最近早く書くって言うのが無理だということにうすうす気づき始めました。今更だけど。
梅雨ですねえ・・・
雨でどんより、なんてならないように頑張りましょう。
今回も、どうぞよろしくお願いします。
リュウノスケ大佐
鎮守府司令官。ジンイチ二佐(当時)の弟で、アマノイワト通過の資格を持つ。
DB機関時から深海棲艦について専門的に研究。ジンイチ二佐失踪後、“提督”の最適任者として特例で昇進、以後鎮守府にて艦娘の指揮を執る。彼女たちとは、良好な関係を築けている模様。
イソロク中将
鎮守府長官。自衛隊時代は空母「あかぎ」艦長として硫黄島沖海戦に参加後、DB機関の幹部として設立に関わる。
独立機関としての統合海軍省維持に努めており、リュウノスケ大佐と艦娘の後ろ盾となる。
ライゾウ中佐
鎮守府付き水雷参謀。リュウノスケ大佐とは同期。アマノイワト通過の資格を持つ。
“提督”候補者であるが、本人にその気は無い。時たま視察のために鎮守府を訪れており、主に水雷戦隊の演習や新戦術に関するアドバイザーとして、軽巡や駆逐艦の艦娘と語らう姿が見かけられる。
ユキ少佐
鎮守府付き情報参謀。本来このポストはリュウノスケ大佐のものであったが、彼の“提督”就任に当たって長らく空いたままになっていた。
ライゾウ中佐のお気に入りで、何かと世話を焼いているが、本人は少々嫌がっている。
◇
「よし、攻撃隊、やっちゃって!」
飛龍は、洋上を駆け、後方へ流れていく風を感じながら、自ら放った艦載機隊に指示を飛ばした。彼女の手足とも言うべき十数機の攻撃機が、指示に従って次第に高度を落としていく。雷撃体勢―――魚雷の姿勢安定と共に、敵の対空砲火を避けるためだ。
ただし、今は対空砲火を気にする必要が無い。彼女の攻撃隊が狙っているのは、訓練用の標的艦だ。動きはあっても、こちらを撃墜しようとはしてこない。だからこそ、より丁寧に攻撃機の軌道を確認しなくては。
彼女が操るのは、つい最近配備された新型艦上攻撃機“天山”。それまでの九七艦攻に比べ、より早く、より多くの装備を搭載可能だった。ただし、問題が一つ。それは操縦性が悪化し、九七艦攻よりも扱いが難しいこと。
―――うーん、やっぱりぶれるなあ。
飛龍は率直な感想を、頭の中で述べる。天山は降下するに連れて、機体のぶれが大きくなった。一歩間違うと海面に激突しかねない。速度の大きさも手伝って、飛龍は“天山”の降下を躊躇っていた。
『こらー!どーした飛龍ー!』
通信機越しに、観測機から彼女を見守る僚艦の、からかうような声が聞こえてきた。
『まだ二○も行ってないぞー』
「わかってるってば、気が散るから話し掛けないで!」
はいはい、と笑って通信を切る蒼龍に文句を言いたい気持ちを押さえ、もう一度機体の操縦に集中する。ぎりぎりまで高度を落として、標的艦の右舷から迫り、その横っ腹を“天山”越しに睨む。
「距離、一二・・・一一・・・一○・・・○九・・・○八!魚雷投下!!」
“天山”の腹から、吊るされた細長い魚雷が投下され、軽くなった機体が浮かび上がろうとする。それを何とか抑えて、そのまま標的艦に向かって突き進む。実戦では、機体の上に敵の対空砲火が広がっている。うかつに浮かび上がれば、その中に突っ込みかねない。
標的艦が迫る。それが眼前一杯に広がろうとする瞬間、目と鼻の先で飛龍は“天山”の編隊を引き起こした。標的艦の甲板を掠めるように、その上空をフライパスする。
引き起こした機体を上げ、戦果を確認する。直進し続ける標的艦の舷側に、魚雷命中のそれを示す水柱が高々と上がった。それが連続するのを確かめた飛龍は、なんとか成功させた超低空雷撃に額を拭い、攻撃隊の収容準備に取り掛かった。
「お疲れ様~」
艤装を工廠部へ引き渡した飛龍に、明るく能天気な声が呼びかけた。振り向くと、飛龍と色違いの、よく似た衣装に身を包んだ準同型艦が駆けて来るところだった。
「お疲れじゃないよ、蒼龍ー」
ぷくーっと頬を膨らませる飛龍に対して、蒼龍は手を合わせて苦笑する。
「いやー、ごめんって。飛龍が可愛いからさあー」
「もー、また調子いいこと言って」
横に並んだ二人は、工廠から鎮守府の庁舎の方へと歩いていく。ただ、飛龍に関しては未だに不満げな表情だ。
「えー、ほんとのことなのに。多聞丸にも見せたかったなあ」
その言葉に、ビックンと肩が跳ねる。同時に顔の温度が少しずつ上がっていくのがわかった。
彼は、司令部の参謀。たまに視察に来ては、航空隊の訓練を見てくれたり、時には鳳翔さんのところでお酒を共にしたこともある。自分にも、他人にも厳しい人間のようだが、それでいて艦娘たちへの気配りは情に厚いものだった。
「そ、そういうこと言わない!!」
間違いなく赤くなった表情を厳しく引き締めて、隣の僚艦を睨む。が、もちろん蒼龍に通じるはずもなく、どう見ても彼女のほうが一枚上手だった。
「はいはい、わかりました。―――あ、多聞丸だ」
その手には引っ掛からない。流石にもう、彼女の考えなどお見通しだ。また私をからかっているに違いない。
「ざんねーん。その手には乗りませんよー」
「よう、久しぶり」
不意に投げかけられた言葉は、男性のそれだった。飛龍は反射的に「お久しぶりです」と返してから絶句して、
「え・・・ええええええええっ!?」
素っ頓狂な叫び声を上げ、三歩半後ろに飛びのいた。
そこにいたのは件の人物。統合海軍少将の階級章をつけた海軍将校は、紛れもなく多聞丸ことタモン少将だった。
「たたたたたた、多聞丸!?」
「おう、なんか飛龍拳でも繰り出しそうな反応だな」
古武士を思わせる引き締まった体躯に、理知的でありながら確かな闘志を感じさせる顔立ち。馴染んだ制服は、きっちりとアイロンがかけられている。そして阿○寛のような深く味のある声。飛龍が慕う彼は、ゆっくりと彼女たちの方へ歩み寄ってきた。
「ほ、本物・・・?」
完全に困惑している飛龍が、ついにその存在を疑い始めてしまった。重症である。一応、足は生えているようだが。
「ここまで驚かれると逆に傷付くんだが・・・。何も聞いてなかったのか?」
そこで、いかにもわざとらしく、拍手を打つ乾いた音が、空気を伝って飛龍の鼓膜に届いた。
「ああー、そういえば言い忘れてた。今日から多聞丸はこっちの視察だったっけ」
ごめんね、てへっ。と、舌を出して自分の頭をこつんと叩く蒼龍。完全に確信犯である。今すぐに急降下爆撃の標的にしてやりたいと、飛龍は心の奥底で思うのだった。
「蒼龍、お前いい性格してるよ―――おかげで飛龍のおもしろ可愛い反応がたっぷり堪能できた、グッジョブ」
「お礼は鳳翔さんのとこの奢りでいいですよ」
「こいつめ」
「ふ、二人して!馬鹿にしてるの!?」
飛龍の反撃、が完全にその反応を楽しんでいる二人は、それすらも「可愛いなあ」と受け流している。結局、艤装使用で消費したエネルギーをさらにすり減らしただけだった。ぜーぜーと肩で息をするうちに、言いようの無い空腹感が飛龍を襲う。丁度お昼時だ。
「私も奢ってもらいますからねっ!!」
それだけ言って歩き出す。了解の意を示した二人もまた、その横に並んで海岸線を進んで行った。取り敢えずは昼ご飯だ。
流れはともかくとして、突然現れた彼と夕飯の約束を取り付けた飛龍は、飛び上がりそうな嬉しさを胸のうちに秘めて、つとめてしかめっ面で歩を進める。もっとも、それが見え見えなので、蒼龍はそんな僚艦が愛おしくてたまらないのだった。
吹く風が、髪を揺らす。風の来る方向には、初夏の陽気を蒼の中に湛えた海が、水平線の向こうにまで広がっているのであった。
◇
それが発表になったのは、鎮守府の全戦力が回復し、同時に新規着任艦娘の練成を兼ねた大規模演習実施の決定が下りてすぐだった。
『練成部隊編成』
そう書かれた一覧表が、朝の食堂に張り出された。これは練成の中心となる艦娘が、効率よくローテーションを組めるように配慮されたもので、基本的に錬度の高い艦娘と練成艦娘がセットになる。ただし、戦艦や空母の艦娘は基本的に数が少ないので、大抵は同型艦で組んで、他の錬度の高い同艦種から一人が付くといった形だった。
『練成部隊編成:駆逐艦 第十八駆逐隊・谷風、天津風』
「おー、陽炎んとこは谷風と天津風かいな」
編成表を確認した黒潮は、横に立つ自らの一番艦に話しかけた。第十八駆逐隊司令駆逐艦娘様は、それを確認して両手を打ち合わせると、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「そっかそっか、あの二人かあ」
うんうんと頷くと、満足げに腰に手を当てた。
「嬉しそうやなあ」
「そりゃ、なんたって妹が増えるんだもん。黒潮は嬉しくないの?」
「もちろん、うちも嬉しいで。けどなあ」
ちらっと陽炎を見る。先日不知火に言われたことを思い出した。
「・・・無理矢理お姉ちゃんって呼ばせるんや無いで」
「人聞き悪いわね。無理矢理なんて呼ばせないわよ、呼んでは欲しいけど」
「不知火で懲りてへんのやなあ、浮かばれんわ」
「勝手に沈めないでください」
「ま、不知火の分まで頑張るわよ」
「ですから、勝手に沈めないでください」
数日前に半ば強制的にお姉ちゃんと呼ばされて以来、なにかと弄られる不知火であった。
「それじゃ、打ち合わせ行こっか不知火」
「・・・色々と納得はいきませんが、わかりました」
「ほな、またな~」
陽炎は、新しく加わった仲間のもとへと急ぐ。いつも賑やかな第十八駆逐隊であった。
が、そんな彼女たちよりも賑やかだったのが―――
『練成部隊編成:航空母艦 赤城・翔鶴 加賀・瑞鶴』
「あら?」
「・・・」
「まあ」
「げっ」
航空母艦だった。
一航戦が、まだ航空部隊として練成途中の五航戦を指導するのは、至極最もなことだった。それは、その場の全員に共通している。問題はその組み合わせだった。
「面白い組み合わせですね」
「ちょっと待って、あたし加賀さんと!?」
瑞鶴は、加賀を苦手としている。訓練期間中に何かあったらしいのだが、真相は赤城しか知らない。そしてその手のことは簡単に話さないのが、赤城という艦娘だった。
「・・・なにか問題が?」
「うえっと・・・いや、不満があるとかじゃなくてですね」
「そう。ならいいけれど」
―――うう、絡みずらい・・・。
瑞鶴は心の中で肩を落とす。自分でも、苦手であることは自覚しているが、尊敬していないわけではない。艦娘としての彼女は十分過ぎるほど信頼に足る存在だ。しかし、後輩として、先輩の加賀は口数の少ない、物静かで話しかけにくい雰囲気があるのは確かだった。
「いざ海戦となれば、どのような組み合わせで出撃になるかわかりませんから、たまにはこういう編成もいいかもしれませんね」
「そうですね。どうぞよろしくお願いします、赤城さん」
「いえ、こちらこそ」
早速談笑を始める赤城と翔鶴は、お互いに馬が合うようだ。もっとも、それぞれ主力航空部隊の長ということもあって、よく話はする方だったのだが。
ちらっと、瑞鶴は加賀を見やる。その横顔からは、残念ながら何を考えているのかは読み取れなかった。代わりにその唇が動くのがわかる。
「私の顔に、何か付いていて?」
「えっと・・・いえ、何も・・・」
―――うわーっ!どうすればいいのよっ!!
頭を抱えたくなる瑞鶴は、彼女と、新しく僚艦になった先輩を見る視線に気づかなかった。
赤城は面白いことを思いついた。目の前で妙な空気を醸し出している二人の艦娘に視線を向け、次に横で同じようにしている翔鶴と見合わせる。
―――ちょっと、からかってみますか。
ウインクで意図を察したらしい翔鶴もまた、いたずらっぽい笑みを浮かべて頷く。それを確認した赤城は、さっそく行動に出たのだった。
赤城は、うんうん唸っている瑞鶴に歩み寄る。
「瑞鶴」
「はい?」
顔を上げた瑞鶴の肩に、そっと左手を乗せる。そうしてわざとらしく右手を口元に当てると、
「不束な僚艦ですが、どうか末永く、よろしくお願いしますね」
およよと泣きながら瑞鶴に訴えかけた。
「ぶっ!!」
「赤城さん!?」
当然の如く吹き出した瑞鶴に、加賀の慌てたような声が重なる。が、それを見た翔鶴は、それ以上の隙を与えなかった。
「加賀さん」
「・・・何かしら」
嫌な予感を感じつつも、加賀は翔鶴に向き直る。案の定、その手が加賀の手を掴んで、
「不出来な妹ですが、何卒、お幸せに」
こちらもまた、迫真の演技で泣きつくのだった。
「ぶっ!!」
「翔鶴姉!?」
さっきの加賀と全く同じ反応に、後ろで様子を伺っていた二航戦の二人が吹き出した。それこそ腹を抱えるほどに、うっすらと涙まで浮かべて笑っている。釣られるように、当の赤城と翔鶴まで笑い出した。正規空母たちの笑い声が、食堂の一角に響く。
「ちょっ、なにがおかしいんですか!?」
瑞鶴の訴えも届かない。笑い転げる空母娘たちに、一人、食堂に入ってきた長門が冷静だった。
「何やってるんだ、お前たちは・・・」
―――で、今に至るわけだけど。
瑞鶴は、鎮守府内にある弓道場に立っていた。凛と張り詰めた空気が支配する独特の空間には今、彼女ともう一人、新しく僚艦に指定された先輩だけがいる。数ある艤装の中から、胸当てと弓だけを持ち出した彼女たちは、七○メートルほど離れた的と相対していた。
演習期間が始まって三日が経つ。今日は午前中の演習海域使用が二航戦の先輩だったため、彼女たちはこの弓道場で鍛錬をしていた。午後からは、実際に装備を使っての訓練になる予定だ。
真横に構え、瑞鶴は的を見据える。手にする矢は一本。ふっと、息を入れた。
矢を番え、弦を指で引いていく。ゆっくり、ゆっくり。軌道がぶれないように。
やがて限界まで引き絞られた弓矢の、その先を見つめて瑞鶴は狙いを定める。目標は的のど真ん中。
―――いっけ!
張り詰めた弦を開放してやる。すぐに自由の身となった矢が、ひゅっと音を立てて飛び、寸分違わず中央の黒く塗られた部分を射抜いた。
「よっし!」
瑞鶴はガッツポーズを取る。これで三本連続だ。
たん。
と、もう一本の音が響いた。そこには何の余計なものも含まれない。ただ、射抜いた。それだけの、それでいて難しい矢の音。
加賀だ。瑞鶴の横で同じように構える彼女の放った矢が、的に当たった音だった。端正な顔には一点の曇りも無く、ただ静かに矢の行方を見つめている。自然と、瑞鶴もその先を見やる。そして、驚愕の表情を浮かべた。
「嘘・・・何あれ?」
的の中央付近、半径三センチあるかないかの範囲に、十本近くの矢が突き刺さっている。瑞鶴と加賀はほとんど同時に射ち始めたから、だとすれば七、八本を射っているはず。つまり加賀は、第一射から的のほぼ中央を捉え続けていることになる。
艦娘酔い―――艤装未装着時でも、常人に比べて視力や筋力のコントロール能力が向上する現象があるとはいえ、とんでもなくすごいことだ。
瑞鶴と同じく射るのをやめた加賀は、ようやく一息を吐くと、自分を見つめる後輩の視線に気づいたようだった。小さく首を傾げる。
「どうかして?」
加賀の問い掛けにはっと言葉に詰まるものの、そこで無視を決め込むほど瑞鶴は捻くれてはいない。思ったことを率直に聞いてみることにした。
「なんで、あんなに真ん中に当たるんですか?」
「・・・そんなこと」
そっけなく応えた加賀は、すっと瑞鶴の後ろに立つと、その腕を取って矢を構える形にした。
「簡単なことよ。矢を射るとき、余計な力も、考えも持ち込まない。あなたはまだ、引くときに力が籠っているわ」
耳元で淡々としゃべる加賀の声に緊張を隠せない。というよりも、暖かく女性的な体つきの加賀が密着しているせいで、こっちがなんとなく変な気持ちになりそうだ。
「あなた自身が一番わかっていると思うけれど、洋上はこの道場と違って波に揺れる不安定なプラットホームよ。余計な力は、それだけで体力と時間を奪うことになる。そのリスクは思わぬところで足枷となる」
最もだった。思い当たる節はある。初めての実戦となった01号作戦、そして先日の近海防御戦でも、彼女の発艦時間は訓練より大幅に長くなった。それに、戦果もあまり芳しいとは言えない。そこには少なからず、加賀の言ったような要因が含まれる気がした。
「・・・こういうのは、私らしくないかもしれないけれど。あなたのポテンシャルは、十分過ぎるほど高いわ。それは私や赤城さんよりも、ずっと。その能力を存分に引き出せば、あなたも翔鶴も、鎮守府航空戦力の切り札になれるはずよ」
珍しく熱く語った加賀に目を丸くしつつ、顔がどんどん熱くなるのがわかった。普段しゃべらない彼女の励ましは、重く、そして確かなものとして瑞鶴の心に深く突き刺さった。やがて加賀は、その身を瑞鶴から離す。その顔がわずかに赤かったのは気のせいだろうか。
的に刺さった矢を取りに行く。どこに刺さったか、一本一本確認して抜く。瑞鶴は呟くように、それでもしっかりとした声で宣言した。
「・・・加賀さん、私、強くなります」
一瞬だけ動きを止めた加賀は、これといって表情を変えることも無く、同じように抑揚の無い声で答える。
「そう・・・。それなりに期待はしているわ」
中天の太陽が、優しく二人を見守っていた。
◇
「失礼します」
執務室の扉をノックしたユキは、返事を待って中へと入っていった。
午後の光が差し込む室内には、何らかの書類と格闘する提督と、秘書艦の長門が控えていた。書類仕事用の眼鏡をかけた両名は、ユキの来訪を待っていたように顔を上げる。
と、ユキはもう一人の人物の存在に気づいた。長身細身で提督よりもわずかに長い髪。日光に浮かび上がる影に、頭痛がする思いだった。
「なんで、ライゾウ中佐がここにいらっしゃるんですか」
開口一番尋ねたユキに、当の本人はへらへらと答える。
「司令部じゃあるまいし、普通に先輩呼びでいいぞ、ユキ」
そういう問題じゃないんですが、と突っ込みを入れたい気分だが、いたずらっぽい笑みを見てるうちに馬鹿馬鹿しくなってやめた。この先輩を見てると、どんな注意もアホらしくなる。
「では、ライゾウ先輩。どうして執務室に?神通ちゃんたちが演習をしていたので、そっちに行ったものだと思っていましたが」
「俺が頼んだんだ」
ライゾウの代わりに答えたのは、眼鏡を置いた提督だった。それまで読み込んでいた書類を置いて、ユキに向き直る。その目は真剣そのものだ。
「次の攻略戦は、西方及び南方海域になる。島嶼戦が予想される海域が多い上に、輸送船団の航路も長くなるから、必然的に水雷戦隊の出撃も多い。だからその辺の運用のアドバイザーを頼んだんだ」
その点に関しては、ユキも心得ている。そもそも彼女が執務室にやって来たのは、大淀とまとめた西方海域に関する最新の敵情を提出するためだ。
潜水艦、通商破壊部隊、高速水雷戦隊、打撃部隊、そして機動部隊。多種多様、まさに三次元的展開をする西方海域の敵艦隊と相対するには、何よりも情報が欠かせなかった。いくつもの島嶼を拠点とするそれらの部隊が、どこにどのように展開しているのか。きっちりと見極めたうえで、対応可能な艦隊を編成する。それを決めるのが提督の仕事であり、補佐をするのがユキや長門たち参謀の役目と言えた。
幸いなことに、先日の南西諸島沖在存艦隊の動きに合わせて、西方艦隊は戦力の集合と進撃の構えを見せた。だから、その実態を見極めやすくはなっていた。
「南方の偵察は、どうしますか?」
ユキの気がかりはそれだけだ。現状もっとも深海棲艦の戦力が展開している南方は、偵察だけでも一苦労だ。
「西方がある程度固まった段階で、偵察部隊を送る」
「具体的には?」
「西方航路の確立―――リランカ周辺の敵艦隊殲滅だ」
現在鎮守府、そして鯖日本とあちらの日本で消費される全ての物資は、南西諸島沖の資源地帯と大陸からの輸送で賄われている。ただし、資源の中には南西諸島沖での入手が困難なものもあり、さらに大陸は自国の消費を満たすので精一杯だ。これらの問題を解決するためには、西方海域の奪還が欠かせなかった。
その中でも特に重要な位置を占めるのが、赤道直下、カレー洋の端に浮かぶリランカ島だ。
西方航路を維持していく上で、台湾、インドネシア、そしてリランカ島は船団の寄港地として最適の場所となる。航路も限られるため大規模な水上部隊の侵入を事前に察知しやすいのも利点だ。
ただし、理由はそれだけではない。
「―――それと、これが。はっちゃんからです」
ユキはもう一つの、かなり薄い報告書を見せる。マル秘―――トップシークレットを表す判子が押された表紙には、潜水艦娘のサインが入っていた。
「・・・おっと、俺は触れないほうが良さそうだな。折角だから、駆逐艦たちの演習でも眺めてるかな」
窓辺に立っていたライゾウはその判を確認すると、わずかに眉を吊り上げて執務室から退散する構えを見せた。
「ああ、そうしてくれ。後でもう一度呼ぶ」
「はいよ」
そう言って、ライゾウは扉から出て行った。
「―――私もお暇したほうがいいな?」
眼鏡をケースへ仕舞い込んだ長門が言う。均整の取れた顔立ちには、少しの嘆息が宿っていた。
「すまない。ありがとう」
「気にするな。情報の重要性はわかっているつもりだ。―――だが、あまり隠し事ばかりで心配をかけるなよ?特に扶桑や吹雪辺りにはな」
「・・・それは、なかなかに難しい注文だな」
うーん、と眉を八の字に下げる提督の仕草に、長門が吹き出す。くっくっくっと小さく堪えるように口元に手を当てた笑い声が、なんとも彼女らしかった。
「冗談だ」
「やめてくれよ、胃に悪い」
「最近酒保にいい胃薬が入ったそうだぞ?」
頭に入れておくよ。互いに軽口を叩いて、長門は執務室を後にする。残された二人、提督とユキの間にしばしの沈黙が流れた。
「・・・受け取ろう」
提督が手を差し伸ばす。ユキは手にした報告書を静かに手渡した。すぐに紙がめくられる音がして、提督は内容の確認を始める。
「・・・とりあえず、リ号輸送作戦の協力は取り付けられそうだな」
「では、共同作戦を?」
「いや、その点ははぐらかされた。正式な同盟関係を結ばない限りは難しそうだ」
鎮守府を預かる二人の将校。彼らの間にある件の書類の表紙には、簡潔に一文、報告書の内容について書かれていた。
『リランカ島周辺の協力勢力について』
また・・・また吹雪ちゃんの出番が無かった・・・
次回は出ると思うけど・・・けど・・・
加賀さんは、いい先輩キャラだと思うんですよ、こんな先輩が欲しかった。
西方海域って広いですが、果たして協力勢力ってなんなんですかね
読んでいただいた方、ありがとうございました。次も頑張りますので、見捨てないでくださいね(懇願)