今回は短くできた
次回以降への振りということで、この辺で
どうぞよろしくお願いします
タモン少将
鎮守府付き航空乙参謀。元は戦闘機乗り。高い戦術眼を買われ、ジサブロウ少将と共に、対深海棲艦機動部隊戦術の研究を行う。
本来アマノイワトを通過できないが、アメノウズメを服用することで、地球と鯖世界を行き来する。
ジサブロウ少将
鎮守府付き航空甲参謀。タモンの二期先輩。対深海棲艦機動部隊戦術、特に防空戦術について研究、電探や防空回廊を用いた新戦術を発案している。
直接鎮守府を訪れることは少ないが、瑞鶴とは個人的に文通している模様。
マトメ少将
鎮守府参謀長。イソロク中将と行動を共にしているため、鎮守府を訪れたことはない。
表情を全く出さない人物であり、何を考えているのかよくわからない。そのため、いらぬ誤解を生みやすい。
ジンイチ二佐(当時)
統合海軍推薦の“提督”最適任者。元は潜水艦「しょうかく」艦長。
開設前の鎮守府や工廠の運用に携わっていたが、吹雪型一番艦の艤装着工時に行方不明となる。現在まで、その所在は掴めていない。
◇
天気は快晴だ。夏も終わりに近いとはいえ、まだまだ日差しは強く、油断すると肌を焼いてしまうことになる。照り返しも激しいため、甲板の金属部分はできれば近寄りたくない気分だ。とはいえ、風と潮に晒されている手すりはほどよく温度が下がり、触れても特に問題はなかった。
ゆっくりと海上を進む艦娘母艦“呉”の甲板の端で、吹雪は大きく息を吸い込み、お天道様に向かって伸びをした。降ろした手を手すりに乗せ、体を前のめりにする。いつも嗅いでいる、海の臭いがした。
辺りには、同じようにしている艦娘がちらほらいる。同じ隊で固まっている娘もいれば、普段はあまり見ないような組み合わせでしゃべっている娘もいた。
「吹雪ちゃんも、甲板でしたか」
海を眺めていた吹雪に、背後から声が掛けられた。柔らかい物腰に、深窓の令嬢を彷彿とさせる気品に満ちた声音。日傘を差して近付く影は、長い髪を頭の高い位置で一つに纏めていた。桜の花びらが、アクセントに散りばめられている。
吹雪の横に立った大和も、息を吸った。呼吸に合わせて、その超弩級の胸が上下する。
「艦娘母艦に乗るのって久しぶりなんです。艦内はドックとか工廠とかで手狭ですし、どうしても外で息を吸いたくなってしまって」
「ふふっ、同じですね。これだけ大きな船ですから、もっと艦内に余裕があるのかと思ってました」
「あはは、やっぱりそう思っちゃいますよね」
二人で苦笑してしまった。
艦娘母艦―――特に“呉”は、全長一八三メートル、排水量一万千トンと、かなりの巨躯を誇る。艦内にもそれなりにスペースはありそうなものだが、意外とギリギリなのだ。何せコンセプトは、「洋上の鎮守府」。鎮守府の機能を可能な限り詰め込んだ“呉”は、四つの修復施設と艤装調整室、鎮守府全員分の艤装が格納できる艤装格納庫、艦隊指揮設備に五海戦分の燃弾庫。これに艦娘と各部員の兵員室、食堂、簡易娯楽施設などが準備され、艦内は一杯一杯だ。
「十一駆のみんなは警備ですか?」
「はい。白雪ちゃんは待機組で、初雪ちゃんと深雪ちゃんはあそこに」
そう言って吹雪は、海上を指差す。艦娘母艦と並行して、周囲に警戒する二人の駆逐艦娘が見えた。なびくセーラー服から、吹雪型だとわかる。
「初雪ちゃーん、深雪ちゃーん!」
大声で叫ぶと、吹雪は元気一杯に手を振った。こちらに気づいたのか、二人の駆逐艦娘もこちらを振り向き、手を振る。大和はそれを、微笑ましく見守っていた。
「駆逐艦の皆は、とても仲がいいんですね」
「そうですねー。やっぱり、隊で固まってることが多いですから。わたしたちは、一人では何もできないので」
―――「吹雪しか、いないと思ってた」
司令官からの言葉を、吹雪は思い出していた。あれはきっと、大和のことだったと、今は思っている。公試時からずっと随伴艦を務めてきた吹雪が、初実戦となる大和の直衛として最適任だと。
演習時の一件以来、大和の艤装使用は、通常訓練も含めて極めて慎重に行われてきた。数日置きに装着しては、様子を見る。航行から始め、砲撃、対空、演習まで持っていく。
その結果、航空機を確認した際に艤装が過剰反応を示し、大和本人の精神に介入していることがわかった。これを受けて、工廠部はいくらかの改善を施し、症状の鎮静に勤めている。また、大和が精神的に安定したこともあって、症状は日に日に弱くなっていた。それでも油断できないが、北方海域の決戦に際して投入が決定した。そこには、大和の強い要望もあったという。
いつかの、司令官の言葉が原因かどうかはわからない。ただ、あの一件以来、大和が持ち直しているのは事実だ。
―――司令官の分まで、わたしが大和さんを守らないと。
改めて決心した吹雪は、掴んでいた手すりにかける力を強める。
“呉”の幌筵入港は二日先だ。
◇
「大盤振る舞いだな・・・」
入港した新戦力を確認したライゾウは、呆れとも感嘆ともつかない声を上げた。
「戦艦三に、空母四、駆逐八、か・・・。鎮守府の戦力ほぼ全部じゃねえか、大丈夫なのか・・・?」
「大丈夫でですよ、多分」
同じく書類をめくっていたユキも、目を見張っていた。
「多分って・・・お前が言うと一気に不安になるからやめてくれよ・・・」
「それじゃあ、先輩はしゃべる度に不安になるので、二度としゃべらないでくださいね」
「お前って俺に対して容赦ないよね」
ひどいことを言う後輩に対して、ひらひら手を振ってから、ライゾウは作戦室へと移った。
作戦室は広くなっていた。というのも、艦娘母艦“呉”の入港をもって、前線指揮を“幌筵”から移管したからだ。
本来“呉”の派遣は予定されていなかったのだが、とある理由で最前線に投入することが決まった。そして入れ替わりに、“幌筵”は損傷の激しい艦娘を鎮守府へと運ぶことになる。
“呉”が投入された理由は、大和の艤装を扱うためだ。従来の艦娘の艤装を遥かに凌ぐ大きさを誇る大和型の艤装は、現在は“呉”の工廠施設でしか扱うことができない。よって大和の全線投入と同時に“呉”もまた、幌筵にやってきたのだ。
大型客船改造とはいえ、“呉”は洋上の鎮守府たらんと設計された船だ。作戦室も充実している。通信機器も強化され、六個艦隊は同時に運用が可能だ。漸減戦を展開しつつ、艦隊決戦が行える規模だ。艦内スペースも“幌筵”より広く、応急修理程度なら同時に十隻は可能となる。
“幌筵”では紙だった海図も、電子パネル製だ。拡大、縮小の容易なこちらの方が使い勝手はいい。まあ、ライゾウ個人としては、たまに紙の海図が恋しくなるのだが。
「まず、漸減作戦の成果だが・・・」
それまでの報告内容をまとめたデータが、大きな海図台の一角に映された。確認した撃破数と、航空偵察によって判明した敵艦隊の配置が、キス島周辺の海図に反映される。
「四日前から実施している夜襲の成果です。キス島周辺に展開していた早期警戒部隊に、かなりのダメージを与えています」
当初、キス島周辺には四つの敵前衛部隊が存在した。第一次攻勢では、これらの警戒部隊を叩くことで敵主力を誘引し、キス島近海で艦隊戦を展開している。
その後は第二次攻勢に備えて、この警戒部隊に対する夜襲が行われていた。目的は明白で、警戒部隊を手薄にすることを恐れた敵主力に、前衛を強化させることだ。結果として、主力の護衛艦を削ることになる。
むろん、敵艦隊がキス島の包囲を諦め、前線を引き下げることも懸念された。しかしユキは、過去の深海棲艦の行動からその可能性は低いと見ていた。
深海棲艦の行動原理は単純だ。作戦の完遂、これだけである。ただしこれは、作戦を指揮する侵攻中枢艦隊の旗艦だけが持つロジックのようで、それ以外の深海棲艦については、その指示に従っているだけだと思われる。証拠に、旗艦を撃沈することで深海棲艦はその行動原理を失い、撤退を始める。
結果として、ユキの予測は当たった。深海棲艦は前線を下げずに、より強力な部隊を警戒艦隊に回したのだ。
現在キス島周辺には、重巡洋艦二隻を中心とした艦隊が三つ展開していた。後方に控える主力部隊へ一撃を加えるには、この艦隊を排除して進まなければならない。
「結果として、早期警戒部隊は増強されていますが・・・?」
「代わりに主力の守りは薄くなっただろ?」
「まあ・・・その通りです」
ライゾウは大きく頷いた。
「“呉”のおかげで六個艦隊を動かせるようになったんだ。これを最大限に生かそう」
◇
“呉”に、各艦娘の艤装移し替えが終わった。現在“幌筵”には、大破損傷して現地修復不能と判断された艦娘の艤装が、鎮守府への輸送のために乗せられているだけだ。
「そんなに心配しないでください。私は大丈夫ですから」
これから出港する“幌筵”の前で、赤城は加賀を見送っていた。頭に包帯を巻いた加賀は、赤城に答える。
「なら、いいです」
彼女は元気そうだ。こういうところで、無理をするような艦娘じゃない。ずっと一緒に戦ってきた赤城にはわかった。
「一足先に帰ります。急いで帰らないと、出撃手当の間宮羊羹を食べてしまいますので」
「それは大変です」
赤城は、ことさら大げさに笑った。
「・・・それでは、また」
「・・・ええ」
どちらからともなく話を切り上げて、手を上げる。踵を返した加賀は、ゆっくりとタラップを登ろうとした。
「加賀さん!」
不意に、背後から声がした。加賀が珍しく目を見開いたのを見て、赤城も振り返る。こちらへ全力疾走してくる艦娘の姿が見えた。
「瑞鶴・・・」
加賀が小声でつぶやく。余程必死に走ったのか、赤城の横で止まった彼女はそこで膝に手をついて、ゼーゼーと言っている。やがて深呼吸の後、汗を拭いて顔を上げた。
「えっと・・・」
何を言うべきか迷っている様子の後輩を、二人の先輩は優しい眼差しで待ち続けた。
「・・・私、やります」
最後に出てきたのは、短い一言。言葉以上に、決意と信念をにじませた「やります」だった。
「そう」
瑞鶴の宣言に二回ほど瞬きした加賀はいつも通りに―――努めて冷静な先輩の顔で頷いた。
「頼んだわ」
出港を告げる汽笛が、辺りに響いた。
*
幌筵の地を去っていく艦娘母艦を、長門は静かに見送っていた。陸奥には会っていない。今会ってしまえば、弱音を吐きそうだったから。優しい姉妹艦は、きっと長門を抱きしめて慰めてくれるから。その時自分は、戦うことが怖くなってしまうから。
長門が、戦艦の筆頭なのだ。今、自分が取り乱すわけにはいかない。今回は大和もいるのだから。安定しているとは言えない彼女を、不安にしてはいけない。
―――だから、待っていてくれ陸奥。
水平線に向けて小さくなる艦影を見つめる。外套を羽織った胸元を、右手で握りしめた。
今の長門には、それが精一杯だ。
未練を残さず、回れ右をして“呉”の艦内へ戻る。
第二次攻勢の開始は近い。
これから北方作戦も大詰めとなります
思えばここまで長くなるとは思わずに・・・
後二、三話でまとめます。まとまるといいなあ・・・(終わるとは言っていない)