正月の蝶屋敷は、いつもより静かで、そしてどこか柔らかな空気に包まれていた。庭には霜が降り、縁側には鏡餅が供えられ、炭のはぜる音がかすかに響いている。
その空気を、場違いなほど異質な存在が切り裂くように現れた。
「……ここが、胡蝶の屋敷か」
長身の男――カーズが、ゆっくりと門をくぐる。風に揺れる髪、研ぎ澄まされた視線。その姿を見た瞬間、屋敷の奥から鋭い殺気が走った。
「……ずいぶん危険なお客さんですね」
柱の陰から現れた胡蝶しのぶが、にこやかな笑みのまま目だけを細める。指先には、すでに調合済みの毒が忍ばせてあった。
「警戒は当然だ。俺も無用な争いは好まない」
カーズはそう言って、しのぶの視線を真正面から受け止める。
「目的は一つだ。太陽を克服した鬼…… 竈門禰豆子。その状態を、この目で確かめに来た」
「……なるほど」
しのぶは一瞬だけ思案し、それから小さく息をついた。
「では、こちらも条件を。あなたの細胞から作った毒を、いくつか提供してください。研究用に」
「構わん」
即答だった。
しのぶは目を丸くし、次の瞬間くすりと笑う。
「ふふ……冨岡さんとは、ずいぶん違いますね。どうぞ、お正月くらいは歓迎します」
そう言って、屋敷の中へと手招きした。
―――
縁側では、炭治郎が禰豆子の隣に座っていた。
「禰豆子、今日はお餅だぞ。匂い、いいだろ?」
「いい、においだねぇ」
竹筒を外した禰豆子が、にこにこと笑いながら頷く。
そこへ足音が近づき、炭治郎が顔を上げた。
「あっ……久しぶりです、カーズさん。どうしたんですか?」
「異変がないか、見に来た」
カーズは禰豆子の前に立ち、じっと観察する。太陽の光を浴びても、彼女は怯えず、ただ穏やかに瞬きをするだけだった。
「……安定しているな」
「はい!」
炭治郎が胸を張る。
「太陽を克服してから、調子もいいみたいなんです」
「うんうん」
禰豆子も嬉しそうに笑い、こくこくと頷く。
その様子を見て、カーズはほんの一瞬だけ、表情を緩めた。
「鬼も……ここまで変わるか」
―――
「おい! なんだこいつは!!」
突然、屋敷に響く大声。
伊之助が飛び込んできた瞬間、視線がカーズに釘付けになる。
「うおっ!? なんだそのツラ! 強そうじゃねぇか!」
一歩下がり、二歩下がり、それでも好奇心が勝ったのか、伊之助は唸る。
「……敵か?」
「待て、伊之助!」
炭治郎が慌てて止める。
「伊之助も会ったことあるだろ、敵意の匂いがしない! 本当だ!」
伊之助は鼻をひくひくさせ、やがて腕を組んだ。
「……ほんとだ。ならいい。強さの秘密を探るために、ここにいる!」
「いや意味わかんねぇよ!」
その後ろで、善逸が震えながら叫ぶ。
「なんでそんなのと普通に話してんだよ! 絶対ヤバいだろ!?」
言い切りたいのに、声は裏返り、足は震えている。
「……うるさい」
カーズが一瞥すると、善逸は「ひぃっ」と声を上げて炭治郎の背中に隠れた。
―――
「お餅、焼けましたー!」
明るい声と共に、すみちゃん、きよちゃん、なほちゃんが盆を持って現れる。
「どうぞ、みなさんで!」
「みんな、たべてー」
禰豆子は食べられないが、それでも嬉しそうに両手を振り、みんなに勧める。
「ありがとう、禰豆子」
炭治郎が笑う。
伊之助は豪快に餅を頬張り、善逸は恐る恐る、視線だけカーズに向けながら食べる。
「……正月に、こんな化け物と餅食うことになるとは……」
「化け物ではない」
カーズは静かに言い、餅には手をつけず、ただその光景を眺めていた。
人間、鬼、そして自分。
その境界が、ここでは不思議なほど曖昧だった。
「可能性、か……」
誰にも聞こえないほど小さく、カーズは呟く。
人間と鬼、そのどちらにも、まだ進化の余地がある。
なごやかに流れる正月の時間の中で、カーズはまた一つ、新しい答えを見つけていた。
それは戦いでも、支配でもない。
――共に在る、という可能性だった。
明けましておめでとう御座います
お正月なので番外編です
誤字報告してくれた人ありがとうございます 機能を理解してなくてボタン押したら画面が変わって誰だか分からなくなってしまいました ⋯⋯