艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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一ヶ月かかってる・・・

いつも読んでもらっている方、ほんとに申し訳ありません。

亀過ぎる作者ですが、どうかよろしくお願いしますね。

今回はシリアスです。大和さんがメイン。

それと、そろそろ戦闘が・・・始まるとかなんとか。


船の願い

艦娘支援母艦

 

支援母艦“横須賀”・・・大型商船改造の初代支援母艦。高い航洋能力と展開能力を備える。改修により、四基の修復施設を装備。

 

支援母艦“呉”・・・輸送艦改造の最大の支援母艦。航洋能力、展開能力に加え継戦能力も高い。初期から四基の修復施設を装備。

 

支援母艦“佐世保”・・・輸送艦改造の支援母艦。長期遠征部隊の中途補給基地的役割を持つ。現在は修復施設の増設工事中。

 

支援母艦“舞鶴”・・・中型客船改造の支援母艦。航洋能力が低いため、内地の移動拠点として活動する。現在は舞鶴に駐留。

 

高速支援母艦“大湊”・・・建造途中の高速輸送艦を引き取り改装。展開能力や継戦能力は低いが、非常時に迅速な部隊展開を可能とする。

 

高速支援母艦“幌筵”・・・建造途中の高速輸送艦を引き取り改装。“大湊”の同型艦であり、性能的な差異はほとんどない。

 

航空支援母艦“鹿屋”・・・戦時急造輸送艦を改装した特殊支援母艦。艦娘支援能力は低いが、基地航空隊を洋上運用可能とする、移動基地の役割を持つ。

 

これらに加え、現在支援母艦一隻、高速支援母艦三隻、航空支援母艦一隻が建造中。

 

 

潮の香りが、そっと私の鼻孔を撫でました。第一戦速を発揮する艤装の騒音に混じって、正面から吹き抜ける風のビュウビュウというのが際立ちます。

 

ここのところ、毎日のように海に出ています。一通り基礎的な訓練を終えたとはいえ、未だ実戦的な錬度に達しているとは言いがたく、航行や砲撃といった鍛錬を長門さん指導の下で行っているからです。戦艦級の艤装は、どうしても海に―――演習海域に出なければ、まともに砲撃もできませんから。

 

演習期間と銘打って二週間、今日からはさらに一個先の段階、すなわち艦隊演習に参加することになりました。六隻一組の艦隊が二つ、お互いに実戦同様の動きを確認します。戦艦である私の当面の目標は、空母の方たちとどのように連携していくかです。いかに怪物的破壊力を持っていても、戦艦がその真価を発揮するためには、空母という存在が欠かせませんから。制空権下での、観測機を用いた弾着観測射撃こそが、戦艦がもっとも能力を示せる戦術です。

 

「久しぶりの艦隊演習で、緊張します」

 

私と並んで横を進む駆逐艦娘が、そう言ってはにかみました。私の艦隊は、私の他に吹雪ちゃんと五十鈴さん、利根さん、青葉さん、そして龍驤さんで構成されています。対する相手方は、金剛さん、白雪ちゃん、初雪ちゃん、深雪ちゃん、さらに加賀さんと瑞鶴さんの機動部隊です。

 

そう、今回は空母の連携、中でも防空戦闘での動きを要として演習を行う予定です。そのため、龍驤さんには戦闘機と、索敵用の二式艦偵のみが搭載されていました。これらを駆使して、いかに相手方の空襲を防ぐか。それが、今回の艦隊演習の目的です。

 

「吹雪ちゃんも緊張したりするのですね」

 

「いえ大和さん。吹雪ちゃんが緊張しているのは、あそこで司令官が見てるからですよ!」

 

前から振り向いた青葉さんが、にやにやと怪しい笑みを浮かべて、埠頭の方を指差しました。

 

「提督が・・・?」

 

「好きな人には、いいところ見せたいですからねえ」

 

「青葉さん!?」

 

吹雪ちゃんが顔を真っ赤にして、青葉さんに叫びます。ふむ、どういうことでしょうか・・・?

 

いいところを見せたい・・・。好きな人には・・・?

 

・・・あっ。

 

「なるほど、そういうことですか。ふふっ、吹雪ちゃんも隅において置けませんね」

 

「大和さんまで!違います、そういうんじゃないですから!!」

 

『うむ?では提督のことは嫌いか?』

 

通信機越しに割り込んできたのは、艦隊最後尾の利根さんでした。当然のように、声には楽しげな色が見え隠れしていました。吹雪ちゃんが、一瞬答えに詰まります。

 

「そ、それはその・・・もちろん嫌いじゃないですけど・・・」

 

『では好きなのじゃな』

 

「その二択限定なんですか!?」

 

『もちろんじゃ。人生は究極の二択じゃぞ、吹雪よ』

 

『いや、なんで利根が誇らしげなのよ』

 

五十鈴さんまで会話に入ってきました。そういえば、唯一沈黙を守っている龍驤さんはどうしているかと思って後ろを振り返ると、体を小刻みに揺らして笑いを堪えていました。間違いなく、一番楽しんでいます。

 

『ま、提督も罪作りよね。こんな可愛い娘の心を撃ち抜いて』

 

「違いますから!そういう話じゃありませんから!」

 

『駆逐艦の装甲は低いからの、仕方ないのう』

 

利根さんの切り返しが、どうも龍驤さんのつぼにクリティカルヒットしたようです。もうほとんど、声は隠せていません。当の吹雪ちゃんはついに真っ赤に頬を膨らませて、盛大に拗ねてしまったようでした。ふふ、可愛いです。

 

「も、もう皆さんのことなんて知りませんっ!まとめて“天山”の餌食になっちゃえばいいんですっ!!」

 

そう言ってそっぽを向いてしまいました。

 

『あはは、もうその辺にしとき。そろそろ始まるで』

 

目元の涙を拭きながら、龍驤さんが仲裁に入ります。まったくもって説得力はありませんが。

 

艦隊は、私と龍驤さんを中心において輪形陣を敷きました。巻物型の飛行甲板を取り出した龍驤さんは、式神艦載機を袖の中で確認しています。左右に展開した青葉さんと利根さんが、索敵用の水上機を準備し始めました。

 

『大和は、二段目用の偵察機の準備しといてや』

 

「了解」

 

艤装背面の格納庫から零水偵を引き出して、カタパルトに設置します。後は火薬を作動させれば、索敵用の機体が空中に放り出される算段です。三機の零水観は、砲撃戦時の弾着観測用に取っておきます。

 

『監督艦の長門だ。両艦隊の予定位置到着を確認した。これより、航空攻撃及び防空演習を開始する。両艦隊の奮闘を期待する』

 

『艦隊針路一○○。艦首風上に立て』

 

龍驤さんの号令で、艦隊が転針します。通常空母と同じように、空母艦娘が艦載機の発艦に必要な合成風力を得るためです。

 

私の主砲には、すでに演習用の模擬三式弾が装填されています。防空戦闘ともなると主砲に出番があるかは微妙ですが、まあないよりはマシですよね。

 

『索敵機、発艦始め!』

 

瞬間、カタパルトを起動すると、大きなフロートを二つぶるさげた零水偵が、空中に飛び出しました。龍驤さんからも、二式艦偵が発艦していきます。前者は敵艦隊の索敵、後者は索敵のほかに一機が艦隊上空に留まり、防空戦闘のピケットの役割を果たします。

 

しばらくは、静かな時間が流れます。遠方の敵艦隊を見つけるまで、航空戦は起こりません。まして今回防衛側の私たちは、敵編隊の接近がなければやることもありませんから。

 

十数分が経った時、最前列の五十鈴さんが叫びました。

 

『敵偵察機、発見!』

 

その声に反応して、私も顔を上げました。接近してくる小さな影が見えます。形状から見ておそらく新型の“天山”艦攻でしょう。私たちは、相手艦隊に発見されたことになります。こちらはまだ敵艦隊を捉えていませんが、数十分以内に第一波の攻撃を受けることでしょう。第一ラウンドのはじまりです。

 

“天山”は、私たちの動きを探るように、艦隊の上空に張り付いてきました。

 

どくん。

 

急に、私の心臓に締め付けられるような感覚が走りました。ですがそれも一瞬のこと。今のは、一体なんだったのでしょうか。

 

『どうする?落とすの?』

 

五十鈴さんが確認しますが、龍驤さんは首を横に振りました。

 

『いや、無視してええ』

 

『了解』

 

演習用の砲弾は、特殊なペイント弾のようなものです。なんでも妖精さんのお手製らしく、これが付着することで、被害の判定を瞬時に行えるのだとか。まったくもってどのような原理なのかは、私にはよくわかりませんでしたけど。

 

『ほな、迎撃準備しよか。対空警戒を厳に』

 

あちこちから了解の声が飛びます。ありったけの主砲と高角砲の砲門が、大きく仰角をかけられて、高空を睨みました。龍驤さんは直掩機の数をさらに増やします。ピケットの二式艦偵を介して、第一陣、第二陣、対空砲火と三段構えで攻撃隊を迎え撃つのです。ちなみに、ここで使用される戦闘機の機銃弾も、妖精さん特製の演習用機銃です。

 

『二式艦偵より、攻撃隊来襲!方位三三○、数概算で百二十!!』

 

再び十数分、ついに相手の攻撃隊が、私たちに迫ってきました。

 

空母艦娘には、一度に出せる攻撃機の制限というのは存在しません。格納庫―――矢筒のことでしょうか、分解収納されている予備機を除けば、保有する全攻撃機を送り出すことが可能です。直掩戦闘機を差っ引いても、二隻で百機以上の攻撃隊を繰り出せる計算になります。

 

『対空戦闘用意!』

 

「対空戦闘用意!主砲、射撃準備!」

 

簪型の二一号電探と、高角砲を指揮する高射装置を、敵編隊の来襲が予想される方位へ予め指向しておきます。三式弾は時限信管を設定すれば、いつでも発射可能です。

 

―――私にできるのは、ここまでですね。

 

防空戦闘の先陣は、龍驤さんの戦闘機隊が切ります。いくら私の主砲が長大な射程を誇っていても、三式弾の有効射程距離は二万を切っていますから、それまでは豆鉄砲ほどの役にも立ちません。龍驤さんの防空戦を、座して見守るしかありません。その代わりと言っては何ですが。

 

『各艦、間隔を詰めて!』

 

対空砲火の指揮を執る五十鈴さんが、私と龍驤さんを囲む四人の艦娘に命じました。それまで間隔を取っていた四人が、それぞれに速力を変え、間隔を二分の一近くまで縮めます。

 

防空回廊という考え方があるそうです。あらゆる機体―――味方機の侵入すらも許さない、絶対領域。事前に定めたその区画に、ありったけの対空砲弾を叩き込むのです。それは差し詰め、黒い花と断片に囲まれた回廊そのもの。本来は地対空戦闘に用いられる戦術らしいのですが、それを艦隊防空戦に応用できないかと言う考えから、今回試されることになりました。確か発案は、今鎮守府を視察と言う名目で訪れている、多聞丸という方だったはずです。

 

艦隊上空、半径五千。それが、今回設定された防空回廊です。まずは、どの程度ならカバーできるのか見極めなければなりませんから。

 

どくん。

 

・・・また、です。

 

電探の反射波が、次第に大きくなります。ざっと計算したところ、大体百五十ノットぐらいの速さで、攻撃隊はこちらへ迫ってきていました。

 

どくん。

 

心臓が不自然に脈打ちます。

 

『戦闘機隊、突撃!』

 

前方を進む龍驤さんが、勅令の炎で艦載機隊に指示を飛ばします。それを受けて、ゴマ粒ほどにしか見えない攻撃隊の編隊に、十数機の零戦隊が真一文字に突き刺さりました。撃墜確実と判断された機体は編隊を離れて、上空へ舞い上がります。

 

どくん。

 

体を震わすように、鼓動が胸を走り抜けました。

 

それは、編隊が近づくにつれて大きくなります。ゴマ粒から、イチゴの種、スイカの種、ついには羽虫ほどになるにつれ、胸が早鐘のように鳴りました。

 

どくん。どくん。

 

もう、ごまかせません。一体どうしたというのでしょう。背中や額を、冷たい汗が流れます。手が震え、海面を進む足が竦みました。マスト型の傘を握る手に力が入らず、気づいたときには手から離れて、艤装に引っかかりましたが、それすらもよくわかりませんでした。

 

怖い。

 

怖い。

 

何が?これは演習。何を恐れているの。

 

思考と裏腹に、症状はひどくなる一方です。もう訳がわからず、私にはどうすることもできませんでした。

 

『・・・大和さん?大丈夫ですか?』

 

すぐ後ろから、吹雪ちゃんの声が聞こえた気がしました。その声に応えようとしても、唇は小刻みにわななくだけで、何もできません。かろうじて、水面を滑り続けていますが、感覚はほとんどありません。

 

『敵編隊接近!』

 

声が、遠のいていきます。

 

意識が、空間をさまよいます。

 

思考は、すでに体を離れていました。

 

『大和さん!?大和さん、しっかりしてください!!』

 

切迫した声は耳に届いても、それが誰のものなのか、私にはもうわかりませんでした。

 

 

昼下がりの執務室で、司令官は一人物思いに耽っていた。

 

目の前の執務机に並べてあるのは、ここ三日間の演習の報告書。そして対面には、そんな彼を不安げに見つめる吹雪の姿があった。

 

「・・・やはり、芳しくないな」

 

報告書は全て、つい最近新しく配属になったばかりの戦艦娘“大和”について記されたものだ。三日前の防空演習。そして二日間の対空射撃演習と水上射撃演習。今まで順調に行程を消化し、確実に錬度を上げていると思われていた彼女だったが、ここ数日―――防空演習以降、精彩を欠いているとしか思えなかった。

 

「艤装に不具合はないはずなんだけど・・・」

 

先日の防空演習中、突然過呼吸に陥りかけた彼女の様子から、艤装との接触の不具合を疑って工廠部に徹底的に調べさせたのだが、別段問題は確認されなかった。脳波リンクシステムも、リミッターも、特に異常なしとのことだった。とすると、考えられるのは―――

 

「なんらかの、精神的要因・・・?」

 

呟いてみるが、ますますわからない。長門をはじめとして、周りの戦艦娘、空母艦娘には一通り聞いてみたが、特に変わった素振りはなかったそうだ。むしろようやく鎮守府にも馴染み始めて、新しい生活を余裕を持って楽しめるようになってきたほどだという。ストレスを溜め込んでいるようには思われなかった。

 

定期健診の聞き取りでも、そんな兆候はなかったと、大淀からも報告があった。むしろあの演習の後からだ。大和の様子がおかしかったのは。

 

考えなくちゃいけない。彼は指揮官だった。艦娘たちの命を預かっている以上、彼女たちの健康に関しても、たとえ専門分野ではないにしろ、常に気を配ることが必要だ。ただ、うら若き少女たちのプライバシーにどこまで踏み込んでもいいものなのか、元情報将校である彼だからこそ、その絶妙な距離感を掴みかねるところがあるのも事実だった。

 

「あの・・・司令官」

 

唸り続ける彼は、目の前の少女をしばし放置してしまったことに気づいた。視野狭窄になるのは昔からの悪い癖と改めて反省して、彼は顔を上げ、少女を見据えた。

 

「ああ、すまない。どうかした?」

 

「えっと・・・その、こういうことは言っていいのかわからないんですけど」

 

吹雪はそう前置きして、もう一度口を開いた。

 

「大和さんも、“夢”を見たんじゃないかな、と・・・」

 

「“夢”?」

 

彼が首を傾げるのを見て、吹雪は遠慮がちに言葉を繋ぐ。

 

「艦娘酔いって、ありますよね」

 

「知ってる。たしか、船魂と吹雪たちの意識が相互作用を起こして、艤装未装着時でも身体能力の向上が見られる・・・だったか」

 

「はい。それで、前に工廠長がおっしゃってたんですけど・・・」

 

意識の相互作用。吹雪たちが艤装を操るとき、地球側の技術陣が苦心の末に生み出した脳波リンクは、艦娘本人の記憶を媒体として船魂の込められた艤装を操作可能にする。だからより記憶と経験の多い艦娘ほど、複雑な構造の多い強力な艤装―――空母や戦艦といった大型艤装の使用に耐えることができる。艦種によって年齢層に偏りがあるのは、これによるところが多い。

 

ただし、記憶が一方通行で流れることはない。そして艦娘の意識が接続する先は、かつてあの戦争を戦い、永い眠りについてこの世界に流れ込んだ、元軍艦の船魂だ。

 

脳波リンクによって活性化された艦娘の脳は、同時に船の記憶も敏感に感じ取る。本人は気づかないが、それがふとした拍子に―――たとえば、無意識のうちの夢にフラッシュバックされ、彼女たちの精神に影響を及ぼす。工廠長の考えはこうだった。

 

「・・・わたしも、何度か“夢”を見ました」

 

「そう・・・だったのか・・・」

 

どうしてそこに思い至らなかったのだろう。ちょっと立ち止まればある程度予想できたはずだ。

 

「・・・どんな夢を、見たのか、聞いてもいいかな・・・?」

 

「よく、思い出せないんです。ただ暗くて、冷たくて、寂しくて・・・中には、わたしよりずっと、はっきりとした夢を見た娘もいます」

 

「・・・それじゃあ、大和ももしかして」

 

船魂と艦娘の無意識が、どの程度イコールなのかはわからないが、もしも彼女たちが、船の記憶をあたかも自分の身に起きたことのように生々しく感じるのだとしたら。あの戦争で戦艦“大和”の最後というのがどれほど凄惨なものだったのか、そうした知識のない日本人でも大体知っているほどだ。だがその痛みを、悲しみと恐怖を直に感じてしまったとき、人間の心はそれに耐えられるのか。

 

―――吹雪たちは、その“夢”を乗り越えて戦ってるってことか。

 

ただひたすらに頭が下がる想いだった。まだ年端の行かぬ彼女たちは、彼の想像を絶する想いと期待を背負って、戦い続けていたのだから。

 

これ以上、心配をかけるわけにはいかない。艦娘を守る、そのために、できる限りの努力はしなければ。

 

「俺に、できることはないのか・・・」

 

「・・・すみません、大和さん次第としか・・・」

 

「そうか・・・」

 

「ただその・・・これで役に立つのかはわかりませんけど。“夢”を見た時は、誰かと一緒にいると落ち着くんです。暖かいなあって、ちょっと安心できるんです。他の娘たちも同じだと思うんですけど・・・」

 

伏し目がちだった吹雪の目が、ちらりと彼を見上げた。そしてなぜか、顔がみるみる赤くなっていった。よくわからないが、なにかあったのだろうか。体調が悪いのならば、無理をさせるわけにはいかない。こう言ってはなんだが、彼女こそ、この鎮守府に二人といない、大切な要だ。

 

陽はまだ高い。吹雪の退出した後も、彼はあごに手を当てて考え続ける。ようやく書類仕事を思い出した彼は、それを急ぎでこなしているうちに、いつの間にか陽が傾いてきたことに、今日もまた気づかなかった。

 

 

夕食時の艦娘食堂は、もちろん艦娘たちでごった返していました。昼の時とは違って、ほとんど全ての艦娘が集まる夜は、特に人の数が多くて、食堂のあちこちからたわいもない会話が聞こえてきます。

 

艦娘の寮と各庁舎の間に位置しているこの艦娘食堂は、夜八時までは鎮守府内の誰でも利用できることになっています。ですからこの時間帯は、鎮守府勤めの整備員も含めてかなり多くの人員が詰めていることになります。八時まで、というのは、それ以降は艦娘たちの憩いの場として使われるからです。

 

実はこれ以外にも、居酒屋“鳳翔”というお店が鎮守府内にはあります。艦娘の鳳翔さんが趣味でやられているそうで、週三日、特に大人の艦娘や視察でいらっしゃる司令部の方たちがちょっとした飲み会といった感じで利用されています。

 

そんな食堂の中、私はその中でも端の方の小さな机に腰掛けて、金曜日のカレーにスプーンを入れていました。サラダと牛乳と言うオーソドックスな組み合わせは、どうもあちらの世界の海軍の伝統だそうです。確かに、実はこれだけで一食分の栄養がバランスよく取れるという、優れものですからね。

 

それはともかく。私がこんなに端でご飯を食べているのには、それなりに理由がありました。

 

溜め息も吐きたくなります。四日前の演習以来、体のだるさが日に日に増すようでした。そのせいかどうか―――いえ、それだけの理由ではありません、あの日以来、私は空を飛ぶものに、敏感すぎるほど反応してしまいます。同時にあの時と同じ、胸を締め付けられるような感覚と、息苦しさが私を襲いました。

 

変な夢も見ました。どこかに立った私、自らに走る痛みと、傾いていく視界、そして渦に飲まれる軍服の男性たちの残像。それらは夢とは思えないほどに生々しく、私の脳裏に焼きついています。

 

フラッシュバックしてしまった映像に食欲が湧くわけもありませんでしたが、長門さんたちに心配をかけるわけにはいきませんから、なんとかして全て平らげようと、目の前のカレーと格闘します。

 

「大和」

 

と、ふいに声が掛けられました。顔を上げると、そこには白い軍服の男性が。

 

「て、提督」

 

「食事中にすまないな」

 

提督は自分のカレーの乗ったトレーを抱えて、机の横に立っていました。既に軍帽は取られていて、穏やかな表情がよく見えます。

 

「いえ、そんなことないです」

 

提督は、よくこうして着任したての艦娘に声を掛けています。おそらく、そうして私たちが艦隊に馴染めているか、それとなく見ているのでしょう。彼なりの気遣いです。

 

「時間を取らせちゃ悪いから、単刀直入に。少し話があるから、この後二一○○に執務室に顔を出して欲しいんだけど、いいかな」

 

「は、はい。わかりました」

 

なんとなく、話の内容はわかりました。私の成績が上がらないこと、そしてこの不思議な感覚のこと、元情報将校であった彼は、どこかからかその事実に辿り着いたのかもしれません。

 

私はできるだけ急いでご飯を食べ、最低限の身だしなみをとお風呂に浸かってから、彼の控える執務室へと向かいました。

 

 

 

「どうぞ」

 

ノックをすると、中からすぐに声が返ってきました。それに答えるようにしてノブを捻ると、彼は席を立って窓から外を眺めているところでした。その先には、漆黒の海が見えています。

 

「あの、大和参りました」

 

「悪かったね、急に呼び出したりして」

 

振り返った彼は、そう言って微笑みます。それは遠征から帰ってきた駆逐艦の娘達を迎える、あの柔らかい笑顔です。

 

「折角来てもらって悪いんだけど、ちょっと外に出ようか」

 

「・・・え、でも」

 

私、寮母さんに確認とってないです。

 

「ああ、大丈夫。寮母さんには許可を取っておいたから」

 

「はあ・・・それでしたら」

 

こうして私は、彼と執務室を跡にして外へ―――海岸へと出ました。工廠部と逆方向には砂浜が広がっていて、夜の散歩にはうってつけです。初夏の陽気が続く鎮守府ですが、やはり夜は幾分か涼しく、吹く風も相まって風呂上りの体には心地よいものでした。

 

「うん、この辺かな」

 

提督はおもむろに呟くと、その場にどさっと腰を下ろして、大きな伸びをしました。普段きっちりとした印象を与える彼の、意外な一面を見た気がします。

 

「大和も座りなよ。ここ、とても気持ちいいんだ」

 

・・・えっと。

 

落ち着いて大和、状況を整理するのよ。腰掛けた提督は、こちらを向いてとなりに腰を下ろすよう促している。この場には私一人。

 

よ、夜の海で男性と並んで座る状況ってなんですか!?なんのイベントですか、提督ルートですか!?

 

こほん。

 

鎮守府に所属する艦娘は、程度は違えども提督を慕う、あるいはその指揮下で戦うことを誇りに思っている娘がほとんどです。中には、曙ちゃんや霞ちゃんといった、彼に対してきつい態度をとる娘もいますが、吹雪ちゃん曰く、それは信頼の裏返しなのだとか。満潮ちゃんの惚気がひどいと、朝潮ちゃんが漏らしていたこともありましたね。

 

まあというわけで、その中には彼を指揮官としてだけでなく、一人の異性として好意を寄せている娘も幾人かいるようです。私はそういった目で彼を見たことはありませんが、第三者視点だからこそ見える、彼の優しさというのもわかりました。有り体に言って、十分に魅力的な男性ではあると思います。とんでもなく鈍いのが少々難点ですが。

 

ともかく、好意を寄せる相手という訳でなくても、夜間男性の隣に座るときの距離感というのは、こう、判断に迷うものが・・・。

 

結局、三十センチほど彼の左に私はそっと腰を下ろして、その先の海を見つめる格好になります。

 

「どうだ。海には慣れたか」

 

「・・・はい。今はもう、大丈夫です」

 

海はもう怖くありません。でも、それ以上に・・・。

 

「・・・そうか。ならよかった」

 

「・・・あの、提督は、何か怖いものはあるのですか・・・?」

 

「そうだな・・・」

 

彼はそのまま砂浜に寝転びました。その目線の先には、満天とは言えずとも夜の海を照らし出す美しい星々が煌めいていました。そこから天測を行ってしまうのは艦娘としての性でしょうか。

 

「子どものころは、親父の話す怪談が一番怖かったかな。今思えば何であんなに怖がってたのかよくわかんないんだけど、聞くたびにお袋に泣きついてたよ」

 

そうして苦笑する。まるで少年みたい、と思いましたが、実年齢的には私より少し上程度であることを思い出しました。老成して見えるのは、普段努めて冷静沈着に振舞っているからでしょう。

 

「ただまあ、そうだな・・・。一番怖いのは、海かな」

 

「・・・え?」

 

彼は、皆には内緒だぞ、と前置きして続きを語り始めます。

 

「夢を見てしまったんだ。君たちが沈むところをね」

 

「・・・」

 

私は黙って聞くことしかできません。

 

「俺の命令一つで、君たちは戦う。もしかしたら、その中で沈んでしまうこともあるかもしれない。そう思うと、時にこの海が恐ろしく思えてね」

 

「・・・そう、だったんですか」

 

考えてもみませんでした。彼が、どんな思いで艦娘たちを海に送り出しているのか。彼もまた、同じように悩み、苦しむことを。

 

「俺は皆と出撃することはできない。新しい装備を造ることもできない。だから全力で作戦を立てることだけ考えている。でもどうしようもなくなったら、こうしてここに寝転ぶんだ。海は怖いけど、波の音は優しい。それになにより、星が綺麗だ」

 

「落ち着きますよね、こうしていると・・・」

 

しばらく、静かな時間が流れます。会話がなくなると、途端に彼との距離感が意識されます。三十センチって近いんでしょうか、遠いんでしょうか・・・。

 

「―――なあ、大和」

 

「はい?」

 

「こういう言い方はどうかと思うが―――必ず帰ってきてくれ、この鎮守府に。俺のところに」

 

「ふえ?」

 

変な声が出てしまいます。き、急にそんなこと言われても、心の準備が・・・!!

 

「いずれ君にも、俺は出撃の命令を下す。見ていることしかできない俺が言えるせめてものことは、無事に帰ってきて欲しい、それだけだ」

 

「提督・・・」

 

「ここが大和の―――皆の帰ってくる場所なんだ。俺はどんな手を使ってでも、ここだけは守る。だから大和も、たとえ何があっても帰ってきて欲しい」

 

彼は、私の夢について何も触れませんでした。そうでしょう。こればかりは、私が自分で乗り越えなければいけないもののはずです。自分ではわかっていたはずでした。でも、心のどこかで甘えていた。けど、彼は―――

 

「わかりました。大和、必ず帰ってきます。―――もちろん、皆さんも一緒に」

 

「ああ、そうだな。大和ならできる。きっと、皆を守りきってくれるはずだ」

 

彼は私に、決意を与えてくれようとしました。たとえどんなものであろうとも、決意があるのとないのとでは、戦いへ赴く心持が違います。それは、困難を乗り越える力に、仲間との絆になるはずです。

 

今夜、私は決意しましょう。

 

それから再び、静寂のときが浜辺に満ちました。新月のおかげでよく見える星々のきらめきが、打ち寄せる波に混じって静かに木霊しました。昼間は焦がれるように熱い砂浜も、今は夜の冷気を吸って私の体を涼しく包みます。それが心地よく、自然と私は、歌を口ずさんでいました。小さい頃、母が教えてくれた、海の歌です。

 

未だに心のもやが晴れているわけではありません。けれどもここ数日の重苦しい心持は、半分くらいには軽くなっていました。私が歌を歌う時は、大抵楽しいときだから。

 

三十分ほどそうしていたでしょうか、私が髪を揺らすそよ風に眠気を誘われ始めた頃合で、彼はゆっくりと体を起こしました。

 

「そろそろ、戻らなきゃな」

 

「・・・そう、ですね」

 

少し、ほんの少し、名残惜しい気もします。こうして彼と静かに過ごせた時間は、久しぶりの安らぎを与えてくれました。もっとこうしていたい、でも、それは私のわがままですよね。

 

「大和?」

 

「・・・あ、すみません。海を見ていて」

 

制服を整えて立ち上がった彼が、私の顔を覗き込みました。ぼーっとしてしまっていた私は、ほんのり頬の熱くなるのを感じます。

 

「・・・もう少し、ここに残っていてもいいですか?」

 

「かまわないが・・・大丈夫か?」

 

「はい、大和はもう、大丈夫です」

 

彼はまじまじと私を見つめて、そっと微笑みました。

 

「わかった。俺から寮母さんには伝えておくよ」

 

「ありがとうございます」

 

それだけ残して、彼は砂を踏みしめ鎮守府に歩き始めました。その背に、私は一言だけ、私情を含んだ言葉を送りました。

 

「提督。あなたのことも、大和が守ってみせます」

 

「・・・そうか」

 

かすかに照れたような素振りを見せた彼は、軽く手を上げて、浜辺を後にしました。一人残された私は、膝を抱えるようにして砂の上から夜の海上を眺めます。星の白光に照らされ、波間の揺らぎにきらめく夜が、優しく、それでもどこか突き放すように、私の心を迎えてくれていました。

 

 

 

「さて、そこで何してるのかな、吹雪」

 

「・・・やっぱり、ばれてました?」

 

「心配して付いてきてくれたのはわかるけど、風邪を引いたら元も子もないよ?」

 

「だ、大丈夫ですこれくら・・・ふっくしゅっ」

 

「あー・・・。間宮さんのところで、ココアでも飲んでいく?」

 

「はい・・・すみません・・・」




こんな感じですが、どうなんですかね。

まだまだ出してない設定とかありますが、まあその辺は追々。

次回更新も頑張りますので、はい。

七駆の水着グラが素晴らしすぎてつらい。ぼのたんの胸がなさ過ぎてつらい。

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