低身長美少女配信者のダンジョンすくすく成長記 作:タナボルタ
うーん、今回もちょっと閲覧注意かもです。
……※現在仕込み中※
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七月も後半。終業式も終わり、ランは高校生活で初めての夏休みに突入していた。
宿題も相応にたっぷりと。しかし恐れることはない。何故ならランには心強い味方──湖水姉妹とマオ──が居るのだから。
更に級友たちと遊びに行く予定もそれなりに。カラオケに行く約束をしているので、アニメソングやゲームソングだけでなく、一般的な楽曲を覚えなければならない。
「ありがとう、とらい☆りっぱー……」
ここに来て、ランは結んだ縁に救われる。しかしとらい☆りっぱーは新人アイドル。まだまだ曲数は五曲にも満たないぞ。
さて、本日ランが訪れたダンジョンは、今回もC級ダンジョンの豊穣の森である。以前計画していた通り、自主的に“お掃除”をしに来たのだ。ちなみに配信ではなくSNSで発信もしていない、完全なプライベートである。ドローンさんも既にマオに預け、メンテナンスを行ってもらっている。
要塞の受付担当のお姉さんはランを見るなり「るぷすちゃんだ!」と大興奮。何と他の入り口の受付に自慢をしだす始末だ。
まるで有名人になったような出来事に、ランの承認欲求が満たされる。実際、ランは配信者の中では有名人であると言える。豊穣の森は規模が大きい分、要塞に勤める人数も多い。実際今日の受付はランも初めて会った人物であった。
夏休みということも相まって一日中じっくりとダンジョンに潜れることもあり、時間を経る程にランの機嫌は青天井に高まっていく。一つ鼻歌でも歌いたい気分のランであったが、不意に鼻を衝く悪臭が
「……?
鼻をひくつかせ、
「うーん、またゴミの不法投棄かな? ギルドの人たちに報告しておかないと……」
ランは今までに何度かダンジョン内に不当にゴミが捨てられているのを発見しており、今回もそうだろうと当たりを付けた。しかし、同時に疑問も浮かぶ。
「ガソリンはダンジョン内に持ち込み不可のはずだけど……どうやって持ち込んだんだろ?」
ダンジョンに入る際、探索者は荷物を
ガソリンは厳密に言えば持ち込み禁止品ではない。ただ持ち込むには事前の申請が必要であり、本人確認や持ち込み理由など、厳しくチェックされる。それを通過してようやく一定量のガソリンを持ち込めるのだ。
持ち込める量も法律で定められており、それを超える量を扱うならば、国家資格も必要となってくる。これは探索者資格には含まれない領域の知識と技術が必要なため、別種で資格を取得しなければならないのだ。
もっとも、
「……あれ、かな?」
ランが辿り着いた先、そこはいくつかの縄張りの緩衝地帯。視線の先には勢いよく燃える火と、火元にある何やら黒いゴム製品と思しきドロドロとした物体。それらを目にしたランはスマホを取り出し、写真を撮る。後でギルド職員に証拠として見せるためだ。
「……
鼻の利くランには辛い刺激臭だ。そろそろと近寄ってみれば他には何も無い。ただゴムが燃えているだけに見える。
「……? タイヤ、かな。わざわざダンジョンにタイヤを捨てに……? ────いや……」
一見すればゴミの不法投棄の跡。実際にどこかの山の中などで見られるような光景ではある。
しかし、ここはダンジョンの中。そして、
ランの鼻が僅かに捉えた
ランがまだ小学生の頃、父と共に山籠もりという名のキャンプに行った際に嗅いだ、血抜きを全くしていない野生動物の焼いた肉と似た
さっと周囲に視線をやる。地面には所々に芝の焼け焦げた跡。何かを引きずったような跡。やや離れた所には雑草が踏み均された跡もある。
「……まさか、燃やされたのって────」
ランが答えに辿り着くと同時、背後を振り向きながらその場を飛び
「っ!?」
“何者か”が“何か”──小瓶?──を投擲し、それが火の中へと吸い込まれる。瞬間、小さなガラスが割れる音と共に、爆発!
────が、それは極小規模のもの。火が大きく燃え広がったとはいえ、既に飛び退いていたランに火の脅威は降り注がなかった。
「……ぅぶっ!!?」
心臓が大きく跳ねる。腹の中の臓腑がひっくり返りそうになる。全身から脂汗が滲んで止まらない。
爆発のせいで周囲に拡散された物、ランは
咄嗟に口元と鼻を手で塞いだが、もう遅い。ランは既に十分量をその身に取り入れてしまった。
それは毒? ────否、そうではない。
ならばガス? ────否、似ていると言えるがやはり違う。
では答えは何か? ────答えは、
「ぅ……、ん、ぶ……っ!」
自らの意思に反し、手足が大きく震え、ランは立っていられなくなる。匂いを嗅いだ瞬間、フラッシュバックしたのはかつてのトラウマ。
そう、火の中に投げ入れられて引火し、爆発的に広がったのは
それも、ランが最も嫌いな、ただ強烈に甘ったるいだけの人工的な匂いだ。
「ゔ……っ、ぇぶ……!?」
胃の中の物が逆流しそうになる。だが、それを何とか押し留め、ランは自らに近付いてくる男に視線を向ける。
────それが先の敵意の主であると確信を持って。
「おいおい、マジで香水の匂いが弱点なのかよ? 自分で弱味を配信でバラすとか、やっぱ見てくれだけのバカじゃねーか」
嘲りを隠しもしないその言葉。ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、ゆっくりと近寄ってくるその男に、ランは見覚えがない。
「きったねえから吐くんじゃねーぞ? どんだけガワが良くてもゲロ女相手は流石に萎える……ああ、ゲロ女なのは元からだったか? ひひひひゃはははっ!」
大口を開けて笑う男の言葉の数々から、男は自分の過去の配信を見たのだとランは察した。傍らに浮かんでいるのは配信用のドローンか。
「……あ? うるせーよカスども。お前らだってこいつがヨがってヒーヒー言うとこ見てーんだろうが」
「っ、……?」
「しかし運が良かったぜ。まさかこいつが自分からここに来るとは思ってなかったからなぁ?」
吐き気を抑え、荒くなる呼吸を整えようとしていたが、聞こえてきた男の言葉に疑問が浮かぶ。何やら会話、をしていたように聞こえた。よくよく見てみれば、ドローンの上部にホログラムでいくつもの文字が表示されている。
「ぅ……コメ、ント……?」
ドローンからコメントが表示されているという事実に、ランは疑問と思考が加速していく。
「ガキにゃ興味なかったんだが、こんだけ見てくれが良けりゃ萎えることもねーか。背も胸も小せえが、ケツはでけぇし締まり具合は良さそうだ。……ああ、機会がありゃお前らにも使わせてやろうか? 俺がぐちゃぐちゃにヤった後でも良けりゃなぁ!」
────配信してる? ありえない、こんな内容で。すぐにBANされる。コメントは見せかけ? 意味がない。そもそも目的が分からない。私を狙ってた? 私は今日ここに来ることを誰にも言ってない。この人の言う通り、本当に偶然……?
「おぇ……っ、ん、ぐ……っ」
「ま、それよりもだ」
男は苦しそうに蹲るランに対し、不可解なことを言う。
「お前は田中と一緒で
「な、……ぅ、何を、言って……?」
:は?
:るぷすちゃんが?
:なーに言ってんだコイツ?
男がランを見下ろしている。ここまで来ればドローンが表示しているコメントも確認出来た。その内容は男の言葉に戸惑いを覚えているものであり、それはランも同じだ。
ランは目の前の男とは初対面である。
まるで以前から何らかの繋がりが有ったかのような言葉に、ランは混乱を深める。
「とりあえず、その鼻っ柱は折っといてやるか?」
「……!」
男は脚を振り上げ、常人には見えぬ、ドローンのカメラですら捉え切れない程の速さでランの顔を蹴り上げ────。
「────ぐぉえっ!!?」
:はぁっ!?
:るぷすちゃんの顔に何する気だ!?
:ふざけんなよお前!
:やめろバカ
:死ねやカス
:は?
:は?
:え?
:あ?
ドローンのカメラが映した光景に、リスナーたちは理解が追いつかなかった。
男がランを蹴ろうと脚を上げた瞬間から、コメントで以って男の蛮行を止めようとした。しかし男が言葉などで止まるわけがない。そうして、
男の蹴り足は天を衝き、後頭部が地面に打ち付けられている。
それは男の蹴りが目測を見誤り、盛大に空振った勢いのまま、そのまま派手にすっ転んで強かに頭を打った────ように見えた。
:ぶっふぉwwwwww
:おっまwwwwww
:ダッッッッッセェーーーーーー!!wwwwww
:リwュwーwヤwきwゅwんwwwwww
:ズコーーーーーーッ!!wwwwww
:お前www いくら何でもお前www
:リューヤくんさぁwww
高速でコメントが流れていく。そのどれもが男──リューヤを嘲ったもので埋め尽くされている。そんな嘲笑を一身に浴びるリューヤは地に倒れ────どっと、全身から冷汗を噴き出させていた。
「うぉらぁっ!!」
しかし、リューヤは即座に上体を起こし、手を地に付けて超低空の後ろ回し蹴りを繰り出す。本来であれば足を刈るようなそれは、今のランの体勢であれば脇腹を薙ぐような軌跡────だが。
「うおぉあっ!?」
また蹴り足が空を切り、
:そうはならんやろw
:なっとるやろがい!
:さっきから何やってんだコイツ
:実際何やってんのかまるで見えん!
:何で一人でゴロゴロ転がってんだ?
:マジでどうしたん? 脳細胞死滅した?
:何だこれ?
リューヤの奇行(?)にコメントも罵倒よりも疑問の方が増えてきたようだ。確かに傍から見ている分には訳が分からないだろう。しかし当のリューヤは、半ば確信を持ち、確認も兼ねて地を這い、掬い上げるようなアッパーをランに放つ。
「……っ!」
そして、その予想は当たっていた。リューヤの拳は
「どうなってやがる……っ!?」
リューヤのその言葉は焦りに満ちていた。最初の蹴りの時点で既に理解している。しかし、無駄に肥大化した彼のプライドがその事実を認めさせない。
決して認められるわけがないのだ。
「……」
ランは必死に呼吸を整え、吐き気を抑え込んでいく。リューヤの攻撃に曝され、中々上手くはいかない。しかし、それでもランの身体に刻まれた武の術理は完璧なまでの精度でリューヤの拳を、蹴りを
それは渦だ。流れに巻き込み、抗おうとすればするほどに身体を軋ませ、やがてその身を引き裂き地に沈める。
────天地廻輪命環流“
「……っの、クソガキがぁ……っ!」
リューヤは悪態を吐きながらもその場から飛び退き、息を整える。自らの攻撃を加速させられたために関節に多大な負荷が掛かり、或いは破壊されかねなかったからだ。だが、この選択はリューヤにとって間違いであったと言える。
おかげで、ランも息を整えることが出来るからだ。
「ふー……、ふー……、ふーーーーーー……」
長く長く息を吐き……そして。
「……流石の私も、ちょっと怒った。あなたには少し痛い目に遭ってもらう」
いつもの無表情から僅かに眦を吊り上げ、そう静かに告げて構えを取る。身体の震えも吐き気も何とか抑え込んだ。ならば後は目の前の男……リューヤを懲らしめるのみである。
対するリューヤはランの言葉を受け、やや呆けた後、一切の表情が抜け落ちた。
「────あ?」
ランの言葉は、
────『君には、少し痛い目に遭ってもらいましょうか』
「……田中もてめえも」
瞬間、リューヤの表情は歪んでいく。それは怒り。憤怒たる激情がリューヤの頭を支配した。
「この俺を見下してんじゃねぇぞ!!」
一体何がそこまで癇に障ったのか、リューヤは激昂してランに突っ込んでいく。
対するランは待ちの姿勢。リューヤの踏み込みは速く鋭く、瞬きの間に彼我の距離をゼロにする。
繰り出される拳。怒りのせいか、ただ乱雑に振るわれただけの暴力。
────それでは、ランには決して届かない。
「ごぇっ!?」
腹と背に走る鈍い衝撃。
────背後で、小さくえずく声がした。
「こそこそしやがってクソガキがぁーーー!!」
振り返ると同時に駆け出し、目の前の小さな背中にその腕を突き立てんとした、その瞬間である。
「────っ!!?」
びん、と。リューヤの両脚が伸び、ランに駆け出した勢いのままつんのめって顔面から地面に突っ込んだ。くぐもった声と液体の滴る音から、どうやら鼻血も出ているようだ。
:は?
:え?
:何や?
:さっきから何も分からん!
コメントは二人の動きが見えないせいか、疑問しか書かれていない。しかし倒れ伏すリューヤに気付いてからは、また様相が異なってくる。今度は罵倒がコメントを支配するのだ。
:おいおいおい どうしちゃったのリューヤくん?wwwwww
:だっせぇwww
:こけてばっかwww
リューヤを小馬鹿にする時には見事な連携を見せ、コメントが流れる速度は今まで以上。リューヤが見ればこれも激怒必至であろうがしかし、そのリューヤ自身に何も動きがない。地に伏したまま、一切の動きを見せないのだ。
気絶しているのか? コメントがまたリューヤを嘲笑おうとした時、それは起こった。
「────ぃぎいっ!?」
びくんと身体を跳ねさせ、右腕が横に広げられた。
「ひぎゃっ、ぁぎ、ぎひっ、ぃいいひぃあぁっ!!?」
更に短く、連続した血を吐くような悲鳴と共に全身をびくびくと蠢かせ、ゴロゴロと地を転がり跳ねる。
その異様で不気味な有様に、流石のリスナーたちも言葉を失い、空白の時間が過ぎていく。その間もリューヤはのたうち、苦しむ姿をリスナーたちに見せつける。
この事態を引き起こしたランはリューヤを一顧だにせず、ただ荒い息を整えようと深呼吸を繰り返している。いくら一時吐き気を抑え込んだとしても、やはり動けばまたぶり返してくる。繊細な気の操作が必要な技を使えばなおさらだ。
ランがリューヤに行ったこと、それは活性チャクラに強力な気を叩き付けて一時的な暴走状態を引き起こし、
これこそ天地廻輪命環流に数少ない、
その名を────“
「……来ちゃったか」
リューヤが苦しみ藻掻く一方、酷くなる吐き気のせいで白い顔をより白くしているランはぽつりと呟いた。
リューヤが焚いた魔物避けの香、それは効果を発揮してから既に二時間以上が経とうとしている。加えてガソリンとゴム、そして香水の匂い。それらの要素が合わさり、今や魔物避けの匂いはかき消されてしまっている。
では、どうなるか? 答えは簡単だ。
「キイィ……」
「ぶふぅ」
「ハアァアァ」
魔物が寄ってくる、というわけだ。
集まってきたのはほとんどがオーク、そして少数のゴブリン。一番近い縄張りからの斥候だろうか。既に魔物たちはランとリューヤを取り囲んでいる。数は十にも満たない。だが、状況は最悪と言ってもいいだろう。何せランはトラウマを想起したことにより絶不調、リューヤはまだ痛みに喘いでいる。
:\(^o^)/オワタ
:/(^o^)\ナンテコッタイ
:真面目にどうすんだコレ!?
:リューヤのアホのせいでるぷすちゃんまで死んでまうやんけ!?
:いや……でもるぷすちゃんが犯されたり嬲られたりするんだろ?
:……ごくり
:魔物の肉奴隷になればるぷすちゃんは助かるんじゃね?
:苗床かぁ 死姦だかネクロフィリアだかよりは健全だな
「……」
ドローンが表示するコメントを見やり、それから一切の興味がランの中から消え失せた。もはや見るだけ無駄、ならば意識の外に追いやろう。……かちり、と。ランは意識を切り替えた。
「キィイイィッ!!」
獲物を前に我慢が出来なくなったのか、一体のゴブリンがランに飛び掛かる。ランは緩慢な動作からゴブリンの胸に手を当てると────。
「────ぁ゛?」
パン、という音と共に、ゴブリンの上体が弾け飛んだ。
:!?
:パーンした!?
:ゴブがパーンされた!!
:おおおおおおおおおっっっ!!
:初めてリアルタイムで見れた!! すげぇ!!
:うひょおおおおお!?
久々の“パーン”に沸き立つリスナーたち。彼らが望んでいたものが突然お出しされたのだ。その喜びも一入だろう。
仲間のゴブリンが不可解で悲惨な死を迎えたことに他の魔物たちは驚き怯み、一歩後退る。本音を言えばそのまま逃げ帰ってほしいとランは願っている。そろそろ、本当に限界が近いのだ。
しかし、オークたちは輪を狭めていき、一斉に掛かろうとタイミングを計っているようである。
ふう、とランは溜息を吐いた。手足は震え、呼吸も整わず、中身を吐き出そうと胃は動き、脂汗がだらだらと流れて気持ち悪い。楽しい夏休みだったというのに、とんだ厄日である。
ランが俯き、よろけるように足を一歩前に出す。それを勝機と見たのか、オークとゴブリンたちは一斉にランに踊りかかる。────当然、その勝機とはただの幻想に過ぎない。
一歩出した足を軸に回転し、小さな狼は強壮なる爪を振るう。
「────旋身裂爪拳」
ただ一撃。爪の一振りで、全ての魔物は引き裂かれた。
血肉の花弁が舞う中を、小さな銀色の狼が静かに佇んでいる。
涙で滲む視界、一切の返り血も浴びずに惨劇を引き起こしたその少女の姿は、まるで一枚の絵画のようで。その姿は、とても、とても────。
ランを中心に、円を描くように魔物の血肉が撒き散らされている。しかしランはその身を返り血で汚さず静かに佇み、またリューヤもその恩恵に与り血のシャワーを浴びることはなかった。しかし、ランにも防げぬ物がある。
そのあまりの
そのある種艶めかしいと言える姿と久々の惨劇にコメントが今までの比ではないほどに高速で流れるが、ランは気付く様子もない。気付いたところで最早欠片ほどの興味も失っているランが何をするでもないのだが。
「ふっ……、ふっ……」
ランはよろよろと倒れそうになりながらも立ち上がり、リューヤへと向き直る。ギルドに突き出すために、拘束しようと考えたのだ。
大丈夫、いけるいける。だって私は美少女だから。己の美貌という絶対の根拠(?)を以って、ランは見事に吐き気を抑え込んでみせる。一体どうなっているのだろうか。
この時のランは冷静な判断力を完全に失っていた。或いは、ここで真っ先に通報という手段を取っていれば、未来はまた少し変わっていたかも知れない。
「……?」
リューヤの腕がランに突き出されている。その手の中には
────ランは、不用意にリューヤに近付き過ぎたのだ。
シュッと、軽い噴出音。リューヤが持っていた物、それは香水のスプレータイプのアトマイザーである。
「ッッッ!!?」
完全に心の隙を突かれた。鼻を刺激する甘い匂い。取り繕う暇もなく、ついにランは限界を迎えてしまう。
ドンッ、という轟音。弾ける地面。それは思考よりも本能から来る反射行動。
────ランは、その場から逃げ出した。
先の場所から暫し。木々に囲まれた森の中。ランは細い木に縋るように手を付き、苦し気に息を吐いていた。
「はーっ、はーっ、はーっ、ぅえっ、ええぅ、んっ、ぐぅ……」
既に胃の中の物は吐きつくし、胃液すらも出てこない。生理的な反応により涙と鼻水が出ているが、その顔は既にいつもの無表情へと戻っている。
「……おのれ、リューヤ(仮)さんめ。今度会ったら腸捻転を複数箇所で引き起こしてやる」
ポーチから取り出したペットボトルの水で口を濯ぎ、物騒なことを誓う。更にタオルを取り出すと顔を拭い、ついでに「チーン!」と鼻をかんで水と一緒にポーチに戻す。
「……」
手が震える。心臓は痛いくらいに鼓動を強くしている。
あの瞬間、かつての光景が鮮明に脳裏に浮かんできた。ある意味で状況が似通っていたからだろう。
周囲に充満する嫌な
「……“慣れた”と思ってたんだけど」
刻まれたトラウマは深く、今も心に巣食っている。ランが自分で考えていたよりも、余程深刻らしい。
「うーん、リューヤ(仮)さんの言ってたことを否定出来ない。これからは気を付けて配信していかないと……」
色々と最悪な探索となったが、ランは今回のことを教訓とし、ゆっくりと近くのダンジョンの出口へと向かう。今からリューヤの所に戻るよりも、要塞を通じてギルドと警察に通報することにしたのだ。ランをしても看過することが出来ない言動が多く有ったためである。というか普通に襲われているので当たり前の話だ。
輪壊を受けてあれほど早く動けるようになっていたのだから、既にあの場を離れていることだろう。例えダメージは残っていたとしても、あの周辺の魔物に後れを取ることなどまず無いはずだ。そうなれば追跡は困難である。
ならば頼りになるのは要塞の設備だ。リューヤという名前が本名かは分からないが、容貌を伝えてそれぞれの門の出入りを探索者IDで、或いはもっとアナログに監視カメラの映像で確認すれば簡単に捕捉出来るだろう。そうすれば後は警察の出番だ。しっかりと懲らしめてやらねばならない。
────しかし。
一連の事件を報告した後、思いもよらぬ展開が待ち受けていようとは、この時のランは知る由もなかったのである。
お疲れ様でした。
ラン
お尻が大きいことが発覚。
今日は厄日だわ!
リューヤ(仮)
二十代前半にして開いたチャクラの数は三つであり、一度の攻防でランとの実力差を悟り、三度目には技の術理の一部を見抜く辺り、それなりの実力の持ち主。
……であるのだが、言動があまりにもカス。どうでもいいけど『カス』が口癖。
純粋な実力はB級探索者の中では下の上~中の下。パッとしない位置だけど探索者全体の中では上澄みも上澄み。でも今回は相手が悪すぎた。
天地廻輪命環流“渦纏い”
自らの回転に相手の攻撃を巻き込み、加速させることで体勢を崩したり関節部にダメージを与える技。
その気になれば脱臼させたり、何なら関節から千切り飛ばしたり出来る。
天地廻輪命環流“輪壊”
相手の活性チャクラに気を叩き込み、チャクラを暴走させて高出力の気を強制的に流させて神経にダメージを与える技。
“輪”とはチャクラのことであり、その気になれば全身の神経をズタズタに引き裂いたりチャクラそのものを破壊するなども可能。
今回リューヤ(仮)が味わった痛みは『虫歯の治療中にドリルが神経を傷付けた痛みが全身に間断なく発生した』感じ。
……伝わるかな、この例え。