エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい 作:超とんでもなくムッチリしたインコ
「……おい、まだ足りねえのか。胸糞悪い物語は、もう終わりなんだよ……ッ!」
俺が魔導書を睨みつけて叫んだ、その直後だった。
先ほど両断したはずの漆黒の呪詛がうねり、再び一つに融合しようとしていたのだ。
「終わらない……。だって私、まだ空っぽのままだもの……。だから――アルテさんも、空っぽになって」
アリスの虚ろな呟きと共に、俺へと一直線に射出された。
だったら、もう二度と結合できないよう概念ごと焼き尽くしてやる。
「理よ、名を失え。因果よ、意味を捨てろ。始まりも終わりも否定し、ただエターナル・オブリヴィオンへ還れ――」
黄金の魔力が、俺の掌の上で光すら呑み込む漆黒へと反転収束していく。
「『ニヒリティ・フレア』!!」
解き放たれた黒炎は奔流とはならなかった。
代わりに俺の右腕へと絡みつき、蠢きながら収束する。
漆黒の焔を纏う腕を引き絞り、俺は地を蹴った。
「終わりだ――ッ!!」
次の瞬間、呪詛が悲鳴を上げるように軋んだ。
黒炎に断たれた断片が蠢く。だが、もう戻れない。
再結合という概念は、既に焼き尽くした。
「……もう十分だ」
そう告げた視線の先には、アリスがいる。
「……どうして」
アリスが俯いたまま呟く。
「どうして……私ばかり否定するの……?」
ゾクリ、と空間全体が脈打った。
消えかけていた闇がアリスを中心に渦を巻く。
次の瞬間、クリスタルから溢れ出した膨大な闇が津波のように押し寄せた。
「ちっ……!」
俺が迎撃に動こうとした、その時。
「師匠、任せてくれ……ッ!」
力強い声と共に、一人の少年が俺の横を駆け抜ける。
カイだ。その右腕にはアリスの闇とよく似た、それでいて決定的に異なる黒い魔力が渦巻いている。ひと目見ただけで分かった。
(――そうか。お前、そこまで届いていたのか)
「……アッシュに叩き込まれたんだよ」
俺が一瞬だけ目を見開くと、前を見据えたままのカイが笑う。
「他人の闇を喰らって、流す感覚をな……ッ!」
次の瞬間。黒と黒が激突した。
「ぐっ……!」
轟音と共にカイが体勢を崩しかける。それでも退かない。
右腕へ侵食してくる闇を強引に呑み込みながら、必死に押し留めていた。
だが、まだ粗い。今のあいつじゃ長くは持たない。
「……どうして」
不意にアリスが呟いた。右腕を浸食されながらも一歩も退かないカイの姿に、彼女を覆う絶望の波が微かに揺らぐ。
「どうして、そこまでするの? どうしてアルテさんを庇うの……?」
カイの表情が、右腕の激痛に僅かに歪む。
「……そんなの決まってんだろ」
歯を食いしばり、血を吐くような声で絞り出した。
「俺の大切な師匠だからだ……ッ!」
「……っ」
アリスの瞳が大きく揺れる。他者のために命を懸けるという純粋な想いが、彼女の孤独な世界にはひどく異質だったのだ。
「師匠も、エリスさんも……」
「え……?」
「ルミナやアッシュだって……お前を助けるためにここまで来たんだ……ッ!」
アリスの顔が歪む。理解できない。信じられない。
いや、彼女の精神を縛り付ける魔導書が、その言葉の意味を強烈に弾き出そうとしていた。
「嘘……だって、みんな私を怖がって……私から逃げようとして……」
「嘘じゃない!玉座の下にいるあいつらだって、お前に手を伸ばしていたんだ!」
「嘘だッ!!」
もしそれが本当なら、自分は差し伸べられた救いの手を、自らの手でへし折った化け物だ。
パニックに陥ったアリスの絶望が、防衛本能として爆発する。
「違う! 誰も私を助けようとなんてしなかった!!」
クリスタルが激しく脈動する。
押し留めていたカイの身体が吹き飛ばされる。
「ぐああぁッ!?」
「カイ!」
膨れ上がる闇。空間そのものを呑み込もうとする理不尽な絶望。
その時だった。
「……ふざけるな」
雷鳴が轟いた。青白い閃光が闇を切り裂く。
「貴様は……大切な者が目の前で理不尽に消えかける絶望を知っているか!」
「あ……」
エリスの叫びに、アリスの瞳が揺れた。
突き出していた指先が、微かに震える。
「私は知っている! あの恐ろしさを! 誰かを失う痛みを……っ! 自分が孤独だからと、他人にその絶望を押し付ける貴様を、私は許さないッ!!」
「ちが……違う、私は……」
アリスは後ずさるように身を縮めた。
誰も自分を理解してくれない。自分は誰からも愛されない。だから消した。――いや、違う。目の前の騎士の怒りは、アリスに決定的な事実を突きつけていた。
今の自分は、自分が最も恐れていた大切なものを奪う理不尽そのものに成り果てているのだと。
「私はただ……ずっと、一人で……っ!!」
アリスの震える声に呼応するように、彼女を覆う絶望のクリスタルが脈動した。
溢れ出した闇が、再び空間を侵食していく。
「アルテ、カイ……! 次の一手――お前たちを信じているッ!」
「……ああ、分かってるッ!」
俺は叫び返し、すぐさまカイと向き合った。
「カイ、アッシュの教えを見事に体現してみせたな。だが、まだ先がある」
「……どういう、意味だ……!?」
「流すだけで終わらせるな。その流れを利用して相手の闇を侵食し、己の力として『喰らい尽くす』ことに真価を発揮する」
(……そうだ。お前なら至れるはずなんだ)
俺の脳裏に、一つの闇魔法がよぎる。
カイが本来辿るはずだった未来で完成させるはずの力だ。
だが、あの魔法の反動はあまりにも大きい。
今のカイでは、力を引き出せたとしてもその身が耐えられない。
強欲の錬金釜に蓄えていたツケを使い、強引に支える事もできた。
だが、ひび割れた残骸が視界に映る。
(他の手段を練るしかないか……? だがどうする――)
「くっ……ああっ!」
代替案を思考しようとした矢先、エリスが限界の悲鳴を上げた。
青白い雷光がアリスの理不尽な絶望に押し込まれ、彼女の身体がじりじりと後退し始める。
「……ッ!エリス!!」
エリスの加勢に踏み込もうとした――その時。
――ギュイイイイイイインッ!!
鼓膜を削るような金切り音が、白銀の空間を引き裂いた。
「「「…………?」」」
アリスが黙った。絶望も止まった。俺たちも黙った。何だ今の音は。
一瞬見えた、見えてしまった。
片手逆立ちのままギロチンアームを車輪代わりに爆走するという、正気では説明不能な物体が俺たちの斜め前方を通過して見えなくなった。
と思った次の瞬間。
――ギュイインッ!!
今度は逆方向から帰ってきた。
「……ジェノ君!?」
「ヨタキ ニ ンエウオ……テルア・ータスマ」
(意思を持ってアリスに近づくと遠ざかるルールを、突破しやがったのか……!?)
そこから二人の人影が転がり落ちてきた。
量産型マスクを装着したガリウスとリナだ。
「申し訳ございません邪神様ァァァ!」
「……ごめんなさい!邪神さま……きちゃった!」
「リナ!お前まで来て……というかガリウス、生徒たちはどうなったんだよ!」
「生徒たちの警護は、合流したキリングドールと歌う花に任せてまいりましたァ! 」
土下座スライディング。ガリウスが床に膝をついたまま両手を広げた。
声がでかい。だがそのテンションは、それ以上にでかかった。
「邪神様の旅路に我らが同行すれば、邪神様の活躍を奪ってしまう可能性がございましたゆえ!私は涙を呑み! 身を切る思いで! 残留を決断したのであります!!」
「お、おう……」
「しかしッ!!」
ガリウスが叫ぶ。
「3分後には限界でしたァァァァァ!!!」
「早ぇよ!カップ麺かお前は!!」
「邪神様はご無事なのか! 私の知らぬところで尊き名場面を量産しておられるのではないか!!」
「名場面の心配なんてすんな!!」
「そう考えた瞬間ッ!!」
ガリウスがビシィッとジェノ君を指差した。
「私はジェノサイド・キラーに片手逆立ちを命じ、ギロチンアームを最大回転!!」
「おい」
「そして邪神様の気配を羅針盤に発進いたしましたァァァァァ!!!」
俺は思わず顔を覆った。世界の法則すら狂信と勢いでねじ伏せてくるとは。
あの指導者としての真摯な光はどこいったんだよ。
俺が呆然としていると、ガリウスはようやくアリスへ視線を向けた。
「ゆえに後顧の憂いはなしッ! ならば今こそ絶望に沈むアリス殿へ、我らが絆をお見せする時ィィィ!!」
直後、ガリウスの両目から眩い光が放たれた。
さらに、口元から劇場さながらの立体音響が流れ出す。
俺は我が目を疑った。あれは以前、ガリウスに下した両目を映写機に変えるという制裁。とっくに解除したはずだった。
「何で立体音響まで流れてんだ!解除した時より高性能になってんじゃねぇか!!」
「便利だったので努力で人間映画館へと進化いたしました!」
「努力で習得できるもんじゃねぇんだよ!!」
巨大な映像が投影される。
そこに映っていたのは、かつてアリスと共に過ごした日々の記録だった。
平和な昼食。アリスの呪いをバクバクと美味そうに吸い込む花たちと、赤いロープで数珠繋ぎになって謎の合唱をする生徒たちの姿。
そして、スク水姿で猛烈なヘッドスピンをキメる俺の姿。
「……これ、あの時の……?」
アリスは完全に攻撃の手を止め、空中に浮かぶ映像を見上げていた。
「なんで……。私はずっと、一人ぼっちだって……そう思ってたのに……」
世界から拒絶されていると思い込んでいたアリスの眼前に突きつけられたのは、どうしようもなく騒がしくて、どうしようもなく馬鹿馬鹿しい日々の記憶だった。
だが同時に、それは彼女が皆と共に過ごしてきた時間そのものでもあった。
狂人たちの所業と、鮮明に蘇る騒がしい記憶を前にして、アリスの思考は完全に固まっていた。
その瞬間だけは孤独も絶望も行き場を失い、無慈悲な浸食すら止まっている。
なお、その感動的な回想映像の約6割は俺の黒歴史で構成されていた。
「回想シーンの主役はアリスだろ!なんで俺のスク水ヘッドスピンがセンター張ってんだ!!」
映像の中で、ヘッドスピンをキメていたスク水姿の俺が、両足を大きく広げて回る大技『ウィンドミル』へと移行する。
だが、俺の股が正面を向いた瞬間――
スーパースローモーションの演出が入った。
「おい待て」
さらに俺の股間を視点が抜ける、その絶妙なタイミングで――
なぜかアリスの感動的な笑顔がフェードインしてきやがった。どんな悪意のある編集だよ。
そして画面下には、ご丁寧ドキュメンタリー番組のようなテロップまで出現する。
『皆と過ごした大切な時間――』
「違う!!」
『かけがえのない絆――』
「違う!!」
『邪神様の股抜き――』
「なんで感動のピークがそこなんだよ!!」
俺の股抜き。アリスが涙ぐむ。
俺の股抜き。アリスが微笑む。
もはや股抜きの合間にアリスが映っているレベルである。
振り返ると、映像を投影しているガリウスが滝のような涙を流していた。
「間違いございません!!邪神様の股抜きで、アリス殿の心の壁もまた――」
「抜けるわけねぇだろ!!」
アリスは攻撃を忘れ、映像を見上げていた。
ガリウスは泣いている。リナも泣いている。
カイも不敵に口角を上げ、満足そうだ。
エリスだけが、ひどく気まずそうな顔をしている。
限界だった。頼むから誰か助けてくれ。
胸の奥で何かが切れる。ぶちり、と。
「あっ……」
気付けば声が漏れていた。
「なんでだよおおおおおおおおッ!!!」
俺の全身から噴き出した羞恥に染まった魔力が、荒れ狂う暴風となって白銀の空間を蹂躙していく。
その暴風が吹き荒れる最中――。
(……よし、反応がある)
俺の中の邪神が、微かな胎動を拾い上げた。
視界の隅。強欲の錬金釜の残骸が、俺の放つ羞恥心に当てられて、ピク……と卑しい痙攣を起こしている。
だが、今は本命に集中すべき時だ。
視線を戻すと、俺の黒歴史によって蹂躙された空間の中心で、確かな変化が起きていた。
「……」
狂人たちの騒々しい記憶を前に、アリスの絶望は確かに綻び始めていた。
『ずっと一人だった』
その思い込みが揺らいだ瞬間――。
アリスの魔導書が、不気味な黒い光を激しく明滅させる。まるで、その綻びを許すまいとするかのように。
「……くだらない」
ポツリと、アリスが呟く。
「なにこれ……恥ずかしいだけじゃない。ほんと、ばかみたい」
憑き物が落ちたような、酷く呆れた声。一見して、正気を取り戻したように見えた。
「……ああ、全くだ。俺も恥ずかしくて死にそうだ」
俺は肩で息をしながらアリスを――いや、彼女が抱きかかえる『魔導書』を真っ直ぐに睨みつけた。
「だがな。この場で一番恥を知るべきなのは、俺じゃない」
「え……?」
「お前だよ、魔導書。……いや、アリスの母親の形見!!」
ビキッ、と。
魔導書の表面に走った黒い光が、明らかな動揺を見せた。
分かっている。これは俺が書いた設定だ。
この魔導書は元々、アリスの母親が娘の呪われた魔眼を制御し、守るために命を削って編み出した愛の産物だ。
しかし黒歴史ノートの理不尽な強制力によって、その愛はねじ曲げられ、今や娘を最も傷つけ、孤独に追いやる最悪の呪いとして機能させられている。
「強制力に操られて、自分が一番守りたかったはずの娘を、自分自身の手で壊し続けてどうする!! それが母の愛の結晶のやることかよ!!」
俺は黒歴史ノートを持つ者として、いや、一つの命を弄んだ世界の理不尽に対して、魂の底から怒鳴りつけた。
『……Заткнись! заткнись заткнись заткнись ты лжебог……!!』
俺の怒声に、魔導書が不快なノイズを鳴らす。
図星を突かれたことへの逆上。そして本来の目的を見失い、愛する娘を自ら呪っていた己への、隠しきれない極大の『羞恥』。
「お前のそのみっともない後悔も……全部ひっくるめて喰わせてやる」
空間を満たしていた俺の羞恥心が、魔導書から漏れ出した後悔と羞恥の闇を絡め取り、一つの巨大な渦となって収束していく。
行き先は一つ。
「割れたくらいでくたばってんじゃねぇ! 起きやがれッ!! 錬金釜ァァァァァッ!!」
後編は今月中に出す。だから見捨てないでくれ