艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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お久しぶりです。

遅くてすみません。ほんとにすみません。

真面目で元気溌剌な吹雪ちゃんは、弄るととっても可愛いと思うの。

今回も、どうぞよろしくお願いします。


新たな光

眼下、前甲板に据えられた五インチ砲の連射音が響く。どんどん、太鼓を打ち鳴らすように規則正しく炸裂音と同時に砲口から褐色の炎が上がる。間隔は、大体三秒ほどだ。

 

長砲身のそれから吐き出された砲弾は、圧倒的な速度で飛翔していく。レーダーと完全にリンクした正確無比な射撃は、狙い違わず、目標へと着弾した。それがほぼ三秒おきに続いていく。やがて黒い金属片のようなものが飛び散ると、次の瞬間、紅蓮の炎と共に目標が弾けた。

 

撃沈確実だ。

 

『CICより艦橋。戦艦クラス“b2”の撃沈を確認。“b3”へ目標変更』

 

「了解」

 

CICで指揮を執る砲雷長から報告が入る。暫くして、砲塔がわずかに動くと、新たな目標へと射撃を開始した。

 

「まるで、百年前の戦争だな」

 

イージス護衛艦“こんごう”の艦橋内から双眼鏡を覗き込んだマサトミ艦長は、目の前で起こっている戦闘の感想をそう述べた。

 

技術の進歩が、戦争そのものを進歩させてきた時代で、自衛隊員となることを選んだマサトミたちにとって、有視界内での砲撃戦など、考えられないことだった。だがしかし、彼らは今、現にそうした戦いを繰り広げている。いや、今までも繰り広げてきたのだ。

 

“こんごう”は老朽艦だった。日本で始めてのイージスシステム搭載艦として完成した彼女は、幾度となくシステムの更新と近代化改修を施すことによって、その命を繋いできた。が、人間がそうであるように、船にもまた寿命があるのだ。いかに優れた船であっても、いずれはどこかしらにガタが来る。

 

本来であれば“こんごう”は,二年前にはその役目を終え、解体されて、次世代の艦へと引き継がれるはずだった。それまでの護衛艦同様、生涯一度も戦闘を経験しないと言う勲章と共に、その歴史に幕を下ろすはずだった。

 

それは、叶わなかった。

 

艦の癖を熟知している砲雷長は、ベストな射点から連続砲撃を行う。砲弾が目標となる敵艦―――“こんごう”を戦場へと引きずり出した張本人へと、迫る。

 

奴らは“深海棲艦”と呼ばれた。

 

正体はわからない。以前、一隻だか一匹だかを鹵獲したと騒がれたが、真偽のほどは不明だ。第一、本当に鹵獲されたのなら、なぜ全く情報が出回らないのかと言う話になる。

 

ともかく奴らは、明らかに敵意を持って、人類へと接近してきた。たくさんの船が、奴らによって沈められた。

 

深海棲艦の装備は、第二次大戦期のそれによく似ている。だから、艦種の類別もそれに準じたものとなっている。

 

その中でも、最大の火力と防御力を誇る戦艦級、そいつに向って、五インチ砲は咆哮していた。

 

着弾に次ぐ着弾。人型、サイズから容姿から全く持って人間にしか見えない戦艦級の深海棲艦に、真っ赤な火矢が突き刺さっていく。が、戦艦級の装甲は、その衝撃に十分すぎる強度を持っていた。それでも、構造上の弱点に当たれば砲弾が盛大に弾け、艤装を削り取る。ミサイルの使えないこの近距離では、これ以外に有効な手はなかった。辺りには、濃い硝煙の匂いが漂う。

 

唐突に、後方からおどろおどろしい轟音が届いた。

 

「“ちょうかい”被弾!」

 

「当たったか・・・」

 

マサトミは、至って冷静な声で呟いた。

 

この状況に持ち込まれた時点で、いずれこうなる運命だったのだ。マサトミは、最後の僚艦となった“ちょうかい”の末路を悟った。

 

攻撃こそ最高の防御と言う思想の元に建造された現代軍艦は、装甲と言うものを持っていないに等しい。第二次大戦時の駆逐艦程度しか、防弾装備は付いていなかった。戦艦の打撃力に耐えられる道理がない。

 

「“ちょうかい”再び被弾!速力低下、炎上中!」

 

ウイングの偵察員が叫ぶ。その声は恐怖に震えていた。

 

自分たちの船も、ああなってしまうのか。

 

一際大きな爆発音が響いた。金属的な狂騒と、圧壊音が続く。

 

轟沈だ。

 

「いよいよ、この“こんごう”だけになったか」

 

状況は絶望的だ。それでも軍人として、最後まで諦めるつもりはない。

 

―――撃て、砲雷長。

 

一隻だろうが、一匹だろうが、今までに沈められた仲間の分まで仕留めろ。その想いを込める。

 

『“b3”沈黙。目標を“a3”に変更』

 

それに応えるように、CICから報告が入った。加熱した砲身が、そのまま新たな目標へと向けられる。そして、第一射が放たれた。

 

次の瞬間、眼下で爆発が生じ、五インチ砲が弾け飛んだ。後には、黒煙を吹き上げる鉄塊のみが残されている。

 

―――万事休す、か。

 

空振りを繰り返した敵弾が、ついに“こんごう”を捉えたのだ。おまけに、申し訳程度の反撃手段まで奪って。

 

『CIWSを手動で撃て!ぶちまけろ!』

 

砲雷長の怒号が響く。チェーンソーのようなモーターの駆動音と、五インチ砲よりも一層早い連射音が聞こえ始めた。

 

だが、それも長くは続かなかった。

 

今までに味わったことのない衝撃が、マサトミの体を艦橋の床に叩きつけた。艦の後部から、金属のひしゃげる嫌な音が伝わってきた。

 

「後部に被弾、応急修理急げ!」

 

「もういい、船務長」

 

マサトミは、自らの副官を引き留めた。

 

「我々の仕事はここまでだ」

 

再び、敵弾が着弾する。今度は艦の中央部辺りだろうか。蒸気の噴き出すような音と共に、艦の行き足ががくんと落ちる。

 

「離艦を急がせろ」

 

この艦は、そう長くは持たない。

 

「・・・ア、アイサー」

 

船務長は緊張した面持ちで答えた。

 

三度目の弾着。幸か不幸か、ミサイルを全て撃ち尽くしていた“こんごう”には可燃物が少なく、“ちょうかい”のように轟沈することはなかった。それでも、いつまで浮いていられるか。

 

離艦の準備が進む艦橋内で、艦の動揺に耐えながら、マサトミは故郷のことを想った。

 

―――すまんな、おふくろ。

 

帰れそうにない、と心の中で謝る。ふと、同郷の、生意気な後輩の顔が浮かんだ。

 

可笑しさがこみ上げて来た。どうやら俺は、自分が思っていた以上に、あの後輩を気に入っていたようだ。

 

燃え盛る礫が、天井を破って艦橋に飛び込んだ。妙にスローモーに流れる時間の中、マサトミは自らの目の前で、深海棲艦の弾丸が弾けるのを見た。次の瞬間、彼の視界は灼熱の赤に包まれて、暗転した。その意識が戻ることは、二度と無かった。

 

 

一○五五。

 

吹雪は、鎮守府の一角、執務室の前に立っていた。

 

今朝、どうやら極秘事項に触れてしまったらしい吹雪は、司令官に呼び出されていた。何か小言を言うつもりは無いと言っていたものの、やはり事態が事態なだけに、緊張は隠せない。

 

ごくり。唾を飲み込んで、執務室のドアを叩いた。

 

「駆逐艦“吹雪”、入ります」

 

「どうぞ」

 

中から返ってきたのは、予想に反して、落ち着いた女性の声だった。ノブに手を掛けて、ドアを開ける。

 

「あら、吹雪ちゃん」

 

中にいたのは、正規空母の加賀だった。秘書艦用の机に腰掛けて、書類に目を通している。

 

執務室と言うのは、その名の通りに鎮守府の司令官が書類仕事や、出撃・遠征等の報告を受ける場所だ。日中、司令官はそのほとんどをこの部屋で過ごす。まれに開発の立会いではずすときは、その旨を残して工廠へと向かう。ちなみにこの執務室、左右がそれぞれ司令官の私室と、台所と化した給湯室になっていた。

 

この執務室には、司令官以外にも秘書艦と呼ばれる艦娘が控えている。秘書艦は司令官の日常業務を手伝う、あるいは司令官不在時の諸々の対応を行うのがその主な仕事だ。そもそもこの秘書艦は、鎮守府が開設されたばかりで、司令官と吹雪だけで初期の山のような書類と格闘していた頃の名残だった。

 

「何か、御用かしら」

 

書類の手を止めた加賀は、顔を上げて吹雪に尋ねる。入室した吹雪は、辺りを見回してから、司令官の居場所を聞いた。

 

「あの、司令官は?」

 

「提督に用事?」

 

そこで加賀は、何かを思い出したように頷いた。

 

「そういえば、一一○○から工廠に行くと言っていたわね。吹雪ちゃんも一緒だったのかしら?」

 

「はい、一応」

 

「なら、あと少し待っていて頂戴。今は作戦室だから、すぐに戻るはずよ」

 

加賀はすっと立ち上がる。引いた椅子が、静かな音を立てる。

 

「お茶でもどうかしら?」

 

「いえ、そんな。すぐに工廠に行ってしまうので」

 

そう。加賀が短く答えた。

 

結局、元々一息入れるつもりだったからと、湯飲みと小さなお饅頭を台所から持ち出した。数はそれぞれ三つだ。

 

少し温めのお茶を、香りと一緒にすする。ほのかな苦味が、餡子の甘さには丁度よかった。

 

「珍しいわね。工廠の随伴が、吹雪ちゃんなんて」

 

「・・・そうですね」

 

一瞬答えにつまりかける。もしかすると、機密情報に触れてしまったかもしれないなどと、口が裂けても言えなかった。

 

「何か、特別な理由でも?」

 

「いえ、その・・・」

 

さすがは加賀。的確に聞かれたくない部分を突いてくる。吹雪は文字通り、お茶を濁した。

 

お饅頭を食べ終わって、そっとお茶を口にした加賀は、いつもの抑揚のない口調で切り出す。

 

「もしかして、鎮守府内デートかしら」

 

あわや、お茶を盛大に吹き出すところだった。

 

「ち、ちちち、違います!」

 

なんですか、そのお家デート的なノリは!?

 

「そう。でも、昼食は一緒なのでしょう?ふたりで出掛けた後の昼食。立派にデートではないかしら?」

 

「あうう・・・それは、その・・・」

 

司令官と、デート。水族館(工廠)、遊園地(工廠です)、二人きりの観覧車(工廠ですから)から眺める夕陽(工廠前の海です)。ディナー(ランチ!ランチです!!)は司令官のエスコートで、夜景の綺麗なフレンチレストラン(中庭の綺麗な鎮守府食堂)のフルコース(特定食)・・・。

 

春の日差しが、一気に真夏の直射日光に変わった気がした。頬が、加熱したように熱い。そんな吹雪を見て、加賀はうっすらと笑いを浮かべている。

 

「冗談よ」

 

「や、やめてくださいよ、もう!!」

 

吹雪は残ったお饅頭を放り込んで、勢いよく咀嚼する。喉につっかえそうになって、慌ててお茶を飲み込んだ。

 

その後現れた司令官は、顔を真っ赤にした吹雪に「五分遅刻です!!」と理不尽に罵倒されて、七秒五三間戸惑いを隠せなかったと言う。

 

 

周囲に弾着の水柱が上がった。一目で巡洋艦クラスの中口径砲とわかるそれは、迫力に欠けるものの、スコールの如く連続して噴き上がる。右、左、精度はお世辞にも高いと言えないが、それでも面の制圧力はある。

 

眼鏡に付いた水滴を自らの速力で振り払って、霧島は敵艦隊へと肉薄して行った。

 

距離は、およそ一万二千。

 

ここで言う一万二千は、メートル法ではない。艦娘の戦闘用に設定された、限定的な測量方だ。具体的には、敵味方の主砲、その砲戦距離を基にして規定されている。

 

「瑞鳳、敵艦隊は捉えた?」

 

後方に待機している随伴の軽空母へと通信を入れる。

 

『ううん、まだ。索敵機から何も報告がないのよ』

 

「・・・了解」

 

高速戦艦娘“霧島”に率いられた艦隊は、沖ノ島沖に展開している敵性艦隊の強行偵察を行っていた。すでに前衛に展開していたいくつかの哨戒部隊を突破しているが、敵の主力艦隊発見には至っていない。

 

―――もっと奥に居るか、それとも敵の艦載機に落とされたか。

 

速度を維持して突撃しつつも、旗艦として状況を分析する。この手の作戦で重要なのは、引き際の見極めだ。

 

戦闘用の眼鏡に、敵艦隊との距離が映される。普段から眼鏡を掛けている彼女だが、さすがに戦闘中は、防弾仕様で度の入っていない眼鏡を使う。視力の方は、コンタクトで補っていた。

 

「一航過の後、離脱するわよ。砲戦用意!」

 

後ろに続く艦娘たちが答える。同時に軽巡洋艦娘“長良”と、追随する駆逐艦娘“島風”、“叢雲”が前に出る。重巡洋艦娘の“筑摩”は、瑞鳳の護衛として、後方に待機していた。

 

「艤装展開」

 

重低音が響き、霧島の背部に装着された砲台型の艤装が、X字型へと変形していく。

 

艦娘と実際の軍艦、特に戦艦の艤装について、大きく異なる点がある。

 

通常軍艦は、艦の横腹側を向けた時に最大の火力が発揮できるよう、設計されている。その主砲塔は、艦の軸線上にまっすぐ配置されていた。一方の艦娘は、反航戦、それも敵と向い合わせの状態で最大の火力が発揮される。理由は二つ。艦娘が人間を素体としている以上、側面を向きながらの戦闘は無理があること。そして、同様の理由で、深海棲艦は前向きで戦闘をしようとする傾向にあること。これらが考慮された結果、艦娘の艤装は向かい合った敵艦に対して、最大威力の攻撃ができるようになっていた。

 

そんな中にあって、一際特殊なのが金剛型高速戦艦の艤装だった。彼女たちは、その高速力を生かした接近戦を得意とする。そのため、砲撃の安定性よりも、状況に対処できる柔軟性が求められた。この可変式の艤装は、遠距離砲戦には向かないものの、他戦艦の艤装よりも広く射角を取ることができ、夜間の追撃戦において多大な効果を上げていた。

 

もっとも、構造上どうしても脆い所が多く、特に砲塔を支えるアームの部分がよく脱落した。砲戦距離の増大もあって、彼女たちの艤装は、順次大規模改装を受けることになっている。

 

霧島は、その改装がまだだった。展開が終わった艤装は、X字それぞれの頂点に、三六サンチ連装砲塔が据えられている。弾種はあえて、零式通常弾を選択していた。徹甲弾では、巡洋艦クラスの装甲を突き抜けてしまう。信管が反応しない場合もあった。

 

「測敵、よし。砲撃始め!!」

 

距離八千で射撃を始める。砲身はほぼ水平に構えられ、初弾から全力斉射を行った。戦艦の砲戦距離としては目と鼻の先と言えるこの距離で外すはずもない。先頭の軽巡ホ級に火柱が立ち上った。触発信管は船体に達すると同時にその責務を果たし、ホ級を業火で包み込む。

 

接近した長良が、手に持ったマシンガン型の艤装から、一四サンチ砲弾をばら撒く。ホ級の被弾で出鼻を挫かれた深海棲艦は、なされるがままに、水底へとその身を沈めていった。

 

通算で、三度の斉射しか行わなかった。その間に全ては決していた。

 

霧島は速力を緩め、反転してきた長良たちと合流する。後には、あいかわらず瑞鳳と筑摩が付いてきていた。戦闘中にずれた眼鏡を、元の位置に戻す。

 

「今ので三つ目・・・。そろそろ、主力と邂逅してもいいはずですが」

 

瑞鳳も筑摩も、首を横に振っている。索敵機からは、まだ何も報告がないということだ。

 

艦隊は、前進を続ける。

 

―――一体、どこに。

 

艦隊の先頭で、霧島は考える。先日、天龍たちが発見した際には、敵の主力は沖ノ島の西側に停泊していたらしい。その辺りを重点的に探したが、見つからない。とすれば、どこかへ移動したか。

 

何のために?動く理由がない。あの位置は、深海棲艦にとって攻められにくく、守りやすい。普段はそこに籠もって、接近してきた輸送船団だけ叩けばいい。なのに、動いたと言うのか。

 

彼女の思考は、横合いからの通信によって中断された。

 

『敵艦隊発見!!』

 

叫んだのは、霧島たち前衛よりも若干下がった位置にいる瑞鳳。

 

「位置と構成は?」

 

『前方、三万五千、戦艦三以上を確認!!』

 

「戦艦三!?」

 

沖ノ島に展開していた、侵攻中枢艦隊とほぼ同等ではないか。そんな主力級が、なぜここに・・・。

 

否。そうじゃない。今、目の前に迫りつつある艦隊こそが、

 

「敵、主力艦隊・・・」

 

敵艦隊が増速した。おそらく、既にこちらを捕捉している。

 

「進路反転。撤退します」

 

霧島の判断は早かった。敵の主力を確認した以上、長居は無用だ。すぐに六人の艦娘たちは舵を切り、霧島を最後尾にして撤退を始める。

 

『鎮守府宛、打電完了』

 

転進のために、前衛として展開することになった筑摩が、主力艦隊の情勢を打電した。これで、最低限の責務は果たしたことになる。後は、いかにして、全員無事に帰投するか。

 

幸い、速力ではこちらの方が俄然有利だ。もっとも遅い瑞鳳に合わせても、最大二八ノットを発揮できる。対する敵艦隊は、戦艦部隊ゆえに足が遅い。二○ノットちょいといったところか。

 

―――これなら、なんとか。

 

霧島は、わずかに後ろを振り返る。敵艦隊との距離は、確実に開いていた。

 

行ける。逃げ切れる。そう思った矢先、風雲急を告げる警告音が鳴り響いた。

 

「っ!電探に感!!」

 

霧島の装備する、カチューシャ型の電探に、接近する機影が映し出された。多い。六○はいる。

 

「左前方、水雷戦隊!!」

 

叢雲が叫ぶ。見れば、海中から鯨のような駆逐ロ級が飛び出してくる。数は四。こちらの艦隊の頭を抑えるように、急速に接近してくる。

 

「これが狙いだったのね・・・」

 

今、偵察艦隊は、深海棲艦の挟撃を受けようとしている。航空機、水雷戦隊、いずれを相手取っても、後方の戦艦部隊に追いつかれてしまう。なんとかして、これを食い止めなければ。

 

方法は、一つしかない。現在の編成において、戦艦を相手取れるのは彼女だけだ。

 

霧島は歯を食いしばる。止める。そう決意した。

 

「瑞鳳、直掩隊発艦。筑摩たちは、なんとかして鯨どもを突破して」

 

そして、自らは反転する。

 

「霧島さん!!」

 

叫んだのは、以外にも島風だった。普段飄々として己の道を行く彼女が、自分を心配してくれている。そう思うと、わずかながら肩が軽くなった気がする。逆に、内なる闘志は、それまでに倍する勢いで燃え上がった。

 

「後方の戦艦部隊は、私が引き受けます」

 

一気に加速する。高速戦艦だけあって、速度は速い。全速で、ぎりぎり三○ノットに届かない、といったところか。

 

深海棲艦が咆哮する。まるで、接近する霧島を歓迎するように。圧倒的な殺戮を楽しむように。

 

「そうはいかないわよ・・・っ!!」

 

眼鏡の下で、そっと笑う。艤装は展開したまま、三六サンチ砲の砲身だけが、ゆったりと鎌首を持ち上げた。

 

「全門斉射あああっ!!」

 

腹の底から叫ぶ。短い警告音の後、八門の砲口から一斉に褐色の炎が沸き立った。艦娘としての力によって守られた鼓膜を、轟音と衝撃波が叩く。観測射撃などと、悠長なことは言っていられない。出来るだけ目立つように、こちらに注意を引くように、派手に撃ち上げる。

 

やがて、青い染料で染め上げられた水柱が、敵艦の周囲に次々と立ち上り始めた。

 

 

吹雪は、司令官に連れられて、工廠の奥へ奥へと進んでいた。

 

積み上げられたいくつもの機材、試作モデルと思しき装備、後、なぜかペンギンと綿のようなぬいぐるみ。工作機械に染み付いた油の匂いが、鼻腔をくすぐる。整備したてで、ピッカピカの艤装から噴き出す、あの匂いだ。

 

行き交う工廠部の人たちが、すれ違いざまに軽い会釈をする。それに合わせて、司令官は軍帽を持ち上げ、吹雪もちょこんと頭を下げた。どの人の作業服も、黒い煤や何かしらの液体で汚れていた。口元に髭のような汚れのある整備員もいる。思わず司令官と顔を見合わせ、ふっと笑いを漏らす。若い整備員は、気恥ずかしそうに、首から提げたタオルで、口元をぬぐった。

 

「提督、吹雪ちゃん」

 

同じように、作業着に使い込まれたエプロンといういでたちの少女が、二人に声を掛けた。

 

「夕張さん!」

 

薄い緑色と言えばいいのだろうか、不思議な髪色のポニーテールを揺らし、ゴーグルと軍手を取り外しながら、彼女は二人の方へ歩いてきた。

 

「相変わらず、工廠に入り浸りか」

 

呆れとも、関心とも取れる声音で、司令官は夕張に言った。彼女は微かに煤の着いた顔で、瑞々しい笑顔を浮かべる。

 

「こっちの方が、私の本分ですから。楽しいですよ、機械いじり」

 

右手に持ったスパナを振る。どうも先程まで、艤装をいじっていたようだ。

 

「それで、お二人は?」

 

何か御用ですか?彼女は、どこか子どもっぽい、いたずらを企むような目で尋ねる。嫌な予感がぷんぷんした。

 

「もしかして、デートですか?」

 

今度こそ、吹雪は盛大に吹き出した。なんでこう、皆同じ事を聞くのか。

 

「違うよ、ちょっと裏に用事がね」

 

そして司令官は司令官で、平然とスルーしている。それはそれで、なんとなく、面白くない。

 

って、何を考えてるのわたしは。

 

吹雪はブンブンと頭を振って、雑念を払いのけた。

 

「ああ、それで。ユズルさんがいないと思ったら、そういうことでしたか」

 

夕張は納得したように頷く。ただしその目は、明らかな興味の色を帯びていた。

 

「いい加減、何があるのか教えて戴けませんか?」

 

「ただの新しいドックだって、目新しいものは何もないよ」

 

ふう~ん。興味津々と言った様子でこちらを伺うが、それ以上の追求は諦めたらしい。小さく溜息を吐いて、彼女は作業へ戻ろうとした。

 

でも、吹雪ちゃんには教えるのよねえ。そんな呟きが聞こえた気がした。

 

「まあ、その内ちゃんと教えてもらいますからね。ユズルさんには、お昼に帰ってくるように、言っておいてください」

 

「わかった。そっちもよろしく」

 

夕張は自らの作業台で、再び艤装に向き直った。すぐに火花が飛び始める。

 

「新しいドック、ですか?」

 

また歩き出した司令官に、吹雪は顔を向ける。そういえば、まだ目的地について何も聞いていなかった。

 

あー、と少しばつの悪い表情で、司令官は答えてくれた。

 

「うーん、半分はほんとのこと、かな」

 

「半分?」

 

司令官によれば、今向かっているのは、新しく造られた大型艦用のドックらしい。今まで、四つのドックを小型艦・大型艦で使い回していた。しかし、これまでの戦訓から、このままではこの先、艦隊が周らなくなると思われた。そこで大型艦専用のドックを増設することで、回転率の向上と、改装等のスムーズ化を計ったそうだ。

 

「で、どうして秘密にしているかというと」

 

司令官は、そこで話を止めた。目の前には、重厚という言葉そのものの、金属の扉が鎮座している。いつの間にか、工廠の奥へと辿り着いていたようだ。

 

「―――実際に見てもらったほうが、早いかな」

 

 

 

扉をくぐった後も、しばらく歩き続けた。足元には階段が続いている。間違いなく、吹雪は下へ下へ、海辺へと向かっていた。まあ、目的地がドックである以上、わずかに崖上にある鎮守府からは、下へと降りていくしかない訳だが。

 

「こんな、施設が」

 

いつの間に。司令官は、妖精さんの協力があったからだと言った。

 

もう一度、重たいドアを開けると、既存のそれより一・五倍程大きなドックが、吹雪の前に現れた。クレーンの動く音。散る火花。それらの音が、壁に反射して響く。

 

「まだ秘密にしていた理由は、アレなんだ」

 

ドックの床より一階分高い通路から、司令官はドックの中央付近を指差した。吹雪は手すりに掴まって、その先を見つめる。

 

そこに、巨大な艤装が据えられている。

 

鎮守府最強戦艦の長門型は、搭載された四一サンチ砲を最大威力で発揮するために、安定性抜群の艤装構造になっている。その艤装は、他のどの艦娘よりも頑丈で猛々しく、力強さと安心感を、艦隊中に放っていた。

 

だが、目の前のそれは。長門が可愛く思えるほどに巨大なそれは。

 

一際目を引くのは、艤装の左右と背部に配置された巨大な三連装砲塔。わずかに傾いた煙突は、これだけの艤装を動かすためか、太く逞しい。長門型をも凌駕する大戦艦。それだけの存在感と威容を誇っていた。

 

「新型戦艦の艤装、ですか?」

 

「その通りだ」

 

応答は、司令官とは反対側の通路奥から聞こえてきた。先程の工廠の作業員同様、所々煤にまみれた、白であったと思われる作業着を着た人影が歩いてくる。

 

「あ、ユズルさん!」

 

作業帽を被った顔は、鎮守府の工廠部を統べる、初老の男性だった。

 

「お疲れ様です、工廠長」

 

「いやあ、疲れたのなんの」

 

そう言って工廠長は、軍手の甲で額をぬぐう。当然のように、額にも真っ黒な煤が付着した。

 

「重量が桁違いだ、動かすだけでも一苦労ってもんよ」

 

とにかく整備が大変だと言う。これだけの設備があっても、扱いに苦労するほどの代物なのだ。

 

「彼女は?」

 

「今、明石と準備中だ。すぐに出てくる」

 

見ていくか?工廠長は、吹雪と司令官に尋ねる。ぜひお願いします、と二人は答えて、その時を待った。

 

『―――えーっと、聞こえてます?はい、なら大丈夫です。これより、コードA140、艤装試験に入ります。船渠内の作業員は、退避願います』

 

しばらくして、明石の声がスピーカーから響いた。その声に応じて、数人の作業員がドック内から出る。そうして誰もいなくなったドックの中で、中央の艤装が身震いをする。アイドリングが始まったのだ。

 

『アイドリングを確認しました。艤装装着準備』

 

明石が指示すると、艤装の接合アームが動き、装着者、つまり艦娘本人の受け入れ態勢を整えていた。

 

モーターが駆動する音と、金属が擦れるような音が、吹雪の足元から聞こえ出した。それが、階下の扉が開く音だとわかった時、カツカツと靴音を立て、一人の艦娘がドックへと入ってきた。

 

吹雪はごくりと唾を飲む。えもいわれぬ緊張で、手すりが振るえ、じっとりと変な汗が吹き出てきた。ドック内を、据えられた艤装へ歩いていく後姿に、その視線が釘付けとなる。

 

彼女が一歩歩くたびに、後頭部の上のほうで結ばれた、つやつやと輝く長髪が規則正しく揺れる。結び目に、桜をあしらった飾りが散りばめられて、それがまた、不思議な風情を、目の前の光景に与えていた。

 

「A140、艤装の装着に入ります」

 

艤装の前で宣言した彼女は、装着のためにくるりと振り向く。その顔が、吹雪たちのほうに向いた。

 

目が、合った。

 

―――やっぱり、あの人だ。

 

一週間ほど前の出来事が、思い起こされた。

 

彼女もまた、吹雪と目が合うと一瞬目を見開いたが、やがて納得したようにうっすらと笑った。上品な、気品漂う笑顔だった。

 

『装着開始。脳波リンク、スタート』

 

艤装を支えるクレーンが動き、彼女の腰周りへ、そのアームを伸ばしていく。機械音と共に、彼女の腰に艤装が固定された。ただし、機関を始動していないため、まだクレーンがその重量を支えている。

 

「装着確認。脳波接続確認」

 

『リンク率百パーセントを確認。試しに、何か動かしてみて』

 

明石のリクエストで、彼女は左右の主砲塔を動かした。あれだけの質量があるのに、動きは至って滑らかだ。

 

『船渠、注水開始』

 

ポンプが起動し、ドック内へと海水が流入する。船がドックから出るには、この作業が不可欠だ。

 

水位が上がり、ドックの床を水が張っていく。徐々に増していき、脚部艤装が浸かり始める。一分ほどで、ドックへの注水が完了した。

 

『オッケー。機関部の暖機は完了してるから、いつでもいいですよ』

 

機関の始動許可が下りた。

 

「機関、始動」

 

すぐさま、彼女が機関部を始動する。

 

圧倒的な音量が、ドック内を満たした。機関出力が高いことで有名な翔鶴型姉妹のそれにも負けていない。機関に火が入れられたことで、彼女は水に浮き出した。

 

「トリム調整」

 

『ハッチ、開いてください』

 

バランス調整を行う彼女の横で、堅く閉じられていたドック入口のハッチが開く。海面に反射された太陽がドック内を照らし、彼女の背負う艤装が真新しく黒光りした。揺れる波が、脚部に打ちつけて白い飛沫を上げる。

 

彼女が、すっと顔を上げた。

 

「大和、出撃準備完了」

 

“大和”。彼女は自らを、そう呼んだ。大いなる和。この国そのものを表す、古き名前。

 

『支持を解除します。バランスに気をつけてください』

 

クレーンが引き上げられ、ついに彼女―――大和は、その機関出力だけで、水上に体を浮かべた。

 

「彼女は、まだ艤装が完全じゃない」

 

工廠長が語りだす。

 

「深海の奴らとの戦いにおいて、彼女は重大な戦力になる。その力を見極めるためにも、しばらくはそっとしておいてやりたかった。俺の、わがままだ」

 

それが、このドックを秘密にしていた理由だと、彼は語った。その瞳は、一介の技術者というよりも、むしろ子を見守る親のような輝きを湛えているように、吹雪には思えた。

 

「戦艦大和、推して参ります!」

 

一声張り上げた彼女は、主機を動かして、滑るように海面を航行しだす。白波は上がらない。ゆっくりとした時間が流れるように、彼女はその身を外洋へと進めて行った。

 

雄大な海に漕ぎ出す姿を、吹雪は懐かしさと憧れの混じる心持で、最後まで見守っていた。




長いかなあ・・・

次回は短めの予定。その次は多分、戦闘メイン。

摩耶様ちょーかっこいいと思います。

読んでいただいた方、ありがとうございました。

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