艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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またまたお久しぶりです

そろそろリ号作戦を畳みたいんですが・・・もう少しかかるかもです

どうぞ、よろしくお願いします


奮闘する荒鷲

シトシトと雨が降る中、鎮守府を少し空けることを伝えて、わたしと司令官は正門から街に出ました。お互いに傘を差して、鎮守府近くのフルーツパフェを出してくれるお店を目指します。

 

商店街の青果屋さんが出していたお店には、雨で平日だったからでしょうか、人もまばらですぐに席に着くことができました。司令官と二人、同じフルーツパフェを頼みます。

 

しばらくして、瑞々しいフルーツがたくさん乗ったパフェが出てきました。まるで宝石みたいに輝くフルーツに、わたしは目を見開きました。パフェなんて、産まれて初めてです。

 

「「いただきます」」

 

二人で手を合わせて、スプーンをパフェに入れます。瑞々しいフルーツを口に含むと、優しい甘さが一気に広がりました。

 

「おいしい・・・!」

 

「これは、なかなかいけるね」

 

司令官と二人、しばらくスプーンでパフェをつつき続けます。メロン、マンゴー、サクランボ、一つ一つが宝石なら、このパフェはさしずめ宝石箱でしょうか。

 

と、わたしたちの座っていたテーブルに、先ほどパフェを運んできてくれた、青果屋さんのおばさんが近づいてきました。人懐っこい笑みを浮かべています。

 

「お二人さん、見ない顔だねえ。どこから来たんだい?」

 

スプーンを止めて、司令官が答えます。

 

「鎮守府からです」

 

「おやまあ」

 

おばさんが、驚いたように目を見開きました。

 

「道理で見ないわけだね。海軍のお人かい」

 

そう言って、コロコロと笑います。

 

「お嬢さん、どうだい、うちのパフェは?」

 

「とってもおいしいです」

 

「そうかい。それは良かった」

 

そう言ったおばさんは、嬉しさ半分、寂しさ半分の笑顔を見せていました。

 

「実はねえ。昔は、もう少し豪勢なパフェも作れたんだけど。深海棲艦が現れてから、どうしても手に入らない果物が多くてねえ」

 

泣く泣く、メニューから削ったものが多いそうです。

 

「そっちのパフェが好きで通ってくれてたお客さんもいたのに。何だか申し訳なくてねえ」

 

そうこぼしたおばさんの言葉に、わたしは思わず口を開いてしまいます。

 

「大丈夫です!いつか・・・必ず、もう一度、パフェを出せるようになります!」

 

わたしが、きっとそうしてみせます。その言葉は、口から出てきませんでした。ちょっと恥ずかしくなって、わたしは頬の熱さを感じながら、再びパフェにスプーンを入れます。

 

おばさんは驚いたように目を見開いた後、くしゃっと顔を歪めて、朗らかな笑みを浮かべていました。

 

「そうかい。それじゃあその時は、また食べに来ておくれ」

 

 

 

わたしの口から広がったそのお店は、今では艦娘の皆がちょっとした休暇に顔を出す、行きつけのお店になっています。そして最近、そのメニューに、以前のような色とりどりのパフェが戻ってきました。

 

 

「直掩隊準備完了!」

 

艤装の妖精から、“烈風”各機の燃弾補給が終わった旨を報され、瑞鳳はタケを率いる龍驤に報告する。龍驤からは、すぐに次の指示が出された。

 

『ほな、直掩隊発艦始めや!』

 

船団は風上に向かって進んでいる。白線を引いて向かうその先に、瑞鳳は自らの弓を引き絞った。

 

同じように、隣に立つ祥鳳もまた、長弓に矢を番え、風上に向けて構えている。その背中は、凛々しくピンと張っていた。こんな時でも、彼女の立ち姿は美しく、頼もしい。

 

「直掩隊、発艦始め!」

 

声を張り上げ、瑞鳳は弓の弦を解放してやる。張力が番えた矢を加速させ、放たれた矢は燐光を放って数機の航空機に分散する。濃緑で塗られた、太く逞しい機体。主翼は中央付近でそり上がり、まるで襲いかかる猛禽のようだ。四翔プロペラを回転させる「ハ四三」の咆哮も猛々しい。

 

鎮守府機動部隊最新鋭戦闘機“烈風”。瑞鳳が、このリ号作戦のために預けられた、現時点で最高性能の戦闘機であった。

 

作戦開始時、瑞鳳が搭載していた“烈風”の数は、予備機も含めて三十六機。現時点で稼働状態にある機体は、組み立てた予備機を含めても二十六機。使用不能機は、そのほとんどが機体の損傷が激しいために瑞鳳が出撃を断念したものだ。敵機との戦闘で撃墜されたものは、わずかに二機にすぎない。“烈風”がいかに優れた戦闘機であるかがわかる。

 

その“烈風”が、祥鳳と合わせて五十機。龍驤の搭載している“紫電”改二が十機ここに加わり、合計六十機が、現在の船団を守る直掩機の数だ。

 

十分とは言えない。隼鷹、千歳、千代田、そして飛鷹率いる“鹿屋”航空隊が敵機動部隊を一つ壊滅させたとはいえ、敵機動部隊の艦載機の総数は、いまだに百機は下らない。また、作戦指揮室からは、撃破した機動部隊は最初の空襲を行った部隊であり、その艦載機はそもそも大きく削られていた可能性が高いという。すなわち、いまだ無傷の残った機動部隊は、まだ十分な余力がある可能性が高いのだ。

 

手持ちの航空機、六十機。これを、いかに有効に活用するか。いかにして、敵機動部隊の艦載機を削り取るか。それ次第で、以降の作戦の推移が大きく変わってくる。

 

全ての“烈風”を発艦させた瑞鳳は、高空へと急ぐ海鷲たちを見つめて強く弓を握り締めた。全ては、瑞鳳たちタケの戦闘機隊誘導にかかっているのだ。

 

『サルよりタケ。戦闘機による迎撃は、早い段階で行う。この一戦で、敵航空戦力を枯渇させる』

 

揺るぎない声で、ライゾウが宣言した。やはり、今回の第三次空襲を利用して、敵艦載機隊を葬り、機動部隊の無力化を図ろうという魂胆なのだろう。

 

『ピケットとして、摩耶以下キヨを展開させている。迎撃開始は、その指示に従ってくれ』

 

「了解」

 

その通信以後、しばらくの間静かな時間が過ぎていった。“鹿屋”航空隊からは、敵編隊とすれ違った旨が報告されており、その到達が近いこともわかっている。じりじりとする時間が過ぎていった。

 

事態は唐突に動き始めた。

 

『敵編隊捕捉!直掩隊、突撃準備!』

 

摩耶が声を張った。彼女の対空砲台型艤装に取り付けられている四二号電探が、迫りくる敵編隊を捉えたのだ。

 

『全艦対空戦闘用意!直掩隊、こちらの合図で突撃してくれ』

 

摩耶の指示は続く。瑞鳳は周囲を確認して、目を閉じた。

 

“烈風”からの映像が、まぶたの裏にくっきりと映る。まさに高空を翔ぶ鳥の目だ。そこから、空の彼方にゴマ粒のようなものが見えていた。船団に接近してくる、敵編隊だ。

 

―――概算で・・・百三十。

 

正規空母二、軽空母一からの全力出撃だ。第二次空襲時にいくらか削ったとはいえ、その数はやはり多い。いささか荷が重いのは事実だ。

 

『失敗はできへん。ベストなポジションを取るで』

 

龍驤が指示して、まず“紫電”改二が翼を翻す。それに、祥鳳と瑞鳳の“烈風”も倣った。

 

敵編隊も、こちらの襲撃を予想して、警戒しているはずだ。つまりこの攻撃は、奇襲ではなく強襲になる。そうなると、問題は最初の一航過でどれだけ削れるかだ。

 

『二人とも、ええか』

 

襲撃を成功させるべく、位置を変えながら、龍驤が祥鳳と瑞鳳に呼びかける。

 

『一航過した後は、うちの“紫電”隊で敵戦闘機を引き受ける』

 

「・・・えっ!?」

 

―――そんなこと、できるの!?

 

龍驤が操作する“紫電”改二はわずかに十機。それでは、敵攻撃隊を守る戦闘機隊を牽制するのは困難なはずだ。

 

通信機の向こうで、龍驤が不敵に笑った気がした。

 

『まあ、まかしとき』

 

目を開いた瑞鳳は、すぐ隣を航行する祥鳳に目を向ける。彼女は、目を閉じて“烈風”の操作に集中したまま、航行を続けていた。その唇が、ゆっくりと動き出す。

 

『・・・わかりました。お願いします』

 

祥鳳がそう言うのなら。瑞鳳よりも龍驤との付き合いが長い彼女がそう言うのであれば、きっと大丈夫なのだろう。

 

瑞鳳は、再び目を閉じた。

 

「・・・うん。お願い、龍驤」

 

『ほい来た』

 

龍驤の笑みが、さらに大きくなった気がした。

 

『敵編隊、船団よりの距離七万。直掩隊、邀撃準備』

 

摩耶が報告した。その時が来るのを、瑞鳳は固唾を呑んで待ち続ける。

 

『直掩隊、邀撃始め!』

 

その時は来た。

 

『全機、突撃い!』

 

「いっけえええっ!」

 

上空で待機していた“烈風”と“紫電”改二が、次々に急降下に入る。今回利用したのは、雲ではなく太陽だ。真上から少し傾いたその光の中に身を隠し、敵編隊に襲いかかる。

 

だが、敵編隊もそれを予測していたらしい。編隊上部に取り付いていた戦闘機隊が上昇してきて、急降下をかける瑞鳳たちの直掩機隊に挑みかかろうとする。

 

―――やられるわけない!

 

高度上の有利は、こちらが取ったのだ。速度で圧倒できる分、襲撃するこちら側が有利になる。加えて、敵戦闘機は上方に向けて機銃を撃たねばならず、弾丸が失速しやすい。六十機で襲いかかれば、どうということはない。

 

それを示すかの如く、直掩隊はまさしく烈風のように敵戦闘機とすれ違い、攻撃隊に銃撃を仕掛けた。“烈風”の一三ミリ機銃が敵機をズタズタに引き裂き、“紫電”改二の二〇ミリ機銃が外板を貫いて爆散させる。一航過で撃墜された機体は実に二十数機にも上り、さらに同数以上が白煙や黒煙を噴き出している。中には、編隊から落伍しかかっている機体もあった。

 

―――問題は、ここからだよね。

 

一航過を終えた直掩隊は、今高度上の有利を失って敵編隊の下に潜り込んでいることになる。急降下時に得た運動エネルギーを位置エネルギーに変換しながら、再度高度を稼ぐ必要があった。

 

だが、ことはそう簡単ではない。直掩隊が下に抜けたのを見て、敵戦闘機が急降下に転じ、襲いかかってくる。

 

『散開!』

 

龍驤が命じ、祥鳳と瑞鳳の“烈風”隊はいくつかの小隊に分かれて上昇を始める。その一方で、龍驤率いる“紫電”隊十機だけは、別の行動を取った。

 

急上昇に転じると、真っ向から敵戦闘機に挑みかかったのだ。

 

格好の獲物と見たのだろう。敵戦闘機は、勢いそのままに、“紫電”隊に襲いかかる。次の瞬間、予想だにしないことが起きた。

 

“紫電”改二の太い機影が、重戦闘機とは思えない鋭い切り返しで敵戦闘機の銃撃を躱し、逆にその背後を取ったのだ。二〇ミリ機銃の太い火箭が各機から四本ずつ伸び、敵機を押し包む。四機が炎に包まれ、とっさの判断で機体を傾けた残りの機も、三機が黒煙を噴いてコントロールを失っている。

 

何が起こったかを、瑞鳳は理解した。急降下で襲いかかってくる敵機に対して、龍驤の操る“紫電”隊はギリギリまで引き付け、敵機が機銃を放ったまさにその瞬間、一気に引き起こしをかけて機を失速させたのだ。これによって、敵機の機銃発射のタイミングをずらすとともに、性能以上に短い半径で旋回し、その背後をとることができる。熟練空母艦娘の龍驤、そして機体構造が頑強な“紫電”だからこそできた、極限の戦術だ。

 

この突拍子もない手法により、敵戦闘機の一部にわずかなロスが生まれた。そしてその間に、祥鳳と瑞鳳の“烈風”隊は再度高度を稼ぐことができた。

 

『行くわよ、瑞鳳!』

 

「うん、お姉ちゃん」

 

頼もしい姉の声に、瑞鳳もはっきりと答える。それと同時に、“烈風”隊が一斉に機体を傾けた。出遅れた敵戦闘機は、その突撃を阻むには至らない。

 

とはいえ、妨害してくるのは戦闘機だけではない。味方機がいなくなったことで、敵の爆雷撃機が、後部に備えた機銃を容赦なく浴びせかけてくる。多数が集まったことで、横殴りに降る豪雨のようになった機銃弾の間隙を、“烈風”隊は肉薄していった。

 

翼を掠めた機銃弾が嫌な音を上げる。眼前に迫る火箭の一つ一つは、まるで真っ赤に焼けた焼き石だ。あれを空中で掴んで集めたら、焼き芋が焼けるかもしれない。

 

それでも、撃墜される“烈風”はない。速度も申し分ないこの最新鋭戦闘機を捉えるには、相当な精度で機銃を放つ必要がある。あまりの速さに、機載機銃では対応が追い付いていなかった。

 

十分な距離まで接近して、“烈風”隊が機銃弾を雨霰と浴びせかける。翼から放たれた二〇ミリ機銃、あるいは機首の一三ミリ機銃が爆雷撃機を絡め取り、蜂の巣にする。編隊のあちらこちらで火の手が踊り、炎の塊となった敵機がもんどりうって墜ちていく。

 

だが、一航過を終えた“烈風”も無事では済まない。引き起こしをかけようとしたまさにその瞬間を狙っていたのだろう、敵戦闘機が襲いかかり、仕返しとばかりに機銃を撃ちまくる。

 

待ち伏せされては、速度上の優位があっても躱すことは難しい。瑞鳳操作の“烈風”二機が運悪く機銃に突っ込んで、白煙を引きながら海面へと墜ちていった。

 

―――ああもう、邪魔!

 

上昇しようとする“烈風”に、敵機が追いすがってくる。時に応戦しながら、“烈風”隊は何とか再び射撃ポイントに取り付こうとするが、難しい。その度に、敵戦闘機がその行く手を妨害してきた。

 

彼我の戦闘機の数は、ほぼ互角だった。総数で言えば、護衛艦隊の方が多いくらいだ。それでも、敵直掩機の妨害を振り切っての、攻撃隊への肉薄は至難の業だ。

 

それでも、何とか高度を再び稼いだ機体が、小隊単位で三度目の急降下攻撃を仕掛ける。この時点で、船団と攻撃隊の距離は四万を切った。

 

『瑞鳳、次からは編隊に切り込んで攪乱するわよ』

 

「了解」

 

祥鳳は、高度上の優位を取っての襲撃を断念し、乱戦に持ち込むことを選択した。損害は大きくなることが予想されるが、敵編隊を崩せば、各個撃破を狙うこともできる。

 

肉食動物が、草食動物を狩るときと同じだ。狙うべきは群れからはぐれた、弱きもの。群れを分裂させることが、狩りを成功させる秘訣だ。

 

小隊単位で敵編隊を駆け抜け、何機かを屠った瑞鳳は、すぐさま機体を反転させ、今度は敵編隊の下部から襲撃をかける。深海棲艦の艦載機は、下方に指向可能な機銃を持たない。回避運動を試みる鈍重な攻撃機を、十分に引き付けて狙う。

 

“烈風”は、容赦ない襲撃を反復する。乱戦に持ち込んだことで、被弾する機体も増えた。敵機を撃墜した後、横合いから現れた戦闘機に機銃を撃ちこまれ、黒煙を噴き上げながら海面に衝突する機体が相次ぐ。

 

それでも、攻撃隊の編隊を崩すことには成功した。密集していた編隊の間隔が徐々に開いていき、取り残された小編隊が出始める。それを、待ってましたとばかりに、人口の猛禽たちが襲撃する。

 

『敵編隊、船団よりの距離三万!』

 

摩耶が叫んだ。“烈風”の一機からは、確かに輸送船団を確認することができた。敵機は、着々と船団に迫りつつある。

 

“烈風”が二〇ミリ機銃を浴びせかけ、攻撃機を真っ二つに引き裂く。

 

一三ミリ機銃の猛射をまともに受けた敵機は、機体に開いた穴から白煙を引いて、高度を落としていく。

 

逆に、二機の敵戦闘機にまとめて襲われ、回避もかなわず撃墜される“烈風”もある。

 

攻防は、まさに一進一退だった。しかしじりじりと、船団と攻撃隊との距離は縮まっていく。大空を行き交う羽音が、瑞鳳にも聞こえてきそうなほどだ。

 

『距離二万五千!伊勢、日向、対空戦闘用意!』

 

敵戦艦との戦闘後、軽く整備を受けた二人の航空戦艦娘は、すでに前線に復帰している。その主砲には、対空射撃用の三式弾が装填されていた。二万を切れば、その主砲が火を噴くはずだ。

 

―――それまでに・・・!

 

それまでに、可能な限り敵機を落としておきたい。

 

祥鳳隊も、瑞鳳隊も、奮闘を続ける。敵戦闘機を振り切った龍驤の“紫電”改二も迎撃に加わり、空域のあちこちで発動機の音が入り乱れた。

 

そして、無慈悲にもその時は訪れた。

 

『距離二万!全艦対空戦闘用意!直掩隊は退避!』

 

間に合わなかった。瑞鳳たちは奮闘したが、敵編隊に船団上空への侵入を許してしまったのだ。

 

“烈風”や“紫電”改二が、敵戦闘機の追撃を振り切って離脱に移るうち、生き残った敵編隊が半分に分かれ、それぞれの攻撃針路に侵入を始める。すなわち、雷撃機は低空へ、爆撃機は高空へ。

 

『まだや。対空砲火の合間を見て、フラフラしてる奴を狙う!』

 

龍驤が指示する。瑞鳳は自らの“烈風”を集め、残存機数を確認しながら高度を稼ぐ。隙あらば、一機でも二機でも喰うつもりだった。

 

次の瞬間、前方で砲声が響いた。支援母艦“横須賀”を挟んで船団の前方側にいる伊勢と日向が、搭載する三六サンチ砲を咆哮させたのだ。十数秒後、船団の前方空域で花火のように三式弾が炸裂する。早期に散開していたのだろう、巻き込まれる敵機は少なく、平然と進撃を続けていた。

 

『右舷対空戦闘!撃って撃って撃ちまくれ!』

 

ピケット艦として配置された摩耶たちが、雷撃機に対してもっとも早く対空射撃を始める。一二・七サンチ高角砲が連続して砲声を上げ、真っ黒い花を咲かせた。

 

高角砲弾の破片が、接近する敵機を切り裂く。

 

爆風が機体を押し潰し、散らばった破片が海面に小さな飛沫を上げた。

 

攻撃隊は、怯むことなく突入してくる。対空戦闘の様子を、瑞鳳は固唾を呑んで見守るしかなかった。

 

『タケ、目標上空の爆撃機。対空戦闘始め』

 

作戦指揮室の声が届く。瑞鳳たちの艤装に据えられた高角砲が仰角を上げ、船団上空へと侵入しつつある爆撃機へ砲門を向けた。細長い砲身が、黒光りを放つ。

 

『撃ち方、始め!』

 

各艦の艤装から、高角砲発砲の閃光が迸った。放たれた火矢は高空へと急速に上っていき、設定された時限信管を作動させる。高角砲弾がまとめて炸裂し、爆撃機編隊を包み込んだ。

 

火を噴く機体はない。照準が甘いのか、敵機が頑丈なのか。ともかく爆風がわずかに編隊を揺らしただけで、爆撃機は平然と投弾ポイントへ迫る。

 

『撃ち続けるんや!』

 

龍驤からも叱咤激励される。その声に呼応するように、高角砲弾が敵機を切り刻み、炎の塊に変えた。

 

輪形陣各所、さらには支援母艦からも対空砲火が撃ち上げられる。“横須賀”には四基の一二・七サンチ連装高角砲が据えられており、妖精の手で操作されたそれらが、瑞鳳たちと同じように炎を吐き出していた。

 

弾幕の密度は増していく。だがそれでも、全機を阻止するには至らなかった。

 

『敵機急降下!』

 

ついに、爆撃機が翼を翻し、目標へ―――瑞鳳たちへと迫ってきた。三つに分かれた敵編隊は、それぞれが千歳、隼鷹、そして祥鳳を狙っている。

 

―――当たれ・・・!

 

姉を守ろうと、瑞鳳は必死に弾幕を張り続ける。高角砲弾によって敷かれた真黒な花畑の只中を、ダイブブレーキの音を響かせて爆撃機が急降下してきた。

 

対空砲火が、機銃に切り替わる。伸びた火箭に二機が絡め取られ、バランスを崩して四散した。コントロールを失った機体は、徐々に投弾コースを外れていく。

 

『各艦回避運動!面舵一杯!』

 

龍驤の指示で、六人の軽空母艦娘は舵を切る。しかし、すぐには利きださない。その間にも、敵機は頭上に迫っていた。

 

やがて、敵機の腹から、黒光りする物体が切り離された。陽光に反射する弾頭は、怪しげな光を振りまいて瑞鳳たちに降り注ぐ。その動きを、まるでスローモーションのように、瑞鳳は見つめていた。

 

周囲に水柱が立ち上る。一本、二本連続した水柱は、やがて巨大な瀑布のように艦娘たちの姿を覆い隠す。その合間で、命中弾炸裂の閃光がきらめいた気がした。

 

全てが収まった時、タケからは二本の黒煙が立ち上っていた。千歳、そして祥鳳の艤装が大きく破損し、もはやその能力を損失している。ズタズタに引き裂かれた弓道服を押さえて、苦しげな表情を浮かべる姉に、瑞鳳は息を呑んだ。

 

投下された爆弾は、全部で二十三発。内、命中弾六発。瑞鳳たちは、十分にかわせていたと言える。だが、運悪く当たってしまった爆弾の、当たり所が悪かった。正規空母ほど装甲のない軽空母では、三発も飛行甲板に被弾すれば、すなわち航空機運用能力の喪失を意味する。

 

しばらくして、前方からもおどろおどろしい音が響いた。“横須賀”の艦影の向こう側に、水柱が上がるのが見える。

 

『伊勢、日向被雷!』

 

―――やられた・・・!

 

血の気が引いていくのを、瑞鳳ははっきりと感じていた。

 

さらに、現状に決定的な一撃を加えんとする存在が、船団右方から迫りつつあった。

 

『敵艦隊見ゆ!方位一五五、距離五万!』




だ、大ピンチになってもうた・・・

ど、どうしよう、どうすれば船団を守れるんだろう・・・

誰か・・・誰か私に教えてくれ・・・!

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