低身長美少女配信者のダンジョンすくすく成長記 作:タナボルタ
今回は前回の続きです。るぷすとミーアはどんな会話をするのでしょうか?
それではまたあとがきで。
「お姉さん、立てる?」
「あ、ありがとうございます。るぷすちゃん」
互いの自己紹介が終わった後、腰が抜けてしまったのかいつの間にか座り込んでしまっていたミーアを立たせるため、るぷすがミーアに手を差し伸べる。ミーアもるぷすの手をしっかりと握り、引き上げてもらう。
────この時、るぷすは思い知ることとなる。この世界がいかに理不尽で、いかに不条理であるのかを。
「も゛っ!?」
:はっ?
:おいおいおいうせやろ?
:ちょ マジか!?
るぷすは突き飛ばされたのだ。誰であろう、ミーアに。本来のるぷすならばそれは容易く避けられた。彼女の動体視力、反射神経は人間のそれを大きく超えているからだ。しかし、それが出来なかった。目を、奪われていたからだ。
────目の前に迫りくる、ミーアのあまりに
:あの距離でるぷすちゃんの顔面に胸が当たった!?
:ただ立っただけで!?
:有識者の言う九○センチどころじゃない……メーター超えもあり得るぞ!!
:デカ過ぎんだろ……
:るぷすちゃん俺と代わって!
「だ、大丈夫ですか、るぷすちゃん!?」
悪気はなかったとはいえ、胸で突き飛ばしてしまう形となったミーアは慌ててたたらを踏んで後退したるぷすに近付いて安否を問う。すると、るぷすが何やらぶつぶつと呟いているのが聞こえてきた。
「………………」
「る、るぷすちゃん……」
:るぷすちゃーん?
:でぇじょうぶか?
:なんか怖いな……
「おっぱい……なの?」
「え?」
その一言は小さいはずなのにやけに大きくミーアの耳に届いた。
「何年……? 十数年? 何十年? 私があの大きさになるには絶え間ないバストアップマッサージを経てようやく辿り着けるかどうかも分からない大きさ……」
「え、ちょ」
:る るぷすちゃん?
:いかん! あまりの戦力差に心が壊れかけている!
:しかしマジでデカい……まさにデカパイ……
:こんなの二次元でしか見たことねえや
「え、ええと、るぷすちゃん……? あわわ、ど、どうしたらいいんでしょう……!?」
:う おおぉ……!!?
:何と雄大な……!! 何とダイナミックな……!!
:スパ○ボ並のブルンバスト……!!
:ムホホホホw
:……ふう
何やら非常にショックを受けているるぷすを見て、ミーアはあわあわと慌ててしまう。そのちょっとした身じろぎにさえミーアの大きな胸は揺れ、るぷすや視聴者たちの視線を釘付けにする。
幸いなことに先の突然のグロ映像によって同接数が減っていた為かあまりセクハラコメントは多くなかったが、それでもその巨大さに着目したものが多く寄せられている。今の揺れ……いわゆる乳揺れにしてもそうだ。尤も、一番妙なコメントを残しているのはるぷすであろうが。
「ダメ……そんな……もうこれ以上そんな乳揺れ……一体、この先、どれ程の負荷がクーパー靭帯に……」
「るぷすちゃーん! 戻ってきてくださーい!?」
どこかへとイってしまったるぷすの頬を、ミーアがぺちんぺちんと張る。なお、るぷすが正気を取り戻すまでに五分を要した。
「……ごめんなさい。ちょっと正気を失ってた」
「い、いえ。何というか私もごめんなさい……」
互いに頭を下げ合い、この場は何とか収まった。
改めてるぷすはミーアを見やる。その恰好は正に魔女のテンプレートそのものであり、
鍔の広いとんがり帽子に大きめのローブ。その下には恐らく美しいドレープが刻まれたドレスのような物を着込んでいるのだろうと推測出来る。
特筆すべきことがあるとすれば、それら全てが濃い紫色で統一されており、そして恐らくは既製品ではなくオーダーメイドであろうかということだろうか。
容姿については少し目が大きめの童顔で丸顔ながらもその造形は整っており、美しいと言うよりは可愛いという印象を誰もが抱くだろう。髪も明るい茶色の長髪を緩い三つ編みで纏めており、より素朴な可愛さを強調している。
どうやら目が悪いのか大きめの丸眼鏡を掛けており、ミーア本人の気質もあってか、どこか人に安心感を抱かせるような雰囲気を醸し出している。
色々と羨ましく思うるぷすであったが、場も落ち着いたところで気になっていたことをミーアに尋ねる。
「ところでお姉さん、ダンジョンの入り口近くにホブゴブリンが居たんだけど、何か知ってる?」
「ホブゴブリンですか? ……多分、私を囲んでいたゴブリンの群れの一体だと思います。ホブゴブリンがそこの広間の出入り口から出て行ってましたから」
「なるほど。……ということは哨戒……ということはないか。多分自分だけの獲物を探しに出たのかな」
るぷすはミーアの返答を聞き、自分なりに納得のいく答えを出そうとする。ミーアは冷静に考えを巡らせるるぷすに尊敬の念を抱く。
しかし、ミーアは何か決心をしたように頷くと、大きく息を吸い込んでるぷすへと語り掛ける。
「あのね、るぷすちゃん。助けてもらっておいてこんなことは言いたくないんですけど……それでも、言った方がお互いの為になると思いますので言わせていただきます」
「ん? うん」
その強い決意を秘めた目に、るぷすはきちんとミーアと向き合う。視聴者たちも二人の真剣な様子にコメントも打たず見守りの姿勢だ。
「るぷすちゃんが凄く強いのは分かりましたけど……でも、どれだけ強くてもるぷすちゃんみたいな小学生がダンジョンに勝手に入るのはいけないことです」
「………………」
:あっ
:おっとこれは……
:あー……言いたいことは分かるが……
:大事なことだもんな……でもね それは間違ってるんですよ
:るぷすちゃんが小学生? 違うな 間違っているぞ!
沈黙が場を支配する。ミーアとしては助けられた恩もあるが、それでも、いや、だからこそるぷすに対して誠実であろうとしたのだろう。その姿勢は素晴らしく、年長者としてあるべき姿と言っても良いだろう。
対して言われた側のるぷすは変わらず無表情ではあるが唇を引き結んで沈黙したままだ。しかし、ふつふつと赤いオーラのような物がその身から湧き上がっているのが見る者が見れば感じ取れるのではないだろうか。
「お姉さん」
「何ですか、るぷすちゃん」
「私は十六歳」
「……さすがの私でも、そんな分かりやすい嘘には騙されませんよ」
ここで、るぷすの眉間に極々僅かだが皺が寄った。
「お姉さん」
「何ですか?」
「私は今もダンムーブで配信中。ダンムーブのアカウントはギルドの探索者資格と紐付けされてる。私はBANされずに配信者を続けられてる。そこから導き出される結論は?」
「………………大変申し訳ありませんでした」
「分かればいい」
ミーアは深々と頭を下げてるぷすに謝るのであった。念のため、とるぷすはポーチから探索者資格証を出し、個人情報がカメラに映らないように注意しながら見せる。それを見たミーアは再度頭を下げて謝った。
:ちゃんと謝れてえらい
:でもミーアちゃんの気持ちも分かるんだよなぁ……
:あんまり責められないよね
:るぷすちゃんちょっとおこ?
:そりゃ嫌なことを思い出させられたからな
:デマでギルドに呼び出しくらった後に似たようなこと言われりゃねぇ
:しかし不機嫌でも可愛さが損なわれないってすげえな
:おこなるぷすちゃんも良いなぁ
るぷすの外見も相まってか、ミーアへの反応は悪くないものが多数であった。ちゃんと自らの非を認めたのもミーアの誠実さが伝わり、好感度の低下を防いでいる。それはるぷすも同様であった。普段のるぷすならばそのまま流せていたのだろうが、今回に限ってはタイミングが悪かった。そしてその理由も理不尽さも視聴者たちは理解しているので、るぷすのやや強い言葉も問題視されなかったようだ。むしろレアな姿を見られて喜んでいる節がある。
さて、和やかだった空気がここにきてやや気まずくなったが、二人はこれからどうするかを話し合い、とりあえずはダンジョンから帰還することに決めた。ミーアの消耗が激しいため、護衛としてるぷすが同行する形である。そしてその様を配信で垂れ流すのだ。るぷすは一度垂れ流し配信をやってみたかったらしい。視聴者もミーアの安全を確認出来るため、安心だ。
と、出口へと歩き始めた二人だが、るぷすがぽむと手を打ち鳴らし、ミーアへと声を掛ける。
「そうそう、忘れてた。お姉さんのドローンさんが壊されたんだったらSNSの方に生存報告を上げた方がいい。きっと視聴者たちも心配してる」
「あっ! そ、そうでした! ありがとうございまするぷすちゃん!」
るぷすの言葉にミーアは大慌てでスマホを取り出し、操作する。聞けばミーアの先の配信は同接数一桁だったとのことだが、それでも見てくれていた人は居たのだ。その人たちを安心させるためにも報告は早めに上げた方が良いだろう。ミーアは早速返信が付き、安堵する視聴者たちの声を聴いて微笑みを浮かべた。それはあまりにも少ない数ではあるが、彼女にとっては掛け替えのないものだ。
「ふう……色々とありがとうございます、るぷすちゃん」
「ううん、お礼を言われるようなことじゃない」
「いいえ、それだけのことですよ。……私の方が一歳年上なのに、るぷすちゃんの方がしっかりしてて……」
「むう……ん? 一歳年上? ……一歳……年上……?」
:一つ年上……ってことは十七歳!?
:十七でこのデカさ!?
:さっき現役JKってことで盛り上がってただろうに
:いやでも改めて年齢が分かると衝撃が凄い
:分からんでもないな
るぷす(と視聴者たち)はミーアのとある部分を凝視する。そこは
恐らくは、三○センチは差があるであろう胸部。あまりにも平坦な自分の胸と、あまりにも巨大が過ぎるミーアの胸。
「……」
るぷすの視線の熱量にミーアは思わず両腕で胸を隠す。その仕草は同性のるぷすから見ても扇情的だ。るぷすは感じる必要のない敗北感に苛まれながら、とぼとぼと歩を進める。何だかもうここ最近は踏んだり蹴ったりだ。
落ち込むるぷすを見て、いたたまれないのはミーアである。ミーアは全然完全に何も悪くはないのだが、それでも罪悪感を感じてしまうのは彼女の人柄と言ったところか、とにかく、現在の重い雰囲気を何とかすべく、ミーアは果敢にるぷすへと声を掛ける。
「あ、あのー……私はバイオレット・ホワイトさんに憧れて探索者になったんですけど、るぷすちゃんはどうして探索者になったんですか?」
:唐突な話題転換に草
:気まずい空気だったからなw
:ミーアちゃんは格好からして分かりやすい ほぼそのまんま
「……笑わない?」
るぷすはミーアの質問に数秒天井を見上げると少し言いづらそうに、やや俯いて上目遣いで確認を取る。
:ぁっ(昇天)
:んん゛ぅっ!!(心臓麻痺)
:かっ(心臓発作)
:ぴっ(心臓破裂)
:お おまえra
:みんな逝ってしまった……
「はうっ……」
視聴者たちはるぷすの上目遣いにやられて一様にその命を散らして逝ってしまい、ミーアも間近で見てしまったからか同性でありながらもるぷすの可愛さに少々の眩暈に思考が揺らぐ。
「だ、大丈夫ですよ。笑ったりなんてしません」
何とかそう返すことが出来、るぷすはミーアの様子にやや首を傾げながらも一つ頷き、探索者となった理由を話した。
「私が探索者になったのは、身長を伸ばすため」
「……身長を?」
:身長?
:え どういうこと?
:探索者と一体何の関係が?
:身長を……五センチ……伸ばしたいんです……!
:フ○ーザ様www
:いや待て レ○ド総帥の方かも知れんぞ
るぷすの回答にはミーアだけでなく、視聴者たちも困惑を隠せなかった。少なくとも彼らに目的と行動に何の関係も見出せなかったからだ。
「実はダンジョンに長く籠っていると、身体の一部が成長する傾向にあるっていう研究結果が出てる。理由はまだ完全には分かってないらしいけど」
「そうなんですか……!?」
「うん。それは個人差があるんだけど、長く探索者をやってる人ほど外見的にも顕著な変化が確認されてる。比較的多いのは筋肉が異常成長してる人とか」
:あー 確かに
:探索者に筋肉ダルマが多いのってそういう理由だったの!?
:そういやダンムーバーでも最初期と比べて一気に筋肉が育った人がいるな
:何か爪が伸びるのが速くなったって言ってる奴もいたな 動画の最初と最後で明らかに爪の長さが違ってた
:俺もそれ見たことあるわ ちょっとした恐怖映像だった
視聴者たちがコメントで盛り上がる。彼らが今まで見てきた配信の中にも、るぷすの言う効果が表れている物がいくつかあったようで、その信憑性の増した説に興味を抱いたようだ。
「私は産まれた時千グラム未満の超未熟児だったせいか、両親が結構な過保護だった」
「千グラム未満……」
:マジで!?
:以前の雑談で言ってたな
:病気になりやすいって言うし そりゃ過保護にもなるか
「私は特に健康に問題も無くて元気だったんだけど、それでも成長が遅くて身長も小学校の途中から伸びなくなった。両親はそんな私に『自分たちのせいで』って言ってごめんなさいって謝ってきたんだけど……私はそれが悲しかった」
るぷすは己の両掌を見つめ、ぎゅっと握る。その手は小さく、隣を歩くミーアとは比ぶべくもない。ミーアも視聴者たちも、るぷすに声を掛けることは出来なかった。
「私が悲しかったのは、両親にそんなことを言わせてしまった私の身体。私がもっと成長出来てればあんなことは言わなかった」
るぷすは天井を見上げる。その表情には何の色もない。だが、その瞳。るぷすの目には確かな決意の色がありありと見て取れるようにミーアは感じた。そして、それはきっと視聴者たちもそうだろう。
天井から視線を下げ、るぷすは前を見つめる。るぷすには見るべき未来が見えているのだ。
「それからダンジョンに入れば身体が成長すると知って、探索者になろうと思った。両親には反対されたけど……でも、私はもう大丈夫だって、心配ないって証明したかった。だから色々と大変だったけど探索者になった。……順序は逆なんじゃないかって思うけどね」
「るぷすちゃん……」
:チャンネル名の『成長記録』の意味はそういうことか……
:なるほど
:けっこう切実な理由だったんだなぁ
:茶化してすんませんでした
:俺もごめんなさいでした
:腹を切って詫びろ
:ひどい
「多分私も大人になる頃には身長も伸びてると思う。年相応の大人の女性になってるはず」
「そうですね。きっとそうなってますよ」
「うん」
ミーアの言葉にるぷすは柔らかく微笑んだ。それはミーアも、そして視聴者たちも見たことの無かった、るぷすの本当の笑顔。それを前に彼らは言葉を発せず、コメントも打てず、ただただ少女の澄んだ笑みに見惚れていた。
「大人の私は……きっと叶姉妹や杉本彩みたいなセクシーなお姉さんキャラに……」
「それは無理じゃないかなぁ……!!」
:無理だろぉ!!
:それは無理だ!!
:何でその人らなの!?
:濃い!! 人選が濃い!!
流石に看過出来なかったようで、ミーアも視聴者たちも一斉にるぷすにツッコミを入れた。るぷすはさっきまでちょっといい感じの雰囲気だったのに頭から否定されてショックを受けるも、ならばとばかりに代わりの人物を口にする。
「え、じゃ、じゃあ……壇蜜とか」
「それも無理です……!!」
「そ、そんな……」
:だから濃いって
:もっとカルピスを薄めてくれよ
:いやセクシーな美人ではあるけどさぁ……
:るぷすちゃんにはちょっと合わないよね
:ほんとにちょっとか?
皆に否定されてるぷすはがっくりと肩を落とす。それでも表情はほとんど変わっておらず、精々が眉尻がやや下がって見える程度だ。感情表現は豊かであるのにここまで無表情なことに、ミーアは少し違和感を覚え、るぷすを注視していると。
「────あれ?」
何か。そう、確かに何か、極々僅かな違和感が────。
「む。お姉さん、ここら辺は段差が激しいから私の手を」
「え? あ、ありがとうございまするぷすちゃん」
:るぷすちゃんのエスコート!
:あら^~いいですわゾ~
:キマシタワー
:タマリマセンワー
:るぷすちゃんけっこう王子様属性あるよね
:ミーアお姫様の危機に駆け付けた王子様るぷすちゃん!
ミーアが抱いた僅かな違和感はるぷすが話しかけてきたことによって霧散してしまった。握った手は自分よりも、一つ下の妹よりもずっと小さく、この手で自身よりも遥かに大きい魔物たちを倒していることに今更ながらに驚きを覚える。
コメントではるぷすに王子様性を見出してキャッキャキャッキャとはしゃいでいる。
「私は年上の男の人が好みだからそっちの趣味はないよ?」
:ああー! 俺の夢と希望がー!?
:もっと浸らせてよるぷすちゃん!
コメントを一瞥したるぷすは一応の注意を促しておくことにした。それによって一部の視聴者から悲鳴が上がったが、余計な誤解や期待は生まない方が良い。こうやって一方的な夢や希望は叩き潰しておくに越したことは無いのだ。
「ちなみにお姉さんはどんな人がタイプ?」
「わ、私……ですか?」
るぷすはついでとばかりにミーアにも話題を振る。ミーアは少し考えた後、瞳を濁らせて質問に答えた。
「私は、年下の方が……良いですね。同年代と、年上の、男性は……色々とあって、苦手です、ので」
:これ大丈夫な奴かな
:あっ(察し)
:深刻な奴なら多分動画で言ったりは出来ないと思うが……
「……セクハラ、とか……痴漢、とか……話す、とき、も……胸ばっかり……見て……」
「……あの、無理して話さなくても」
「いえ、軽い、ものばかり、なので……そこまで、重い話でも、ないので……」
「いやあの、それもあるけどそうじゃなくて」
:大丈夫なのか? 色んな意味で……
:かなり辛そうだぞ……色んな意味で
:まあしんどいことではあるよな 色んな意味で
ミーアは瞳どころか身体からどんよりとしたオーラを纏い、辛そうに話している。その様子にるぷすは話すのを止めようとするのだが、途切れ途切れになりながらも愚痴は一向に止まらず、延々と話している。
これはもうこのまま話させておいた方が良いかと判断したるぷすはやや歩くペースを落としながら、ミーアの話に耳を傾けた。最終的にるぷすが抱いたミーアの愚痴の感想としては「隣の芝は青い」といったものだった。成長しなさ過ぎてもし過ぎていても、どちらにせよ苦労は被るのである。
そうして歩き続けること数十分、運良くゴブリン達に出くわさないまま、ようやくダンジョンの出口に到着し、久しぶりの太陽に出迎えられた。
「出口到着―」
るぷすは両手を上げて太陽の光を浴びる。
:着いたー!
:久々の太陽だぜー!
:あああああ!? 目が焼けるううううう!?
:陽光に照らされるるぷすちゃん可愛いよおおおおお!!
「……お姉さんもお疲れ様」
「──────……っ!! ……っ、…………────っ! ──、……っ!」
息も絶え絶え、とはこういうことを言うのだろう。杖にしがみ付き、何とか立つことが出来ているミーアの足腰は産まれたての小鹿のようにがくがくと震えている。
汗も全身から噴き出しており、髪も数本が顔に張り付いて口に入っている。
:えっちだ……
:うっ……ふう
:お巡りさんこいつらです
:ミーアちゃんはゴブ共に追いかけられてたししゃーない
:反面るぷすちゃんは元気やな
「とりあえず今回の配信はここまで。お姉さんはちゃんと家まで送るからみんなは安心して」
「い、いえ……さすがに、そこまでして、いただかなくても……十分……二十分ほど、休憩したら……歩けるよう、に、なるかも、ですので……」
「“かも”なんだ」
:草
:まさに疲労困憊
:無理せん方がええよ
あまりにもあまりなミーアの様子にるぷすも視聴者たちも心配が勝る。幸いダンジョンの入り口近くにはギルドが管理する受付や監視、“防壁”も兼ねた複合施設が存在するので、そこで暫し休憩を取れば大丈夫だろう。探索者の着替えや食事なんかもここで済ませることが出来る。部屋数は少ないが、宿泊も一応は可能だったりするのだ。
「何やかんやあったけど、ここでお別れ。ボラーレるぷすー」
「さ、さよう、ならぁ~……」
:ボラーレるぷすー
:アリーヴェる……んんん?
:アリー……また変わってる!
:本当に安定しないなぁ
:ミーアちゃんが助かって良かったよ 二人ともお疲れでした
:乙 さて 今回は規制されるかどうか
:パアンしちゃったし規制されるだろうなぁ ともかくお疲れっした
:大量バラバラ惨殺事件も勃発してるしな バイすー
「……あそこまで歩ける?」
「……が、頑張り、ます」
るぷすはミーアと共に配信終了の挨拶をし、配信を終えると再びミーアの手を引いて歩き出す。目指すはギルドの施設だが、るぷすは決してミーアを抱えて運ぼうとはしなかった。ミーアがそれを固辞したのもあるが、そもそもるぷすがミーアをおんぶしたりお姫様抱っこしたりすると、身長差・体格差の問題でおんぶの場合は背後から胸で頭部が挟まれて前が見えなくなり、お姫様抱っこの場合は胸が頬に当たって押され、むち打ちになりそうだったからだ。
ミーアには「そこまで大きくはないですよ!?」と言われたが、るぷすはミーアの胸に突き飛ばされている。きっとそうなるに違いないとるぷすの勘が言っているのだ。決して私怨なんかではない。私怨なんかではないと思うのだ。
「はひぃ~……っ」
「……」
なお、ミーアは本当に辛そうだったので結局るぷすがお姫様抱っこで運ぶことになった。るぷすは「男の人が夢中になる理由が分かった。あれを枕にして毎日寝たい」という謎の感想を後に述べたという。
週が明けて月曜日。先週のあれやこれやも無事(?)に解決して、“女子高生”であるランは普段通り登校のために通学路を歩いている。周囲からの視線、聞こえてくる声は相変わらずのもの。新しい週の始まりの朝からこれでは気が滅入ってしまうが、ギルドの呼び出しのことを考えるとまだまだ気にするほどでもない気持ちになってくる。
何せ前者は実害を被っているが、後者は今のところ被害を受けていないからだ。避けられるようになったことを被害というのなら大被害と言っても良いのだが、ランは対人関係などはあまり気にしない性格である。先の呼び出しの件のように外見年齢で誤解されることや弄られることも多々あるので、耐性が付いている、とも言える。
ランは高校に着くと他の生徒たちの視線も気にせず教室に向かい、いつものように教室の扉を開けて入室する。
「────ランッ!!」
「ん? いいん……っ」
教室に入った瞬間、友人である美奈に名前を呼ばれ、そちらに顔を向けると、結構な勢いで美奈がランに抱き着いてきた。ランはそれを微動だにせず受け止め、突然の事態に目を瞬かせる。肩に埋まっている美奈の顔。何やら湿った感触が伝わってくる。……泣いているようだ。
この美奈の行動にはクラスメートたちも面食らっており、ざわざわと徐々に喧騒が大きくなってくる。
「……どうしたの、いいんちょ?」
「……お」
「お?」
背中をポンポンと叩きながらランが声を掛けると、美奈は鼻をぐすぐすと慣らしながら、何かを呟く。聞き返すと今度は大きく息を吸い、しゃくり上げながらも今度はちゃんと言葉にする。
「おね、お姉ちゃん、をっ、助っ、けて、くれて……あ゛り゛がとう……っ!」
美奈の言葉に、教室の喧騒が収まり、沈黙が訪れた。
「お姉ちゃん……。やっぱり、
「う゛ん……っ」
そう。ダンムーバー、魔法使いのミーアの本名は“
美奈はいつも以上に疲労困憊で帰ってきた美亜に事の顛末を聞き、美亜に対して本気の説教をした後に互いに抱き合ってわんわんと泣いた。両親と折り合いが悪い二人は親元を離れて二人で暮らしており、姉妹の絆は相応に強い。
「お姉さんはその後大丈夫?」
「うん……全身筋肉痛で、ふらふらに、なりながら、登校していったけど……」
「やっぱり」
ランは美奈をあやすようにしながら会話を交わす。そのランの姿を見るクラスメートたちの目は、今までの物とは変わってきていた。
美奈がわざわざ学校でランに感謝を伝えたのには理由がある。ランの家を知っている美奈は、本当はその日の内にランに感謝を伝えに行くことが出来た。電話で伝えることも出来た。しかし、そうはしなかった。
学校でのランを見る他の生徒たちの目を変えたかったのだ。
美奈にとって、ランがクラスメートたち……ひいては学校の生徒たちや一部の教員に避けられるようになったのは自分のせいだと考えている。もちろんランの探索動画を拡散したのは別の生徒だが、それでも自分と話していたせいで知られてしまったと感じてしまっていたのだ。
美奈は変に生真面目なところがあり、また自分を追い込みやすい性格をしていた。故に、少しでも皆のランを見る目が変わるように教室で感謝を伝えたのだ。
────美奈が泣いているのは、感謝の気持ちだけではない。自分の目的の為に、伝えるべき感謝の言葉を遅らせたことが大きな罪悪感となって美奈の胸を締め付けているからだ。
「……そういえば、何で私がお姉ちゃんの妹だって分かったの?」
「匂い」
「え……」
すんすんとましになった鼻を鳴らしつつ美奈はランに質問を投げかけた。どうもランは自分が“ミーア”の妹だと分かっていたらしい。それは何故かと聞いてみたところ、予想外の答えが返ってきて……ちょっと引いた。
「私は鼻の利く美少女。シャンプーとかボディーソープの匂いが二人とも同じ」
「あ、そういう……」
「お姉さんが着てたローブとかから香ってきた匂いからして洗剤と柔軟剤も同じ」
「ああ、うん……」
「香水とか制汗剤も共有してるのか、それも同じ匂いだった」
「さすがにこわい」
ランは聴覚と嗅覚が人間離れしているのだ。この程度の嗅ぎ分けなどお茶の子さいさいである。
「あとはまあ髪色とか、目鼻立ちも似てるし」
「最初からそっちで答えてほしかった」
ランのちょっと怖い回答のお陰か、美奈の雰囲気が和らいでいく。それを察知したランは美奈から眼鏡を外すと、ハンカチで滴る涙を拭ってあげた。
「いいんちょは可愛いから涙でぐしゃぐしゃなのは勿体ない」
「……アンタに可愛いって言われても」
美奈には嫌味かそれとも皮肉か、そのように感じてしまう。友人だとしても、そのように受け取ってしまう程に美奈はランの容姿に強い憧れと嫉妬心も抱いている。
「いいんちょはいつも私を気にかけてくれる」
ランは美奈の顔に掛かる髪を指で梳き、そのまま頬に手を添える。
「お姉さんと同じ、優しい美少女」
「……っ」
真っ直ぐにランから見つめられ、美奈は言葉に詰まる。一切の反論も思い浮かばぬ程、美奈はランに見惚れてしまった。
……と、ここでスピーカーからチャイムの音が鳴り響く。
「む? 予鈴だ」
「え、あ、そ、そうね」
ランはすぐさま美奈の頬から手を離し、自分の席に着く。随分とあっさりとした様子に美奈も大きく息を吐く。そして自分も席に移動しようとし、その前にランに一つだけ伝えておくことにした。
「ラン、ちょっとお願い事があるんだけど、後で話を聞いてもらえる?」
「うん。いいよ」
「ありがと」
それだけ言い、美奈は自分の席に着いた。他のクラスメートたちも美奈と、そしてランを気にしながらも各々自分の席に着く。美奈の言葉、ランの対応。自分たちが見ていたつもりになっていたランの姿とは、本当に
────後日、美奈のお願いごとによりランが────“るぷす”の名が、更に世に知れ渡ることとなっていくのである。
お疲れ様でした。
そんな訳でランの夢は『身長を伸ばしてセクシーな大人のお姉さん』になることです。
若く見られることは良いことでしょうが、それをどう思うかはやっぱり本人次第ですからね。
まあランの場合は若く、というよりは幼く見られているわけですが……。
ミーアの本名は湖水美亜、ミーアはオランダ語で湖。