艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

2 / 52
めちゃくちゃ遅くなってしまった・・・

新年明けましておめでとうございます。

どうぞ、よろしくお願いいたします。


深海から

“奴ら”とは何か。

 

数年前、まだ“奴ら”が現れたばかりで、その名称すら決まっていなかった頃、この手の質問を幾度と無く聞いてきた。政府高官、自衛隊幕僚、新聞記者、果ては公演を聞きに来ていた学生まで、ありとあらゆる人間に同じ様なことを聞かれた。

 

“奴ら”はいつから地球にいたのか。生態や生息域はどうなっているのか。そもそも生命体なのか。

 

なぜ、人類を襲うのか。

 

僕はその人間の立場や重要度を勘定に入れながら、持っている情報を可能な限り多く伝えた。だがもしも、投げられた全ての疑問に対してより正確で適当な答えを返せるとしたら。それは「わからない」というのが、一番真実に近い気がした。ただ、当時の状況が政府や自衛隊に無知でいることを許さなかっただけだ。

 

人類にとって“奴ら”は正体のわからない、未知の存在だった。それは“奴ら”に『深海棲艦』という名称が与えられた今も、何ら変わっていない。

 

 

電子ロックが解除されて、金属製のドアが動き出した。このドアを越えたところが、この施設の最深部に位置する。

 

先程までの陽気はどこへやら、せっかくののどかな春の日差しも、ここまでドアをくぐる間に届かなくなり、すでに人工的な白い光だけが部屋を照らしている。

 

ドアを開いたユキは、深い紺で統一された制服を今一度確かめて、部屋の中に足を踏み入れた。

 

「おお、時間通り」

 

さすがだな、と言わんばかりの声で、中にいた人物が迎える。ユキと同じ制服を着た二十前後の青年は、狭い部屋の中に受付の様に設置された机の向こう側で、時計を片手に腰掛けている。

 

「おはようございます」

 

ユキとしては、嫌な予感しかしない。目の前の彼は幹部候補生時代からの頼れる先輩であるものの、相方と違っていたずらだの何だのを好む人間だった。ユキ自身も幾度と無く犠牲になったか知れない。よりにもよってこの人が当直とは、朝から全くついていない。

 

「はい、これよろしく」

 

彼はユキの思いなど露知らず、引き出しから書類を二枚取り出して彼女の前に差し出した。大小二枚の申請書には、渡航目的や滞在期間等の記入欄が、本人と責任者のサイン箇所と一緒に並べられている。

 

一応断っておくが、これは決してビザや休暇の申請書ではない。

 

ユキは、二つの書類に手際よく必要事項を記入していく。一分半程で書き上げて、サインを添えて先輩へと手渡した。

 

「お願いします」

 

「おう」

 

受け取った彼は、上からものすごい勢いで読んでいく。ちゃんと読んでいるのか怪しいくらいだったが、そういえば前から本を読むのだけは異様に速い人だった。

 

二枚の書類を十秒とかからずに読破してサインを入れた彼は、ユキにすっと手を差し出した。

 

「OK。じゃ、渡航証を見して」

 

ユキは胸ポケットからパスポートのような見た目のものを取り出して、机の上に置く。先輩はそれを開いて再びサインを書いた。そして判子に手を伸ばしたが、

 

「合言葉は?」

 

唐突に尋ねた。

 

この先輩は。ユキは溜息を吐きたいのを寸でのところで堪えた。

 

「そんなものありませんよね」

 

少し棘を持たせて返したが、この飄々とした先輩に通じる訳も無く、

 

「つれないなあ、ユキは」

 

とカラカラ笑っている。

 

この先輩はこういうノリを突然求めて、反応を楽しんでいる節があるとユキは考えている。ただし、この認識が他人と一致したことは少ない。

 

「つれないとか、そういう問題ではないと思いますが」

 

「いやいや大問題だよ、俺の精神衛生的な意味で」

 

どういう意味ですかなどと一々突っ込むのも馬鹿馬鹿しいと思い、早く通すように促そうとしたが、当の本人は期待の目線でユキを見ている。

 

この先輩は。突っ込まなかったのを後悔して、諦めの溜息を吐く。

 

わかりました。言えばいいんですよね、言えば。事前に吹き込まれた謎の文言を思い出して、若干イラッとしつつ口を開く。

 

「激重プカプカ丸」

 

「はい、OK」

 

とたんに気持ちのいいほどの勢いで判を押した先輩は、満面の笑みで渡航証をユキに手渡した。

 

「ユキも向こうの配属か。うらやましいな」

 

“向こう”というのは、ユキがこれから配属になる場所、統合海軍省総合基地施設『鎮守府』の事を指している。なぜ向こうと呼ばれるかは、早い話が向こうの世界に存在しているからだ。

 

「どうしてですか?」

 

「飯がうまいから」

 

速攻で返ってきた答えに呆れながらも、ユキはふっと笑ってしまった。なんだかんだで憎めない先輩ではあるのだ。

 

「そうですか、ご飯がおいしいですか」

 

「おう、かなり期待していいぞ」

 

彼は薄くはにかむ。この顔も、当分見納めだ。

 

「それではライゾウ先輩、行って参ります」

 

「ん、気をつけてな。アイツと、向こうの皆にもよろしく伝えてくれ」

 

時間だ。これからは、一情報参謀として向こうで働くことになる。

 

先輩に挨拶を終えた時点で、一際大きな機械音と共に最後のドアが開かれた。奥に続くのは新たな部屋ではなく、全てが闇で満たされた漆黒の穴である。ドア一杯に広がった穴の入口が、ユキを飲み込まんとするように、そこにたたずんでいた。

 

ユキは軽い目眩と身震いを感じた。はっきり言って怖い。人間の本能的な暗黒への嫌悪感が、じわじわと発揮されていくのがわかった。

 

「怖いか?」

 

このタイミングで一番聞かれたくないことを、ずけずけと質問してくる。

 

「いえ・・・そんなことは」

 

ゆっくりと歩を進め、穴の前に立つ。微かにだが、闇の先に光が見えた気がする。

 

ユキは後ろを振り返って、強がりに聞こえないように言葉を投げた。

 

「私、こう見えても怪談とか好きなので」

 

口角を上げたユキに合わせて、先輩の口端がつっと釣り上がるのが見えた。

 

「上等だ。行ってこい、ユキ」

 

最後だけ、ほんの少し真面目に聞こえたのは気のせいだろうか。

 

ユキは二回深呼吸をして、それから暗闇に足を踏み入れた。

 

 

「新任の方、ですか」

 

朝の陽が差し込む鎮守府・執務室。桜を散らしたばかりの陽気が心地よい。

 

飲み終わった二つの湯飲みを下げて、吹雪はこの部屋の主に尋ねた。

 

「そう、司令部の情報参謀だ」

 

ありがとう、と律儀にお礼を言った後で、彼は答えた。

 

彼は文字通り、この鎮守府、そして吹雪たち艦娘の指揮官だ。司令官、と吹雪は呼んでいる。

 

「司令官の後輩なんですよね。でも、何で鎮守府の配属なんでしょうか」

 

湯飲みを流しに置いて戻った吹雪は、青を基調とした質素なデザインの執務机に腰掛ける彼に質問する。

 

鎮守府の運営は、基本的に司令官に一任されている。これは開設された当初から変わっていない。上層部の介入を嫌った艦隊司令部が、艦隊に取り込む形で半ば強引に鎮守府の指揮系統を独立させたのだ。そのために、これまでも視察という名目でしか司令部の参謀を受け入れてこなかった。今回のようなパターンは初めてだ。

 

「元々、こっちに誘致はしてたんだ。現状では、情報参謀はこっち側にいてもらった方が何かと都合がいいしね」

 

「どういうことですか?」

 

吹雪も情報参謀の仕事については何も知らされていない。そもそも、こうして秘書艦を務めることが久しぶりだ。普段は赤城や扶桑辺りが務めていることが多い。

 

「ああ、そういえば、まだ情報参謀について説明してなかったか」

 

「はい、あいさつが終わってからと思ってましたが・・・」

 

「簡単に言えば、深海棲艦の情報を収集するのが任務なんだ。鎮守府はその手の情報が早く新しく集まるし、そういう分析に長けてる人がいた方が状況に対処しやすいしね」

 

今回の配属は、その具申を取り入れたものだそうだ。

 

なるほど、と吹雪は思う。深海棲艦が未だに謎の存在である以上、新しい情報に的確に対処できる人物は必要だ。

 

「しかし、まさかアイツが来るとは思わなかったよ。司令部付きになったとは聞いてたけど」

 

「司令官の後輩ということは、かなりお若いですよね。相当優秀な方なんですか?」

 

「優秀っちゃ優秀なんだけど、普段がちょっと抜けてるから、丁度よくバランスが取れてるんだよな」

 

彼はふっと苦笑する。あれは多分思い出し笑いだ。何があったのか気になるので、後で聞いてみようと吹雪は思った。

 

「とりあえず、当分は駆逐艦のみんなと一緒に行動することになると思うから、色々とよろしく頼むよ」

 

「あ、はい。お任せください!」

 

吹雪は両手でガッツポーズを作る。司令官に頼られては、張り切らないはずがない。

 

そんな吹雪の様子を見て、司令官は優しく微笑んだ。ちょっと照れる。

 

「あんまり力み過ぎないようにね」

 

表情に出ていたのだろうか、吹雪は顔が熱くなるのを感じた。

 

しばらく、二人の間に沈黙が流れた。次に口を開いたのは、司令官だった。

 

「しかし・・・この話題、もう三回目だよね」

 

あはは、と吹雪は乾いた笑みを浮かべる。

 

「そうですね・・・」

 

「遅いな。時間を守らないような奴じゃないんだが」

 

何かあったんでしょうか。吹雪が口を開こうとしたところで、執務室のドアがリズムを刻んだ。

 

「提督、長門だ。入るぞ」

 

「どうぞ」

 

ドアを開けて入ってきたのは、引き締まった声色に違わぬ凛々しい表情の艦娘だ。

 

戦艦娘“長門”。現在、姉妹艦と共に鎮守府で最高の火力を誇る彼女は、武人然とした隙のない礼をして入室してきた。その立ち居振る舞いは、駆逐艦娘から絶大な人気を誇るのも頷ける。

 

「おお、吹雪もいたのか。おはよう」

 

「おはようございます!」

 

そしてこのように、どんな相手にも気さくに話しかけられるのも、彼女の魅力だ。

 

「それで、どうした?何かあったのか?」

 

さっきまでと打って変わり、指揮官の顔になった彼が、端的に尋ねる。

 

「そんなに深刻な顔をするな、大した用ではない」

 

そう言って長門は、開け放したままのドアに向って手招きをした。

 

「遅れてすみません!!」

 

入ってきたのは、長めの髪を左側でまとめ、司令官と同じ紺で統一された服装の若い女性だった。司令官よりもいくつか下、二十歳前後であろうか。おそらく、彼女が新任の情報参謀であろう。

 

「どうも鎮守府内で迷子になっていたらしくてな。偶然通りがかった私が、ここまで案内したという訳だ」

 

ああ、なるほど。吹雪としては、大いに納得できた。

 

新しい艦娘が着任すると、最初にするのは鎮守府の案内だ。元学校だった施設を中心に、1キロ以上の幅がある鎮守府はそれだけで迷子になりやすい。そうした地理が、まず最初に教えられることだ。なかでも特に迷いやすいのが、鎮守府とあちらの世界へ通じている施設の間。ここは目立った標識等が一切設けられていない。途中までが一部の艦娘に人気のランニングスポットであることが、幸いといえば幸いか。

 

「そうか。ありがとう、助かったよ」

 

「なに、例には及ばんさ」

 

長門はそう言って、部屋を立ち去ろうとしたが、ドアに手を掛けたところでくるりと振り向いた。黒く艶やかな長髪が揺れる。

 

「そうだ提督、どうせこの後は“旅行”だろう?なんなら、私が案内しよう。丁度演習の監督もなくて暇だったのだ」

 

ちなみに旅行とは、鎮守府の施設案内のことである。

 

「いいのか?・・・うん、それじゃあ、お願いするよ」

 

「心得た。外で待っているから、適当なところで声を掛けてくれ」

 

彼女はそう残して、再び背を向けると退室していった。

 

部屋に残ったのは、耳まで真っ赤にした女性将校と、吹雪、司令官。3メートルほど離れた両者間には、奇妙な沈黙が流れた。

 

こほん、と咳払いをして、まずは司令官が口を開いた。

 

「えーっと、ユキ少佐。貴官の着任を歓迎します」

 

とりあえずいつも通りに着任歓迎の挨拶をする。ユキ少佐も顔を真っ赤にしながら答礼していた。

 

「本日付で鎮守府への配属となりました。以後、よろしくお願いします」

 

そこからまた沈黙。吹雪は身動きが全く取れない状況に置かれていた。

 

「あー、初日から迷子とは、全くもってユキらしい」

 

「言わないでください!!」

 

穴があったら入りたいということわざが身から染み出るような後輩の反応に、ずっと堪えていたであろう堰が決壊した司令官は、腹を抱えたまま立ち上がった。

 

「もういい、堅い話は抜きだ。ようこそ鎮守府へ、ユキ」

 

どういう流れか全く飲み込めない吹雪の前で、二人は握手を交わす。

 

これが、情報参謀ユキの、鎮守府生活の始まりとなった。

 

 

 

「深海棲艦と艦娘については、一通り説明を受けたか?」

 

司令官はユキに尋ねた。ちなみに二人と吹雪の前には、司令官の引っ張り出した作戦台と地図が用意されている。

 

「参謀長から聞きました。司令部の書庫にあったものもいくつか借りて、読んでいます」

 

そう言って彼女は、幾つかの本や書簡を作戦台に置いた。一番上の表紙には『深海棲艦白書 第三改訂版』とある。確か、政府が出している公式書で、司令官も持っていたはずだ。

 

「それなら話は早い。まずはこれを見てくれ」

 

司令官は、作戦台上に広げられた、と言っても実際にはそこに表示されているだけだが、その地図を切り替えた。

 

「これは、こちらの―――通称『鯖世界』の地図だ。見ての通り、地球には存在しない島や、大陸のちょっとしたずれ以外、大きさも国家構成もまったく同じなんだ」

 

バシー島、オリョール海、キス島、リランカ島、サーモン海。司令官は幾つかの地名を指差した。

 

「そしてもう一つ、深海棲艦の存在も共通点だ」

 

表示された映像が切り替わる。吹雪にはよく仕組みがわからないが、タッチパネルという技術らしい。

 

「正体不明。生態不明。目的不明。わかっているのは、地球でも『鯖世界』でも、人類の海運を封じる行動をしていること」

 

ですよね、とユキが確認する。作戦台の上には、機械とも生物ともつかぬ怪異の姿が映されていた。

 

深海棲艦―――吹雪たち艦娘が戦う、人類共通の敵と言える存在だ。

 

「そう。その深海棲艦に対抗できるのが、彼女たち艦娘」

 

司令官はそう言って、横にいた吹雪の肩に手を置く。手から伝わる感触は、吹雪には信頼のように、心地よく感じられた。

 

「ただし、彼女たちが戦うに当たってはいくつか制限が掛かる。だから、彼女たちが万全の状態で戦えるように、俺たちと工廠部がサポートをする」

 

艦娘であることには、制限が多い。それは戦う時にも同じだ。妖精さんの力を借りて戦っている以上、避けることは出来ない。

 

「こちらの世界で深海棲艦を撃破し、海域を抑えると同様に地球の該当海域からも深海棲艦が撤退することがわかっている。これを利用し、シーレーンを確保しつつ、現在音信不通状態にある諸外国と連携を図るのが、当面の目的だ」

 

再び地図に戻された画面に、現在確保している海域が色で塗られて示された。これまでの約一年間で、吹雪たちが確保してきた人類の海運網だ。最低限、民間とこれからの戦闘行動に支障がないだけの資源を得ることの出来る南西諸島の資源地帯と繋がれている。もっとも、この航路も絶対に安全とは言えない。時には深海棲艦の通商破壊部隊が侵入し、輸送船団を襲うこともある。これを守るのも、艦娘の仕事だ。

 

「まあ、難しい話は抜きだ。まずはこの鎮守府の生活に慣れることと、艦娘のみんなのことを知ること。これを第一の任務として欲しい」

 

司令官はユキをまっすぐに見据えてうっすらと笑んだ。

 

「ユキなら心配要らないだろうけど」

 

「はい、頑張ります」

 

「それと、こちらの吹雪は、うちで最古参の娘だ。駆逐艦の筆頭でもあるし、何かあったら色々聞いてみるといい。多分、俺よりもうちの艦隊のことはわかってくれてる」

 

「どうぞよろしくお願いします!」

 

これで一通りの挨拶は済んだ。

 

「諸々は昼食でも取りながら話そう。今は旅行を楽しんでおいで」

 

そういうことになり、ユキは長門に連れられて鎮守府旅行へ出掛けて行った。

 

執務室に残された吹雪は、ふと天井を見上げて呟いた。

 

「・・・これ、わたしいりましたか?」

 

「えっと・・・うん、必要だったと思うよ」

 

司令官は曖昧に流して、執務に戻った。




吹雪は・・・いた意味あるよ・・・うん。

ほら、吹雪がいると和むって言うか・・・

とにかく必要だったの!異論は認めません。

駄文ですみませんでした。

感想お待ちしています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。