北方海域の戦いも、いよいよ大詰めとなりました。今回も張り切ってまいりましょう
今回は機動部隊編。ようやく、ようやく赤城さんが活躍できる・・・!
どうぞよろしくお願いします
始めまして。
まず初めに、この手紙は、君以外の誰にも見せないでほしい。特に、リュウノスケ大佐には。
この手紙に同封されている報告書の内容を、信じる信じないは、君の自由だ。ただしここに記されていることは、実際に私の確認したこと、とだけ言っておこう。
なぜ、こんな形で知らせたか。それは私が、今このことを知らせることのできる場所にいるからだ。ただ、早急に知らせる必要が生じた。よってこのような方法を取らせてもらった。
なぜ、君だったか。鎮守府において、艦娘の中でこの情報を十二分に理解し、適切に扱ってくれるのは君だと判断した。
どうしてほしいか。いずれ必要になったとき、ここに書かれていることを実行するかは、君の判断に任せる。ただし、細心の注意を払ってほしい。
最後に、いずれ時が来れば、この事実は私が直接リュウノスケ大佐に伝える。どうかその時まで、彼と艦娘を守ってほしい。
では、またいずれ。必ず会おう。
◇
「これで二杯!!」
たった今、自らの砲撃で沈んでいく敵重巡洋艦を確認して、摩耶はガッツポーズをとる。本日二隻目の戦果だ。
北方海域、キス島沖。摩耶の所属する第二艦隊は、現在二つの艦隊をもって敵前衛の撃破を行っていた。キス島を守るように配置された敵艦隊を叩き、AL列島深部に居座る敵主力艦隊をおびき出すためだ。
ここ最近は、夜間の一撃離脱攻撃だけで、面白みが全くなかった。だが今回は、白昼堂々敵艦隊と渡り合える。これほど嬉しいこともない。早々に敵警戒部隊を片づけた摩耶は、辺りを見回して、僚艦の位置を確認した。
『ちょっと摩耶!前出過ぎだってば!』
同じ第二制圧艦隊―――二制艦の妹艦が、強い口調でたしなめた。
「んだよー、ちょっとぐらいいいじゃんかよ」
『摩耶の場合はちょっとじゃないでしょ』
小言が多いが、真面目な妹なのだ。それに、摩耶のことを心配してくれているのもわかる。
「仕方ないだろ。あたしとしては、後のために鳥海を前には出したくないし」
摩耶は言い訳がましく答える。現在鳥海には、後で―――撤退時に使用する“特殊な”兵装が搭載されているのだ。
『だからって、旗艦が前に出過ぎちゃダメでしょ』
「へいへい」
そう。今この艦隊を率いているのは、摩耶なのだ。
現在第二艦隊で稼働可能な重巡は摩耶含めて六隻。うち四隻が、前衛として展開していた。ここに軽巡と駆逐艦を加えて二個艦隊をなしている。摩耶の率いている艦隊には、鳥海、球磨、朝潮、満潮、綾波が配属されていた。
摩耶は、鳥海を撤退支援に徹すると決め、綾波を付けてあまり積極的に戦闘に参加させないことにした。重巡洋艦とやりあってやられるような妹艦ではないが、搭載している特殊兵装が損傷しては事なので、このような判断に至ったのだ。
『もう・・・。摩耶がやられたら、姉さんたちになんて言ったらいいのよ』
「お前はあたしの保護者かよ・・・」
あまりの心配っぷりに、摩耶は呆れを交えて言葉を返した。
『違うの?』
さも当然のような答えに、ガクッと肩を落とす。
「可愛くねえ妹だな・・・」
『よ、余計なお世話よ』
拗ねた口調に、苦笑する。
「ま、あたしらがしっかり守るからよ。心配すんなって」
『・・・わかったわよ』
若干不服そうではあるが、なんとか納得してくれたみたいだ。真面目ゆえに面倒なところがあるやつだが、こういうところが可愛い・・・と、思わないこともない。
「引き続き周囲を警戒。特に航空機に気を付けろ」
命令を発した摩耶は、陣形を整えながら自らも周囲に目を配る。
そろそろ、こちらの主力艦隊が出てくるはずだ。
*
「始まったか」
単縦陣の先頭を進んでいた那智は、頭上を通過していく明灰白色の腹を持つ猛禽たちを見つめた。腹に爆弾や魚雷を抱えたジュラルミン製の鳥たちは、自らの獲物を求めて洋上を進んでいた。翼に描かれた赤い丸が印象的だ。
始まったのは、第三艦隊から加わった千代田、飛鷹、隼鷹の航空攻撃だった。那智と摩耶がそれぞれ率いる艦隊の後ろに展開する彼女たちが、キス島周辺の敵艦隊に空襲を開始したのだ。
キス島沖に展開しているのは、四個警戒艦隊だった。このうち最も前に出ていた二つを、第二艦隊が叩いている。そして残った二つに対して、航空攻撃が実施されたのだった。
幸い、キス島周辺の敵艦隊は早期警戒隊であり、空母を含んでいなかった。進発した攻撃隊は、特に妨害を受けることなく目標を目指す。零戦十二機、“紫電”改二六機、“天山”二十四機、“彗星”三十機。軽空母とはいえ、三隻の機動部隊から放たれた攻撃隊としては少なめだ。これがさらに二つに分かれ、二個の敵艦隊に襲い掛かる算段だ。
「・・・そろそろ頃合だな。一制艦(第一制圧艦隊)転針一八○度。撤退する」
攻撃隊を見送った那智は、当初の予定通り撤退に移ることを下令した。
『ええー、もう終わりなの?』
不満げな声を漏らしたのは、同じ艦隊に所属する妙高型の三番艦“足柄”だ。作戦中にもかかわらず普段と全く変わりのない姉妹艦に、苦笑しか出てこない。
「撤退だ。それに我々の出番は、これからだぞ」
『それは・・・そうだけれど』
むむむ、と唸っている。足柄は自他ともに認める武闘派で、目の前に敵艦がいるのに撤退するという判断が納得いかないのだろう。那智ではなく彼女が旗艦だったら、間違いなく突撃していきそうだ。
「とにかく戻るぞ。すぐに来る」
『はーい』
おそらく、あまり時間はない。警戒艦隊が空襲を受けたとすれば、敵主力艦隊が出てくるはずだ。多分、機動部隊が。残存の敵機動部隊は二つ。軽空母部隊と主力機動部隊だ。どっちかが食いついてくる。それから千代田たちを守るのが摩耶たちの艦隊の役目、撤退する主力を援護するのが那智たちの艦隊の役目。
そのために、今は千代田たちの防空圏内に退避しなければならない。
転針した那智たちは、陣形を維持したまま千代田たちの防空圏内を目指す。まもなく、攻撃隊からト連送が発信された。
◇
「対空戦闘用意!」
輪形陣を形成する艦娘たちの先頭に立って、摩耶は大音声で叫んだ。三人の軽空母艦娘と鳥海を囲むようにして作られた輪形陣の各所から、応答が来る。
摩耶たちが敵の偵察機に捕捉されたのは、千代田率いる第三制圧艦隊―――三制艦と合流する直前だった。すぐさま陣形を整えた摩耶たちは、直掩機の発艦を行いつつ、二式艦偵を用いた早期警戒網の構築に努めた。現在は、飛鷹と隼鷹が攻撃隊の収容を終えたところだ。今回、千代田には攻撃機が積まれていない。
「飛鷹と隼鷹は直掩機の準備を!第二次攻撃以降で使う!」
『了解。二十分で終わらせるから、何とかこれは凌いで!』
「任せとけ」
飛鷹の要請に力強く答える。それから摩耶は、上空に展開する千代田の戦闘機隊を見つめた。
零戦十五機、“紫電”改二十八機の計三十三機が、上空直掩についている。この他、早期警戒機として二式艦偵四機が艦隊前方に配置されていた。そのうちの一機が、敵攻撃隊の接近を知らせたのだ。
摩耶の二一号電探にはまだ何も反応がない。それでもひしひしと、敵攻撃隊が接近してくるのを感じていた。
「艤装展開」
摩耶が口頭で指示を出すと、腰のホルスターが眩い光を放ち、格納されていた艤装を展開し始めた。それまで使っていた魚雷とは違う。現在摩耶だけが使用を許された、特殊兵装だ。
巡洋艦用高角砲台。四○口径一二・七サンチ連装高角砲を四基、二五ミリ機銃多数、九四式高射装置二基を装備したこの特殊艤装は、現在開発中の秋月型防空駆逐艦の艤装テストベッドとして開発されたものだ。安定した対空射撃を実現するために戦艦型に近い艤装形状となり、丁度摩耶の腰回りを囲むようになっている。艦隊防空にはもってこいだ。
本当はもう少し性能の良い対空電探があるといいのだが、ないものをねだっても仕方がない。
『敵編隊接近。距離四○○(四万)』
千代田が二式艦偵からの情報を伝える。艦隊全員が、雲量三の空を睨んだ。
やがてゴマ粒ほどの小さな点の集まりが見え始めた。数は多い。概算で百は下らないだろう。高度は四千といったところか。
「千代田!」
『艦戦隊、突撃!』
摩耶の指示に呼応して、千代田が艦戦隊を突撃させる。高度六千で待機していた“紫電”と零戦が一斉に翼を翻し、攻撃機に襲い掛かる。
先手は“紫電”隊だ。零戦よりもがっしりとした機影が急降下すると、二○ミリ機銃を浴びせかける。機体構造が頑丈で、急降下による高い力にも耐えることのできる“紫電”だからこそできる攻撃だ。元が局戦―――邀撃機であるために、こうした一航過での攻撃もお手の物である。
深海棲艦戦闘機が気づいた時には、すでに“紫電”は編隊の下に抜けている。九機の攻撃機が一時に火だるまとなり、ほぼ同数が何らかの損傷を受けて落伍しかかっていた。
当然、敵戦闘機は“紫電”隊に襲い掛かろうとした。が、後から襲い掛かった零戦がそれを妨害する。“紫電”に劣るとはいえ、二○ミリ機銃の威力は絶大だ。それに乱戦となれば、格闘性能の高い零戦の方が“紫電”よりも優れている。二機一組を崩さないように敵戦闘機を翻弄し、一連射を浴びせかけて撃墜する。倍近い敵戦闘機隊を、巧みに誘引し、攻撃機から引き離した。そのすきに、“紫電”が第二撃を浴びせかける。
それでも、敵編隊は進撃をやめない。迎撃を受けながらもじりじりとこちらへ迫り、攻撃点への到達を目指していた。
『距離二○○!』
「一○○より対空射撃!射撃は雷撃機を優先!」
摩耶の号令と共に、輪形陣の各艦が高角砲に仰角をかける。由良と阿武隈は主砲を一四サンチ砲から一二・七サンチ砲に換装しており、いくらか対空射撃能力も向上していた。
「直掩隊は退避!」
対空砲の射程圏内へ迫りつつある味方機の退避を、千代田に命じる。執拗に敵機に追いすがっていた戦闘機隊が一斉に散開した。次の瞬間。
「撃ち方、始めっ!」
摩耶の号令一下、すべての高角砲が火を噴いた。摩耶は両腕の二○・三サンチ砲も振り立て、零式弾を発射する。濃密な弾幕が、戦闘機の洗礼を生き残った攻撃機へ襲い掛かる。真っ黒い花が次々と開いて、鋭い断片と衝撃波を周囲に振りまいた。これに絡め取られた敵機が、黒煙を噴き上げ、あるいは錐揉みとなって落ちていく。正面で高角砲弾が炸裂した敵機は、勢いを失ってそのまま水柱を上げた。
敵編隊が二手に分かれた。半分は高度を下げ、もう半分は上昇していく。前者が雷撃機、後者が急降下爆撃機だ。先の指示通り、輪形陣各艦は高角砲の仰角を下げ、右舷方向からの侵入を試みる雷撃機に弾幕を集中した。
「千代田、爆撃機の方は!?」
『ごめん、ちょっと厳しいかも。第一陣は回避をお願い!』
「聞いたな?各艦弾幕を形成しつつ、各自の判断で回避!」
千代田戦闘機隊が、敵戦闘機とドッグファイトを繰り広げながら、なんとか艦隊上空へ戻ろうと試みる。ただ敵戦闘機も必死でそれを妨害しようとするため、まだしばらくはかかりそうだ。
超低空をまっすぐにこちらへ迫る雷撃機に射撃を集める。こちらの方が、ほぼ真上から落ちてくる降爆よりも狙いやすい。それに急降下爆撃では、余程当たり所が悪くない限り、沈むことはない。
由良の砲弾が二機をまとめて捉え、海面に叩き落す。
摩耶の零式弾が掠った敵機がバランスを崩し、そのまま弾幕に突っ込む。
高角砲弾のサンドイッチになった敵機が、推力を失って波間に消える。
断片をまともに浴びて黒煙を噴き上げ、海面に激突する敵機もいる。
元々“紫電”隊によって数を減じていた雷撃機は、目標の限定によって密度を増した弾幕に絡め取られ、すでに十数機になっていた。
対空砲火が、高角砲から機銃に変わる。二五ミリの弾丸が、正に横殴りの暴風雨となって襲い掛かった。何百本という曳光弾が伸び、雷撃進路への侵入を阻む。それでも敵機は、確実にこちらへ迫ってきていた。
摩耶は上空も確認する。妨害を受けることなく侵入した降爆隊の第一陣が、今まさに急降下をしようとしている。
―――タイミングが肝心だ。
ぎりぎりまで弾幕を張り、最低限の回避運動で躱す。そのためのタイミングを、電探と時々の目視で図り続ける。
しびれを切らしたのか、降爆機が翼を翻し、左舷側からこちらへ急降下を始めた。雷撃と挟み撃ちにするつもりだ。
―――まだ・・・まだ・・・!まだ・・・今だ!
「撃ち方やめ、各艦回避運動!」
摩耶は転舵を決意する。それまでの喧騒が嘘のように射弾の雨がやみ、輪形陣の各艦が機関をうならせて回避運動に入る。
申し合わせたように、全艦が一斉に左へ舵を切った。降爆機の軸線の真下へ入り込む形だ。
『魚雷投下!』
最後尾の由良が確認した。数瞬の後、上空の降爆機も投弾する。ダイブブレーキの音が甲高く響いた。
艦隊の上空を、降爆機と雷撃機がフライパスする。
各艦の周囲に、水柱が立ち上った。一発、二発、摩耶を狙っていたのか、至近に瀑布が次々と噴き上がり、制服を濡らした。
弾着は十数発で終わる。至近弾はあったものの、各艦被弾はなく、大した被害もなかった。それもそのはず、そもそも急降下爆撃の回避を目的として舵を切ったのだから。
問題は後ろから迫る影―――雷撃だ。正対面積は最小だが、もし今被雷すれば、艤装後部に集中する推進器を一時に失う可能性が高い。それに相対速度が小さいため、魚雷が通過するまでが長いのだ。それまで、彼女たちは前進するしかない。
『戦闘機隊、邀撃始めて!』
ようやく追いついた千代田の戦闘機隊が、追いすがる敵機を振り払いながら、上空で時宜を伺う降爆機に射撃を浴びせかけた。が、弾幕は薄い。最初の襲撃と、その後の敵戦闘機との戦いで二○ミリ弾をほとんど使いきってしまったのだろう。
「高角砲、撃ち方始め!」
苦し紛れだが、ないよりはましだ。回避運動によって崩れた輪形陣では、効果的な射撃は望めない。それでも投弾コースを逸らすぐらいはできるはずだ。
高角砲弾が咲き乱れる中、まるで花畑を突っ切るように降爆機が落ちてくる。ダイブブレーキを響かせ、こちらへ狙いをつけながら刻一刻と迫っていた。
―――間に合わない・・・!!
弾幕を張りながら、摩耶は覚悟した。
敵機が引き起こしをかけ、こちらの頭上を通過していく。それを見送る間もなく、敵弾が降り注ぎ始めた。
一発、二発。各艦の左舷に、あるいは右舷に落ちる。
四発、五発。水柱が、段々と近づいてくる。
六度目の水柱が噴き上がった時だ。それまでと明らかに違う、おどろおどろしい炸裂音が轟いた。
『きゃっ・・・!』
悲鳴が混じる。それからも弾着のたびに、輪形陣のどこかで悲鳴が上がった。
合計十五発が降り注いだところで、降爆隊の投弾は追わった。攻撃隊は大きく数を減じていたものの、小さな編隊を組んで、敵機動部隊の方へ戻っていく。その姿を、摩耶は憎々しげに見つめていた。
『後方の魚雷、なおも接近!』
まだだ。先の魚雷は、まだ海中をこちらに向かって進んできていた。
「由良、朝潮!爆雷で牽制!」
摩耶はとっさに判断する。
魚雷というのは、非常に精密な機械だ。ちょっとした衝撃を受けるだけで針路を狂わせ、あるいは暴発する。その点は、艦娘も深海棲艦も変わりなかった。
魚雷のイレギュラーな回避方法として、爆雷による妨害を摩耶に教えてくれたのは、鎮守府最古参の軽巡洋艦だった。隻眼の姉御は、ジュース片手に水雷戦について説明してくれた。
いわく、爆雷は衝撃波によって潜水艦を撃沈する兵器である。その衝撃波が、擬似的な海中の壁となり、魚雷を狂わせる。
『よく狙って!てぇーっ!』
由良と朝潮が次々と爆雷を投射する。連続した爆発が起こり、巨大な瀑布が生じる。どの程度効果があるかはわからないが、少しでも魚雷の進路が変わればそれでいい。
爆雷を投射した由良が、後方を確認する。
『魚雷、針路それました!』
「よし!」
小さくガッツポーズをする。これで、当面の危機は去った。陣形を整える指示を出して、輪形陣を再構築する。
「被害報告!」
『飛鷹、被弾三。航空機発着艦能力喪失』
『球磨、被弾一。高角砲がやられたクマ』
『千代田、被弾一。大丈夫、まだ発着艦はできる』
『朝潮、至近弾二。損傷軽微です』
それ以上の被害はなかった。
摩耶は奥歯を噛みしめる。飛鷹被弾は痛い。これでこちらの航空戦力は、三分の一を損失したことになる。
起きたことは仕方がない。今備えるべきは、次の攻撃を防ぐことだ。
「千代田は、戦闘機隊の回収と燃弾補給急げ。隼鷹は直掩隊発艦」
『了解。艦載機隊、発艦準備!』
艦隊は、輪形陣維持のまま針路を風上に向ける。やがて隼鷹が巻物状の飛行甲板を広げると、式神が艦載機となって駆けていった。十八機の零戦と“紫電”が、艦隊の直掩任務に就く。逆に千代田の戦闘機隊がからくりを思わせる大きな箱型の飛行甲板に降り立ち、燃弾補給に入った。
その様子を見守る摩耶は、ここから少し南に離れた海域のことを思う。
―――頼んだぜ。
ここが、摩耶たちの正念場だった。
◇
『索敵機より入電!敵軽空母部隊見ゆ!』
瑞鶴から放たれた二式艦偵が、ついに敵機動部隊を発見した。報告を受けた赤城は、はやる気持ちを無理に押し付け、さらに詳しい情報を待つ。瑞鶴の報告は続いた。
『軽母三、軽巡一、駆逐二!キス島より、東北東へ十海里!』
間違いない。事前索敵で報告のあった機動部隊のうち、軽空母を主体とした部隊だ。現在は、二制艦と三制艦の混成部隊を襲撃している。
『あ、追加!敵艦隊は艦載機を回収中の模様、第二次攻撃の準備中です!』
「三艦隊全艦へ。これより本艦隊は、敵軽空母部隊を攻撃します。予定通り、第一次攻撃隊の準備を」
赤城は即座に決断した。
航空戦は先手必勝とよく言われるが、状況によってはそうとも言えない。先手を打つということは、裏を返せば無傷の敵艦隊から猛烈な反撃を受ける可能性があるということだからだ。だから赤城は、航空戦の要諦は忍耐にあると思っている。目の前の敵にすぐに食いつくのではない。いつ、どのタイミングなら、一撃で確実に喉元を食い破れるか。航空機の損害がそのまま戦力の低下につながる機動部隊にあって、最も大切なのはその一点だった。
無暗に戦力を消耗するようなことがあってはいけない。
今は攻める時だ。今攻撃隊を放てば、その到達は丁度敵艦隊の第二次攻撃隊が二、三制艦に向かっているころだ。つまり最も手薄な時を狙って攻撃できる。
そうと決まれば準備は早い。通常空母で必要な発艦までの手間―――格納庫からの引き出し、甲板への整列、暖機運転、これらをすべてすっ飛ばせるのが、艦娘の強みだ。
上空直掩に赤城、飛龍が六機、翔鶴、瑞鶴が九機の“紫電”改二を残して、全機が飛び立ち、敵艦隊へと向かう。百余機の航空機が整然と翼を並べ、空を征く様は、ある種の美術品のようだ。
『こちら一艦隊。敵戦艦部隊見ゆ。これより交戦す。以上』
攻撃隊を見送ったところで、今回も三艦隊の前面に展開している一艦隊―――砲戦部隊の旗艦“長門”から、短い通信が入った。
―――やはり、今回も・・・。
赤城は弓を握りしめる。前回と同じだ。北方の深海棲艦は、機動部隊の前面に戦艦部隊を配置することで、こちらの水上部隊の接近を阻んでいる。あたかも、こちらの戦術を読んでいたかのように。
―――逆かもしれないわね。
つまり敵戦艦部隊は、こちらの水上部隊を撃滅しようとして前に出てきた。
いずれにしても、今は一艦隊に任せるしかない。三艦隊は二つの機動部隊を相手取らなければならないのだから。
―――頼んだわよ。
空へと溶け込んでいった攻撃隊に思いを馳せる。その位置は、一歩ずつ敵艦隊へと迫っていた。
*
制空隊の“紫電”改二が、バンクしてから編隊で上昇を始めた。元が局戦であるがゆえに、その動きは零戦よりも早い。攻撃隊からみるみる離れ、青空へと昇っていく。その頭上から、人工的なきらめきが瞬いた。
飛龍は、自らの感覚を通して、彼女の操る“天山”の動きを操作していた。“天山”だけではない。攻撃隊直掩の“紫電”改二や、強襲用の“彗星”も、彼女は感じ取っていた。
軽空母部隊に今まさに辿り着こうかという攻撃隊は、もう間もなく赤城の指示で散開するはずだ。“天山”の目標は、軽空母のみ。周りの護衛艦は、“彗星”の急降下爆撃でスクラップにする予定だ。
予想通り、すぐに散開の合図が来た。攻撃隊が上下に別れ、艦載機のほとんどない軽空母部隊に襲いかかる。
先陣を切ったのは、“彗星”たちだ。先頭を進むのは、翔鶴指揮下の“彗星”隊。その指示の下、飛龍、瑞鶴の“彗星”が続く。赤城の隊が含まれていないのは、代わりに“紫電”改二と二式艦偵を多めに搭載しているからだ。
“彗星”が急降下に入る。他の機種とは一線を画すほっそりとした機首が下がり、一本槍となって軽巡と駆逐艦に襲い掛かった。敵戦闘機の妨害はない。十分な数の“紫電”改二がしっかりと抑えている。
敵艦隊から対空砲火が上がってくる。真黒な花が連続して開き、自らに襲い来る敵機を落とさんとしていた。
ただし、その中を降下する“彗星”は、零戦を超える速度を持つ機体だ。そう簡単には落ちない。
それでも二機が火を噴き、投弾コースをそれる。
翼をへし折られた“彗星”が錐揉みとなって落ちていく。
正面に高角砲を受けた機体は一瞬動きを止めると、コントロールを失ってひらひらと空中を舞った。
残った機体が、ダイブブレーキの甲高い音を響かせて降下を続ける。
―――一二・・・一一・・・。
高度はみるみる低くなる。イメージの中の敵艦が眼前に迫ってくる感じだ。
―――○八・・・○七・・・!
先頭の機体から投弾を始める。と同時に引き起こしをかけ、海面への激突を回避する。敵艦の上をフライパスした際、一機が機銃に絡め取られて黒煙を吐き、海面に衝突した。
回避運動を行った敵艦の周囲に、次々と水柱が上がる。そして四発目、ついにその艦体を弾頭が捉えた。信管が働き、真っ赤な火柱が上がる。そこからは連続して命中弾があった。狙い通り、これで護衛艦の対空能力は喪失したはずだ。艦攻隊への道が開けた。
黒煙の噴き上がる敵艦隊の両舷から、超低空飛行の“天山”が迫る。回転するプロペラが海面を叩きそうなほどの高度だ。そこから生じた推進力が水上を波立たせ、飛沫となって“天山”の後ろのたなびいている。それに怯むことなく、“天山”隊はなおの接近を試みた。
対空砲火が始まる。ただし、最も外にいた三艦からのものは極めて薄い。二隻の駆逐艦はすでに半分沈んでおり、軽巡も轟々と燃え上がってまばらな射弾を送り込むだけだ。
敵軽空母の高角砲は少ない。深海棲艦は個艦防空よりも艦隊防空に重点を置いているようで、軽空母自体の防御能力よりも、より多くの艦載機を積むことによって艦隊全体の防空能力を高めている。つまり艦載機が出払っている今、その防御能力は無きに等しい。
―――三○・・・。
三千を切った。高角砲に交じって機銃弾が飛んでくるようになり、やがて横殴りの豪雨のように攻撃隊へ伸びてきた。曳光弾のシャワーが頭上を圧して、あわよくば“天山”を海の藻屑に変えようとする。少しでも操作を誤れば、たちまち弾雨に飲み込まれてハチの巣にされてしまうことだろう。
―――二○・・・。
ここまでくると、もう高角砲弾は飛んでこない。代わりに機銃の密度が増してくる。
エンジンカウルに被弾した“天山”が、プロペラの動きを止めて海面に激突する。
翼をもぎ取られ、浮き上がったところを機銃の雨に絡め取られる。
―――一○・・・!
先頭を行く赤城機はまだ投雷しない。確実にこれで仕留める。そのために、さらに距離を詰めるつもりだ。が、それだけ落ちる確率も上がる。さらなる集中力と力量が求められた。
―――○八・・・○七・・・!
敵軽空母の特異な姿が、すぐ目の前に迫っている。禍々しい赤をまとったその影は、狂ったように機銃を撃ち続けていた。ゆらゆらと蠢くオーラが、今にも手の届きそうな距離で光を放っていた。
―――○六・・・!
ついに赤城が投雷した。次々と魚雷が海面に落とされ、白い航跡を引いて敵艦隊の未来位置へ、攻撃隊の後をついてくる。
―――てっ!
飛龍も投下する。浮き上がりそうになる機体を必死に抑え、機銃の下をかいくぐり、敵艦隊をフライパスした。
ほぼ同時に、反対側からも“天山”が抜けてきた。敵艦隊のほぼ真上で交差し、上空へと昇っていく。
―――どうだ!?
飛龍は戦果を確認しようとする。上空へ昇った“天山”からは、眼下の敵艦隊がよく見えた。そこへ伸びていく数多の白い航跡も。
敵軽空母に、逃げる道はなかった。各艦が恐慌に駆られてバラバラに舵を切り、瞬時に統制を失う。その様子を知ってか知らずか、魚雷は淡々と、ただ真っすぐに迫っていった。
やがて水柱が上がる。取舵を切ろうとした敵艦の横っ腹に航跡が突き刺さり、盛大に弾けた。それが連続する。同時に、あるいは一拍を置いて、何本もの水柱が噴き上がって海上を震わせた。それはさながら、巨大な間欠泉が一時に上がったようだった。
狂騒が収まったとき、海上にはすでに敵艦隊の姿はなかった。原形を留めていない残骸が海面に浮かび、その合間に重油が漂った。
『敵艦隊全艦の撃沈を確認。攻撃隊帰投せよ』
赤城の指示で、散らばっていた攻撃隊が集合する。損失は極めて軽微だった。
『二制艦より三艦隊。敵艦載機は統制を失って墜落。こちらの損害軽微』
嬉しい知らせが入った。母艦である軽空母が全滅したことで、制御する者のいなくなった敵攻撃隊がその進撃を止めたのだった。
『了解。撤退時の支援をお願いします』
答える赤城も、どこかほっとした様子だった。タイミング的にぎりぎりだったのだから、当然と言えば当然だ。
『瑞鶴より全艦へ!敵機動部隊発見!』
緊張はまだ続く。残り一つ。前回、三艦隊が敗北を喫した、侵攻中枢艦隊と思われる敵機動部隊だ。
『空母三、重巡二、軽巡三、駆逐四!』
『上空に敵機!』
瑞鶴からの続報と、伊勢の警告はほぼ同時だった。両艦隊は同時に、相手艦隊を見つけたことになる。
攻撃か。防御か。悩ましいタイミングだ。赤城は、一体どうするつもりなのか。
ちらと、赤城を伺う。三艦隊―――否、鎮守府の機動部隊を率いる旗艦はそれまでと変わらぬ静かなたたずまいで、決意をにじませていた。
『飛龍、翔鶴、瑞鶴。私の攻撃隊をお願いします』
上空を睨む彼女は、左手に持った弓を握りしめた。
『各艦、直掩隊発艦してください。攻撃隊の収容は、損傷機を赤城に集中。三艦は攻撃隊収容次第、第二次攻撃隊の準備を!』
それから赤城は、飛龍を見やった。
『攻撃隊の総指揮は、飛龍に一任します!』
「ええっ!?」
思わず、驚きの声を上げてしまった。赤城の顔をまじまじと見る。
『大丈夫。あなたなら、攻撃隊を導いてくれる』
彼女は自信たっぷりに笑った。
『こちら伊勢。防空陣形に移行します!』
航空戦艦の伊勢と日向が、白波を蹴立てて前に出た。この先の機動部隊戦において、彼女たちは赤城たちの盾となる。もちろん、その飛行甲板で守るわけではないが。きっと敵艦載機にとって、最も厄介な盾役だ。
やがて帰還した艦載機隊の収容が始まる。次々と矢の形に戻っていく艦載機は妖精によってすぐに装備を乗せられ、矢筒に収まった。これが艦娘の航空母艦が有利な点だ。訓練の甲斐もあって、収容作業はものの数分で終わった。
上空にはすでに“紫電”改二が展開している。各艦はその指揮権を、赤城に譲っていた。これで、攻撃隊に集中できる。
『艦首風上!』
艦隊が転針する。発艦準備を始めた艦隊で、飛龍は空を見上げた。
思うのは、鎮守府へと帰還した蒼龍のこと。悪戯好きで、いつも明るい、相棒。
赤城と同じように、和弓を握りしめる。
『第二次攻撃隊、発艦始めっ!!』
番えた矢を引き絞り、高空へと放つ。
放たれた矢は燐光を発して艦載機となり、北方の空を駆けていった。
機動部隊戦は次回持ち越しというオチ
次回は戦艦編!ついに、あの艦娘が・・・!
(ちょっと待った、機動部隊戦の続きは?)
できるだけ早く書き上げられるよう、頑張ります