エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい   作:超とんでもなくムッチリしたインコ

5 / 33
第5話 厚底ブーツの憂鬱と、王都大火災の予兆

「……遅い」

 

エリスが呆れたように言った。

俺たちは王都へと続く街道を大行列で歩いていた。

先頭に俺とエリス。

その後ろに、ずらりと並ぶ武装した騎士団と、彼らに囲まれたガリウスたち信者団。

本来なら威厳ある行軍になるはずだった。

 

理由は明白。この服装のせいだ。

 

当時の俺がゴスロリこそ至高と信じてデザインした、フリル満載の重いドレス。

そして何より、身長を少しでも盛るために履かせた10センチの厚底ブーツ。

舗装されていない街道を歩くには、これ以上ないほど適していない装備だ。

 

「くっ……足が……くじきそう……」

 

中身は三十路のおっさんだが、体のバランス感覚は幼女のものだ。

石ころ一つ踏むだけでグラつく。

どれだけ急ごうとしても、ペンギンのようなヨチヨチ歩きになってしまう。

 

「おい邪神。日が暮れるぞ。……空を飛ぶとかできないのか?」

 

エリスの指摘に、俺はギクリとした。

できる。もちろんできる。

ノートの設定では『邪神は重力に縛られない』となっている。

だが、それを行うには《飛行魔法の詠唱》が必要だ。

 

『大空を統べる堕天使の漆黒の翼よ、重力の鎖を断ち切り、我を至高の座へ導け……』

 

(……言えるかァァァッ!!)

 

俺は心の中で絶叫した。

封印解除ですら死ぬほど恥ずかしかったのに、ただ移動するためだけに、こんなポエムを街道のど真ん中で叫ぶ?

無理だ。俺のSAN値がマイナスに突入する。

飛んだら飛んだで、このスカートじゃパンツが丸見えになるリスクもある。

それに、『王都大火災』が発生するのは邪神が王都に到着した翌日。

つまり明日。 今日中に着けば十分間に合うのだ。

 

「すまん。……邪神は本来、常に浮遊して移動するものなのだが、蘇ったばかりだからな(嘘)」

 

俺は震える声で嘘をついた。

本当はMPなんて無限にある。

ただ、俺の羞恥心がブレーキをかけているだけだ。

 

「……はあ」

 

エリスはクソでか溜息をついた。

その視線が、俺の震える足元に向けられる。

呆れを含んだ目。だが、そこには微かに別の感情も混じっていた。

強がって無理をする危なっかしい子供を見るような、あるいは手のかかる妹を見るような――保護欲だ。

 

「副団長!このペースだと王都への到着は日没後となります!」

 

後ろから部下の騎士が声を上げる。

その報告が、最後の一押しになったようだ。

エリスは俺の前に背中を向け、片膝をついた。

 

「……乗れ」

 

「は?」

 

「背負っていく。その方が速い」

 

俺は凍りついた。

見た目は幼女だが、中身はおっさんだ。

年下の美人の女騎士におんぶ? 絵面が犯罪的すぎる。

 

「いや、それは邪神の威厳に関わるんだが……」

 

「妹が待っているんだ。貴様の威厳など知るか」

 

正論だった。

有無を言わせぬ迫力に、俺は観念してエリスの背中にしがみつく。

 

「副団長、しかし護衛は……」

 

「私はこのまま先行する! 貴様らはこの集団を率いて、後から来い!」

 

エリスは俺を背負ったまま、部下たちに鋭く指示を飛ばした。

 

「邪神教団を『重要参考人』として王都へ移送しろ。彼らに手出しは無用だが、逃亡せぬよう監視を怠るな!」

 

「はっ! 了解しました!」

 

騎士たちが敬礼する。

その流れを見て、俺も背中からガリウスたちに声を張り上げた。

 

「ガリウス! 俺は一足先に王都へ向かう! 騎士の指示に従い、大人しくついて来い!」

 

「畏まりました! 邪神様、いってらっしゃいませ!」

 

ガリウスがハンカチを振る。

これで指揮系統は整った。 エリスは俺を背負い直すと、街道を蹴った。

 

「舌を噛むなよ、邪神!」

 

「お、おう!」

 

王都への道を疾走し始めた。速い。

景色が後方へすっ飛んでいく。揺れも少ない。

 

「……お前、妹もこうやって背負うのか?」

 

「余計な詮索だ」

 

エリスは短く答えたが、その声色は少しだけ優しかった。

俺は背中で揺られながら、少し安堵していた。

 

(よかった。これなら恥ずかしい詠唱をせずに済む……)

 

だが、この時の俺はまだ分かっていなかった。

その安堵が、どれほど浅はかなものだったかを。

 

 

王都の下町。

入り組んだ路地の奥に、エリスの家はあった。

みすぼらしい長屋。

俺が騎士団の給料、設定で安くしすぎたかな……と作者としての罪悪感を抱いていると、エリスがドアを開けた。

 

「ただいま、リナ」

 

薄暗い部屋のベッドに、一人の少女が横たわっていた。

リナ。エリスの妹。

透き通るような白い肌。だが、その頬には不吉な「紫色の痣」が浮かんでいる。

 

「うっ、うぅ……お姉、ちゃん……?」

 

リナが苦しげに呻く。

呼吸が荒い。発作を起こしているようだ。

俺は息を呑んだ。

 

想像していたよりも、ずっと悪い。

知っている。あの痣は「魔力不全症」の末期症状だ。

その死がエリスのトラウマになり、彼女を復讐鬼へと変える――そういう舞台装置として殺される運命だった。

 

(……ふざけんなよ、昔の俺)

 

こんな小さな子を。

姉の帰りを待っている健気な子を、ただの泣ける演出のために殺そうとしたのか。

 

そして――今の俺もだ。

 

俺は拳を握りしめた。

さっき、街道で俺は何を考えていた?

 

詠唱が恥ずかしい? パンツが見える? 

 

そんなくだらない理由で、俺は移動時間を浪費したのか。

空を飛んでいれば、もっと早く着けたはずだ。

もし、リナが息を引き取っていたら。

俺は恥ずかしかったから間に合いませんでした、とでも言い訳するつもりだったのか?

 

(……バカか、俺は!!)

 

強烈な自己嫌悪が、胸を刺した。

俺は作者だ。この子たちの命の責任者だ。

なのに、まだ自分のプライドなんかを守ろうとしていた。

恥? 尊厳? 知ったことか。

そんなもんでこの子が助かるなら、いくらでもドブに捨ててやる。

 

「……邪神?」

 

エリスが不安そうに俺を見る。

俺は顔を上げた。マスクの下で、唇を噛み締める。

 

「……エリス」

 

「その病気、俺が治す」

 

「貴様が……? 医者は、もう手遅れだと」

 

「手遅れじゃない。ただの『魔力詰まり』だ。……詰まっている栓を抜けばいい」

 

俺は言い切った。今すぐ、ここで治す。

しかし、詰まっている栓を抜く感覚は一切わからない。

そこで俺の膨大な魔力を使って、リナの魔力回路を強制的に正常化する。

だが、それを行うには、あの魔法を使うしかない。

俺が邪神の慈悲を演出するために書いた、世界一痛々しい回復魔法を。

 

「エリス、離れていろ」

 

「な、何をする気だ?」

 

「回復魔法を使う。……少し、うるさくなるぞ」

 

俺はリナの枕元に立った。

幼女の体に宿る魔力を、極限まで練り上げる。

部屋の空気が震え、紫色の光が俺の周りに渦巻く。

エリスが息を呑む気配がした。

 

俺は深呼吸する。

覚悟を決めろ。これは治療だ。医療行為だ。

恥ずかしくない。恥ずかしくない……ッ!

俺は両手を広げ、朗々と謳い上げた。

 

「《深淵より来たりし、常闇の慈愛よ!!》」

 

声が裏返りそうになるのを堪える。

 

「《穢れし魂の鎖を解き放ち、汝、絶望の淵より蘇らん!!》」

 

「《我が漆黒の抱擁(ダークネス・ハグ)を受け入れよ!! ……癒やせ、ラディアント・リバースッ!!(極光再誕)》」

 

言い切った。言ってしまった。

『漆黒の抱擁』とか言っておきながら、ただの超強力な回復魔法だ。

だが、効果は劇的だった。

俺の手から溢れ出した光が、リナの体を優しく包み込む。

禍々しいはずの紫色の光は、不思議と温かく、清浄な空気を漂わせていた。

 

「……あ……」

 

エリスが呟く。

光の中で、リナの頬にあった不吉な痣が、見る見るうちに薄くなっていく。

苦しげだった呼吸が整い、歪んでいた表情が穏やかなものへと変わる。

光が収まる頃には、リナは安らかな寝息を立てていた。

 

「……ま、まさか……」

 

エリスがふらふらと歩み寄り、妹の顔を覗き込む。

熱はない。顔色は良い。

まるで、ただぐっすりと眠っているだけのようだ。

 

「治った……。本当に、治ったのか……?」

 

エリスが振り返る。

俺は滝のような汗を流していた。

もちろん魔力の消耗ではない。精神的なダメージでだ。

だが、俺は震える足を叱咤して、精一杯の「邪神ムーブ」をした。

 

「ふん……。我にかかれば、この程度の呪い、児戯に等しい」

 

カッコつけたつもりだった。

だが、エリスの目には違って見えたようだ。

彼女はその場に崩れ落ち、大粒の涙を流した。

 

「ありがとう……。本当に、ありがとう…!」

 

彼女は俺の手を取り、額を押し付けた。

それは騎士としての敬意ではなく、一人の姉としての、心からの感謝だった。

 

「貴様を……あなたを疑ってすまなかった。あなたは、本当は……」

 

何かを言いかけたエリスが見上げる。

その瞳には、俺の姿が映っていた。

変なマスクをつけた、ゴスロリの幼女。

だが今の彼女には、それが後光の差す神の姿に見えているのかもしれない。

 

(……よせよ。俺はただの、黒歴史製造機だぞ)

 

俺は気まずくて顔を逸らした。

だが、悪い気分ではなかった。

俺の設定(黒歴史)が、人を傷つけるためじゃなく、救うために役に立ったのだから。

 

「礼には及ばん。……言ったろ、俺がハッピーエンドにしてやるって」

 

俺がそう呟いた、その瞬間だった。

 

ドォォォォン!!

 

王都の北側で、巨大な爆発音が響いた。

 

「なっ……!?」

 

俺は窓を開け、北の空を見た。

夕焼けよりも赤い、どす黒い炎が立ち上っている。

悲鳴が風に乗って聞こえてくる。

 

「……早すぎる」

 

俺は戦慄した。

聖典の記述では、このイベントは「邪神が王都に到着した翌日」に起きるはずだ。

 

『王都大火災』

 

王都の地下に封印されていた「炎の魔神」が復活し、都を火の海に変える、第2章のクライマックス。

それが、なぜ今?

 

(まさか……俺がシナリオを変えた反動か?)

 

ガリウスの死を回避し、エリスを仲間にし、リナを救った。

その「運命の歪み」を修正するために、世界(システム)が強制的にイベントを早めたのか?

 

「おい! 今の音は!」

 

エリスが剣を掴んで立ち上がる。

俺は燃え上がる街を睨みつけた。

逃げない。

もう、移動魔法も、回復魔法も、どんなに恥ずかしい詠唱だろうが全部やってやる。

俺が撒いた(書いた)種だ。俺が刈り取る!

 

「エリス、リナを頼む! ……俺は行くぞ!」

 

「どこへ!?」

 

「決まってる! あの火事を消しにな!」

 

俺は窓枠に足をかけた。

今度は躊躇わない。

俺は大きく息を吸い込み、夜空に向かって高らかに叫んだ。

 

「《大空を統べる堕天使の漆黒の翼よ!!》」

 

今度は声が震えなかった。

俺の体は重力を振り切り、燃え盛る王都の空へと舞い上がった。

過去の俺の「シナリオ(悪意)」が、本気で俺を殺しに来ている。

上等だ。全部まとめて、リライトしてやる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。