エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい 作:超とんでもなくムッチリしたインコ
ダンジョンを出て半日。
俺たちは王都へと続く街道を歩いていた。
マスク越しの呼吸にも慣れてきた頃、俺はふと、後ろをついてくる信者たちを見た。
彼らは俺が石につまずいただけでも「大地の脈動を確認された!」と涙ぐんでいる。
チョロすぎて怖いが、彼らのボロボロの服を見ていると、胸が痛む。
俺が悪役モブとして書き捨てた彼らにも、人生があるのだ。
作者として、この世界のケツは俺が拭く。そう決めたはずだ。
「邪神様、前方をご覧くだされ!」
ガリウスの声で我に返る。
街道の先、峡谷にかかる大きな吊り橋が封鎖されていた。
銀色の鎧を纏った一団。王国騎士団だ。
俺の脳内データベースが検索をかける。
ここは第2章の冒頭イベント。
『王都へ向かう邪神を阻止すべく、騎士団の精鋭部隊が立ちはだかる。しかし、邪神の圧倒的な力の前に、彼らは虫けらのように蹂躙される』
いわゆる噛ませ犬イベントだ。
本来なら、俺が指一本で彼らを吹き飛ばして終わるはずだ。
「止まれ! 通報があった。貴様らが『邪神教団』だな!」
先頭に立つ騎士が声を張り上げた。
長い赤髪をポニーテールにした、凛とした佇まいの女騎士だ。
腰にはレイピア。鋭い眼光。
(……ん? 誰だ?)
俺は記憶を探る。 あんなキャラ、
モブ騎士は全員、顔の見えない兜を被っていたはずだ。
女騎士は、俺を見て、隠しきれない義憤を露わにした。
「……なんだ、その姿は」
視線は、小さな幼女(俺)に釘付けだ。
「貴様らが祭り上げている『銀の邪神』とは、このいたいけな子供のことか? こんな幼女に、気味の悪いドレスと仮面を着せ、何を企んでいる!」
まともだ。
この世界に来て初めて、まともな感性の人間に会った。
でもヤバい、児童虐待に見えている!
「無礼者! 慈悲深き邪神様の御姿を侮辱するとは、命知らずめ!」
「私は王国騎士団副団長、エリス!その子を解放しろ!」
エリス?
知らない名前だ。ノートには書いていない。
……いや、待てよ。
俺は薄れかけた記憶の底をさらった。
そうだ。ノートには書いていない。
だが遥か昔、ノートの内容を元にネット小説サイトで連載を始めた際――「PV数ゼロ」の現実に焦った俺が、テコ入れのために急遽追加したキャラだ!
(ヤバい、こいつは『改稿後』のキャラだ!)
俺の背中に冷や汗が流れる。
当時の俺は、誰にも読まれない孤独に耐えかねて、後付け設定を盛りまくった。
エリスもその一人。「強気な女騎士って需要あるだろ?(笑)」という安直な理由で追加された、ノートには存在しないイレギュラーだ。
「黙れ、狂信者ども! この場で邪神教団を制圧し、この子を保護する!これは戦闘ではなく、救助だ!」
(いや、待て!騎士団に保護されたら、ガリウスたちは『子供を邪神と祭り上げる狂信者』として処刑されかねない!)
俺は信者たちを守るため、対話で状況を打開する必要を感じた。
「フン……救助だと? 貴様には、我の慈悲は理解できぬか」
俺は一歩前に出た。
マスク越しに、冷静な声で告げる。
「我は邪神、アルテ・イリヤ。貴様らと無用な戦をするつもりはない。話がしたい」
エリスは警戒を解かない。
「話だと…? この幼女に邪神のフリをさせて時間を稼ぐつもりか。企みは何だ!」
(対話を求めているのに、全く信じてもらえない……!)
俺は決断した。対話の場を作るには、圧倒的な『本物』の証を示すしかない。
「……ならば見せてやろう。貴様らの理解を超越した、我が存在の証を」
俺は、左手を軽く掲げた。
当時の設定で魔力が高まりすぎた時のクールな仕草としていた動作だ。
その瞬間、俺の全身から、紫と黒が入り混じった粘性の魔力が噴き出した。
ゴゴゴゴ……。
大気が重みを持ち、エリスの周りの騎士たちの鎧がキシリと軋む。
「な、なんだこの圧は……!?」
騎士団の隊列が、ざわりと揺れる。
数名の騎士は思わず剣を取り落とし、顔を覆った。
エリスの顔から血の気が引いた。彼女は、その身をもって理解した。
「……これが、邪神の魔力……。まさか、本当に……この幼女が……」
彼女の凛とした瞳に、明確な恐怖が宿る。
だが、彼女は騎士としての誇りを胸に、深く息を吐いた。
「……ふざけるな」
エリスは小さく呟くと、一瞬で瞳の迷いを消し去った。
「貴様が本物だろうと、この橋は通さん!王国騎士団副団長、エリス!貴様を討伐する!」
彼女の覚悟が決まったのを感じた。
「待て! エリス、俺は戦うつもりはない。王都の危機について——」
俺は、マスク越しに対話を試みた。
しかし、その言葉は届かない。
「問答無用だ!」
エリスが剣を抜く。速い。
話を聞け!と叫ぶ間すら与えられないまま、瞬きする間に間合いを詰められ、切っ先が俺の喉元に迫る。
(くそっ! 対話の機会は、もう潰えたか!)
『ハイジョオオオオォッ!』
俺の背後から『煉獄の処刑人』が飛び出し、巨大なギロチンアームを振るう。
だが、エリスは不敵に笑った。
「遅い!」
『ア゛ッッッ!!』
閃光。
エリスのレイピアが、ゴーレムの関節を正確に貫いた。
一撃で、巨大なゴーレムの腕が空を舞う。
「な……ッ!?」
俺は絶句した。 あのレベル60のゴーレムが、一撃で?
エリスが着地し、冷たく言い放つ。
「鈍重な鉄塊だな。……我が『雷光の剣技』の前では止まって見える」
(雷属性!? しかも素早さ特化型かよ!)
思い出した。
「主人公最強TUEEE」をするために、「最初は強敵っぽく出して、後で主人公に瞬殺させるために盛ったキャラ」だ。
いわゆる「インフレの象徴」だ。
「終わりだ、邪神!」
エリスの刃が、今度は俺に向く。
俺は避けようとした。
思考では分かっている。右にステップして躱せばいい。
だが――体が動かない。
恐怖で竦んだのではない。俺の足が、地面に根を張ったように、微動だにしないのだ。
(な、なんで!? 動けよ俺の足!)
その瞬間、脳裏に設定資料が過ぎる。
『邪神アルテ・イリヤは、下等生物の攻撃を避けない。王とは、常に堂々と受けるものである』
『パッシブスキル:
(バカか昔の俺ぇぇぇぇ!! 死ぬわそんなもん!!)
思い出した!
当時の俺は『ラスボスがチョコマカ動いて避けるとかダサくね? 棒立ちで受けて、魔法一発で消し飛ばすのが最強だよな!』という歪んだ美学を持っていたんだ!
刃が迫る。
なら、迎撃するしかない。魔法か?
ダメだ!大技は発動に「長くて恥ずかしい
「我は拒絶する……」とか言ってる間に刺される!
なら、物理で殴るか?
それもダメだ!この体のステータスは『筋力:9999』。
加減の仕方が分からない。
下手に拳を振るえば、エリスの上半身が「ごめん、間違えた」では済まないレベルで消し飛んでしまう!
俺の攻撃手段は、「大惨事」か「尊厳破壊」の二択しかないのか!?
息が荒くなる。マスクが顔に密着する感触。フィルター越しの呼吸音。
(そうだ……このマスクには……!)
脳裏に当時の設定が蘇る。
『食事中も仮面を外さないクールな邪神』を演出するために、俺が後付けした吸排気システム。
吸気と排気を分離制御する魔導機構――本来は飲食用だが、これを応用すれば!
(切り替えろ……排気モード!)
俺は思考を集中させた。
カチッ。
マスクが脳波に反応し、内部機構が作動する。
当時の俺は更に調子に乗って『念じるだけで操作とか超クール』と、思考同調システムまで組み込んでいたのだ。
まさかの伏線回収。
(死ぬ気で出力を抑えろ! 0.01%! それ以上は殺してしまう!)
フィルターがバイパスされ、極限まで絞り込まれた毒ガスが放出口へ集約される。
「うおおおおおッ!!」
プシュッ!
出力0.01%――本来の威力の一万分の一に抑えた「邪神の吐息」が、エリスへ向けて噴射された。
これは魔法じゃない。生体機能だ。だからノータイムで出る!
「うわっ!?」
エリスがたじろぐ。
(くっ、制御が難しい……! ちょっとでも気を抜いたら出力が跳ね上がる!)
俺は必死に思考で出力を抑え続けながら、催涙ガス程度の威力を維持した。
プシュウウウゥゥ……!
「げほっ、ごほっ……! き、貴様……騎士道精神はないのか!」
エリスがバックステップで距離を取り、口元を押さえて膝をつく。
さすがはネームドキャラ、この程度で済んで良かった。
「ねえよそんなもん!こっちは必死なんだよ!」
俺はゼーハーと息を切らしながら叫んだ。
かっこ悪い。
圧倒的な力で蹂躙する邪神の面影はゼロ。
ただの、ガスを撒き散らす不審者だ。だが、これでいい。
「エリス! 俺の話を聞け!」
「お前らが守ろうとしてる王都には、『本物の怪物』が現れる! こんなところで俺と遊んでる場合じゃないんだよ!」
「はあ? 何を言って……」
「お前の妹! 病気で寝たきりだろ!?」
エリスの動きが止まった。
その顔に驚愕が走る。
「な、なぜそれを……」
「知っているさ。……俺は、お前たちのことを全部知っている」
「……全部?」
「ああ。お前が妹の治療費のために騎士になったことも、毎晩こっそり妹に絵本を読んでいることもな」
エリスが顔を真っ赤にして、後ずさった。
「き、貴様、ストーカーか!? 気持ち悪いぞ!」
「ち、違う! ……いや、ある意味合ってるけど!」
俺は慌てて否定したが、状況は悪化していた。
これはノートの隅にすら書いていない。世界で俺しか知らない情報。
「貴様……どこからその情報を……。まさか、教団の諜報網か?」
エリスの目に警戒の色が強まる。剣を握る手に力がこもる。
「妹に指一本でも触れてみろ。刺し違えてでも貴様を殺す」
「落ち着け! 俺は敵じゃない!」
「信用できるか! 個人のプライバシーを覗き見る、変態邪神幼女など!」
ごもっともだ。ぐうの音も出ない。
だが、ここで引くわけにはいかない。
「俺は、お前の妹を治す方法も知っている」
エリスの動きがピタリと止まった。
「……なに?」
「嘘だ。妹の病は「魔力不全症」。不治だと言われた。国一番の治癒術師でさえ匙を投げたんだぞ!」
「嘘じゃない。治療法はある」
俺は言い切った。
正確には、治療法の解明までの設定がない。
だが、作者として、絶対に治せるはすだ。
不治の病なんて設定、俺がボツにしてやる。
「お前には二つの選択肢がある。ここで俺を斬って、妹が死ぬのをただ待つか。……それとも、この『不審者』に賭けて、妹が助かる可能性を掴むか」
俺は真剣な眼差しを向けた。
「俺を利用しろ、エリス。嘘をついていると思ったら、その瞬間に俺の首を刎ねればいい」
エリスは唇を噛み締め、俺を睨みつけた。
葛藤している。騎士としての誇りと、姉としての愛情の間で。
数秒の沈黙が、永遠に感じられた。
やがて、彼女は剣をゆっくりと下ろした。
「……貴様の首一つで、妹が助かるなら安いものだ」
彼女の声は震えていた。
信頼などしていない。これは、溺れる者が藁をも掴む、悲痛な賭けだ。
「案内しろ、エリス。……お前の妹も、この国も、俺がまとめてハッピーエンドにしてやる」
俺たちは吊り橋を渡る。
前方には王都。
そこでは、俺が書いた最大の鬱イベント――『王都大火災』のフラグが、着々と進行しているはずだ。
俺の戦いは、過去の記憶と、融通の利かない自分の設定との戦いへとシフトしていた。