艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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どうもです。

最初に言います。

長いです。

とにかく長いです。

大事なことなので(ry

摩耶様が活躍する!!あったりまえだろ!!

よろしくお願いします。


沖ノ島へ

艦娘の艤装とは、いわば船魂の受け皿のようなものだ。妖精の力を借りて、再びこの世に具現化された船の魂が、艦娘の艤装の正体だ。

 

艦娘は、艤装をつけなければ普通のどこにでもいる年頃の少女だ。しかし、船魂に選ばれた彼女たちは、その艤装から船の力を受け取ることで、洋上を疾駆し、砲弾、魚雷を放って、航空機を操る。だからその能力に関しては、基となった艦船の影響を少なからず受けるという。

 

ただし、船魂というのはいくらでも使えるわけではない。その使用は艦娘本人に対して多大な負荷をかける。必要以上に力が流入すれば、それこそ艦娘本人の生命に関わるかもしれないのだ。

 

そこで各艦娘の艤装には、力の流入を防ぐリミッターが設けられている。これが艦娘本人の生命を保持し、一種の耐久性を与えているのだ。ゆえに、艦娘は滅多なことがない限り、一撃で轟沈することはないと言われている。

 

しかしながら、このリミッターというものは、状況に応じて限界値が引き上げられたり、場合によっては解除されることがある。

 

一つは夜戦時。昼戦と違って至近距離の戦闘になる夜戦において、装甲、耐久、火力の限界値を引き上げる意味も込めてリミッターが緩くなる。特に、許容量の大きい重巡洋艦の戦闘能力は大きく向上し、一部の能力は戦艦をも上回る。同様に、軽巡洋艦、駆逐艦の能力値も大幅に上昇するのだ。

 

そしてもう一つ。艦娘本人の生命を維持するために、その全能力を注ぐ場合。敵艦との戦闘において、重大な損傷を負った艦娘を保護するべく、艤装はリミッターの解除という最終手段に移ることがある。この時、艦娘の能力値は変化しないのに、艤装の出力が全開になっているため、一度被弾すれば艤装の暴走を引き起こし、強制崩壊を起こすとされる。やがて、艤装を失った艦娘は水上に立つ力も、生命を保つ力も奪われ、波間へと消えていく。

 

轟沈するのだ。

 

もっとも、今現在そのような事態は起こっておらず、その真偽を確かめることは出来ない。ここまで書いてきたことは、あくまで妖精と開発スタッフの証言にもとづいて推測されたことに過ぎない。が、いずれにせよ、艦娘の艤装というものは、その扱いに細心の注意を払う必要がある。

 

 

洋上にあって、吹雪は通り過ぎていく朝の風をはっきりと感じていた。涼風と白波を切り裂きつつ、吹雪は指定された海域へと向かっていった。

 

今日は、演習や訓練で海に出たわけではない。普段使っている鎮守府の演習海域とは真逆に当たる方向へ、彼女は舵を切っていた。

 

一人で、こうして海を征くのは久しぶりだ。鎮守府が開設されたばかり、司令官に自らの艦隊運動を披露したとき以来だろうか。

 

吹雪はやがて、一つの施設の前で主機を止めた。大きな建物。鎮守府の奥の奥、工廠部から繋がるその施設は、半分崖に埋まるようにして、ひっそりと佇んでいた。とはいっても、よく目を凝らさなければ、その存在を知ることは出来ない。結構厳重に偽装されているからだ。

 

やがて、建物の一角が開き始めた。消音されてもなお、微かな音を立てるシャッターが巻き上げられ、建物内部の様子が露になる。機械的な構造物がいくつも張り巡らされた、複雑な内部はコンパクトに格納され、そこから出てくるものの邪魔にならないように配慮がされていた。

 

「来た・・・!」

 

完全に開いた建物―――ドックから、一人の艦娘が姿を現した。陽光を受け付けないかのように、マスト型の日傘を差し、測距儀型の艤装に掛からないよう、高い位置で纏められた長く艶やかな髪が風に揺れている。巨大すぎる艤装は、威圧感とともに壮麗さをも醸し出していた。

 

新鋭戦艦娘、名を大和。その名の如く大和撫子を具現化したような彼女には、頭に飾られた桜の簪がよく似合っていた。表情は引き締められているものの、その奥には隠しきれない柔らかさが見え、挙動一つとっても品のよい色が感じられた。

 

吹雪は彼女の名前を呼ぼうとしたが、慌ててそれを堪えた。彼女の存在は未だに極秘で、表向きには、まだ名前すら付けられていないことになっていた。そこで代わりに、吹雪は手を振って大和を誘った。

 

大和もまた、小さく手を上げて、振り返した。そのまま彼女は前進し、吹雪のもとへとやってきた。

 

「おはようございます!」

 

吹雪は、満面の笑みで大和を迎えた。いつだったか、司令官に「吹雪の笑顔を見ると、自然と元気がわいてくるね」と言われて以来、常に笑顔を心がけている。艦隊のアイドル、那珂ちゃんに弟子入りしたこともある。

 

「おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」

 

そんな吹雪に、大和もまた朗らかな笑みで答えてくれた。

 

二人は並走して、沖合いへと出る。二つの航跡が、平行して水面に白い帯を作り出した。

 

これから、大和の公試運転が行われる。

 

昨日までに、操舵や注排水といった、船体に関わる各種試験は一通り消化されている。今日は、兵装試験―――実弾を使用した、砲撃試験が行われることになっていた。

 

地元の漁協から買い上げた試験海域には、一艘のボート―――記録船と、砲撃目標となる摸造船が浮かんでいた。手書きの戦艦ル級が帆に掲げられており、なんとなく笑える。

 

吹雪の役割は、記録船からは不可能なサポートと、映像の撮影、敵潜への警戒と多岐にわたる。鎮守府内で大和の存在を知る人間が限られている以上、一人でこなす仕事量が増えるのは必然と言えた。吹雪としては、これも司令官からの信頼の証と思って、一生懸命に立ち回っていた。

 

『それでは、これより砲撃公試に入ります。みなさん、よろしくお願いします』

 

記録船の明石から、公試の開始を告げる通信が入った。

 

大和は機関を唸らせて、わずかに増速する。吹雪と距離を取るのは、搭載された主砲の影響が未知数だからだ。

 

吹雪から見て、大和は眩しい陽光の中を進んでいく。ペンキの香りも芳しい艤装は光線にきらめいて、青い波とハーモニーを奏でる。その中でたたずむ彼女の背中を、吹雪は目を細めて見つめていた。

 

やがて始まった公試を、一つも漏らさないように、吹雪は脳裏とカメラに焼き付けた。

 

 

日の沈もうとする南西諸島海域の洋上、高雄は引っ張り出したチャートとコンパス、そして艤装に記録された航路を基に、艦隊の現在位置を確認していた。

 

時刻は一八○○を少し回ったところ。数刻前まで青一色だった海面は、光の屈折の関係で、温かなオレンジ色に染まっている。だがそれも、後十数分すればどす黒い闇に包まれることになる。

 

「狙い通り、二二○○には、当該海域に突入できそうね」

 

消化した航跡と現在の艦隊の速力から、彼女は作戦が順調に運んでいることを確信した。

 

彼女の率いる艦隊―――南西諸島邀撃艦隊、略して南邀艦を構成する六隻は、綺麗な単縦陣を維持したままカムラン半島を通過して、一路沖ノ島を目指していた。ここまで会敵はない。半年前に現在の海域を制圧して以来、この辺りは内海化にほぼ成功していた。深海棲艦の侵入は、片手で数えるほどしか起きていない。

 

「今のうちに、艤装の確認をしてください」

 

高雄は僚艦たちを振り返り、そう指示した。この先、自らの装備品を点検することは不可能となる。

 

試しに、搭載された二○・三サンチ連装砲を動かしてみる。鈍い音を出してバーベットが稼動し、砲を左右に振った。異常はなさそうだ。

 

「・・・よし」

 

各艦から以上なしの報告が届くと、再び前だけを見て、前進を続ける。太陽は、今正に沈もうとしていた。

 

すでに、電探に火を入れて、早期警戒を始めていた。探知された周囲の状況は、高雄の脳に直接信号として送られてくる。敵影はない。が、そろそろこちらの勢力圏の端に突入しようとしている以上、いつどこから敵艦が現れてもおかしくなかった。

 

高雄たちが見守る前で、ついに太陽が水平線の向こうへと姿を隠した。わずかに残った光も、やがて訪れた夜の闇に吸い込まれてしまう。辺りを満たす暗黒の中、南邀艦の脚部艤装が波を裂いていく音だけが、辺りに響いていた。

 

夜を察知した艤装が、暗視補正をかける。新月の今日は、星の光だけが頼りだ。

 

満天の星が見守る中、六人の艦娘は沖ノ島海域へ、その足を踏み入れた。

 

 

暗視補正の掛かった視力を持ってしても、この闇の中で味方艦の位置を掴み、陣形を維持するのは至難の技だ。摩耶は目視と電探、両方を駆使して現在位置の把握と前後の間隔を取っていた。

 

すぐ目の前にいるのは、青いロングコートのような制服に身を包んだ姉妹艦、愛宕だ。逆に後ろには、鳥海が続いている。

 

星の光だけが照らす波間を、冷たい風が流れていくのを感じて進んでいく。墨汁で塗りつぶされたかのような海面は、はっきり言って見えないので、あまりあてにならなかった。こんなところを潜水艦に襲われたらひとたまりもないが、今取っている航路は海流や機雷群の関係で、潜水艦の進入を許さない。特に懸念する必要はなかった。

 

「最上より高雄、瑞雲隊発艦準備完了」

 

鳥海よりも後ろ、随伴している航空巡洋艦の最上が叫ぶ。無線封鎖中であるため、指示も報告も口頭だ。お互いの声が聞こえるように、間隔も戦闘時より狭目に取られている。

 

「出してください」

 

高雄は振り返ることなく指示を出した。最上は了解と答えて、最後尾の三隈に合図する。二人の抱えた航空作業甲板は左腕に取り付けられ、瑞雲数機がその上に敷き詰められていた。

 

二人は陣形を少しずらす。発艦のための合成風力を得ようとすると、目の前の仲間に向かって瑞雲を射出することになるからだ。

 

最上が航空作業甲板の取り付けられた左腕を水平まで上げる。左右のカタパルトへ、一機ずつの瑞雲が載せられた。

 

「発艦、始め!」

 

掛け声と共に左のカタパルトが起動して、弾ける音と瑞雲が空中へと放り出された。一度沈み込んだ瑞雲は、摩耶の横を通り過ぎて高度を稼ぎ、周辺の索敵へと向かう。少し遅れて三隈も発艦を始め、それからは互いに次々と瑞雲を繰り出して行った。

 

結局両艦共に六機ずつを出して、発艦作業は終わった。二人の艦娘は、もう一度陣形を組みなおし、南邀艦は沖ノ島海域の海を進撃して行った。

 

「・・・で、敵艦隊はいつ出てくるんだ?」

 

沈黙に耐えかねた摩耶は、誰にともなく呟く。退屈そうに肩を回した。

 

「そろそろ、前衛と当たる可能性があるわね。できれば何事もなく主力に辿り着きたいけれど、そうもいかないでしょう」

 

以外にも、答えたのは旗艦の高雄だった。何かを確かめるような声音は、この後の戦闘における困難を感じさせた。

 

「なんとかそいつは回避できねえのか?こんだけ偵察機飛ばしてりゃ、早期に発見して迂回できるだろ」

 

「だめよ。この航路をずらすと、折角回避した警戒部隊に気づかれるわ」

 

「つまり~、見つかったら最後、実力で突破するしかないってわけねえ」

 

愛宕は普段通りのしゃべり方で、摩耶と高雄に割って入ってきた。

 

「そういうこと。だから提督は、私たち重巡洋艦で固めたんでしょう」

 

「って言っても、僕たちはどっちかって言うと軽巡っぽいけどね」

 

そう言って、最上は右手の砲を掲げた。そこに握られているのは、重巡洋艦の標準装備である二○・三サンチ連装砲ではなく、軽巡洋艦クラスの一五・五サンチ三連装砲だった。

 

「あー、言われてみれば」

 

「もう、みんな作戦行動中なんだから私語は慎んで。ほら、摩耶」

 

「ま、僕は結構気に入ってるんだけどね」

 

「あの、聞いてる?」

 

「このフィット感は、なかなか手放しがたいですわ」

 

「・・・もういいです」

 

折角制止に入った鳥海も、マイペースを貫く最上型に翻弄されて、説得を諦める始末だった。

 

それはともかく、と高雄は咳払いをして続けた。

 

「前衛部隊を早期に発見できれば、迂回は出来なくともそれ相応の対策は取れるわ。この航路を、私たち重巡洋艦以上の艦娘が通ることは出来ないけれど、それは敵も同じ。不意を突かれないようにすれば、損害を抑えて突破できるはずよ」

 

「・・・それで、おいでなすった時はどうされるんですの?」

 

高雄は、どうもないわね、と答える。

 

「速度で振り切るか、力で押し切るか。いずれにしても、一航過で決めなければならないことに変わりはないわ」

 

それが、夜戦だ。戦艦同士ならいざ知らず、巡洋艦は敵とがっぷり組み合って殴り合いなんてしてる暇はない。する必要もない。転進に次ぐ転進。敵味方入り乱れての近接戦闘。突撃。速度も火力もある重巡洋艦にはうってつけの戦場だ。

 

おしゃべりはそこまで、と高雄が切り上げ、重巡洋艦娘たちの会話は終わった。六人の艦娘たちは、それぞれの目視と電波の目を使って、警戒を続行する。

 

艦隊は刻々と、通商破壊部隊主力の展開する海域へと近づいて行った。

 

 

 

最初にそれを捉えたのは、鳥海に搭載されている二二号対水上電探だった。

 

「電探に感あり!左舷に敵艦!」

 

「了解。愛宕、水偵出せる?」

 

「は~い。まかせて~」

 

続けざまの報告と指示。愛宕のカタパルトからは、零式水上偵察機が射出された。

 

「各艦、無線封鎖解除。戦闘隊形作れ」

 

前後の間隔が開く。機関がさらに出力を出せば、音で声はほとんど聞こえない。そのための無線封鎖解除だ。

 

『水偵より入電。敵艦隊は、重巡三、軽巡一、駆逐二の前衛部隊』

 

受信機のスイッチを入れてすぐに、水偵から報告を受けた愛宕の声が届いた。もっとも、入電と言ってはいるが、実際には艦娘の脳に、水偵からの映像が直に送られてくるので、受信と言う表現が正しいのかもしれない。

 

―――いける。ひねり潰してやる。

 

摩耶は、両腕の砲塔同士を打ち鳴らす。

 

軽巡洋艦以下なら、最上、三隈で十分に抑えられる。そのために、速射性能の高い一五・五サンチ砲を持ってきているのだ。単位時間当たりの投射量で、敵を圧倒できる。

 

残った重巡三隻相手ならば、摩耶含めた高雄型四隻が撃ち負けることはない。それは過去の戦いで証明されている。

 

『待って、続報よ。敵重巡のうち、先頭の一隻は未確認の艦種!』

 

『なんですって!?』

 

高雄と同じように、摩耶も目を見開く。少なくとも、霧島の索敵部隊はそんな敵艦を確認していない。とすれば、見落としか。どこかに隠れていた、あるいは増派されてきた・・・。

 

いや。摩耶は首を振る。そんなことを考えても、何もならない。今は、目の前の困難をどう取り除くかが、最大の問題だ。そもそも摩耶は、うじうじ考えるのは苦手だし、性に合わないと思っている。

 

『・・・事前の打ち合わせ通り、最上、三隈両名は軽巡以下の敵艦をけん制。私たちで、重巡三隻を片付けます』

 

了解の声が重なり、各艦が艤装に火を入れる。轟音が響いて、機関の出力が上げられた。主砲、高角砲、魚雷発射管、それぞれが戦闘出力に切り替えられる。早い話が、深海棲艦を沈める準備に入っていた。

 

『四戦隊、目標敵重巡洋艦。最上、三隈、目標敵水雷戦隊。砲雷撃戦、用意!』

 

敵艦隊もこちらに気づいたようで、次第に速力を上げ、丁度南邀艦を遮るかたちに進路を取っている。このまま進めば、おそらく反航戦になる。

 

―――上等。

 

反航戦は、お互いの相対速力が大きくなるので、砲撃の命中率はお世辞にも高いとは言えない。頼りになるのは、むしろ雷撃のほうになりそうだ。この一航過の間に、どれだけの敵艦を戦闘不能にするか。それだけで、今後の作戦展開が大きく変わる。

 

『距離、一五○(一万五千)』

 

両艦隊は、次第に近づいていく。暗闇で見えないが、摩耶の左手前には、急速に接近する敵艦隊がいるはずだ。

 

「・・・何も見えねえ」

 

無線を切って、摩耶は呟く。こんなんで戦いになるのか?

 

電探に映る影は、すでに彼我の距離が一万二千を切ろうとしていることを告げている。しかし、暗視補正をかけられた摩耶の視力を持ってしても、敵の姿を捉えることが出来ない。

 

『・・・見えた』

 

唐突に聞こえたその声は、彼女の後ろにいるはずの艦娘のものだった。摩耶は驚きに目を開く。

 

「見えんのか、鳥海!?」

 

『ええ、おぼろげではあるけれど』

 

すげえな、おい・・・。普段大人しい同室の姉妹艦の顔を浮かべて、首を傾げる。あの眼鏡に、何か秘密があるのだろうか。

 

冗談交じりの思考を振り払って、もう一度敵艦隊の方に目を凝らしたとき、状況を打開する一手が、投下された。

 

文字通り、投下されたのだ。

 

空中に閃光が走ると、その周囲一帯を、まるで真昼のように照らし出した。マグネシウムの燃焼する眩い光の下、摩耶たちと同じように白波を蹴立てて漆黒を進む、異形の集団がはっきりとその姿を現した。

 

使用されたのは、航空機から投下する照明弾だ。愛宕が放った機体に搭載されていたものを、このタイミングで落としたのだろう。

 

読んで字の如く、天空から照明のように海面を照らす光は、南邀艦が測的を行うには十分すぎる光量を持っていた。

 

各艦の測的が完了したとき、距離はついに一万を切った。

 

頃合、よし。

 

『砲撃、始め!!』

 

「撃てえーーーっ!!」

 

高雄の号令に続いて、大音声で叫ぶ。一拍置いて、掲げた両腕の二○・三サンチ連装砲が火を噴いた。戦艦のそれには劣るとはいえ、他を圧する迫力を持った砲声が六つ、前後して摩耶の耳に届いた。鼓膜が破れないのは、艦娘の装甲が保護シールドの役目を果たしているからだ。

 

十数秒がたった時、敵艦隊の周辺にいくつもの水柱が屹立した。先頭艦から満遍なく包み込む水の塊が敵艦隊を隠し、あたかも轟沈のように錯覚させる。

 

だが、初弾は命中を得ることは出来なかった。崩れ落ちた水柱の中から、敵艦隊が健在な姿を現す。そもそもが反航戦だ。お互いが速すぎて、そうそう当てることなど出来ない。

 

第二射を放つ前に、敵艦隊に動きがあった。

 

最初こそ、動揺する素振りを見せた深海棲艦だったが、すぐに体勢を立て直した。おそらく、その全ては、あの先頭艦―――左目を青く輝かせる新型の重巡洋艦の統率によるものだ。

 

第二射を放とうと構えたとき、敵艦隊は転進した。取舵を取り、こちらと同航戦に入ろうとしている。高雄が撃ち方待てを下令した。

 

『敵水雷戦隊、来ます!』

 

『最上、三隈、水雷戦隊の迎撃に向かいます』

 

『了解。四戦隊、左魚雷戦用意!』

 

次々に飛び交う報告と命令。その中から摩耶は、自らのなすべき任務を正確に聞き取り、実行へと移す。

 

「艤装展開」

 

腰の部分に閃光が走り、魚雷発射管が形作られる。装填されているのは、大威力の六一サンチ酸素魚雷。ロングランスの異名を持つ、秘密兵器だ。

 

敵艦隊の転進が終わり、彼我の艦隊はほぼ平行を維持しながら、海域を進んでいく。距離は八千。雷撃距離としてはまずまずだ。

 

摩耶は、飛び出してきた水雷戦隊を完全に無視して、今正に砲戦へ移行しようとする三隻の重巡洋艦を睨みつけた。速度を計算して、未来位置を算出するためだが、傍から見れば、その鋭い眼光で敵艦を撃沈せんとしているかのようだった。

 

ふいに、辺りが再び闇に包まれた。空中を漂っていた照明弾が、その役目を終えて燃え尽き、海へと落ちていったのだろう。

 

『魚雷発射はじめ!』

 

これを待っていたかのように、高雄が魚雷の発射を命じた。圧搾空気によって魚雷が押し出される音が連続し、金属製のダツたちが海中に飛び込むどぽんという効果音が聞こえる。それ以外は何もわからない。

 

『愛宕、もう一度照明弾を落として』

 

『よーそろー』

 

水偵はもう一度照明弾を落とし、人工的な光が敵艦隊を照らし出した。

 

『高雄、目標一番艦。愛宕、目標二番艦。摩耶、鳥海、目標三番艦。測的はじめ』

 

新たな目標が指定される。摩耶は側的を開始した。

 

『敵艦発砲!!』

 

第一射の前に、先頭の敵艦が発砲した。やがて砲弾の飛翔音が迫り、上空で弾けた。気味の悪い、青白い光が辺りを包んだ。

 

「人魂・・・」

 

艦娘たちはそう呼んでいる。そうにしか見えないのだ。

 

深海棲艦側の照明弾、俗に言えば“星弾”と言うやつだ。主砲から打ち出す照明弾の一種である。

 

これが放たれたということは、次から実弾が降ってくる事になる。

 

『撃てえーーーっ!!』

 

高雄の絶叫。前方に、爆炎が踊った。

 

―――負けてらんねえな。

 

摩耶も主砲を放つ。両腕から飛び出した四発の音速の火矢は、空気を切り裂き、物理法則に則って描かれた放物線の尾を引きずって、三番艦の周囲に落下した。

 

悪くない。夾叉こそしていないものの、かなりの至近距離に落ちている。照明弾ありとはいえ、夜間距離八千の戦果としては上々だ。

 

深海棲艦も黙ってはいない。人に限りなく近い容姿の重巡洋艦、しかしその右手には機械とも生物ともつかぬ異形の構造物が付着しており、そこから砲弾が放たれる。それはあたかも、双頭の龍が咆哮し、火焔を吹き上げているかのようだ。

 

『夾叉!』

 

摩耶が第三射の装填を行っているとき、横合いから吉報が飛び込んだ。高雄が、敵一番艦に対して夾叉弾を得たのだ。砲弾が敵艦を挟み込むこの状態では、次から有効打を与えられる可能性が高い。高雄は全力斉射へと移行する。

 

―――さすがは姉貴。

 

素直に感心した摩耶は、もう一度自らの相手取る敵艦に砲口を向ける。姉に負けているわけには行かない。妹だからこそ、譲れないものがある。

 

摩耶が夾叉弾を得たのは、第四射だった。同時に命中弾も与え、三番艦の艦上には、小さな炎が踊っている。そのすぐ後、鳥海の砲撃も敵艦を夾叉した。

 

「っ!畳み掛けるぞ!!」

 

ここからは全力斉射だ。敵艦の砲撃も、摩耶に至近弾を叩き込んでいる。命中弾が出るのは時間の問題だった。

 

二十秒おき、鳥海と平均して十秒に一回、敵艦に弾丸を浴びせかける。砲弾が落下するたびに、水柱の中で炎が湧き上がり、閃光が飛び散る艤装の破片を照らした。対称的に、敵艦の砲撃は次第にその威力を減じていった。

 

押し切れる。摩耶が確信したときだ。微かなノイズを含んだ悲鳴が耳に届いた。次弾の装填を待つ摩耶は、反射的に前を向いた。

 

高雄の艤装が、炎で炙られている。火災の規模は小さい。おそらく消化装置が働いて、すぐにでも消えるはずだ。

 

そんな楽観を押しつぶすように、高雄が再び水柱に包まれた。その中に真っ赤な火焔が踊る。

 

―――馬鹿な、間隔が十秒ちょいしかねえじゃねえか!

 

早すぎる。それに、あの威力を見る限り、敵艦の主砲は八インチはあるはずだ。火力も、少なくとも彼女たち高雄型と同等以上ある。

 

高雄に射弾を浴びせる敵艦が見える。目立った被害はない。小さな炎が見えるが、それすらも、まもなく消えようとしている。

 

これまで高雄は、少なくとも六回の斉射を放っているはずだ。それだけの砲撃を受ければ、いかなる敵艦であろうとただではすまない。

 

これまでは。

 

高雄の射弾が落下する。全力斉射の射弾より二本、水柱が少ない。その二発は、命中弾となって敵艦に被害を与える。はずだった。

 

崩落する水飛沫の中から、まるで何事もなかったかのような敵艦の砲炎がほとばしった。

 

まずい。鳥海との連続した砲撃で敵艦を追い詰めてはいるものの、このままでは高雄が重大な損害を受けかねない。それこそ、作戦の継続が困難なほどに。

 

後一押し。もう一、二斉射で敵艦は沈黙する。そうすれば、高雄の救援に向かえる。その時間が、果てしなく長く感じられた。

 

『喰らいなさあ~い!!』

 

戦場に響いたのは、すぐ上の姉が、砲撃を開始する声だった。二番艦をスクラップに変えた愛宕が、目標を一番艦に変更したのだ。

 

正確なその一撃は、第一射から敵一番艦を夾叉した。砲術の理想、六千にまで接近した彼我の距離を鑑みても、十分すぎるほどの偉業だ。

 

「いいぞ、姉貴!!」

 

摩耶も愛宕を鼓舞する。一番艦は、憎々しげに青白い表情を歪めた。

 

次の瞬間、深海棲艦は意外な行動に出た。高雄にとどめを刺そうとしていた両腕を突然引き下げ、海中に向かって砲撃したのだ。盛大に水飛沫が上がる。

 

いや、それだけじゃない。明らかに八インチ砲弾のそれを上回る巨大な水柱が、一番艦の前に立ち上った。

 

同じことは、摩耶の目の前でも起こった。ただし、位置はもっと敵艦に近い。今正に砲撃をしようとしていた三番艦の手前に、黒々とした柱が沸き起こった。一本、二本、三本。合計三度、それが続いた後、おどろおどろしい轟音が、摩耶の耳に届いた。

 

その音が収まったとき、三番艦の姿は、既に海上にはなかった。

 

何が起きたか、摩耶はすぐに理解した。さきほど放った魚雷が、闇夜に紛れて肉薄し、無防備な敵艦の水中部分をごっそりと削り取ったのだ。度重なる被弾と浸水に耐えかねた三番艦は、ついに力尽きて水底へその身を預けたのだった。

 

見渡せば、海上には既に、一番艦以外の深海棲艦はいなかった。不利を悟ったのか、一番艦はためらうことなく転進し、南邀艦から距離を取っていった。

 

 

 

集合をかけられた艦隊は、その損害状況を確認した。

 

「大丈夫なのか、高雄姉」

 

応急修理を終えた高雄に、摩耶は問う。一番上の姉は、顔に煤をつけた笑顔で、大丈夫と答えた。

 

高雄は、中破と判定される損傷を受けていた。幸い各砲塔とも無事であるが、着弾の衝撃を吸収した衣服は所々が破け、艤装もへこみが出来てしまっている。それでも、責任感の強い姉は、旗艦としての任を全うしようとしていた。

 

「主力まではもう少しよ。ここで踏ん張らなきゃ、高雄型の名が廃るわ」

 

引き締められた表情。覚悟の滲むその顔は、はっとするほどに美しかった。

 

「・・・にしても不思議だよ。何であのタイミングで、撤退したのかな」

 

「たしかに、妙ですね」

 

再び進撃を始める艦隊の後方で、最上と鳥海はあごに手を当てて考えていた。

 

「ん?どういうことだ?」

 

「いやあ、今までの深海棲艦なら、何が何でも止めにきたと思うんだ。証拠に、僕と三隈が相手取った水雷戦隊は、間違いなくこっちの動きを阻もうとしていた。でも、一番艦はそれをしなかった」

 

なんでかなあ。摩耶には、よくわからない。不利だと思ったら、撤退するのは普通だ。と、そこで気づく。

 

こちらは、不利になれば撤退する。その基準は、主力を撃破出来るかどうか。当然、大破や中破が複数出れば撤退する。戦っても、無闇に損害を増やすだけだからだ。

 

逆に深海棲艦にとっては、主力艦隊が危機に曝されなければ、それでいい。一前衛艦隊の敗北など、極論で言えばどうでもいいのだ。だから、不利を承知で突っ込んでくる。集中的に損害を与えられれば、こちらが撤退するから。

 

じゃあ、なぜ一番艦はそれをしなかったか。あのまま撃ち続ければ、高雄に大損害を与えることが出来たはずだ。

 

「考えられるのは二つのパターンね。一つは、こちらに大きな損害を与えたと誤認した。もう一つは、より強力な新手が辿り着いた」

 

鳥海は指を立てて示す。

 

冷たい汗が、摩耶の背中を流れた。

 

「っ!敵艦隊発見!!」

 

叫んだのは、艦隊最後尾に位置する三隈だ。彼女の瑞雲が、敵艦隊を捕らえた。

 

「戦艦三を確認、敵主力艦隊です!!距離―――」

 

その続きは、聞かなくてもわかった。水平線の近くで、朝陽を連想させる紅蓮の炎が複数上がったからだ。

 

「来やがった!!」

 

同時に電探がその艦影を捉えた。ノイズがひどいが、距離は大体二万といったところか。

 

「緊急展開!戦闘隊形作れ!!」

 

高雄が大音声で下令する。一拍置いて、それまでとは比べ物にならないサイズの水柱が、南邀艦の周囲に林立した。暴風雨もかくやというほどに海水が巻き上げられ、六人の頭上に降り注いだ。ばらばらと、水滴が艤装に打ちつける。

 

間違いなく、戦艦クラスの砲撃。この世で最強の威力を誇る、理不尽なまでの暴力。金剛型、扶桑型、伊勢型の口径を上回り、長門型と同等の破壊力を有する一六インチ砲弾。彼女たちの頭を圧したのは、そんな代物だった。




うん、どうなるかな。

最初は一話に纏めるつもりだったんだけど、夜戦が想像以上に長くなった。

思うに、2-5はボスよりもむしろ夜戦マスの方が難しいよね。でも、川内ちゃんを投入するとほぼカスダメで通過できるんだけど・・・さっすがですね!!

てか、そこは重巡で固めろよという。しょうがないじゃん、まだ摩耶様と羽黒ちゃんととねーさんぐらいしかまともに育ってる重巡いないんだもん。

読んでいただいた方、ありがとうございます。

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