エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい 作:超とんでもなくムッチリしたインコ
――ピキィィィィィィンッ!!
俺と魔導書、二つの羞恥心を吸い上げた錬金釜の残骸が、眩い邪光を放ちながら空中で結合していく。
『……ゲホッ、ゲェェ……。釜使いが荒いぜェ、邪神ちゃんよォ……!』
「最期の仕事だ。お前の腹ン中に残ってんだろ。『スク水ブレイクダンス』を晒した時の、あのツケがな! それでカイを強化しろ!」
『ヒッ、ヒャハハハ! 上等だァ! 貯まりに貯まったソウル、吐き出してやるァ!! 生きて、欲張って、恥晒して、それが人間の特権だぜェェェッ!!』
バキンッ!!
錬金釜が自ら完全に砕き割った。その破片一つ一つが灰となる対価として、目も眩むような黄金の奔流が間欠泉のように噴き出した。
(よし、これでカイの『深淵の捕食者』の反動も相殺できる――)
俺が安堵しかけた、その瞬間。
カイへ向かった黄金の奔流が鮮やかにUターンし、なぜか俺の方へと全速で殺到してきた。
「……は? お、おい!なんで俺のほうに――」
ドンッ!!
回避する間もなく、黄金の魔力が俺の全身を包み込む。
視界が真っ白に染まり、謎の軽快なポップチューンが鳴り響いた。
そして――なぜか俺の身体に、ふわりと柔らかな布地の感触がまとわりつく。
(なんだこの魔法少女の変身みたいな演出は!? 嫌な予感しかしねぇぞ!?)
光が晴れる。そこに立っていたのは――。
純白を基調とした魔法少女衣装だった。
レースがあしらわれたフリルたっぷりのミニスカート。
胸元には主張の激しい巨大リボンと小さなマント。
絶対領域を強調する白のサイハイソックスに、羽根と怪しげなルビー色の宝石でこれでもかと飾り立てられた魔法のステッキ。
どう見ても、どこかの聖杯を巡るスピンオフで見た魔法少女を参考にしつつ、ギリギリ訴えられないラインを狙ったようなデザインだった。
しかも俺は、左目を強制的にウインク。
左手は顔の横であざといピースサイン。
右手は天高くステッキを掲げ、片足をぴょこんと跳ね上げたまま固定されていた。
『プリズム☆アルテ・イリヤちゃん!……爆誕、だぜェ……!』
「やめろォォォォォォォッ! それだけは未来永劫封印しろォォォォォッ!!」
強制キメポーズのまま俺の絶叫がこだまする。
何で俺が強化されてんだ!しかも名前の元ネタを、こんな所で律儀に回収するな!!
『オイオイ、勘違いすんなよォ……!羞恥のエネルギーってのはなァ、発生源の魂にしか定着しねぇんだよォ!他人にツケを回そうなんて、強欲が足りねぇぜェ……!』
「それっぽく言って誤魔化すな!服を元に戻せェェェェ!!」」
『……あばよ、邪神ちゃん。最高に、美味い羞恥だったぜェ……。せいぜい、可愛く世界を救いなァ……!』
強欲の錬金釜はやり切ったと言わんばかりに、スゥゥゥっと消滅した。
「満足げに消滅するなァァァァ!!」
俺の絶叫だけが虚しく響く。残されたのは、場違いなほど可愛らしい魔法少女衣装。
そして、俺の手の中で淡い光を放つステッキだけ。
最悪だ。よりにもよって、この姿で助けろってのか。
だが――。
(……待てよ)
手の中のステッキから流れ込む魔力を感じた瞬間、俺は気付いた。
この力は破壊じゃない。繋ぐ力だ。
強欲の錬金釜は、俺と魔導書の羞恥を材料にこんな悪趣味な代物を作りやがった。
だが、その性質なら――届く。
「ははっ……最高だ。ならこのふざけた現実ごと、全部俺の『虚無』で飲み込んでやるよ!!」
俺は半ば自暴自棄に狂ったように嗤いながらも、カイへと向き直った。
「カイ! 右腕を出せ!」
「し、師匠……その、カッコ……っ!」
「……この服は一旦気にするな、いいな?」
「わ、わかった!!」
「俺がお前に『虚無』を流し込む。お前がこの黒炎を制御しきれなきゃ、右腕ごと消し飛ぶぞ!」
そして俺は、ステッキを力強く天へと掲げた。詠唱を紡ぐ。
「理よ、名を失え。因果よ、意味を捨てろ。始まりも終わりも否定し、ただエターナル・オブリヴィオンへ還れ――」
黄金の魔力が、ステッキの先端で漆黒へと反転収束していく。
背中の小さなマントがバサバサと荒ぶった。
「『ニヒリティ・フレア』!!」
俺は燃え盛る黒炎を纏ったステッキの先端を、迷うことなくカイの右腕へ突きつけた。
「ぐあああああああッ!!」
黒炎が右腕を這う。概念まで侵食する虚無。
カイは激痛に膝をつきながらも、必死にその右腕を押さえ込んだ。
「これが……師匠の深淵……腕ごと、消え……ッ!!」
「呑まれるな! 支配しろ!!」
俺はステッキを握り込みながら短く、そして力強く告げる。
「お前なら喰える」
その一言で、カイの瞳が見開かれた。
黒炎が暴れる。今にも右腕ごと消し飛ばしそうな勢いで。だが、俺は構わず言い放つ。
「忘れたのか。お前はずっと妄想してたんだろ。自分が特別な力を持った、闇の継承者だと!」
「――ッ!」
「なら今さら現実に遠慮するな!俺を見ろ!!」
純白のフリル。魔法少女。赤いリボン。あざとい絶対領域。
とても現実とは思えない惨状だ。
「現実なんてな! 努力しても報われねぇし、理不尽は山ほどある!!」
そして魂の底から怒鳴る。
「たまにフリフリの魔法少女にもさせられるしな!!」
俺はステッキを押し込みながら、魂の底から叫んだ。
「だから現実を、お前の妄想に合わせろ!!」
その瞬間だった。
カイの中で、何かが弾けた。
「……我が右腕に眠りし、黒竜よ――」
右腕を覆う黒炎が、カイの魔力と混ざり合いドクンと脈動する。
「誰にも信じられなくてもいい」
漆黒が、鋭い牙を生やす。
「嗤われてもいい」
強靭な鱗が生まれる。
「だが――」
虚無の炎が明確な形を得る。角を生やし。顎を開き。
「世界中が嘘だと嗤っても――俺だけは、この力を信じていたッ!!」
紅き瞳を灯し、咆哮する。
右腕から解き放たれた漆黒は、巨大な竜の頭部となって虚空より姿を現した。
漆黒の炎を纏う黒竜。それは妄想ではない。憧れでもない。
幾度も思い描き続けた少年の夢が、ついに現実へ牙を剥いた姿だった。
「行くぞ、カイ。その牙で、運命ごと噛み砕け」
「ああ……!」
カイが不敵に笑った。
竜が咆哮する。その牙が狙うのはアリスではない。
彼女を縛り続けた理不尽。彼女を傷付け続けた呪い、その概念そのもの。
「喰らい尽くせェェェェッ!!」
竜が飛ぶ。絶望の濁流へ。運命そのものへ。
「『
世界を揺るがす咆哮が轟いた。
少年がずっと夢見ていた黒竜は――初めて、自分の意思で絶望へ牙を突き立てた。
ガリィィィッ!!
概念と概念が噛み合うような異質な音が響き、空間が激しく震える。
黒竜の牙はクリスタルの殻を傷つけることなくすり抜け、その内側で渦巻く呪いの闇だけを喰らい始めた。
竜が呪いを咀嚼するたび、一瞬だけ幻影が浮かんでは消える。
『魔女のくせに』とアリスを責め立てた声。
彼女を孤独へ縛り付けていた、黒い鎖の幻影。
押し付けられてきた絶望の残滓が、ひとつ、またひとつと砕け散っていく。
いける。完璧な合体技だ。
このまま闇だけを喰いきれば。――そう確信した瞬間。
アリスの胸元に抱かれた魔導書が、異常なノイズを撒き散らした。
『Мой мой мой я, я, я, я, я, я, я, я, я, я, я, я, я……!!』
「あ……ああ、ぁぁぁッ……!!」
クリスタルの中でアリスが顔を激しく歪め、鮮血を吐き出した。
「くそっ、なんでだ! 俺の竜は呪いしか喰ってないはずだ!」
カイが焦燥に駆られて叫ぶ。
魔導書のページが狂ったように高速でめくれ上がり、そこから『へその緒』のような生々しい赤黒い線が伸びて、アリスの胸元――心臓に直接深く結びついていた。
さらに魔導書から溢れ出した泥のような闇が、二本の腕の形をとってアリスの身体を後ろから抱きしめる狂気じみた呪縛。
「……こいつ、アリスと心中する気か!?」
いや、違う。俺は目を凝らす。あの泥の腕は、殺すために伸びているんじゃない。
まるで泣き叫ぶ子供を守るように、必死にアリスを抱き締めている。
魔導書はアリスを救おうとしている。ただし――その方法が最悪だった。
外の世界に傷つけられるくらいなら、永遠に自分の中へ閉じ込める。
『私の胎内へ還れ』と囁くように。
これは守護じゃない。優しさの形をした呪縛だ。
そして、そのへその緒を通じて呪いを喰い続ければ――最後にはアリスの魂ごと消えてしまう。
「おい、魔導書! アリスを縛り付けているその力を、自分自身で感じ取ってみろ! それが本当に彼女を守るための『母親の愛』か!? 違うだろ! お前は狂った理不尽な運命に、娘を殺す過剰防衛を強いられているだけだ!」
『……Защитить……? Убить? Нет…… Моя Алиса…… Что я!!』
俺の言葉に、アリスをきつく抱きしめていた泥の腕が、微かに揺らいだ。
「強制力のままにアリスを壊せば、お前自身が母の祈りを裏切ることになるぞ! 押し付けられたクソみたいな悲劇と、お前を生み出した母の愛……どっちが本物か、ここで証明してみせろ!!」
それは決定的な矛盾の指摘だった。
二つの理――悲劇の強制力と、魔導書の奥底に眠る『母の愛』が内側で激しく衝突し、ページを引き裂くような悲鳴が響く。
「……お母さん」
その時だった。
苦痛に顔を歪めていたアリスが、震える手を伸ばし、自らを縛る泥の腕へそっと触れた。
彼女の脳裏をよぎったのは、暗い孤独の記憶ではない。
最高に馬鹿で、不器用で、それでも温かい仲間たちの姿だった。
「もう……いいの。私を閉じ込めなくていい」
アリスの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。彼女は、母の愛から暴走した過剰な防衛を、自らの意志で優しく押し返した。
「わたしは……痛くても、傷ついても。……こんな変な人たちと、一緒に笑っていたい!」
それは、悲劇のヒロインであることを明確に拒絶する、彼女自身の反逆だった。
アリスの意志が決定打となり、存在意義の根幹を揺るがすパラドックスに耐えきれず、アリスを縛っていた泥の腕とへその緒が、乾燥した土のようにポロポロと崩れ落ちた。
そして、呪いだと偽装されていた真っ黒な魔力の殻が内側から弾け――本来の純粋な、温かい光が溢れ出し始める。
ピキッ。
魔導書の放つ絶対的な呪縛に、修復不可能な亀裂が走った。
アリスと魔導書を繋いでいた呪いが断ち切られ、偽りではない母の魔力だけが、彼女を優しく包み込んだ。
「今だカイ!! 根こそぎ持っていけ!!」
「うおおおおおおおおッ!!」
カイの黒竜が大きく顎を開き、無防備になった残りの呪いの核を喰らい尽くす。
パァァァァンッ!!!
呪いの芯を完全に失い、無敵のクリスタルが粉々に砕け散った。
宙に放り出され、力なく落下してくるアリス。
俺は跳躍し、彼女の細い手を力強く掴んだ。
「アリス、聞こえるか! もう大丈夫だ!」
空中で、俺は彼女の華奢な身体を抱き寄せる。
だが、アリスはボロボロと涙を流し、激しく首を横に振った。
「一緒にいたい……でも、このままじゃ私の目のせいで、みんなを……!!」
「アリス……ッ」
「抑えられないの……っ!眼帯をしてても呪いが溢れちゃう……! これ以上一緒にいたら、あなたまで……!!」
その言葉を証明するように、眼帯の隙間から黒い瘴気が噴き出した。
直後――俺の左腕から嫌な音が鳴る。
ピキッ……。
(……マジか)
俺の耐性をブチ抜いてきやがった。
灰色の侵食が指先から這い上がる。だが構わない。ここで離したら終わりだ。
(上等だ……。腕の一本くらいくれてやる!)
アリスの叫びは、孤独への逃避じゃない。
ようやく手に入れた大切な繋がりを、自らの呪いで傷つけてしまうことへの恐怖だ。
石化の激痛をねじ伏せアリスを抱き締め続けた、その時。
「し、師匠! ダークネス・バイブルが……ッ!?」
カイの叫びが響く。
見下ろせば黒歴史ノートが彼の手を離れ、狂ったように空へ舞い上がって来た。
禍々しい真紅の文字列が俺たちを取り囲む。
『少女に、安易な救いなどいらない。
彼女の美学は、自ら閉ざした鳥籠という器の中で完結する。
その痛みは毒の根のように侵食し、抵抗の証として黒い花を咲かせる。
他者の手は届かず、誰にも理解されず、闇に沈む。
それが世界への唯一の抵抗であり、至高の証なのだから』
アリスをバッドエンドへ連行しようとする執念が、空を赤く染め上げて彼女を包囲する。
だが、俺は鼻で笑い飛ばした。
過去の俺が書いた痛々しいポエムを、今の俺が真っ向から否定してやる。
「他者の手は届かないだと? 俺たちの手は、もうとっくに届いてるんだよ!」
石化はすでに肘を越えていた。
ギシギシと軋む腕を無理やり動かし、俺は叫ぶ。
「アリス! その『鳥籠』の本当の定義を教えてやる!鳥籠とは、鳥を閉じ込めるための牢獄ではない。それは……幼き雛が外敵から身を守り、大空へ羽ばたく力を蓄えるための『揺り籠』だァァァッ!!」
感覚を失いかけた石の腕でアリスの肩を抱き留めたまま、俺はゆっくりと眼帯へ手を伸ばす。
ずっと彼女を縛り続けてきた、忌まわしい左目へ。
「そして、お前はずっと自分の闇を、この魔眼を恐れてきた! だが違う! その闇は、お前を孤独にするための呪いじゃない!」
「……え……」
「不条理に抗うための力だ! このクソみたいな理不尽な世界を、真っ向から睨みつけて叩き壊すための、お前だけの武器だ!」
俺の腕の中で、アリスの震えがピタリと止まる。
彼女の頬に触れた俺の指は、すでに石へと変わっていた。それでも絶対に手放さない。
「怯えるな! 塗り替えろ! お前は……その身に受けた闇を、光へと変換する『浄化のプリズム』だッ!!」
俺の言霊と、アリスの意志が完全に共鳴する。
空間の奥底で、何かが砕ける音がした。運命か、強制力か。
同時に、俺の石化した腕がピキィッ……と限界の音を立てる。
「だから目を開けろ、アリス!! お前自身の目で、この世界を見ろ!!」
「……わたし、は……」
アリスが顔を上げた。そして、左目を覆う眼帯が弾け飛ぶ。
現れたのは、呪いを撒き散らす魔眼ではない。
黄金に輝く、底抜けに美しい瞳。
「私は……っ、呪いの器なんかじゃ、ないッ!!」
アリスの絶叫と共に、彼女の内に積み上がっていた膨大な闇が一気に溢れ出した。
だが、それはもはや呪いではない。
世界を染めるのは禍々しい黒ではなく、温かく眩い純白の輝きだった。
「……ッ!」
射抜くような眩しさに、思わず目を細める。
同時に――アリスを抱きとめていた俺の左腕から、石の重みが消えていく。
光の中で、白の駒に変えられていた生徒たちの石の表面が、灰のようにサラサラと崩れ落ちた。
深い眠りから覚めたように、彼らが次々と目を開き、戸惑うように周囲を見渡す。
そして、迷宮の闇が完全に洗い流され、世界が大きく反転する。
ダンジョン化が、完全に解除されたのだ。
「……っと!」
俺たちは空中で体勢を整え、王立学園の校庭に無事着地した。
プラチナの校舎が夕日に赤く照らされている。涼しい風が、火照った頬を撫でた。
「……はぁ、はぁ……」
俺は地面に膝をついた。気力も体力もすっからかんだ。
軽く左手を握り込む。軋んでいた石の感覚は消え、確かな体温が戻っていた。
周囲を見渡せばダンジョンに取り込まれていた生徒たちも、校庭のあちこちに吐き出され、無事を確認し合っている。
そして少し離れた場所。夕暮れの光の中、闇の底から還ってきたように、アッシュとルミナが膝をついていた。
「ルミナ! アッシュ!」
エリスが駆け寄る。二人とも満身創痍だが、確かな生命の熱を持っている。
アッシュが静かに剣を鞘に収めるカチャリという音が聞こえた。
彼はゆっくりとこちらへ歩み寄ると、静かに告げた。
「……誰も欠けなかった。ようやく……辿り着いたか」
彼もまた、百回に及んだ悪夢の終焉を、誰よりも深く噛み締めているのだろう。
その隣でルミナも、言葉を失ったように俺を見つめていた。
「ええ……これも邪神様のお導きと、皆様の奮闘のおかげですわ」
その時、聞き覚えのある声が響く。
重い足音も近づいてきた。
「邪神さまー! お姉ちゃーん!」
ぱたぱたと駆け寄ってきたのはリナだ。彼女は勢いよくエリスの腰に抱き着き、安堵の涙を浮かべている。
その背後からはジェノ君が、ズシンズシンと巨体を揺らして歩み寄ってきた。
「ミンナ……ブジ ヨカッタ……」
赤いモノアイを優しく瞬かせながら、ジェノ君も安堵したように俺を見下ろしている。
カイは力尽きたように大の字で寝転がり、空を見上げて満足げな顔をしている。
その一方で、俺の隣に立つアリスは、ガタガタと震えていた。
「ご、ごめんなさい……っ!」
彼女は今にも土下座しそうな勢いで泣き崩れた。
「私のせいで、皆を……。こんな私、ここにいちゃいけないのに……っ!」
取り返しのつかないことをしたという罪悪感。彼女は自身のしでかした事の重大さに震え、涙をポロポロとこぼす。
そんなアリスへ、エリスが歩み寄った。
アリスがビクッと怯える。だが、エリスは怒るどころか、騎士として優しく手を差し伸べた。
「……お前は、自分の弱さから逃げなかった。私が刃を向けるべき悪意は、もう何もない。……立ってくれ、アリス」
その言葉に、アリスは顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくった。
そこへ、寝転がったまま身体を半ば起こしたカイが、不敵に口角を上げて言い放つ。
「気にするな。俺の黒竜が全て食らい尽くした」
そして、キザな笑みを浮かべてこう続けた。
「眼帯の無いあんたも……悪くない」
アリスが涙を拭いながら、少しだけ恥ずかしそうに俯く。
その時、ヒュルリと風が吹き――空から見覚えのあるノートが降ってきた。
俺は手を伸ばし、それをしっかりとキャッチする。
黒歴史ノート。俺の書いたバッドエンドの象徴。
俺はそっとアリスのページを開いた。
夕日を反射して、うっすらと金色の文字が、ゆっくりと浮かび上がってくる。
『少女に、孤独な運命など似合わない。
彼女の世界は、鳥籠から羽ばたくことで無限に広がる。
その痛みは愛の記憶として息づき、希望の証として白い花を咲かせる。
差し伸べられた手を握り返し、絆を知り、光へ向かう。
それが呪われた世界を打ち破る、至高の証なのだから』
文字が書き換わる。
それは今、この瞬間に生まれた新しい事実だ。
俺の書き殴った暗い運命を、この世界の住人たちが打ち砕いた証。
(……勝った)
俺はノートをパタンと閉じた。
「……どうしたんだ、アルテ」
「いや、なんでもない。……さあ、帰ろうぜ。腹が減った」
俺が清々しい気持ちでそう言って振り返ろうとした、その時だった。
「「「…………」」」
校庭が、不自然なほどの静寂に包まれていることに気がついた。
ダンジョン化が解除され、正気を取り戻した王立学園の生徒たち。その視線が、一斉に一点へと注がれている。
風が吹き、俺の着ているフリルがバサァッと翻る。
無意識に握りしめていた怪しげなステッキから、「キュルルンッ☆」という間の抜けた魔法音が夕暮れの校庭に響き渡った。
――夕日に照らされる、あざとい絶対領域。魔法少女姿の俺へと、すべての視線が釘付けになっている。
「あっ……」
俺の顔から、スッと血の気が引いた。
生徒たちは呆然と俺を見つめ、エリスはひどく気まずそうに視線を泳がせている。アッシュはスッと静かに目を逸らし、ルミナは荒い息を吐きながら、熱っぽい視線で俺をガン見していた。
「邪神さま!キラキラしててかわいいー!」
さらに、エリスの腰に抱きついていたリナが、目を輝かせて無邪気な声を上げた。
やめろ。純粋な称賛が一番刺さるんだ。
「マスター・アルテ……カッコイイ……」
ジェノ君まで、モノアイを輝かせながら違うベクトルで感動していた。
でもかわいいよりかは救われる。ありがとうジェノ君。
その時だった。 俺の隣でアリスが涙を拭いながら、曇り一つない笑顔で叫んだ。
「みなさん、見てください!」
嫌な予感しかしない。
「私を絶望から救い出してくれた、英雄です!」
頼む、そこで止まってくれ。
「プリズム☆アルテ・イリヤちゃんです!!」
「やっぱりかァァァァァァァッ!!!」
俺の魂の絶叫が、夕暮れの校庭に虚しく響き渡る。
だが、悲劇はそれだけで終わらなかった。
「おおおお……! なんという神々しさ! なんという慈愛!!」
群衆の最前列で、感涙に咽ぶガリウスが両手を天に掲げた。
俺が羞恥に震えているなど微塵も思わず、ただ目の前の姿を『究極に尊いもの』として崇め奉っている。
「見よ皆の者! 邪神様が、あのような尊い御姿で我々を救済してくださったのだ! これは邪神様の新たなる神話だァァァッ!!」
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
よく分からんが助かったらしいという安堵と共に、生徒たちは一斉に熱狂的な拍手を送り始めた。
パチパチパチパチパチパチパチ!
「ありがとう、プリズム・エンジェル!」
「俺たちの英雄、アルテちゃんバンザーイ!!」
「写真! 誰か写真を撮れ!永久保存だァァァ!!」
夕日に照らされた校庭で、数百人の拍手と歓声が波のように俺を包み込む。
エリスは何やら誇らしげに微笑み、カイは不敵に口角を上げている。
俺だけが白く燃え尽きていた。
世界は救われた。バッドエンドの運命は打ち砕かれた。
しかし、俺の社会的尊厳は完全に、そして永遠に終わった。
『――ララ、ラァ……♪』
どこからか聞こえてきたお気楽なハミングが、今日だけはやけに胸に沁みる。
ここから先は、俺の書いた設定なんかじゃない。
俺たちが自分たちの足で歩いていく、新しい物語の始まりだ。
次回で学園編は最終回だぜ