エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい 作:超とんでもなくムッチリしたインコ
「……遅い」
エリスが呆れたように言った。
俺たちは王都へと続く街道を大行列で歩いていた。
先頭に俺とエリス。
その後ろに、ずらりと並ぶ武装した騎士団と、彼らに囲まれたガリウスたち信者団。
本来なら威厳ある行軍になるはずだった。
理由は明白。この服装のせいだ。
当時の俺がゴスロリこそ至高と信じてデザインした、フリル満載の重いドレス。
そして何より、身長を少しでも盛るために履かせた10センチの厚底ブーツ。
舗装されていない街道を歩くには、これ以上ないほど適していない装備だ。
「くっ……足が……くじきそう……」
中身は三十路のおっさんだが、体のバランス感覚は幼女のものだ。
石ころ一つ踏むだけでグラつく。
どれだけ急ごうとしても、ペンギンのようなヨチヨチ歩きになってしまう。
「おい邪神。日が暮れるぞ。……空を飛ぶとかできないのか?」
エリスの指摘に、俺はギクリとした。
できる。もちろんできる。
ノートの設定では『邪神は重力に縛られない』となっている。
だが、それを行うには《飛行魔法の詠唱》が必要だ。
『大空を統べる堕天使の漆黒の翼よ、重力の鎖を断ち切り、我を至高の座へ導け……』
(……言えるかァァァッ!!)
俺は心の中で絶叫した。
封印解除ですら死ぬほど恥ずかしかったのに、ただ移動するためだけに、こんなポエムを街道のど真ん中で叫ぶ?
無理だ。俺のSAN値がマイナスに突入する。
飛んだら飛んだで、このスカートじゃパンツが丸見えになるリスクもある。
それに、『王都大火災』が発生するのは邪神が王都に到着した翌日。
つまり明日。 今日中に着けば十分間に合うのだ。
「すまん。……邪神は本来、常に浮遊して移動するものなのだが、蘇ったばかりだからな(嘘)」
俺は震える声で嘘をついた。
本当はMPなんて無限にある。
ただ、俺の羞恥心がブレーキをかけているだけだ。
「……はあ」
エリスはクソでか溜息をついた。
その視線が、俺の震える足元に向けられる。
呆れを含んだ目。だが、そこには微かに別の感情も混じっていた。
強がって無理をする危なっかしい子供を見るような、あるいは手のかかる妹を見るような――保護欲だ。
「副団長!このペースだと王都への到着は日没後となります!」
後ろから部下の騎士が声を上げる。
その報告が、最後の一押しになったようだ。
エリスは俺の前に背中を向け、片膝をついた。
「……乗れ」
「は?」
「背負っていく。その方が速い」
俺は凍りついた。
見た目は幼女だが、中身はおっさんだ。
年下の美人の女騎士におんぶ? 絵面が犯罪的すぎる。
「いや、それは邪神の威厳に関わるんだが……」
「妹が待っているんだ。貴様の威厳など知るか」
正論だった。
有無を言わせぬ迫力に、俺は観念してエリスの背中にしがみつく。
「副団長、しかし護衛は……」
「私はこのまま先行する! 貴様らはこの集団を率いて、後から来い!」
エリスは俺を背負ったまま、部下たちに鋭く指示を飛ばした。
「邪神教団を『重要参考人』として王都へ移送しろ。彼らに手出しは無用だが、逃亡せぬよう監視を怠るな!」
「はっ! 了解しました!」
騎士たちが敬礼する。
その流れを見て、俺も背中からガリウスたちに声を張り上げた。
「ガリウス! 俺は一足先に王都へ向かう! 騎士の指示に従い、大人しくついて来い!」
「畏まりました! 邪神様、いってらっしゃいませ!」
ガリウスがハンカチを振る。
これで指揮系統は整った。 エリスは俺を背負い直すと、街道を蹴った。
「舌を噛むなよ、邪神!」
「お、おう!」
王都への道を疾走し始めた。速い。
景色が後方へすっ飛んでいく。揺れも少ない。
「……お前、妹もこうやって背負うのか?」
「余計な詮索だ」
エリスは短く答えたが、その声色は少しだけ優しかった。
俺は背中で揺られながら、少し安堵していた。
(よかった。これなら恥ずかしい詠唱をせずに済む……)
だが、この時の俺はまだ分かっていなかった。
その安堵が、どれほど浅はかなものだったかを。
王都の下町。
入り組んだ路地の奥に、エリスの家はあった。
みすぼらしい長屋。
俺が騎士団の給料、設定で安くしすぎたかな……と作者としての罪悪感を抱いていると、エリスがドアを開けた。
「ただいま、リナ」
薄暗い部屋のベッドに、一人の少女が横たわっていた。
リナ。エリスの妹。
透き通るような白い肌。だが、その頬には不吉な「紫色の痣」が浮かんでいる。
「うっ、うぅ……お姉、ちゃん……?」
リナが苦しげに呻く。
呼吸が荒い。発作を起こしているようだ。
俺は息を呑んだ。
想像していたよりも、ずっと悪い。
知っている。あの痣は「魔力不全症」の末期症状だ。
その死がエリスのトラウマになり、彼女を復讐鬼へと変える――そういう舞台装置として殺される運命だった。
(……ふざけんなよ、昔の俺)
こんな小さな子を。
姉の帰りを待っている健気な子を、ただの泣ける演出のために殺そうとしたのか。
そして――今の俺もだ。
俺は拳を握りしめた。
さっき、街道で俺は何を考えていた?
詠唱が恥ずかしい? パンツが見える?
そんなくだらない理由で、俺は移動時間を浪費したのか。
空を飛んでいれば、もっと早く着けたはずだ。
もし、リナが息を引き取っていたら。
俺は恥ずかしかったから間に合いませんでした、とでも言い訳するつもりだったのか?
(……バカか、俺は!!)
強烈な自己嫌悪が、胸を刺した。
俺は作者だ。この子たちの命の責任者だ。
なのに、まだ自分のプライドなんかを守ろうとしていた。
恥? 尊厳? 知ったことか。
そんなもんでこの子が助かるなら、いくらでもドブに捨ててやる。
「……邪神?」
エリスが不安そうに俺を見る。
俺は顔を上げた。マスクの下で、唇を噛み締める。
「……エリス」
「その病気、俺が治す」
「貴様が……? 医者は、もう手遅れだと」
「手遅れじゃない。ただの『魔力詰まり』だ。……詰まっている栓を抜けばいい」
俺は言い切った。今すぐ、ここで治す。
しかし、詰まっている栓を抜く感覚は一切わからない。
そこで俺の膨大な魔力を使って、リナの魔力回路を強制的に正常化する。
だが、それを行うには、あの魔法を使うしかない。
俺が邪神の慈悲を演出するために書いた、世界一痛々しい回復魔法を。
「エリス、離れていろ」
「な、何をする気だ?」
「回復魔法を使う。……少し、うるさくなるぞ」
俺はリナの枕元に立った。
幼女の体に宿る魔力を、極限まで練り上げる。
部屋の空気が震え、紫色の光が俺の周りに渦巻く。
エリスが息を呑む気配がした。
俺は深呼吸する。
覚悟を決めろ。これは治療だ。医療行為だ。
恥ずかしくない。恥ずかしくない……ッ!
俺は両手を広げ、朗々と謳い上げた。
「《深淵より来たりし、常闇の慈愛よ!!》」
声が裏返りそうになるのを堪える。
「《穢れし魂の鎖を解き放ち、汝、絶望の淵より蘇らん!!》」
「《我が
言い切った。言ってしまった。
『漆黒の抱擁』とか言っておきながら、ただの超強力な回復魔法だ。
だが、効果は劇的だった。
俺の手から溢れ出した光が、リナの体を優しく包み込む。
禍々しいはずの紫色の光は、不思議と温かく、清浄な空気を漂わせていた。
「……あ……」
エリスが呟く。
光の中で、リナの頬にあった不吉な痣が、見る見るうちに薄くなっていく。
苦しげだった呼吸が整い、歪んでいた表情が穏やかなものへと変わる。
光が収まる頃には、リナは安らかな寝息を立てていた。
「……ま、まさか……」
エリスがふらふらと歩み寄り、妹の顔を覗き込む。
熱はない。顔色は良い。
まるで、ただぐっすりと眠っているだけのようだ。
「治った……。本当に、治ったのか……?」
エリスが振り返る。
俺は滝のような汗を流していた。
もちろん魔力の消耗ではない。精神的なダメージでだ。
だが、俺は震える足を叱咤して、精一杯の「邪神ムーブ」をした。
「ふん……。我にかかれば、この程度の呪い、児戯に等しい」
カッコつけたつもりだった。
だが、エリスの目には違って見えたようだ。
彼女はその場に崩れ落ち、大粒の涙を流した。
「ありがとう……。本当に、ありがとう…!」
彼女は俺の手を取り、額を押し付けた。
それは騎士としての敬意ではなく、一人の姉としての、心からの感謝だった。
「貴様を……あなたを疑ってすまなかった。あなたは、本当は……」
何かを言いかけたエリスが見上げる。
その瞳には、俺の姿が映っていた。
変なマスクをつけた、ゴスロリの幼女。
だが今の彼女には、それが後光の差す神の姿に見えているのかもしれない。
(……よせよ。俺はただの、黒歴史製造機だぞ)
俺は気まずくて顔を逸らした。
だが、悪い気分ではなかった。
俺の設定(黒歴史)が、人を傷つけるためじゃなく、救うために役に立ったのだから。
「礼には及ばん。……言ったろ、俺がハッピーエンドにしてやるって」
俺がそう呟いた、その瞬間だった。
ドォォォォン!!
王都の北側で、巨大な爆発音が響いた。
「なっ……!?」
俺は窓を開け、北の空を見た。
夕焼けよりも赤い、どす黒い炎が立ち上っている。
悲鳴が風に乗って聞こえてくる。
「……早すぎる」
俺は戦慄した。
聖典の記述では、このイベントは「邪神が王都に到着した翌日」に起きるはずだ。
『王都大火災』
王都の地下に封印されていた「炎の魔神」が復活し、都を火の海に変える、第2章のクライマックス。
それが、なぜ今?
(まさか……俺がシナリオを変えた反動か?)
ガリウスの死を回避し、エリスを仲間にし、リナを救った。
その「運命の歪み」を修正するために、
「おい! 今の音は!」
エリスが剣を掴んで立ち上がる。
俺は燃え上がる街を睨みつけた。
逃げない。
もう、移動魔法も、回復魔法も、どんなに恥ずかしい詠唱だろうが全部やってやる。
俺が
「エリス、リナを頼む! ……俺は行くぞ!」
「どこへ!?」
「決まってる! あの火事を消しにな!」
俺は窓枠に足をかけた。
今度は躊躇わない。
俺は大きく息を吸い込み、夜空に向かって高らかに叫んだ。
「《大空を統べる堕天使の漆黒の翼よ!!》」
今度は声が震えなかった。
俺の体は重力を振り切り、燃え盛る王都の空へと舞い上がった。
過去の俺の「
上等だ。全部まとめて、リライトしてやる。