エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい   作:超とんでもなくムッチリしたインコ

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おまたせしてすんません


第33話 意味なき飾りと、原初の絶望

その絶望の淵で、アッシュが動いた。

ただ静かに自らの剣をゆっくりと己の首元へ当て、俺の目を真っ直ぐに見つめる。

 

声なきその行動の真意。

それは自らを殺し、強制的に時間を巻き戻すという――二人だけが共有する、最後の手段の合図だった。

 

「……アッシュ。まだだ……ッ! お前一人に『次』の責任を押し付けて逃げるかよ!」

 

俺が掠れた声で叫んだ直後。

アッシュの首の皮を一枚裂く寸前で、その刃がピタリと止まった。

 

彼は俺の声に反応して思い止まったわけではない。何かを、酷く険しい顔で思案し始めたのだ。

 

『GRAA—rrr…LOOO—khh…!!!』

 

感傷に浸る暇はない。ジャバウォックが不快な咆哮を上げ、見えない暴力の余波を空間全体に叩きつける。

 

「!なるまどち立 !ュッシア」

 

エリスが神速の踏み込みでアッシュの前に立ち塞がり、ジャバウォックの不可視の暴風へ剣を振り抜いた。

だが、弾き流すことなど不可能だ。圧倒的な暴力の前に打ち合った剣が悲鳴を上げて弾かれ、余波だけで彼女の細い腕から鮮血が噴き出す。それでも靴底を削りながら、アッシュの前から決して一歩も退かない。

 

『Grr…LOO…!!』

 

巨獣が地を滑るように距離を詰め、絶対切断の爪を無造作に振り下ろしてきた。

ルミナが咄嗟に展開した光の多重障壁が、濡れた紙のように音もなく裂かれる。

 

「くそっ……退がれエリス!!」

 

俺はエリスとアッシュの前に飛び出し、両腕を交差させて『不動の王』の反発力を最大出力で展開した。

純粋な質量の暴力が、俺の細い腕に激突する。

 

ガギィィィィィィンッ!!!

 

「……ッ、がはッ!」

 

反発力の壁ごと空間を断ち切るような理不尽な一撃。相殺しきれなかった爪の余波が俺の肩口から胸元を浅く裂き、口から赤黒い血が撒き散らされる。

全身の骨が悲鳴を上げ、銀色の髪が自らの血で濡れそぼった。だが、決して膝は折らない。

俺は次々と叩き込まれる爪撃を強引に捌き、血反吐を吐きながら背後のアッシュへ叫んだ。

 

「頼む、アッシュッ! 俺たちが耐えてる間に突破口を……!」

 

俺たちの命懸けの防御が、思考の海に沈むアッシュに計算を終わらせる時間を与えた。

ギリ、とアッシュの奥歯が強く鳴る。そして小さく呟き始めた。

 

「……か、るえこき、神、邪」

 

エリスたちと同じ、意味を持たない逆再生の言霊。

彼は口の動きを一度止め、一つ一つの発音構造を脳内でバラバラに分解し、再構築していくような不気味な沈黙を作った。百戦錬磨の男の脳髄が、極限の負荷を上げて理を紐解いていく。

そして、再び口を開いた。

 

「……邪、神。……きこ、えるか」

 

ぞくりと、背筋が震えた。

こいつは今、発声の構造を完全に逆から組み立て、強引に順再生になる言葉を捻り出しやがったのだ。

 

「アッシュ……お前……」

 

「……理の、解析は終わった。……骨が、折れるがな」

 

一つ一つの音を搾り出すような不自然な喋り方だが、その言葉には、理不尽な法則すらねじ伏せる重みがあった。

俺たちは一斉に散開しアッシュは剣を構えながら、俺の隣へ滑り込む。

 

「……邪神。この盤面は、言葉を反転させ、る」

 

「あ、ああ、そうみたいだな。だからアリスに近づけないし、声も届かない」

 

「……なら、なぜお前だけが、普通に、喋れる?」

 

ジャバウォックの追撃を不動の王の反発力で受け流しながら、俺は後方へ滑る。

 

「なぜって……俺だから、か……?」

 

「……違う。邪神という、存在を特別扱いするなら、極大魔法が届かなかったことの、説明がつかん」

 

アッシュは逆再生の思考を高速で回しながら、鋭い眼光で俺を睨みつけた。

 

「……お前が普通に喋れるのは、邪神だから、ではない。俺たちとお前の、決定的な違いがある」

 

「俺たちとの違い……?」

 

俺はジャバウォックと対峙しながら、自らの装備に意識を向け、ハッとした。

俺が今身につけているのは、顔の下半分を覆う漆黒のガスマスク型拘束具――『封魔の仮面』。

 

脳の奥底から、美術の授業中に書き殴った痛々しい設定画がよみがえる。

 

『内部には吸気と排気を精密に制御する魔導機構が組み込まれており、装着したまま飲食が可能(超クール)』

 

『補足:左右のパイプはただの飾り(意味はないけどカッコいい)』

 

(……そんな馬鹿な)

 

魔導書は『鏡の国』の法則に、俺の絶望ポエムを悪魔合体させてこの空間を作った。だから言葉は逆再生にされ、相手に届かない。

だが、魔導書が俺の『黒歴史ノート』の記述を素材として利用しているなら、そこに致命的な歪みがある。

 

俺の口元にあるこのパイプは、あのノートで『何の意味もないただの飾り』と明確に定義されているんだ。

言葉を逆再生にして意味を奪う鏡の国も、最初から『意味を持たない』と設定されたフィルターを通した音声までは反転の対象として認識できない。だから俺の声だけを素通りさせているんじゃないのか?

 

(中二病の「カッコいいから」ってだけの言い訳設定が、この絶望の不条理をすり抜ける鍵になるっていうのか……!?)

 

だが、俺の最強魔法すら届かないこの理不尽な盤面においては、そんな屁理屈こそが唯一の正解に思えた。

当時の俺は「予備のパイプも必要だよな(笑)」と、無駄に交換用パイプの量産設定まで書き込んでいた。

 

「……アッシュ、防衛を頼む! 五秒だけ稼いでくれ!」

 

俺は虚空のストレージに手を突っ込み、手当たり次第にガラクタを漁った。

あった。左右一対のパイプの予備。俺は迫り来るジャバウォックの爪撃を紙一重で躱し、エリス、カイ、ルミナ、そしてアッシュに向けて、黒いパイプを勢いよく投げ渡した。

 

「四の五の言わず、それを口に咥えてから喋れ!!」

 

カイが空中でパイプをキャッチし、わけもわからずおしゃぶりのように口に咥えた。

 

「……ふがっ! これ、なんだよっ!!?……あ、あれ?」

 

カイの目が驚愕に見開かれる。

パイプを咥えた瞬間、意味の通じる言葉が出た。

反転した呪詛ではない、カイ自身の真っ直ぐな声が、白銀の空間にハッキリと響き渡っている。

だが、喜んでいる暇はなかった。

 

ズズズズズ……ッ!

 

迷宮の最奥。赤いクリスタルに包まれたアリスが、チェス盤の一番奥――第8段のマス目へと強制的にスライドさせられていく。

最奥まで進め、無敵の女王へと昇格させ、永遠の孤独の器を完成させるための儀式が進んでいるのだ。

 

「くそっ、時間がない……!」

 

『Grr…LOO…』

 

俺たちの焦りを嘲笑うように、ジャバウォックが不快な喉を鳴らす。

奴はすぐに追撃してこなかった。魔法も物理も通じない絶対の壁である己を前に、絶望して逃げ惑うネズミたちの無力な足掻きを、ただ愉快そうに見下ろしているのだ。

圧倒的な強者ゆえの傲慢。だが、その手加減が、俺に一つの狂った打開策を閃かせた。

 

(アリスの法則……前に進むためには、後ろを向いて進まなければならない。だが、背を向けたまま自らの足で走っても無駄だ。この空間はアリスへ近づこうとする『自発的な意志』そのものを弾く!)

 

なら、意志の介在しない強制的な慣性力。

つまり、一瞬で目的地へ到達する圧倒的な物理的推進力をぶつけるしかない。

 

「カイ! これを持て!」

 

俺は虚空のストレージから一冊の古びたノートを取り出し、カイの胸に押し付けた。

 

「その黒歴史ノートは、この世界における概念の特異点だ! 何があっても絶対に破壊されない盾になる!」

 

「……ふっ。このダークネス・バイブルが世界を穿つための鍵というわけか。……で、師匠、俺はこれをどうすればいいんだ?」

 

カイは不敵に口角を上げている。

状況を全く理解していないようだが、今はその根拠のない自信と勢いだけで十分だ。

さらに俺は、ストレージの奥からあの忌々しい『強欲の錬金釜』を引きずり出し、アッシュへと託した。

 

「アッシュ! どんな手を使ってでもこれでアリスを叩き起こしてやれ!」

 

アッシュは錬金釜を片腕でしっかりと抱え込み、俺の意図を汲み取るように力強く頷いた。

 

「ああ、彼女は必ず私たちが引き上げる」

 

そして、外していた赤いロープを再び取り出し、俺以外の四人――アッシュ、カイ、エリス、ルミナを素早く数珠繋ぎに結び合わせた。

 

「アルテ、お前まさか……!」

 

俺の意図に気づいたエリスが目を見開く。

俺は四人をアリスのクリスタルに背を向ける形で立たせ、カイの持つ黒歴史ノートの正面に立った。

 

「ルミナ! 全力で衝撃吸収の奇跡を展開しろ!!」

 

「はいっ!わかりましたわ!」

 

ルミナが慌ててパイプを咥えたまま杖を掲げ、四人を包み込むように何重もの光のクッションを展開する。

 

「えっ!そ、そういうことなのかっ!?……師匠、手加減してくれよ!?」

 

自分の役割が『砲弾の先端』だとようやく理解して顔を引き攣らせるカイに、俺は極悪な笑みを向けてやった。

 

「安心しろ。少し離れて助走をつけた本気のデコピン程度に抑えてやる……ッ! 絶対にノートから手を離すな。それと、舌だけは噛むなよ!」

 

俺が数歩後ろへ下がる中、赤いロープで繋がれた四人が、各々の覚悟を決めたように声を出した。

 

「……ふっ。お前は、最高に安易じゃない手を使う」

 

「アリスは私たちが必ず守り抜く! だからアルテも……絶対に戻ってこい!」

 

「邪神様……っ、私の聖なるクッションで、皆さまを必ず……!」

 

「くそっ……闇の眷属の底力、見せてやる……来いっ、師匠!」

 

「ああ、頼んだぞ……吹き飛べぇぇッ!!」

 

俺は地を蹴って助走をつけ、純粋な力だけを右手の指先に集約させ――絶対破壊不可の盾へデコピンを弾き放った。

 

ズガァァァァンッ!!!

 

「ぐっ……!」「うわあああああっ!?」「きゃあああっ!」「ひゃあああぁぁぁっ!?」

 

四人四様の悲鳴と絶叫を残し、俺の放った凄まじい物理的な衝撃を受け、彼らの体が砲弾のように吹き飛んだ。

アリスに背を向けたまま後退していくその挙動と、意志の伴わない物体としての移動。二つの要素が合わさり、鏡の国の不条理を完全にすり抜けて最奥へと直進していく。

 

「……さあて。俺のツケ払いの時間だ」

 

彼らが無事にアリスのもとへ向かって飛んでいくのを確認し、俺はゆっくりとジャバウォックへ向き直った。

もう気兼ねはいらない。あいつらが近くにいたら、これから俺がやる『禁忌』に巻き込んでしまうからだ。

 

眼前にそびえ立つのは、理不尽の塊だった。

絶対硬度と魔力干渉無効。

かつて俺が、最強であり最低最悪として書き殴った異形。災厄の象徴たる『ジャバウォック』が、今、紛れもない現実の死の気配を纏って俺を見下ろしている。

 

(……浅はかだった。あの時の俺は、ただ無邪気に絶望を書いただけだった)

 

先ほどまでの防衛と、反発力を無視した無茶な打撃の代償。俺の身体はすでに満身創痍だった。

額から流れ落ちた血が、頬を生温く伝っていく。

この姿では俺の生み出した理不尽な暴力には到底太刀打ちできない。生き残るには、あれ以上の理不尽をぶつけるしかない。

 

原典となった黒歴史ノートには、すでに記されている。

六枚の翼を持つ単眼の蛇をモチーフとした『邪神の真の姿』が。

しかし設定は肥大化し、解釈は暴走し、筋書きは平然と崩壊する。

 

ならばその空白が埋まったとき、俺は何になる?

俺のままの何かか。自我のない化け物か。それとも、ただの都合のいい破綻か。

少なくとも、俺のままでいられる……なんて都合のいい結末は、どこにも用意されていない。

 

脳裏を掠めるのは、エリスの作った甘いプリンの味。

リナの無邪気な笑顔。ルミナの不器用な優しさ。カイの痛々しいポーズと、アッシュが初めて見せた静かな希望。

あいつらと過ごした平和な日常の記憶すら、邪悪な自我に塗り潰され——

 

(……いや、考えるな)

 

俺が撒き散らしたクソみたいな妄想のツケは、俺自身が払わなきゃならない。

彼らの未来を繋げるなら、三十路のおっさんのちっぽけな自我一つ、安い代償だ。

 

俺は震える右手を虚空にかざし、もう片方の手で自らの顔を半ば覆い隠す。

かつては赤面するほど恥ずかしかったポーズも、詠唱も。今や己と世界を繋ぎ、書き殴られた設定を現実に叩きつけるための、血を吐くような儀式だ。

 

「冥府の淵より這い出でし、六の翼持つ大蛇よ……偽りの枷を打ち砕き、今ここに原初の絶望を現せ!」

 

ジャバウォックが咆哮を上げ、山を穿つほどの暴風を伴ってこちらへ突進してくる。

その圧倒的な質量を前にして、俺は目を逸らさず、ただ決定的な一言を紡いだ。

 

「――顕現せよ。『覚醒(アウェイクニング)』」

 

頼む。俺の、大事な……。

最期の祈りは言葉になる前に、底なしの暗い泥の中へと完全に沈み込んでいった。

 

 

 

光と闇が溶け合う境界で、私はゆっくりと目を開いた。

覚醒、ではない。

ようやく、本来の形へ収まっただけだ。

 

私は静かに手を持ち上げ、自らの掌を眺める。生命の熱を持たない、透き通るような青い肌。ああ、やはりこの形の方が馴染む。人間の肉など、窮屈で仕方がなかった。

 

背中の皮膚が裂ける。痛みはない。ただ殻が剥がれる感覚だけがあった。音もなく六枚の羽が展開し、漆黒と瑠璃の色彩が周囲の空間を侵食していく。

続いて額が割れ、新たな視界が開く。元々の両眼に加え、黄金の瞳孔を持つ『第三の眼』。

三つの視界が重なり、ようやく世界の輪郭がまともに見える。

 

鏡の国の反転法則。

言葉も理も狂わせるこの歪んだ盤面すら、今の私には安っぽいガラス細工の裏側のように透けて見えていた。

 

虚空から大鎌を引き抜き、軽く振るう。

軌道が歪む。腕がほどける。関節が増え、捻じれ、千切れかけ、また繋がる。

人の構造など、最初から参考程度にしかしていない。

 

かつて創造主が描いた、画力不足の棒人間。あの粗雑な落書き。

今となっては、それがむしろ完成形だった。

人体の常識に縛られない挙動。予測不能の軌道。定まらない斬撃。

 

――だからこそ、避けられない。

 

「GRAAAAA—rrr…LOOO—khh…!!!」

 

耳障りな咆哮が響く。

視線を落とせば、醜悪な獣――ジャバウォックがこちらへ向かっていた。恐怖を隠しきれていない。格上への本能的な怯えを、破壊衝動で無理やり塗り潰しているのが見え透いていた。

 

哀れなものだ。

 

「……ふふっ」

 

笑みが漏れる。まるで他人の声みたいだ、と私はぼんやり思った。その瞬間、胸の奥で微かに何かが軋む。

ああ、まだ沈み切っていなかったか。

心の底。泥のように沈殿している、もうひとりの私。不格好で、未練がましく、諦めの悪い創造主。

 

こいつを倒せ。 あいつらは傷つけるな。

そんな懇願が、皮膚の裏側を内側から叩いてくる。

 

「鬱陶しい。静かにしていろ」

 

私は独り言のように呟いた。

 

「見苦しいにも程がある。……ひどく不格好で、泥臭い喜劇だったぞ」

 

原初の黒歴史ノート。後付けで継ぎ足された混沌クロニクル。矛盾した設定。破綻した世界観。

その継ぎ接ぎだらけの盤面を、自分の責任で修復しようと足掻く姿。

 

私はずっと、それを特等席で眺めていた。

滑稽で。惨めで。 ――だからこそ、少しだけ面白かった。

完全には消え去れなかった自我越しに、人間たちの記憶も流れ込んでくる。

 

病を克服した幼子。運命に潰されそうになりながら、それでも前へ進もうとする少年たち。

本来なら塵にも等しい存在だ。視界に映す価値すらない。

 

だが。

 

泥の底に沈んだ創造主の未練が、感情の残滓が、私の内側へ流れ込み続けているせいで――

まるで小動物でも眺めるように。ほんの少しだけ、愛おしいなどと錯覚してしまう。

……実に不快だ。

 

「この奇妙な綻びが」

 

私は額の単眼を細める。

 

「そして、お前の足掻きが、どこへ辿り着くのか」

 

三つの視界でジャバウォックを捉える。

 

「その結末には、少し興味がある」

 

六枚の羽が空気を叩く。

踏み込みという概念を置き去りにして、私は既に獣の眼前へ立っていた。

 

「それに――」

 

大鎌を持ち上げる。

死角という概念そのものを嘲笑う軌道。見る者の脳が理解を拒絶する、破綻した斬撃。

 

「『没の染み』風情が、顕現した私の前でデカい顔をしているのは、ひどく目障りでな」

 

私は嗤う。

 

「身の程を知れ、失敗作。ここはもう、物語の外側だ」

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