艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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新章開幕です

色々な謎解きをしつつ、最終章に向けて加速していくつもりです

短めに終わる予定(前も同じようなこと言ってた気がする・・・)


秘めたものたち
新翼と鋼鉄


鎮守府にも、冬の便りが届き始めた。

 

秋色に染まっていた山々は、次第に木々の葉を落とし、冬支度をしている。その間を吹き抜け、鎮守府へと降りてくる。身を震わせるような風を感じながら、提督は速足で歩いていた。

 

「いよいよ、冬といった趣ですね」

 

横を同じようにして歩くのは、海軍仕様の外套を着こむユキだ。海軍生活が長いと、普段の歩調も自然と速くなる。ユキは特に苦労する様子もなく、提督の隣に並んでいた。

 

二人が向かっているのは、第一一航空艦隊―――一一航艦が構える基地と、その管制施設だ。

 

基地航空艦隊―――所謂基地航艦は、主に本土の防衛を担当する、陸上機装備部隊である。その構成部隊は、大きく分けて三つ。鎮守府含めた、関東周辺の首都機能を防衛する、一一航艦。北方の哨戒を担当する第一二航空艦隊―――一二航艦。南方の航路防衛を担当する第一三航空艦隊―――一三航艦。

 

それぞれの航空艦隊には、鷹娘をオペレーターとした航空隊が所属する。一一航艦に四つ(一一空、二一空、三一空、四一空)、一二航艦に三つ(一二空、二二空、三二空)、一三航艦に三つ(一三空、二三空、三三空)、計十個の航空隊が、鯖日本を防衛していることになる。

 

中でも、一一航艦所属二一空は、試験装備部隊となっており、新鋭機や装備の実機試験を数多くこなす。二人が一一航艦基地に向かっているのは、その実機試験に立ち合うために他ならない。

 

ほどなく、管制施設が見えてくる。あまり大きい施設ではない。平屋建ての、こじんまりしたものである。

 

施設の横には、二百メートルほどの滑走路が敷かれている。隣接した駐機場では、妖精たちがちょこちょこと動き回り、何やら機体の整備をしていた。

 

施設の入り口に立ち、インターホンを鳴らす。中から電子ロックが解除される音がして、扉が開いた。

 

「おお、提督にユキ少佐か」

 

出迎えたのは、色白の女性だ。二つにまとめた銀髪、薄い色の瞳が印象的である。

 

『独立艦隊』所属の航空母艦娘、グラーフ・ツェッペリンだ。今回の実機試験への立ち合いを希望したため、この場にいる。

 

施設の中は、いつになく人が多い。工廠部、それも航空機関連の技術者が多いのは一目瞭然なのだが、その青いツナギの中に、あまり馴染みのない薄い灰色の作業着まで混じっている。おそらくは、『独立艦隊』側の技術者だろう。

 

『独立艦隊』との技術協定が結ばれて、早一か月。今回の実機試験は、『独立艦隊』と共に開発した初めての装備品である。

 

これまでも、お互いに技術供与はしてきたが、共同開発となるのは初めてだ。期待は否応にも高まる。

 

オペレーター席に座る二一空の鷹娘、瑞鷹も、どこか緊張した様子だ。

 

「提督とユキ少佐は、屋上に」

 

そう言って、グラーフは屋上へと続く階段を案内する。できれば暖かい室内がよかったが、そうも言っていられまい。

 

階段を上りきり、扉を開けて屋外へと出る。気圧の差から、強い風が吹き付けて、冷たさが外套の下に突き刺さった。勢いよく閉じそうになる扉を、なんとか押さえつける。

 

屋上からは、基地が一望できる。滑走路、駐機場、整備場を兼ねた格納庫。そこに並べられている機体もだ。

 

駐機場に並んでいた機体―――一式陸攻が、滑走路の方へと引き出されていく。発動機がかけられ、暖機運転が始まった。その様子を、整備員妖精が最後まで確認している。やがて、手振りで大きく、機体の状態が良好であることを報告した。

 

『試験参加の一式陸攻、全機発進準備完了。これより、第一回“麗花”実機試験を開始します』

 

少し硬い様子で、瑞鷹が告げる。数十秒後、暖機を完了していた一式陸攻が、ゆっくりと滑走を始めた。一機、二機、滑走路を飛び立っていった双発攻撃機は、最終的に四機を数えた。

 

よく目を凝らせば、葉巻のような機体の下部に、細長く鈍色に輝くものがあることに気づいたはずだ。

 

『試験機、全機発進しました。洋上の目標を確認。高度三〇(三千)を維持します』

 

持参した双眼鏡を覗き込む。洋上で編隊を組みつつ、少しずつ高度を稼いでいく四機の一式陸攻。また、演習海域上に用意されている射撃目標も確認できた。例によって、手書きの深海棲艦である。今回はタ級だ。

 

「・・・なんだ、あの手作り感あふれる射撃目標は」

 

同じく双眼鏡を覗き込んでいたグラーフが、怪訝な声で尋ねる。苦笑を交えながら、提督は応えた。

 

「うちの伝統みたいなものです」

 

「デントー・・・。そうなのか」

 

よくわからないといった様子で、グラーフは首を傾げていた。

 

『演習海域の観測船より入電、実機計測準備よし。一番機、発射進路に進入します』

 

四機編隊のうち一機が、翼を翻して高度を下げる。いよいよ、始まるのだ。試験の様子を、提督は静かに見守る。

 

『一〇・・・〇九・・・〇八』

 

目標へ接近しつつ、じりじりと高度を下げていく一式陸攻。さながら、獲物の背後から忍び寄る、猛禽類のごとしだ。全くブレのない、滑らかな動きが、瑞鷹の腕を物語っている。

 

『・・・〇六・・・〇五。“麗花”、発射準備よろし。・・・発射』

 

瑞鷹が告げた次の瞬間、胴体下に懸吊されていた“何か”が、機体を離れた。数瞬の後、物体の尾部から白煙が迸り、音速の矢となってグングンと速度を上げていく。あっという間に一式陸攻を置いてけぼりにした物体は、翼のようなものを展開すると、そのまま真っ直ぐに目標へ突っ込んで行く。

 

ほどなくして、物体は手書きのタ級に吸い込まれた。演習用の砲弾が、派手な火焔を上げる。

 

『命中です』

 

瑞鷹の声も、どこか安堵している雰囲気だった。

 

「成功、みたいですね」

 

「ああ。そのようだな」

 

ユキの呟きに、提督は確信をもって答えた。

 

対艦噴進徹甲弾“麗花”。工廠部で開発が進められていた、試製対艦噴進徹甲弾に、さらなる改良を施したものだ。

 

元々開発していた噴進徹甲弾には、弾道のブレとそれに由来した長距離での命中率低下、発射高度の制限、噴進器の推力の弱さなど、解決しなければならない問題点が多かった。これに手を加えたのが、『独立艦隊』の技術陣だ。こと噴式器の技術については、『独立艦隊』はかなり進んでいた。

 

噴式には二つの種類がある。“麗花”に使用されている噴進器は、いわゆるロケット。一方、噴流器と呼ばれるものは、いわゆるジェットで、次期基地航空隊用局地戦闘機のエンジンとして期待されている。

 

『独立艦隊』と技術協定が結ばれたことで、工廠部内でも二つの噴式器についての研究、開発が本格始動することとなった。

 

“麗花”に続く噴進弾の開発もすでに始まっている。“麗花”を一回り小さくして艦上機での運用を可能にする計画と、魚雷発射管からの射出を可能にした「噴進魚雷」とでも言うべき計画、二つが立ち上げられていた。どちらも、『独立艦隊』では設計の最終段階まで行ったものの、リランカ島空襲に際して資料が焼失してしまった計画をもとにしている。

 

―――今後の開発計画のためにも、まずは“麗花”を完成させなければ。

 

二機目の一式陸攻が、突入進路への進入を始めている。先ほどよりもわずかに高い高度だ。

 

粛々と進められていく実機試験の様子を、多くの期待の眼差しが見つめていた。

 

 

整備の終わった艤装を背負い、出撃ドックから出た吹雪は、ご機嫌であった。なぜか。

 

「吹雪ちゃんとこうして海に出るのも、久しぶりね」

 

吹雪に続いて出撃ドックを出てきたのは、戦艦娘特有の巨大な艤装を背負った女性だ。黒髪は前進に伴ってしなやかに揺れ、陽光を浴びてキラキラと輝いている。温和な表情と相まって、大人の色香を感じさせた。

 

「そうですね。扶桑さんと一緒に出るのは・・・沖ノ島以来、でしょうか」

 

「そうなるかしらね。ふふ、今日はよろしくね」

 

上品に笑う扶桑につられて、吹雪も頬を緩める。鎮守府最古参の戦艦娘である彼女とは、付き合いが長い。

 

「ふーん、長いとは思ってたけど、もうそんなに経つのね」

 

若干そっけない感じで答えたのは、扶桑の妹艦である山城だ。扶桑と同じように艶やかな黒髪は、肩口で揃えられている。姉よりも勝気な目元に違わず、口調も強いところがあるが、本音を言いづらい性格であることは、吹雪も知っていた。

 

「もう、山城ったら。あんなにそっけない感じだけど、今日のこと、すごく楽しみにしてたのよ」

 

「な、何言ってるんですか姉様!?」

 

「この後、一緒に間宮にでも行きましょうか」

 

「勝手に話を進めないでください!?」

 

相変わらず仲のいい姉妹のやり取りに苦笑しつつ、間宮行きには頷いた吹雪であった。

 

北方作戦の際に大きく損傷した二人の艤装は、缶の全とっかえや脚部艤装の強化、新式主砲システムへの換装などを同時に行ったため、修復に三か月近くを要した。ようやく出渠した二人の艤装調整は一週間前に終了し、通常の演習に戻っている。

 

シミュレーターを用いた訓練はできるが、やはり実際に艤装を着けるのとでは、大きく違う。早く感覚を取り戻したいというのが、二人の本音だろう。

 

今日は、そんな彼女たちも含めて、戦艦娘同士の砲撃演習が行われる予定だ。扶桑を旗艦として、吹雪、山城を含んだ艦隊の編成は、他に鈴谷、阿賀野、弥生。今回の吹雪の役目は、接近してくる軽艦艇への警戒だ。

 

一方の相手艦隊についても、その編成だけは聞いている。演習の開始位置が違うので、その姿を確認するのは実際に演習が始まってからだ。

 

「阿賀野を前路警戒として、単縦陣」

 

全員が揃ったことを確認した扶桑が、おしゃべりはそこまでといった様子で、下令する。了解と答えた五人が、陣形を整えていく。

 

緊張の面持ちで吹雪を追い越した阿賀野が、単縦陣の最前に飛び出た。一方吹雪は、陣形の最後尾に位置取る。その前には、単装砲を構える弥生。

 

『演習監督の長門だ。両艦隊の配置完了を確認した。これより、砲撃戦演習を開始する』

 

長門の声が緊張気味なのは、彼女の教官でもある扶桑と山城がいるからだろうか。鎮守府最古参戦艦娘というのは、同時に鎮守府全戦艦娘の育て親ということでもある。その指導を受けた身として、適当なことはできないということか。

 

長門の宣言を受け、扶桑がすぐに指示を飛ばす。

 

『第一戦速に増速。索敵機、発艦開始。観測機も準備を』

 

言うや否や、扶桑は腕に装着していた板状の飛行甲板を構え、カタパルトから艦載機を放つ。飛び出した零水偵が、相手艦隊を探して索敵線を形成する。山城、鈴谷、阿賀野も同様だ。その後、扶桑と山城は、格納庫から引き出された零水観の準備を始めた。

 

ほどなく、相手艦隊発見の報告が入る。

 

『敵艦隊見ゆ。戦艦一、巡洋艦二、駆逐艦三。本艦隊よりの方位〇七五、距離四〇〇(四万)。針路二六五』

 

扶桑三号機の情報が艦隊全員に伝えられる。意外と近くにいた。

 

『一斉転舵、針路〇七五』

 

扶桑の指示で、全員が一斉に舵を切る。これにより、陣形は梯形陣となった。

 

観測機が発艦する。カタパルトから飛び出た二機の零水観は、双葉単フロートという見た目に反して、軽快な動きで高度を稼いでいく。

 

『距離三五〇。正面砲戦用意』

 

相手艦隊はまだ見えていない。観測機によって視点を上げている扶桑と山城は、相手の艦影を捉えているのだろうが、航空機の目を持たない吹雪には縁のない話だ。

 

『距離三〇〇』

 

その声が上がった瞬間、水平線上の見えるか見えないかの位置に、きらめく閃光と爆炎が踊る様が見えた。紛うことなき発砲炎だ。

 

『敵艦発砲!』

 

距離三万は、戦艦の砲戦距離としても遠い部類に入る。そんな距離で砲戦を行える艦型は、鎮守府にも一つしかない。

 

大和型戦艦娘の、四六サンチ砲。最大射程が四万二千にも達するその砲であれば、観測機を用いることで三万における砲戦も、理論上は可能となる。実際、北方海域の戦いにおいて、大和は吹雪の前でそれをやってのけた。

 

が、今回の相手艦隊に、大和は含まれていない。

 

発砲炎の視認から十数秒後、甲高い風切り音とともに、砲弾が降って来た。先頭の阿賀野を狙った射弾らしかったが、弾着位置は遠く、至近弾はない。それでも、噴き上がった水柱の大きさが、尋常でないことはわかる。

 

―――あの時の深海棲艦も、こんな気分だったのかな。

 

場違いな感想に、苦笑を漏らす吹雪であった。

 

第二射が放たれる頃には、多少なりと相手艦隊の姿が見え始めた。特に、先頭を進む艦娘の艤装は大きく、目立つ。砲炎を燻らせる彼女が誰であるか、すぐに確認できた。

 

名は武蔵。大和型の二番艦で、大和の妹艦だ。リ号作戦の遂行中に、着任している。

 

武蔵の第二射が降り注いだ。水柱はまたも遠い位置に生じるが、迫力だけは本物だ。演習用のペイント弾ということで、水柱も薄紫色に染まっていた。

 

『うわあ・・・。あんなのが当たったら・・・考えるだけで不幸だわ』

 

通信機から漏れ聞こえてきたのは、山城の声だ。心底不幸そうに言う彼女の言葉が、逆に艦隊の緊張感を緩める。先頭の阿賀野も、肩から力が抜けた様子で、波に対する動きにも滑らかさが戻りつつあった。

 

『二五〇より、反航戦にて砲戦開始。阿賀野以下は、敵軽艦艇の接近を警戒』

 

扶桑が砲戦距離を二万五千と定める。三六サンチ砲での砲戦距離としてはいささか遠いが、扶桑と山城ともなれば十分に命中弾が見込めるはずだ。もっともそれは、武蔵とて同じわけだが。

 

反航で接近する両艦隊が、五千の距離を詰めるのにさして時間はかからなかった。

 

『二五〇。砲戦始め!』

 

『テーッ!』

 

武蔵の第六射が至近弾となる中、扶桑が凛と声を張る。それに呼応するような、山城の号令。通信機から飛び込んだそれらから一拍を置いて、前方で爆炎が上がる。大気を揺るがす轟音も届いた。

 

扶桑、山城が、砲戦に突入したのだ。

 

十数秒後、武蔵の周囲に三本の水柱が立ち上る。それから数秒後、さらに三本。前者が扶桑、後者が山城の射弾だ。命中も夾叉もなく、二人はすぐさま諸元の修正に取り掛かる。

 

入れ替わりに、武蔵が新たな砲炎を躍らせる。第三射から目標を扶桑へと変えている砲弾が、唸りを上げて飛来した。

 

弾着。最早確認の必要などない。扶桑の前に二本、後ろに一本が立ち上った水柱は、武蔵が諸元修正を終えたことを意味していた。次からは、全九門の砲撃が扶桑に降り注ぐことになる。

 

―――武蔵さんも、無茶してるなあ。

 

敵軽艦艇の接近を警戒しながらも、吹雪はそんな感想を抱く。

 

大和型が備える四六サンチ砲は、威力もさることながらそれに伴う反動も桁外れだ。大和には三連装三基九門の四六サンチ砲が搭載されていたが、その全門を用いることはまずない。というかできない。これは、第三砲塔を背部に配したからだ。同一方向への全門斉射は理論上可能だが、大事を取って、このような配置がなされることとなった。代わりに、大和は全方位に対して、常に六門の砲を指向できるようになっている。

 

一方武蔵は、第三砲塔を背部ではなく、腰部に配している。この第三砲塔は、前部にのみ指向が可能だ。大和で得られた砲術データの結果から、前方に向けてであれば、全門斉射は可能であると判断されたため、このような配置となっている。とはいえあくまで「可能」というだけで、通常時には使用しない。

 

だというのに、武蔵は初っ端から、この戦術を使用してきた。彼女の本気度と取るべきか、単に試し撃ちしてみたかっただけか。

 

扶桑と山城が、ともに第二射を放つ。前方で踊る砲炎を見つめつつも、吹雪は電探に新たな影が映ったことに気づいていた。

 

『電探に感。敵軽艦艇、接近中』

 

通信機から聞こえてきたのは、それまでの扶桑の声ではなく、先頭を行く阿賀野のものであった。敵軽艦艇への警戒を、彼女は担当している。

 

『巡洋艦二、駆逐艦三。三〇ノットで接近中』

 

『迎撃をよろしく』

 

『了解。鈴谷、弥生、吹雪は、阿賀野に続いて。第四戦速』

 

砲戦中のために、扶桑からの指示は短い。後を引き継いだ阿賀野が出す指示を聞き届け、吹雪は増速。鈴谷と弥生に続く。

 

高速発揮に伴う風が、セーラー服の袖をバタバタとなびかせる。飛び散る飛沫が、時折頬を濡らした。

 

『目標視認。本艦隊正面、距離一八〇』

 

吹雪も視認する。こちらと同じように、洋上を疾駆する影。

 

―――先頭は・・・最上さん、かな?

 

鈴谷の姉にあたる航空巡洋艦娘を認める。その後ろに続くのは、姉妹艦の三隈と、駆逐艦娘三人。

 

砲力でも、数でも劣る相手だ。それでも、扶桑たちを守ることが、吹雪たちに与えられた役目である。

 

『鈴谷より阿賀野。一五〇くらいからでも撃てるよ』

 

先手を打つかどうか、鈴谷が尋ねる。阿賀野も承諾し、砲戦開始は一万五千と決まった。

 

戦艦娘以上に、軽艦艇同士の接近は早い。すぐに一万五千を切り、鈴谷が最初の射弾を放つ。

 

『接近戦になる。弥生、吹雪は、四〇まで引き付けて、撃って』

 

それまでは、操艦で頭を押さえつつ、鈴谷と阿賀野で砲撃を繰り出すつもりなのだろう。

 

相対速力五〇ノット強ということもあり、鈴谷が最上に対して命中弾を得たのは、一万一千になってからだった。ほぼ同時に、最上と三隈、そして阿賀野が発砲。すぐさま、両者の砲弾が入り乱れる。

 

『面舵、一斉回頭!針路一三五!』

 

弾着が連続する中、阿賀野からの指示を聞きとり、すぐさま反応する。連続する転舵の間も、吹雪は相手艦隊の様子から目を離さず、見つめ続ける。距離四千は、すぐにやってくるはずだ。

 

『やっば、まずった!?』

 

最上との砲戦を繰り広げる鈴谷が、被弾し、小破の判定を受ける。ここへきて、やはり数がものを言い始めた。転舵が連続しているせいで、いまだ錬成途上の阿賀野は、まともに命中弾を出せていない。それを知ってか知らずか、最上と三隈は鈴谷に射弾を集中する。

 

八度目の転舵と、鈴谷の中破判定。それと同時に、彼我の距離は四千を切った。相手艦隊は丁度左舷九十度。

 

「撃ち方始め!」

 

通信機に吹き込むや否や、右手に握る一二・七サンチ連装砲を、左手を支えにして放つ。艦隊運動は激しいが、別に最大戦速を発揮しているわけでもないし、距離は四千を切っている。吹雪には十分すぎた。

 

放たれた二発の砲弾は、狙い違わず、三隈―――の横をすり抜けて、三番艦に位置する卯月に命中した。そのまま、連続した砲撃が卯月を襲い、ペイント弾で真っ赤になった彼女は大破判定を受けて離脱する。

 

―――今やることは、最上さんたちを止めて、扶桑さんと山城さんを守ること。

 

すぐさま目標を切り替え、四番艦の天津風を狙う。卯月の離脱によってできた隙間を埋めようと、慌てて前に出ようとした彼女に、ペイント弾が命中。弥生の砲撃も加わって、やはりものの数十秒で大破判定。

 

連続して駆逐艦娘が落伍したことで、最上がわずかに舵を切る。吹雪と、残った時津風の間に、割り込むような形だ。この時点で、距離は二千を切ろうとしている。

 

『面舵一杯、一斉転舵!針路二七〇!』

 

阿賀野が下令する。最上たちは針路を変えることなく、あくまで強引に突っ切ろうとしているようだ。先頭の最上は阿賀野と鈴谷から砲弾が集中し、中破の判定となっているが、その後ろに控える三隈は無傷の状態である。

 

一方こちらは、ついに鈴谷が大破判定となり、離脱した。阿賀野がなおも砲撃を続けるが、砲力の不足は否めず、どう見ても押されている。

 

「てーっ!」

 

吹雪も最上に砲撃を繰り出すが、いかんせん、一二・七サンチ砲では火力不足だ。それでも、被害が蓄積したことで、ついに最上は大破判定となった。

 

その瞬間、三隈と時津風が一気に増速した。激しい砲撃を受け続けていたことで、阿賀野の対応は一瞬遅れる。その間に射弾が集中し、大破判定。

 

「指揮を引き継ぎます!」

 

とっさに叫んだ吹雪は、弥生を引き連れて、三隈と時津風に並ぶ。とはいえ、どちらも発揮しうる速力は三四ノットで変わらない。もう一度頭を押さえることは不可能だ。

 

『このままじゃ、突破される・・・!』

 

弥生が呻くように言った。とりあえず、時津風を落とすことを優先し、砲撃を集中。回避を続けていた時津風だが、吹雪の射弾から逃れる術は持ち合わせておらず、多数を被弾。残りは三隈のみとなった。

 

『もう、魚雷で止めるしか、ないよ』

 

弥生の意見具申に、吹雪は首を振る。

 

「魚雷は使わない」

 

『でも、それ以外に方法は』

 

「説明は後」

 

次の瞬間、三隈から牽制のための砲撃が放たれる。一二・七サンチ連装高角砲の砲弾だ。威力は高くないが、発射間隔が短く、連続した水柱が三隈の身を隠す。

 

―――それでも、やるしかない。

 

一か八か、運試しと言えなくもないが、やってみる価値はある。

 

水柱が立ち上る中、吹雪は連装砲を構える。狙いを定め―――

 

「てーっ!」

 

引き金を引く。放たれたペイント弾は、低い弾道を描き、三隈の脚部艤装に命中した。そのまま砲撃を集中する。高速航行中に、ピンポイントで砲撃を続けることは、さすがの吹雪でも厳しかった。それでも、執拗に脚部を狙い続ける。

 

やがて、三隈の速力が大きく落ちた。背部のマストには、航行不能を示すF旗が上がる。

 

三隈の口が動く。声までは聞こえないが、「やってくれましたわね」と唇から読み取れる。それから苦笑して、彼女は離脱していった。

 

扶桑たちと武蔵の砲撃戦も、終息へと向かいつつある。両者一歩も譲らなかったが、練度と連携の差がいかんともしがたく、武蔵はついに、扶桑と山城を撃ち負かせなかった。

 

『そこまで』

 

長門の声で、砲撃演習は終了した。

 

 

 

三隈から受けたペイント弾を拭き取り、シャワー室を出た吹雪の背中を、ペタペタと追いかけてくる足音があった。体にバスタオルを巻いただけの、弥生だ。

 

「あの・・・吹雪」

 

髪を拭いていた手を止める。

 

「どうしたの?」

 

「一つ、聞きたいことが、あった。どうして、魚雷を使わなかったの」

 

訊いてくる目は真剣そのものだ。

 

魚雷は、非力な駆逐艦が、大型艦に対抗できる唯一の手段だ。あの状況では、魚雷を使うのが、三隈を排除するのに最も効果的な手段だった。

 

「理由は二つ、かな」

 

「二つ・・・」

 

「うん。一つは、これが演習じゃなくて、実戦だった場合のこと。実戦だった場合、味方艦隊に迫る敵部隊は、一つとは限らないでしょ?鈴谷さんと阿賀野さんが離脱した時点で、こちらの砲戦火力は無きに等しかった。だから、できるだけ、魚雷は残しておきたかったんだ。ほら、わたしたちは、次発装填装置がないから」

 

これが陽炎型辺りだったら、また判断は違っただろう。

 

「二つ目は、三隈さんに避けられる可能性が高かったこと。同航戦の距離二千じゃ、魚雷発射のタイミングを誤魔化しようがないからね。すぐに気づかれて、回避されると思った」

 

「なるほど・・・」

 

弥生は納得したように頷く。

 

「もちろん、これはあくまで、わたしの判断だけどね。最善手を打つのは難しいけど、それでも、考えを止めることはしたくない。周りを見て、色々なことを考えて。『大型艦には魚雷』、そこで止まってほしくはないかな」

 

―――クサいこと言ってるなあ、わたし。

 

戦艦娘を指導していた時の扶桑も、こんな心持ちだったのだろうか。

 

「わかった。頑張ってみる。・・・ありがとう」

 

ペコリ。弥生が頭を下げたはずみで、タオルがはだけてしまう。

 

「あっ・・・」

 

弥生が気付くのと同時に、吹雪は動いている。反射的に動き、床に落ちたタオルを拾って、弥生の肩に掛けようとする。

 

が、この時の吹雪は、周りが見えていなかった。ゆえに、最悪のタイミングであったことに、気づかなかった。

 

「吹雪が弥生を脱がしにかかってるぴょん!?」

 

そんな声は、シャワー室のドアの方から聞こえてきた。卯月である。

 

「タオルを拾っただけだよ!?」

 

「にしては手つきがエロかったぴょん」

 

「人聞きの悪い言い方止めてっ!?」

 

 

 

結局、間宮で甘味を味わっている間も、この時のことでいじられ続ける羽目になった。そこに、若干の復讐心を感じたのは、気のせいであろうか。




初っ端から飛ばしております

司令官大好きな吹雪ちゃんも、隠れ百合百合な吹雪ちゃんも、作者は大好きです(えっ)

そして・・・この章から(大分前からな気もするけど)、架空戦記に両足で埋まっていきそうです。お付き合いのほど、よろしくお願いします

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