っ掻くような、狂気の高笑い。俺の伸ばしかけた手が、ピタリと止まった。

追い詰められた焦りなど微塵も感じさせない、圧倒的な優位に立っている者の笑い声だ。

 

「な、なんだよ今の……気持ち悪いな……」

 

カイが剣を握る手に力を込め、引きつった顔で赤いクリスタルを見上げる。

 

「ま、負け惜しみだろ……? もう手詰まりになったから、ヤケクソになって……」

 

「……カイ、退がれ! 奴の様子がおかしい!」

 

アッシュが剣を正眼に構え直し、顔を青ざめさせて叫んだ。

 

「諦めたんじゃない。理が変質している……ッ!」

 

エリスたちから見れば、アッシュはただ異常なまでに勘の鋭い剣士として警鐘を鳴らしているようにしか見えないだろう。

だが、その横顔を見た俺は、背筋が凍るのを感じていた。

魔導書は手詰まりになったのではない。攻撃のベクトルを切り替えたのだ。

 

『暴力』から、『物語のルール』へと。

 

「……足元を見ろ!」

 

アッシュの掠れた声に、俺は視線を落とした。

神聖力で浄化され、プラチナの床にこびりついていた影の残骸たち。俺はそれを、ただの戦闘の痕跡だと思っていた。

だが、違った。黒い塵はむやみに散っていたわけではなかったのだ。

黒い塵は意志を持ったように繋がり、太い直線を引き始める。

 

(奴らは俺たちを殺そうと特攻してきたんじゃない。最初からこの巨大なマス目を描くために、自ら死にに来ていたのか……!?)

 

俺たちの足元は、いつの間にか見渡す限り黒白の市松模様へと完全に塗り替えられていた。

そして、黒く染まったマス目から、ボコボコと不気味な黒い花が咲き乱れていく。

毒の根がプラチナを侵食するように、狂気じみた抵抗の証が黒いマス目すべてに咲き狂っていた。

 

『Отказ』

 

短く、乾いた音。魔導書が、理解不能の言語を一つだけ吐き出した。

だが、その瞬間――世界がこちらを拒絶したような寒気が背筋を走った。

 

「くそっ……!早くアリスを助け出すぞ!」

 

俺がアリスのクリスタルへ向かって一歩、力強く足を踏み出す。だが、次の一歩を踏み出した瞬間、風景が異常なスピードでスライドし、俺の体はなぜか十歩分、後ろへ遠ざかってしまった。

近づこうとする意志そのものが空間の法則に弾かれ、距離が断絶されるルイス・キャロルの法則。

 

「なんだ!? まっすぐれ走——」

 

カイの声が、途中から歪んだ。

 

「……! いしかおが声」

 

パニックになりながら自分の喉を押さえている。

エリスも口を開くが、出てくるのはノイズだけだ。

 

「……? かるえこ聞が声のしたわ、テルア」

 

「カイ、エリス……! なんて言ってるんだ!?」

 

まるで逆再生だ。俺が驚いて聞き返すと、エリスとカイが信じられないものを見るように俺を凝視した。

彼らの言葉は意味を失い、誰にも届かない。

だが、なぜか俺の言葉だけは正常に空間に響いていた。

 

「俺の声は普通に出るのか……? どういうことだ!?」

 

理由を考える暇はなかった。

鏡面となった壁一面に、血のように赤い文字がボコボコと浮かび上がったからだ。

 

『……いならいどない救な易安、に女少』

『るす結完で中の器ういと籠鳥たしざ閉ら自、は学美の女彼』

『む沈に闇、ずれさ解理にも誰、ずか届は手の者他』

 

カイたちが首を傾げる中、俺は一瞬で理解した。

俺がかつて黒歴史ノートに書き殴った、忌々しい絶望のポエム。文字が左右反転しているのだ。

俺の脳内で、点と点が最悪の形へ結びつく。

 

(アリス・リドル――その名前の意味を理解していた……? そしてプラチナの鏡面空間……完全に逆手に取りやがったのか!?)

 

俺の痛いポエムを悪魔合体させ、設定を都合よく拡大解釈し、『鏡の国のアリス』の絶対法則を迷宮のルールとして顕現させたのか。

だから真っ直ぐに助けに行けない。他者の手は届かない。

そして言葉が逆再生になる、まるで反転するように。

 

――反転?

 

そのキーワードが、脳の奥底に封印した特大の黒歴史を引っぱり出そうとする。

 

(反転……鏡の国の怪物……? いや、まさか)

 

『……るせか咲を花い黒として証の抗抵、し食侵にのようの根の毒はみ痛のそ』

 

言葉と連動するように、盤面に咲き乱れていた黒い花が一斉に散って集束していく。

そこだけ世界が強引に黒く塗りつぶされたような、存在してはならない歪な空間が生まれた。

 

そして、最後の儀式のポエムが、血のように赤く発光した。

 

『らかだのな証の高至、りあで抗抵の一唯のへ界世がれそ』

 

異常な気配にエリスやカイが息を呑み、ルミナまでもが本能的な恐怖に顔を強張らせて一歩後ずさる。

あのアッシュですら、踏み出そうとした足を止めた。

黒塗りされた空間の裂け目から、紙を乱暴に破るような悍ましい音と共に、強引に『それ』は押し出されてきた。

 

「……嘘だろ」

 

アッシュたちが未知の恐怖に絶望するのも当然だ。こいつはこの世界のどこにも存在しない。かつての俺が最強の敵を作ろうとノートの隅に書き殴り、設定が破綻しすぎて本編からボツにした――最低最悪の没モンスターなのだから。

 

竜のような巨大なシルエットを持ちながら、翼は引きちぎられた紙屑のようにボロボロで、異常に長い首の先からは、ただ全てを否定するような呪詛の声が漏れ出ている。

あらゆる理屈を暴力でねじ伏せるためだけに生み出された、作者の恥部。

俺は冷たい汗を流しながら、そいつの名前を呟いた。

 

「……ジャバウォック」

 

俺がその名を口にした直後だった。

 

『GRAA—rrr…LOOO—khh…!!!』

 

ジャバウォックが首をもたげ、空気を削り取るような悍ましい咆哮を上げた。

それは明確な攻撃ではない。ただそこに存在を主張しただけの、理不尽なまでの存在圧と瘴気。

だが、それだけで空間が爆発したような暴風が巻き起こった。

 

エリスの体が、木の葉のように弾き飛ばされる。

カイも、そしてルミナすらも、その一鳴きが放つ圧倒的な暴力の余波だけで、為す術もなく鏡面の床を転がった。

格が違う。武器を届かせることすら許されない、絶対的な次元の違い。

 

俺は即座に声を張り上げた。鏡の国でも正常に届く、俺の声だけが頼りだ。

 

「奴の相手は俺がやる! ルミナ、皆を守る防御障壁を張れ! 俺が極大魔法で消し飛ばす!!」

 

俺の指示で、ルミナが態勢を立て直し、即座に杖を掲げて強固な光の防壁を前衛に展開する。

俺は空間全体ではなく、眼前の魔物一点に狙いを絞り、一切の容赦なくありったけの魔力を込めた極大の黒炎を解き放った。

 

「理よ、名を失え。因果よ、意味を捨てろ! 『二ヒリティ・フレア(虚無の炎)』ッ!!」

 

概念すら焼き殺す、俺の火属性最強魔法。極大の黒炎が、ジャバウォックの巨体を完全に飲み込み――炸裂した。

空間そのものが悲鳴を上げるほどの震動。

だが、爆煙が晴れた直後、俺は自分の目を疑った。

ジャバウォックは、傷一つ負うことなくそこに立っていたのだ。

 

「……直撃したはずだぞ……!」

 

俺の声が微かに震える。

虚無の炎は対象の概念に干渉して破壊する。だがこいつは、その干渉そのものを無効化する設定を俺が書き込んでいた。炎が触れる前に、働きかける余地ごと消去される。

 

「クソッ、出力の問題じゃない!そもそも届いてすらいないのかよ!」

 

『Grr…RAA…rr…LO…!!』

 

俺の焦燥を嘲笑うかのように、ジャバウォックが不快な咆哮を上げた。

その長大な腕が振るわれる。ルミナの光の障壁を薄紙のように引き裂き、俺たちへと迫った。

 

「ふざけんな……魔法がダメなら、物理で叩き潰すッ!」

 

俺は迫り来る凶爪から逃げるどころか、自ら前へ踏み込んだ。

右腕に規格外の魔力を極限まで圧縮し、純粋な暴力として固める。

パッシブスキル『不動の王(イムーバブル・ロード)』の絶対的な反発力を、防御ではなく打撃の推進力として強引に上乗せした、俺の全力の一撃。

 

「吹き飛べぇぇッ!!」

 

ジャバウォックの爪が振り下ろされるより速く、俺の拳が奴の胴体に深々と突き刺さった。

 

ズドォォォォンッ!!

 

「……ッ、ぐゥゥッ!?」

 

己の拳から伝わったのは、肉や骨を砕く感触ではない。

絶対に破壊不可能な壁そのものを殴りつけたような、絶望的な反発力。

右腕の骨が嫌な音を立てて軋む。

 

それでも、放たれた凄まじい衝撃波が空気を引き裂き、ジャバウォックの巨体は砲弾のように後方へと吹き飛んでいく。

鏡面の壁に激突し、爆発したような白煙が上がった。

 

これだけの質量と魔力を叩き込んだ打撃だ。少しは効いただろう。

だが、土煙の奥から聞こえてくる音に、俺は背筋が粟立つほどの悪寒を覚えた。

 

『……lo…rr…lo…lo』

 

異常に長い首の先から漏れ出ている、あの意味不明な呪詛の声。

あれだけの打撃を喰らって壁に叩きつけられたというのに、奴の声にはわずかな苦痛の呻きすら混ざっていなかった。

 

「……痛みって概念すらねぇのかよ」

 

俺は殴りつけた自分の拳を見下ろし、ギリッと歯を噛み鳴らす。

こいつは生物じゃない。俺たちを殺すためだけに用意された、死の記号そのものだ。

 

「絶対硬度に、魔法干渉無効だと……!? どんだけ痛い無敵設定盛ってんだよ……ッ!」

 

俺の渾身の一撃すらも、かつて俺自身が書き殴った妄想の前では一切の意味をなさないのだ。

絶対的な死の気配が盤面を支配する中、鏡の国の怪物が再び狂った咆哮を上げる。

 

その絶望の淵で、アッシュが動いた。

彼は言葉を発しなかった。ただ静かに、自らの剣の刃をゆっくりと己の首元へ当て、俺の目を真っ直ぐに見つめる。

 

声なきその行動の真意。

それは自らを殺し、強制的に時間を巻き戻すという――二人だけが共有する、最後の手段の合図だった。

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