艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

37 / 52
すみません、一ヶ月ぶりの更新となってしまいました

リ号作戦はできるだけ早く畳むつもりです


希望へ錨上げ

「司令官」

 

五日目の課業が終わった執務室。あらかた片付いた書類の山の前で、わたしは司令官を呼びました。

 

「どうかしたか、吹雪?」

 

「・・・わたし、そろそろ艤装を着けて、海に出たいです」

 

だって、わたしはそのために、艦娘になったんですから。深海棲艦と戦うために、艦娘になったんですから。

 

「・・・そうだね。そろそろ、頃合いかな」

 

柔らかかった司令官の表情は、一瞬で真剣な指揮官のものに変わりました。だからわたしも、ピンと背筋を伸ばします。

 

書類の中から一枚を選んで取り出した司令官は、そこにペンを走らせます。ひとつひとつ、項目を丁寧に確認しながら、五分ほどをかけて書き上げました。

 

艤装の使用許可書です。

 

「明日、やろうか」

 

「はい」

 

緊張しながら、許可書を受け取ります。工廠部に提出すれば、格納庫の艤装を引き出して、出撃ドックで装着できるはずです。

 

肩の強張っていたわたしに、司令官がイタズラっぽく笑いました。

 

「しっかり、見させてもらうよ」

 

 

電探に映る影は、明らかに深海棲艦のものではなかった。大きさも違うし、何より速力が艦娘用の計算方法では異様に速い。その影の正体を、タモンは通常船だと判断した。

 

『見張りより艦橋。接近する艦影を確認。“ペーター・シュトラウス”と認む』

 

“大湊”の艦橋横の見張り所にいる見張り員が、艦影を報告した。リランカ島から離脱してきた『独立艦隊』の支援艦だ。

 

「発行信号用意」

 

“大湊”艦長が指示する。通信用の小型探照灯に取り付き、三回明滅された。これが合図だ。

 

“ペーター・シュトラウス”側も返答する。二隻の支援艦は、ゆっくりとその距離を縮めていった。

 

タモンは“大湊”艦長からマイクを受け取る。スイッチを入れて、通信機の向こうの相手に呼びかけた。

 

「あきつ丸、聞こえてるか?」

 

スピーカーからは、しばらく雑音しか聞こえてこなかった。だがすぐに、甲高い音が一瞬入って、はっきりとした少女の声が“大湊”艦橋に響いた。

 

『こちらあきつ丸。感度良好であります』

 

“ペーター・シュトラウス”艦上のあきつ丸だ。通信状況を確立していない“大湊”と“ペーター・シュトラウス”間で連絡を取るには、彼女の持つ通信機が必要だった。

 

「“ペーター・シュトラウス”を確認した。これより、最大戦速にて当該海域を離脱する」

 

通信機の向こう側で、いくらか喋り声が聞こえる。どうやらあきつ丸は、“ペーター・シュトラウス”の艦橋にいるらしかった。

 

『了解したであります。引き続き、取り次ぎは自分が』

 

「よろしく頼む」

 

通信機から目を離し、チラリと“大湊”艦長を見遣ったタモンは、彼が大きく頷くのを確認した。機関の準備が完了した、そういう合図だ。

 

通信回線を“鹿屋”にも開いたタモンは、大きく息を吸い込む。

 

「全艦最大戦速!針路〇九〇!」

 

発揮しうる全速。これをもって、敵勢力下を夜間のうちに強行突破する。

 

艦尾が泡立ち、スクリューの回転によって、機関の出力が前進するための反動を産み出す。

 

三隻の支援艦は、闇夜の中でお互いを見失わぬよう、身を寄せ合うようにして海上を駆けていった。

 

 

作戦指揮室。支援母艦“横須賀”に設けられたこの部屋には、輸送作戦を指揮するライゾウの他に、長門、赤城、大淀、そして何人かの司令部要員が詰めている。全員が緊張の面持ちなのは、今日合流予定の救出艦隊発見の報が入るのを待っているからだ。

 

“横須賀”からはすでに軽空母部隊が展開し、“彩雲”を飛ばしている。深海棲艦の襲撃を受けている可能性も考慮して、水上艦隊も準備中だ。

 

「祥鳳二号機より、艦影を見ず」

 

定時連絡を受けるたびに、司令部要員が報告し、各機に割り当てられた方位角に「艦影なし」の文字が書き込まれる。救出艦隊の捜索はもちろんだが、同時に敵艦隊の索敵も行っているのだ。

 

―――そろそろ見つけてもいい頃合いだが・・・。

 

若干の焦りを表に出さないように、ライゾウは新しく書き込まれた地図上の文字を見つめる。その後も何機かから定時連絡が入るが、救出艦隊の姿も、敵艦の艦影も、発見の報告は入ってこなかった。

 

「何か、あったんでしょうか・・・」

 

大淀が不安げに呟く。何かを言うこともできず、ライゾウはしばらく考えたのちにゆっくりと口を開いた。

 

「今は待つしかないな」

 

「・・・それも、そうですね」

 

余計なことを言いました。そう呟いた大淀は、それまで以上に熱心に、手元の資料を睨む。輸送船団の総括は、鎮守府でも補給関係の業務に秀でた大淀の仕事であり、すでに積み込みが終わっている輸送船団の積み荷の管理もやっていた。

 

―――とはいえ、いつまでも待つわけにはいかない。

 

当初の作戦では、今日の午前中に救出艦隊と合流し、明日の早朝には、船団を伴って帰路に就く予定だった。

 

作戦前、救出艦隊を待つ限度も決めてある。輸送船団は、遅くとも明後日までには出港しなければならない。とすれば、こうして救出艦隊を待てる限度は、必然的に明日の日没までだ。

 

―――戻ってこいよ、神通・・・!

 

救出艦隊に参加している、ライゾウとは最も親しい軽巡洋艦娘の無事を祈らずにはいられなかった。チャートに無慈悲に書き込まれていく「艦影なし」の文字を、ライゾウは静かに見つめていた。

 

「っ!瑞鳳七号機より入電!艦影見ゆ!」

 

そんな時だった。ヘッドセットに耳を澄ましていた通信員の一人が、声を張って報告する。彼女の声に、その場にいた全員の視線が注がれた。代表して、ライゾウが尋ねる。

 

「敵か!?味方か!?」

 

しばし後、通信員は喜色を覗かせて、はっきりと答えた。

 

「味方です!支援艦三を確認!“大湊”、“鹿屋”、“ペーター・シュトラウス”と認む!」

 

「よしっ!」

 

全員が思わずガッツポーズをした。大淀が、殊更安堵したように、大きく息を吐く。赤城と長門は、互いに目を見合わせて力強く頷いた。

 

「通信可能距離までどのくらいだ?」

 

「後三十分程度です」

 

「よし、通信の用意をしてくれ」

 

それだけの命令を出して、ライゾウは再び海図に目を落とす。航路が見えた。希望への航路が。彼女たちが繋いだ、向かう先が。

 

ただ進むのみだ。受けた希望を、守り抜くために。その決意を込めて、ライゾウは救出艦隊発見の位置に、「希望見ゆ」と書き込んだ。

 

 

 

通信回線が開かれ、救出作戦の結果と損害の程度が判明した。

 

大破・・・那珂

 

中破・・・榛名、霧島、村雨

 

小破・・・神通、時雨、夕立

 

この他に、陸軍艦娘の被弾が数名。あれだけの強攻救出作戦にもかかわらず、損害は少なかったと言えた。

 

ただし、楽観もできない。榛名と霧島の艤装は、支援母艦での修復は不可能と判断された。“大湊”には高速修復材が積まれているが、これはそもそも戦艦などの複雑な機構を持つ艤装にはあまり有効ではなく、修復が完了してもニ、三日程度の調整期間が必要だった。そしてその調整作業を、航行中にすることは不可能だ。船団が明日にも出港しなければならない以上、榛名と霧島の艤装については、その復旧を諦めざるを得なかった。

 

リ号作戦部隊で稼働可能な戦艦は、これで伊勢と日向のみとなった。しかし二人の艤装は、新式主砲システムへの換装を行っていない。戦艦部隊との戦闘には、いささか不安が残った。

 

しかし、今更やめることはできない。輸送船団は、何としても待ち受ける敵艦隊を突破して、本土へと帰らなければならないのだ。

 

合流した四隻の支援艦は、周囲を警戒する艦娘たちと共に、船団の集結地へと向かっていく。

 

出立は、明日。いよいよ、過去最大の船団護衛戦が、その幕を開けようとしていた。

 

 

真っ先にそれを捉えたのは、“鹿屋”から飛び立った早期警戒用の“彩雲”だった。

 

『敵編隊接近!』

 

その報せに、艦隊中に緊張が走る。

 

船団を守る護衛艦隊。その右翼側に位置取る摩耶は、展開した対空砲台の最終チェックを指示して、その時に備えていた。

 

『方位一五〇、距離六万。数、概算で百』

 

“彩雲”からの情報を、“鹿屋”で操作に当たる飛鷹が読み上げた。敵機は、丁度摩耶たちのいる方角から来ることになる。願ってもないことだ。

 

『全艦対空戦闘用意!』

 

“横須賀”の作戦指揮室に詰めるライゾウから、対空戦闘用意が下令された。船団を守るために配置されたありとあらゆる対空火器が、その仰角を上げて、迫りくる敵機に備える。

 

「よっしゃ、お前ら!しっかりやれよ!」

 

自らの後ろに付き従う五人の艦娘に向かって、摩耶は左手を高く掲げて見せた。すぐ後ろの重巡洋艦娘は困り顔で、その後に続く駆逐艦娘たちは威勢のいい声で、それに応える。

 

「あまり無理はしないでよ?」

 

鳥海が相変わらずの心配性を発揮する。これでは、どちらが姉だか、よくわからない。

 

「大丈夫だって。この摩耶様に任しときな!」

 

「もう、摩耶は調子いいんだから」

 

そんな二人のやり取りを、四人の駆逐艦娘たちが苦笑して見守っている。十一駆の吹雪、白雪、初雪、深雪だ。

 

救出艦隊に参加していた四人だが、驚くべきことに、あれだけの戦闘をしても被弾がゼロであった。積極的に戦闘に参加していなかったとか、そういうことではないらしい。陸軍艦娘たちに襲いかかろうとする深海棲艦たちを、まるでダンスでも踊っているかのように、華麗に捌いて海の藻屑に変えていったそうだ。

 

摩耶としては、空恐ろしい限りである。圧倒的有利だった演習にもかかわらず、惨敗を喫したのも頷ける話であった。

 

ともあれ、そんな十一駆の面々だが、対空戦闘はあまり得意ではない。これは、彼女たちの標準兵装である一二・七サンチ連装砲A型が、仰角や装填機構の関係で対空戦闘に不向きであるからだ。いくら練度があっても、こればかりは補いようがなかった。

 

同じことは鳥海にも言える。重巡としては並みの対空兵装しか持たない彼女は、どちらかと言えば対水上戦闘向きだ。

 

そこで、対空能力が突出している摩耶と組ませることで、対空、対水上ともに万能な、非常にバランスのいい部隊を編成することにしたのだ。これは、赤城の提案だった。

 

改装によって対空能力の強化された艦娘―――摩耶や名取、五十鈴、陽炎型駆逐艦娘たちを集中的に運用してはどうかとの意見もあったが、船団を守るには高い能力を持つ一部隊よりも、全体に満遍なく火点を配置した方が得策だと、作戦指揮室は判断した。

 

こうした編成の部隊が五つ、配置されている。このうち、最低でも二つの部隊が行動可能状態にあるよう、作戦指揮室が指示することになっていた。それとこの他に、軽空母をまとめた部隊が一つと、伊勢、日向を中心とした打撃部隊が一つ。

 

ちなみにだが、これらの部隊にはそれぞれ名前が付けられている。高雄麾下の部隊が『マサ』、摩耶麾下の部隊が『キヨ』、妙高麾下の部隊が『ヨシ』、那智麾下の部隊が『ヤス』、長良麾下の部隊が『ナガ』、軽空母部隊が『タケ』、打撃部隊が『カツ』と呼称されていた。これに対し、作戦指揮室の呼び出しは『サル』である。

 

『タケよりサル、戦闘機隊発艦始めるで!』

 

軽空母部隊を指揮する龍驤が、艦隊上空を守る猛禽たちの出撃を知らせる。六人の軽空母艦娘から、“紫電”改二や“烈風”が次々と飛び立って行った。

 

その様子を見送った摩耶は、自らの艤装が万全の状態にあることを、妖精さんに知らされる。その報告に不敵に微笑んで、摩耶は妖精さんに親指を立てて見せた。

 

『敵編隊、距離五万。まもなく有視界範囲です』

 

『サルよりタケ、第一次邀撃、始めっ!』

 

第一次邀撃―――先行した“烈風”隊による一航過と敵戦闘機の引き剥がしが命じられる。肉眼では見えていないが、少し先の空域では、獰猛な航空機たちによる熾烈な戦いが始まっていることだろう。

 

―――目じゃ見えねえけど、こっちだと見えるんだよなあ。

 

そう思いながら、摩耶は自らの展開型艤装に新しく据えられた新装備を見遣る。そのための専用スペースを設けただけあって、動作は至って正常だった。

 

仮称一四号電探。それはまさしく、摩耶のためにあるような対空電探だった。

 

以前の二一号電探では、五万先の航空戦をはっきりと捉えることなどできなかった。しかしこの一四号は、機体一機一機とはいかないものの、大まかな編隊同士の動きくらいなら、十分に捉えることができた。

 

船団側から高度をもって飛行していた編隊が、一気に高度を下げ始める。祥鳳と瑞鳳の“烈風”隊だ。船団への接近を続けていた敵編隊に重なり、一つの塊になる。

 

『タケよりサル、第一次邀撃開始』

 

やはり戦闘は始まっていた。残念ながら個々の戦闘の様子は、一四号電探では知ることはできない。

 

「肉眼で見るにはまだかかりそうだな」

 

右手を庇のようにして、摩耶は戦闘が起こっているであろう方向を見る。もちろん、その先に戦闘の様子を捉えることはできなかった。

 

ただ、機影は見えた。先程突撃した“烈風”とは違い、船団からの距離三万の位置で飛んでいる。第二次邀撃に備える、“紫電”改二の編隊だ。

 

“烈風”隊が敵の戦闘機隊を引き剥がした時点で、“紫電”改二が突撃することになっている。元は乙戦として開発された機体だ。対爆撃機戦闘は得意中の得意である。

 

―――あれが動いたら、今度はあたしらの番だ。

 

左右の腕に据えられた二〇・三サンチ連装砲塔を構える。装填されているのは対空戦闘用の零式弾だ。

 

「あ、機影見えたわよ!」

 

同じように戦闘空域を見つめていた鳥海が、摩耶に言った。視力が良いわけでもなく、実際眼鏡をかけているが、ことこういったものを見つけることは、摩耶よりも鳥海の方が得意だった。

 

鳥海の指した方角を見る。ゴマ粒ほどもない飛翔体が、そこを飛び交っていた。距離はざっと四万といったところか。

 

じりじりとではあるが、航空機の集団は船団の方へと迫ってきていた。

 

―――いよいよだ。

 

西方海域に敵艦隊が敷く封鎖網。それを突破する戦いが始まる。摩耶たち艦娘は、希望を乗せた船団を守り切り、本土へと送り届けなければならない。

 

両手の二〇・三サンチ連装砲塔を打ち鳴らす。それが、摩耶の決意の表れだ。

 

「やるぞ!気合い入れてけ!」

 

摩耶の咆哮に、各々の返事が重なった。

 

敵編隊の様子も、肉眼でよくわかるようになってきた。“烈風”隊と格闘戦を演じる敵戦闘機隊。銃火が飛び交う最中、緊密な編隊を崩さずに驀進する爆撃機と攻撃機。

 

頃合いよし。そう判断したのか、後方に控えていた“紫電”改二の部隊が、一気に加速して、敵攻撃隊へと突入していった。護衛の戦闘機は、ほとんどが“烈風”隊との交戦で手一杯であり、攻撃隊の上空からは引き剥がされている。

 

わずかに残っていた戦闘機も、倍以上の“紫電”改二に蹴散らされ、跡形もなく消え去る。後は味方戦闘機隊の独壇場だった。

 

“紫電”改二の両翼に装備された二〇ミリ機銃が雨霰と降り注ぎ、敵攻撃機を次々と切り刻む。黒煙を引いて墜落する機体もあれば、空中で爆発四散する機体もあった。

 

何とか攻撃隊上空へ戻った敵戦闘機が、群がる“紫電”改二を追い散らそうと試みる。それに“烈風”が襲い掛かり、“紫電”改二を援護する。

 

―――もうすぐ、二万を切る。

 

いくら落とされても、残った敵機は確実に船団に迫る。その歩みが止まることはない。さながら阿修羅だ。デザインが生物的なだけに、その異様さがさらに引き立つ。

 

『サルよりカツ、対空射撃始め!』

 

作戦指揮室が、打撃部隊の伊勢と日向に対空射撃の開始を命令した。彼女たちの主砲である三六サンチ連装砲には、対空戦闘用の三式弾が装填されていた。

 

『カツ了解。伊勢及び日向、統制対空射撃に移る』

 

カツを率いる伊勢が答えた。

 

統制対空射撃。二人以上の艦娘が、同一目標に対して同じ諸元で対空射撃を行うことだ。これは戦艦娘の統制砲撃にヒントを得たもので、現在鎮守府で行えるのは伊勢と日向だけであった。対空砲弾の炸裂密度を増すことで、多数の撃墜を狙ったものだ。

 

船団の中央方向から、轟音が響き渡る。伊勢と日向が、敵編隊に向けて三式弾による射撃を始めたのだ。

 

十数秒の後、計十六発の三式弾が炸裂する。まるでススキ花火のように広がったその弾子の密度は、明らかに普段よりも濃い。絡め取られた敵機が多数、火達磨となって墜ちていった。

 

敵編隊が散開する。爆撃機は高空へ、雷撃機は低空へ、それぞれの目標に向けて進撃していく。

 

最後まで船団上空に留まっていた“紫電”改二は、半数が上昇、もう半数は下降する。その上で、作戦指揮室から各編隊に対して指示が飛んだ。

 

『一小隊目標、方位一四三の敵編隊。二小隊目標、方位一八〇の敵編隊』

 

指示された編隊へ向け、“紫電”改二が飛んでいく。各所から集めた敵機の情報を一元的に集め、少ない機体をうまく活用して敵機を迎撃する。作戦指揮室は、防空指揮所の役割も果たしているのだ。

 

『キヨ、方位一六〇の敵編隊、迎撃間に合わない。対空射撃で撃墜してくれ』

 

「了解!」

 

摩耶は答えて、電探に映る敵編隊を見つける。低空を進んでくる雷撃機。それが十二機だ。相手にとって不足はない。

 

「対空戦闘用意!十一駆は、機銃による近距離迎撃をやれ!」

 

『了解です!』

 

撃っても然して効果がないのなら、わざわざ貴重な弾薬を減らすようなことはしなくてもいいだろう。吹雪たちには主砲による対空戦闘を控えてもらうことにした。

 

摩耶と鳥海は、それぞれの主砲を構える。零式弾の一斉射の後、高角砲による迎撃を始めるつもりだった。

 

「撃ち方始め!」

 

摩耶の号令で、二人の主砲が火を噴いた。戦艦に劣るとはいえ、反動は強烈だ。砲炎の熱さが頬を照り焼きにする。

 

炸裂した零式弾は、爆風によって敵機を押し潰し、断片で切り刻む。それでも、敵機が歩みを止めることなどなかった。

 

摩耶の対空砲台と、鳥海の高角砲が、主砲の後を引き継いで対空射撃を始める。すぐさま、敵編隊の周囲に真っ黒い花が咲き乱れた。無数の花弁が敵編隊を押し包んだかに見えたが、すぐには火を噴かない。何機かがよろけただけで、真っ直ぐに突き進んでくる。

 

二人の対空射撃は続く。一二・七サンチ連装高角砲の装填機構が許す限り、連続で撃ちまくる。資源を満載した輸送船団に迫ってくる空飛ぶエイの悪魔を、海面へと突き落とそうとする。

 

高角砲弾の炸裂にまともに巻き込まれた敵機が、粉々になって墜落する。

 

爆圧でひしゃげ、錐揉みとなる機体もある。

 

一機が真下から突き上げるような衝撃を受けて、コントロールを失う。

 

「堕ちろ!」

 

全四基の高角砲を猛らせ、摩耶は叫ぶ。その想いに応えようとするかのように、高角砲が再び発砲した。

 

二機が爆砕される。

 

コントロールを誤り、一機が海面に激突して飛沫を上げた。

 

「機銃に切り替えろ!撃って撃って撃ちまくれ!」

 

距離が三千を切った。摩耶は高角砲の射撃を止め、機銃による掃射へと切り替える。そして。

 

『撃ち方始め!いっけええっ!』

 

吹雪の号令一下、十一駆の各艦も機銃を撃ち始める。摩耶や鳥海とは違って、二五ミリ機銃は三連装ではなく連装だ。明石の手で増設されていたそれらが、艤装の各所で瞬き、青白い曳光弾をばら撒く。

 

まるでシャワーだ。横殴りに叩きつける弾丸の猛射に、敵機が絡め取られる。

 

推進機を撃ち抜かれ、形状を保ったまま落ちていく機体。

 

弾幕にまともに突っ込んで、ズタズタに引き裂かれる機体。

 

十一駆の息の合った射撃は、さながら一隻の艦のように、活火山の如く濃密な弾幕を形成する。

 

その時、摩耶は気づいた。濃密な弾幕の中に、一か所だけ薄い箇所があることに。まるで回廊のように、航空機の通り道となる、針の穴を通すような道筋が。

 

―――あいつら。

 

摩耶はこの後敵機に待ち受ける運命を思って、少しばかり同情の念を抱いてしまった。

 

案の定、残り少ない敵機は、その回廊に気付いた。最早その目標は、船団ではない。奴らは気づき始めている。艦娘たちを叩く方がいいことに。

 

敵機の目標は、機銃弾の中に形成された回廊の先―――吹雪だ。機体をこれでもかと低くし、一隻でも護衛艦部隊を叩こうと、小さな駆逐艦娘に狙いを定めている。

 

距離は一千。必中を期しているのだろう。敵機はまだ投雷しなかった。

 

だが、ある意味でその判断は間違っていた。

 

唐突に、吹雪の主砲が構えられる。回廊の先―――迫ってくる敵機に向け。

 

主砲が放たれる。砲口から火焔が生じ、高初速の一二・七サンチ砲弾を二発、撃ち出す。

 

全てが決まった。

 

吹雪の放った砲弾は、狙い澄ましたかのように敵機の正面で炸裂した。爆発と断片の雨に正面から突入する格好となった敵機は、一たまりもなく火を噴き、撃墜される。それを合図として、弾幕の回廊が閉じられた。袋の鼠となった敵機は、なす術なく蜂の巣にされ、海面へと落ちていった。

 

―――相変わらず、恐ろしい練度だ。

 

撃ち方やめを下令した摩耶は、作戦指揮室に状況を報告しながら、十一駆を見遣る。鎮守府最高練度、恐ろしいまでの度胸と戦術。歴戦の駆逐隊は、今回も船団を守り切った。

 

第一次空襲部隊が引き上げていく。多数の戦闘機を用いた防空戦術と、作戦指揮室による一元的な戦闘指揮が功を奏し、船団の被害は皆無だった。艦娘部隊にはいくらか命中弾と至近弾があったが、各護衛部隊はまだまだ余力を残している。

 

だが、摩耶は楽観していなかった。どこかにいる敵機動部隊は、気づいたはずだ。優先するべきは船団ではなく、艦娘だと。本丸を落とすのには、外堀、そして内堀を埋めてしまえばいいのだと。

 

―――第二波以降は、こうもいかねえな。

 

奴らは間違いなく、艦娘を狙ってくるはずだ。

 

それに、敵は空母艦載機だけではない。

 

摩耶の予感を裏付けるように、水平線の向こうから新たな敵が迫っていることを、通信機の切迫した声が報せた。

 

『敵水上部隊確認!方位〇九五、距離五万。速力二四ノット。接敵まで二十分!』




次回以降、もっと早く投稿するようにします

生暖かい目で見守っていただけますと・・・

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。