まだ電波が繋がっているうちに、なんとか書き上げた話をば
どうぞよろしくお願いいたします
警報が鳴ったのは、あまりにも突然でした。
午後の訓練に備えて、部屋で休息を取っていた昼食直後のわたしは、けたたましいサイレンの音で飛び起きます。甲高いその音色が、事態が尋常でないことを報せました。急いで布団から出て、制服を整えながら、寮の廊下を走ります。海に面した板張りの廊下が、わたしが走るのに合わせてギシギシと鳴りました。
『深海棲艦の接近を確認。駆逐艦一隻が、鎮守府方向へ接近中。おそらく、本土近海の部隊からはぐれた模様』
廊下のスピーカーから聞こえてきたのは、司令官の声です。この状況でも、その声音は落ち着いています。こういううところ、やはり軍人さんなのだなと思いました。
『吹雪は、至急待機室に来てくれ』
待機室。工廠の、出撃ドックの隣に設けられた、いわゆるブリーフィングルームです。否応なしに、わたしは身構えてしまいます。
これから、出撃するのだろうか、と。
覚悟はしたつもりでも、いざ本番となると、やはり違います。今にも破裂しそうな心臓の鼓動を、わたしは走る速さを上げることで誤魔化しました。
「お待たせしました!」
駆けこんだ待機室には、すでに司令官と工廠長がいました。扉を開けて息を整えるわたしに、二人は柔らかな表情を向けました。
「いや、待ってないよ。俺たちも、今来たところだ」
それから、視線だけでこちらに来るようにと促しました。待機室の中央には、海図台が置いてありました。
わたしが海図台の前、司令官の左隣に立つのを確認したように、司令官が状況の説明を始めます。
「駆逐艦が確認されたのは、鎮守府正面、海域コード1-1Aと呼称される位置だ。鎮守府からの距離は、およそ五万」
その情報から、わたしはざっと計算します。
「ええっと、わたしの足で五十分くらいですか」
「そうなるね」
司令官は頷いて、海図の上に二つの駒を置きます。青は鎮守府、つまりわたしですね。赤は1-1A、つまり確認された敵駆逐艦です。
「敵駆逐艦の進路は、こちらに向いている。速度は巡航だから、二時間近く掛かるけど、もうしばらくすれば敵駆逐艦が、この鎮守府を攻撃圏内に捉えることになる。現在の鎮守府には深海棲艦を迎え撃つ装備はなく、このまま接近を許せば、砲撃を受けることになるだろう。たとえ駆逐艦であっても、そうなった時に被る被害は馬鹿にならない」
そこで司令官は、ゆっくりと息を吸い込みました。
「つまり、海上で迎撃をする必要がある」
鎮守府には、深海棲艦を迎え撃つ装備はありません。
でも、わたしなら。深海棲艦に対抗するために開発された“艤装”と、それを背負うわたしなら。
司令官は、真っ直ぐにわたしを見つめました。
「吹雪」
「はい」
「・・・君に、出撃してほしい」
ゴクリ。告げられた司令官の言葉に、わたしは生唾を呑みこみます。
艦娘が、果たして本当に、深海棲艦を撃沈できるのか。最後に残ったその疑問に、わたしの出撃が答えをもたらすことになります。
―――決めたんだ。司令官と一緒に、この海を守るんだって。
司令官は、その願いのために、覚悟を決めているんだ。
わたしは意を決して、頭を縦に振りました。
「はい。駆逐艦“吹雪”、出撃します」
◇
手にしたカードは、切るタイミングが大切だ。
実際に出さなくてもいい。ただ相手に、それとなくそのカードの存在が伝わるだけでもいい。場に出ていなくとも、そのカードが存在することが、大きな影響を及ぼすのだ。
それは、あるゲームではジョーカーだったり、またほかのゲームではキングやクイーン、エースだったりもする。その局面局面において、もっとも効果的な一手が、切り札と称される。
支援母艦“ペーター・シュトラウス”の艦橋にあって、ビスマルクはずっと、自らのカードを切るタイミングを図っていた。
あのアトミラールの下で、この艦隊の旗艦として、ある程度の交渉術は学んできたつもりだ。「詐欺師」とでも呼んでやりたくなるようなあの手腕には、到底かなわないが。
今、ビスマルクたちが目指すべきなのは、自らの独立権を確保することだ。元々彼女たちは、リランカなどという辺境の地で戦うことにさして重きを置いていない。アトミラールも言っていた通り、最終的な目的は彼女たちの母国―――スエズ運河を越えた、欧州に帰り着くことだ。そのためには、どんな勢力にも属さない、独自の指揮権を持つ必要があった。
『チンジュフ』に救援を求めた手前、大きなことは言えないが、最低限の権利を確保しなくては。そのための切り札を、ビスマルクはいつ切るべきか、見守っていた。
―――それは、まさしく今ね。
第三次空襲を受けながら、ビスマルクは確信していた。
すでに、敵機動部隊を叩く増援として、“ルフトバッフェ”から航空隊は出した。だがそれは、切り札ではない。ビスマルクたちの切り札―――『チンジュフ』がリランカ島を目指した理由は、今、“ペーター・シュトラウス”の工廠に保管されている。こうなることを見越して、ビスマルクが詰め込ませていたのだ。
「さて・・・始めましょうか」
引き上げていく第三次攻撃隊を確認して、ビスマルクはポツリと呟いた。
「やるのね、やっと」
横に控えていたローマが、溜め息のようにそう漏らした。その横では、リットリオがいつものように優しく微笑んでいる。
「いいでしょう、艦長?」
“ペーター・シュトラウス”の指揮を執る、初老のフランス人艦長に尋ねる。彼はニヤリと笑って、大きく肯定の意思を示した。彼が差し出した艦内放送用のマイクを受け取る。
「全艦に達する」
艦内に、ビスマルクの声が響いた。
「対水上戦闘用意。ビスマルク、レーベレヒト・マース、マックス・シュルツは出撃準備を。工廠部は、“お届け物”の準備をして頂戴」
了解の声が、各所から届いた。
「ビスマルク殿?何を始めるつもりでありますか?」
同じく艦橋にいたあきつ丸が、怪訝な表情で尋ねた。そんなこの艦隊の恩人に、ビスマルクは不敵な笑みを浮かべる。
「鶴の恩返し、ってところかしらね」
ビスマルクの言葉に、あきつ丸は首を傾げる。それには構わず、ビスマルクは彼女にも、『チンジュフ』所属の支援母艦“横須賀”へ、回線を開くことを求めた。
程なく、あきつ丸の持参した通信機が、“横須賀”の作戦指揮室と繋がれた。
『タモン少将です』
通信機の先に出たのは、深い声の男性だ。ビスマルクたちを迎えてくれた、救援艦隊の指揮も執っていた将校だ。
「ビスマルクです。これより、我々は独自の作戦行動を取ります」
『独自の作戦行動、といいますと?』
「詳細は話している時間が惜しいので、省略させていただきます。ただ、貴方方の戦力に代わって、しばらくの間は戦線を支えます、とだけ」
それから、もう一つ。
「“横須賀”に、届けたいものがあります。今から、駆逐艦を二隻、そちらに向かわせますので、回収をお願いします。届け物の使い方は、彼女たちから聞いてください。きっと、貴方方の助けになります」
それだけ言い切ったビスマルクは、黙ってタモンの返事を待つ。しばらくして、変わらない声でタモンが答えた。
『いいでしょう。独自作戦の件につきまして、了承しました。駆逐艦娘の回収も準備させます。ただし、戦闘中はこの回線を維持してください』
「わかったわ」
そう言って、短い会談は終わった。あきつ丸が回線の維持を部下に命じている。
「511」
「・・・はい」
艦橋の隅に控えていた潜水艦娘から返事がある。彼女の艤装は、リランカ島の上陸作戦時に喪失していた。
だが、彼女には他にも、やれることがある。
「“ゼーフント”を準備していて頂戴。きっと、使いどころがあるはずよ」
「・・・うん。了解」
彼女は静かに、はっきりと頷いた。
「それでは、自分たちも準備した方がいいでありますか?」
回線の維持作業を終えたあきつ丸が、ビスマルクを見る。
「ええ、そうね。お願いするわ」
「了解であります。神州丸、ついてくるであります」
「はい!」
二人の陸軍艦娘は、そのまま艦橋を出て、後部デッキへと向かっていった。上甲板よりも一段高いそこには、彼女たちがこの作戦のために持ち込んだ、切り札ともいうべき兵装が据えられている。
出ていった二人の陸軍艦娘を見送って、ビスマルクは自らの副官に顔を向けた。オイゲンがぴんと背筋を伸ばす。
「オイゲン、後は頼んだわ」
「はい!お任せください!」
笑顔で答えたオイゲンに、ビスマルクも微笑む。制帽の位置を整えたビスマルクは、踵を返し、艦橋から立ち去る。下った階段の先、出撃レーンに据えられた、自らの艤装を目指して。
“ペーター・シュトラウス”の艦尾から、ビスマルクが飛び出す。後ろ向きに海面へと躍り出た彼女は、速度とバランスを見て、“ペーター・シュトラウス”に並走する。それから数分して、今度は二人の駆逐艦娘が飛び出してきた。その手には、艤装の主砲に加えてバケツ大のものが抱えられている。
「レーベ、マックス。よろしく頼んだわ」
『うん、わかった。ビスマルクはどうするつもり?』
「そうねえ・・・」
レーベの問いかけに、ビスマルクはわざとらしく、手を庇のようにして船団後方を見た。そこには、船団を襲撃せんと接近してくる、深海棲艦の水上部隊がいる。
「ちょっと、パーティーでもしてくるわ」
『そっか』
レーベが苦笑する。二人の駆逐艦娘は、加速すると船団中央付近にいる“横須賀”へと向かっていった。
―――さて、私もやりましょうか。
緊急出撃に近かったが、艤装の各部点検は済ませている。戦闘に問題はない。
「最大戦速!」
自らを奮い立たせるように叫ぶ。それに呼応して、ビスマルクの艤装の出力が高まり、脚部艤装の回転数を増す。大きな反動と共に、ビスマルクは加速を始めた。
船団の後方を目指しながら、ビスマルクは起動したレーダーの画面を確認する。工廠部員が自信を持って送り出した対水上レーダーには、ビスマルクの正面から船団に迫りつつある影がはっきりと見て取れた。うち、戦艦級と思しき大型の影は二つ。
何とかあれを引き付けたい。先の通信を聞くに、『チンジュフ』側の戦艦戦力は枯渇しているはずだ。“現状では”、タイマンで戦艦を相手取れるのは、この船団にビスマルクしかいない。
レーダーの反射には、明らかに敵水上部隊を迎撃せんとする『チンジュフ』側の水上部隊もある。しかしその影は、よくて巡洋艦級であり、戦艦二隻を含む部隊を迎撃するには心もとない。
とにかく、今は自らの主砲有効射程圏内に、深海棲艦を捉えるのが優先だ。
洗練された無骨さを醸し出すビスマルクの艤装が、白い波を切り裂いて水面を突き進む。金髪を流す風に、彼女は戦場の香りを感じていた。
*
「目標、前衛敵巡洋艦部隊!」
機関を唸らせて船団後方へ突入していくキヨの先頭で、摩耶は隊内通信機に向けて叫んだ。両腕の主砲には、すでに対艦戦闘用の徹甲弾が装填されており、いつでも発砲できる。後方に付き従う鳥海も同じだ。
『摩耶、聞こえるか』
隊内からの返事と入れ替わるようにして通信機に入ってきたのは、彼女もよく知る戦友の声だった。那智もまた、摩耶と同じように一個部隊を任されている。
「感度良好だぜ」
『そうか。こちらは、もう間もなく補給作業を終える。それまで持ちこたえてくれ』
「言われなくてもっ!」
口元に笑みを浮かべて、摩耶は通信を終了する。
船団の右翼前方を担当していた摩耶たちが、船団右舷正横後から突入してくる敵水上部隊を迎撃することになったのは、丁度同方向付近を防衛していたヤスが燃弾補給を行っていたからだ。連続した防空戦闘を行ったと同時に、船団側面から襲いかかってくる潜水艦も迎撃していた彼女たちは、丁度第三次空襲中に弾薬を切らし、手近の“佐世保”から洋上補給を受けているところだった。ちなみに摩耶たちは、第三次空襲前に補給を終えている。
ヤスは、駆逐艦娘の主砲弾と爆雷、燃料の補給を中心に行っているため、もう数分もすれば終わるだろうが、敵水上部隊前衛との会敵には間に合いそうにない。逆に考えれば、摩耶たちが敵巡洋艦部隊を叩き、そこへ補給を終えて万全な状態のヤスが突入すれば、敵戦艦を食い止めることができるかもしれない。
摩耶の狙いは後者だ。ここで巡洋艦部隊を食い止め、後のヤスに敵戦艦撃破の望みを託す。そのために、持ちうる全ての力を発揮する。
―――おそらく、今日中にもう一度の空襲はない。いや、できない。
時刻は間もなく夕刻を迎えようとしている。先ほどの第三次攻撃隊が敵機動部隊まで帰還するのに一時間。そこから補給や予備機等の編成を考えると、おそらく今日中にもう一度の空襲が来ることはあるまい。そもそも、これまでの空襲を迎撃したことで、敵航空隊も相当に消耗しているはずだ。これ以上の攻撃隊を出すことは不可能と考えられる。
であれば、摩耶たちがすべきことは、今全力で目の前の脅威を排除することだ。
「吹雪、十一駆の指揮権をお前に託す。可能な限り、敵艦隊の妨害を頼む」
『了解しました!十一駆の指揮権をもらい受けます』
摩耶の後方で答えた駆逐艦娘は、言うや否や僚艦三人を引き連れて加速、一気に摩耶と鳥海の前に出た。彼女たちにとって、攪乱などお手の物だった。
『軽巡と駆逐艦はこちらで引き受けます!摩耶さんたちは、巡洋艦の方をお願いします』
「おう、わかってるぜ。そっちは任せた」
『はい!頑張ります!』
『お任せください』
『ん、任せといて』
『まあ見てなって!』
四人の自信に満ちた返答に、摩耶は自然と口角が吊り上がるのを感じた。これまでにないピンチにもかかわらず、その思考は不思議と落ち着いている。
後ろには、誰よりも信頼する姉妹艦の鳥海が。前には、鎮守府最高練度の駆逐隊が。これほどに心強いこともなかった。
敵水上部隊から、その一部が増速してくる。前衛の敵巡洋艦部隊であることは間違いない。電探の捉えたその影に注意を払いつつ、摩耶は水平線の向こうに敵影を捉える瞬間を待った。電探には映っているものの、残念ながら摩耶と鳥海が搭載する二二号電探では、電探のみによる主砲射撃は困難だ。
『敵水上部隊視認!』
前に出た吹雪から報告が上がる。ほとんど同時に、摩耶の双眸も、水平線から露わになる深海棲艦を捉えた。相対速力が大きい分、その差はぐんぐんと縮まり、あっという間に上半身のほとんどが露出する。両腕に龍頭を思わせる艤装を着けた、重巡リ級であることが確認できた。
―――いや、待てよ。
水平線上をこちらへと迫ってくる敵水上部隊を凝視しながら、摩耶は思考回路をフルに回転させる。なんだ、この違和感は。自らの中で、本能が鳴らす警鐘の正体を、摩耶は探っていた。
答えは、摩耶の前を加速していった吹雪から示された。
『敵巡洋艦部隊、先頭の一番艦は、新型のリ級!改Flagshipと思われます!』
―――何だと・・・!?
口をついて出そうになったその一言を、摩耶はかろうじて飲み込んだ。それからもう一度、敵巡洋艦部隊に目を凝らす。
金色の禍々しいオーラを放つ艤装。ギラギラとした月光を思わせる瞳。しかしその左目には、まるで怨念のような、深い海の底を思わせる青が宿っていた。
現在確認されている巡洋艦の中で、最も高性能な種類。リ級改Flagshipと呼称される難敵。摩耶からすれば、沖ノ島での作戦以来の遭遇だった。
姉二人が満足にダメージすら与えることのできなかった敵艦が、今摩耶の目の前にいるのだ。その凶悪極まりない牙を、摩耶たちに向けようとしているのだ。
―――上等!!
心の中で、自らを奮い立たせる。あの時は夜戦だった。だが今は違う。夜間補正の掛からない今、砲戦能力の高い高雄型の艤装ならば、あるいは撃破可能かもしれない。
「吹雪、そちらは作戦通り軽巡以下を牽制。重巡二杯は、あたしと鳥海が何とかする」
あの深海棲艦を、装甲の薄い駆逐艦に近づけるのは危険だ。
『・・・わかりました。軽巡以下の引き剥がしにかかります』
答えた吹雪たちは、そのまま敵前衛へと突撃を開始する。それを迎え撃つべく、二隻の重巡の後ろに控えていた敵軽巡が前に出た。
火蓋を切るのは深海棲艦だ。軽巡ト級が発砲。その射弾を、吹雪たちは華麗な艦隊運動でかわす。以降、お互いの砲弾が入り乱れ、水柱を林立させながら、重巡たちの戦場から遠ざかっていく。おまけとばかりに、早速一隻の敵駆逐艦を、初雪が仕留めていた。
―――こっちも、始めるとすっか。
「取舵一杯!あっちの頭を押さえるぞ!」
『了解!』
摩耶の指示に鳥海が答え、二人は回頭する。丁度丁字戦の要領だ。あちらも二隻で突入してくる重巡の、頭を押さえる。この時点で距離二万。砲戦開始にはいささか遠い。
摩耶たちの動きに、敵重巡も素早く反応した。面舵を切ると、丁字戦を回避して同航戦の形態に移行する。リ級改の禍々しい影を引いている左目が、さらに引き立てられていた。
―――ちっとばかし遠いな。
同航戦のままでは、距離は二万から縮まらない。後ろの鳥海に目配せをすると、摩耶はさらに転舵を指示した。
「一斉回頭、面舵一杯!」
二人が同時に回頭し、二隻の重巡に正面を向ける。今度は逆に、あちらに丁字を描かれる形だ。とはいえ、一斉回頭によって陣形が単縦陣から単横陣に移行しており、二隻の敵艦からどちらかが一方的に叩かれるという展開はない。
「鳥海、一五〇(一万五千)で砲戦開始」
『了解』
真面目な妹艦は声にこそ出さないが、任せてとはっきり頷いているのがわかった。
敵重巡も再び回頭を行った。あちらも一斉回頭だ。両者二隻ずつの重巡は、単横陣で向かい合ったまま、時宜を待っている。
やがて―――
「一五〇!砲戦始め!」
一万五千を切った時点で、摩耶は砲撃の開始を命じた。両腕に据えられた二〇・三サンチ連装砲塔を掲げ、発砲。初弾から全力斉射だ。その反動が、一瞬摩耶の歩みを止める。
狙っていたタイミングは同じだったらしい。リ級改が咆哮を上げ、機械的な両腕から砲炎が踊った。あちらも、初弾から全力斉射らしい。
次弾装填が行われている間に、両者の第一射が落下した。硝薬の匂いを含んだ海水が視界を塞いだと思った瞬間、摩耶はそこに頭から突っ込んでいる。命中弾はない。一万五千の距離、高速の反航戦では、早々第一射から命中弾が出るものではない。
むしろ問題は。
「っ!」
ある程度予想していた事態ではあったが、摩耶は声にならない呻きを上げた。こちらの装填作業が終わらないうちに、リ級改は再び発砲したのだ。装填速度は十五秒を切っている。速射性能は十分過ぎるほど高い。
五秒ほど遅れて、摩耶と鳥海、そしてリ級の通常型が主砲を放つ。だが、その砲煙が治まらないうちに、先に放たれたリ級改の砲弾が降り注いで、摩耶の視界を白く染め上げた。精度は明らかに先ほどよりも高い。
摩耶たちの第二射が到達するのと、リ級改が三たび砲炎を上げるのはほとんど同じだった。真っ赤な砲声をかき消そうとするかのように、四発の二〇・三サンチ砲弾が海面を叩き割り、海水を沸き立たせる。しかし、命中弾が生じることも、夾叉弾を得ることもできなかった。
第三射が摩耶を包み込む。真っ白なベールは完全に摩耶を包み込んでおり、轟音と崩れ落ちる水柱の滴が摩耶を強かに打った。見紛うことなく、敵弾は摩耶を夾叉していた。
それでも、摩耶はなお第三射を放つ。この戦い、どうあっても投げることなどできないのだ。
数秒後に放たれたリ級改の斉射は、摩耶より一回多い第四射だ。おそらく次から、命中弾が出始める。それに対抗するため、こちらも命中弾か、せめて夾叉弾が欲しかった。
摩耶の第三射が落下する。立ち上った水柱の合間に、真っ赤な火焔が踊る。命中は確実だった。
しかし、確かな戦果を確認する間もなく、リ級改の第四射が頭上から迫ってきた。甲高い飛翔音が最大まで拡大した後、強烈な衝撃と鋭い痛みが摩耶を襲った。喰らったのは確実だ。
歯を食い縛る。少なくとも今のところは、戦闘航行共に支障なく、摩耶の艤装が健在であることは間違いない。内なる闘志を奮い立たせ、摩耶は正面の敵艦を睨み据えた。
だが、摩耶の決意を打ち砕くかの如く、リ級改の振るう数の暴力は凶悪だった。
第四射、五射。主砲を放つたび、被害が累積していくのは摩耶の方だ。逆に、リ級改の方には目立った損傷があるようには見受けられず、わずかな黒煙を引いているくらいのものだった。八インチ砲の発射間隔も、まったく衰えを見せない。
それでも摩耶は砲撃を止めない。一万二千まで接近したところで、防空砲台を展開、そこに据えられた一二・七サンチ連装高角砲まで用いて、射撃を続行する。
八インチ砲弾が頬を掠め、あるいはエネルギー装甲にぶつかって異音を上げる。活火山の如く砲炎を上げていた一二・七サンチ連装高角砲に八インチ砲弾が直撃して、跡形もなく消し飛ばす。かと思えば、摩耶の二〇・三サンチ砲弾がリ級改を捉え、その艤装を抉る。
摩耶が劣勢なのは明らかだ。およそ十五秒に一度降り注ぐ八インチ砲弾の驟雨が、着実に摩耶の戦闘能力を奪うのに対し、リ級改は摩耶の二〇・三サンチ砲弾に十分耐えている。時間が経てばたつほど、両者の差は歴然となっていった。
『テーッ!』
一万を切った時、リ級の通常型を行動不能に陥れた鳥海が砲撃に加わった。しかしその時点で、摩耶は満身創痍の状態だった。両腕の主砲塔がやられていないのが不思議なくらいだ。
そして、終わりは突然やってきた。
体を走り抜けた命中弾炸裂の衝撃が、それまでと違ったことに、摩耶は気づかなかったフリをした。それでも現実は、残酷に彼女の前に示された。
速力がガクリと落ちる。気のせいか、姿勢も少しずつ右に傾いている気がした。
―――動けっ・・・動けっ!
そんな心の叫びも虚しく、摩耶はみるみるうちに落伍していった。
『もういいわ、摩耶!』
もがく摩耶に気付いているのだろう。すでに前に出ていってしまった鳥海が、珍しく大声で通信機に叫んでいた。
『もう十分よ。摩耶は、十分戦った』
―――・・・まだだ。
喉まで出かかった言葉を、結局言葉にすることはできなかった。それでもなお、とどまり続けようとする摩耶を振り払わんとするかの如く、鳥海が今にも震えそうな、それでいて強い信念を感じさせる声で、通信機に叫んだ。
『摩耶を旗艦遂行不能と判断し、以後の指揮を鳥海が執ります!』
―――そうじゃ・・・ねえだろ。
傾斜が拡大したこと、そして全身から力が抜ける感覚を痛感して、摩耶は海面に膝から崩れ落ちた。最早その行き足は無きに等しい。ただどうすることもできず、前を行く妹に手を伸ばす。その手が何かを掴むことはないと、知りながら。
こんなところで、自分が倒れていてはいけない。大切な妹艦一人に、行かせるわけにはいかない。何より、今までずっと一緒だった鳥海という少女を、一人にしてしまった自分が情けない。そして、彼女の力を信じてやることもでず、自分勝手なエゴでその背中を追いかけようとしている自分が、許せない。
至近で炸裂した八インチ砲弾に、左の聴力を奪われていたのだろうか。肩を叩かれるまで、呼びかけられていた声に気付くことができなかった。見上げれば、長いサイドテールを下げた重巡洋艦娘が、摩耶の顔を覗きこんでいた。
「立てるか?」
端的なその問いに、辛うじて頷く。那智が指示すると、駆逐艦娘の黒潮と舞風が摩耶を両脇から抱えた。手近な“佐世保”まで曳航していくつもりのようだ。
やっとの思いで体を起こした摩耶は、未練がましく鳥海の方を見遣る。すでに随分と前方へ出てしまった姉妹艦に向けて、リ級改が砲撃を始めたのは、丁度その時だった。
こっちの一話あたりの文量が多いことを気にし始めた作者です
戦闘の流れを損なわないように書いていくと、どうしてもこれくらいの文量になってしまう
この後はいよいよ夏イベ開始です!気合い!入れて!頑張って参りましょう!!(作者がやれるとは言ってない)