艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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遅くなってすみません!!

祥鳳さんの方を書いてたら、まさかここまで遅くなるとは・・・

摩耶様も鳥海ちゃんも改二可愛かったですね、特に中破g(カットイン)

すみません、調子に乗りました。

今回も、どうぞよろしくお願いします。


決戦海域

深海棲艦

 

イ級・・・駆逐艦クラス。前衛任務を務めることが多く、ピケット艦のような役割を持つと思われる。手足の生えた変種のようなものも確認されている。

 

ロ級・・・駆逐艦クラス。主力の護衛任務が多く、対空能力がイ級より高い、直衛艦。手足の生えた変種のようなものも確認されている。

 

ハ級・・・駆逐艦クラス。あらゆる海域に展開し、特に対潜攻撃を主任務としている。変種は確認されていないが、イ、ロ級同様に存在する可能性が大きいと思われる。

 

ニ級・・・駆逐艦クラス。確認報告は少ないが、あらゆる任務を可能とする万能艦。変種は確認されていないが、イ、ロ級同様に存在する可能性が大きいと思われる。

 

ホ級・・・巡洋艦クラス。駆逐艦クラスと行動することが多く、水雷戦隊の指揮艦的な存在と思われる。強化型の報告あり。

 

へ級・・・巡洋艦クラス。はっきりとした情報が少ないが、ホ級とは別目的の艦種である可能性が大きい。強化型の報告あり。

 

ト級・・・巡洋艦クラス。ヘ級同様確認報告が少ないが、主に直衛任務を務める模様。今後の敵主力部隊との交戦において、脅威となることが予想される。

 

チ級・・・巡洋艦クラス。雷撃特化型で、通商破壊部隊として多数の目撃報告あり。強化型は、砲撃能力も高い模様。

 

リ級・・・巡洋艦クラス。俗に言う重巡洋艦。通商破壊、直衛、夜襲と多くの任務をこなし、後者であるほどより強化がなされている。雷撃能力あり。

 

ヌ級・・・航空母艦クラス。俗に言う軽空母。直衛を担うことが多いが、稀に通商破壊部隊として確認される。強化型は、艦載機もより強力なものを搭載。

 

ル級・・・戦艦クラス。言わずもがなの強力な破壊力で、主力部隊の中核をなす。地上への艦砲射撃報告があるが極めて少なく、深海棲艦の目的をより不鮮明にしている。強化型の存在を確認。

 

ヲ級・・・航空母艦クラス。航空打撃力の中枢をなす、人型の深海棲艦。白い魔女とも。昨今は主力以外への展開も確認されている。強化型は、艦載機もより強力なものを搭載。

 

ワ級・・・輸送艦クラス?後方支援艦隊と思しき部隊で多数の発見報告があるが、詳細は不明。強襲揚陸艦的な役割も持つ模様。

 

カ級・・・潜水艦クラス。正確には可潜艦であり、能力も大戦期の潜水艦に順ずる。雷撃だけでなく、水上戦用の小口径砲も搭載。

 

ヨ級・・・潜水艦クラス。カ級同様に可潜艦である。より雷撃に特化したクラスで、通商破壊だけでなく艦隊襲撃等にも駆り出されている。

 

タ級・・・戦艦クラス。ル級の速力強化型と言える。対空火力も優秀で、機動部隊随伴として十分な能力を有する。

 

レ級・・・戦艦クラス?ガダルカナル沖海戦において撃沈された米駆逐艦乗員が証言しているが、詳細は不明。鬼、姫クラスの誤認では?

 

 

 

この他、上位艦種として鬼、姫クラスの存在が確認されているが、詳細、特に深海棲艦との関連については不明。所謂司令艦的な役割か?

 

 

「ちっ、クソが!!」

 

主機を最大出力で動かしながら、摩耶は毒吐いた。

 

彼女の所属する南西諸島邀撃艦隊―――南邀艦は危機的状況、具体的には一六インチの鋼鉄製の嵐に覆われていた。

 

約三十秒おきに飛来する十数発の砲弾、林立する水柱に包まれながら、彼女たちは全力で敵艦隊に接近する。それは自らの主砲射程圏内に敵艦を捉えるため。だが―――

 

『距離、一五○(一万五千)!!』

 

「まだ一万五千かよ・・・!」

 

一応、主砲の射程圏内ではある。撃って当てる自信もある。

 

しかし、重巡である彼女たちが戦艦クラスの装甲を撃ち抜くには、距離がありすぎる。せめて一万まで接近しなければ。

 

転針を続ける高雄に続いて、摩耶も舵を切る。その頭上を圧するように、敵弾の飛翔音が迫った。

 

『敵の護衛部隊が出てきた!!』

 

『最上、三隈は分離。護衛部隊を迎撃して!』

 

後方の二隻が、別方向へ舵を切る。こちらの突撃を阻止しようと、接近する敵部隊を叩くためだ。

 

―――けど、勝機はある。

 

離れて行く二隻の先、砲撃を続ける敵戦艦を見やる。

 

やはり、三番艦に位置する敵艦の砲撃間隔が長く、精度も悪い。上空に展開している観測機も、三番艦が損傷している旨、報告している。おそらく、強行偵察部隊の霧島が、撤退戦時に撃ち合った奴だ。

 

あれが、突破口になる。それは艦隊に共通した考えだった。

 

『一○○より砲撃開始。二番艦に火力を集中して、隊列を分断します!』

 

戦艦の装甲というのは、普通は自分の装備する主砲と同レベルの砲撃を受けても致命傷にならないように厚くされている。いくら重巡洋艦がミニ戦艦といっても、その砲撃はせいぜい上部構造物に損傷を与える程度で、撃沈するには至らない。

 

通常の軍艦ならば。

 

艦娘の艤装は、そもそも通常軍艦のそれとは性格が大きく違う。人間サイズで軍艦を撃沈できる深海棲艦に対抗するには、艦娘にも同等以上の攻撃力が求められた。ゆえに、どうしても戦艦、空母クラスに攻撃力で劣る中小型艦クラスは、その真価を夜戦に振り分けた。

 

特に、夜戦における重巡洋艦の能力向上は著しい。その中でも、摩耶を含めた高雄型四姉妹は最高の夜戦火力が発揮可能だった。夜戦に限れば、その攻撃力は長門型に肩を並べると言われている。

 

だがそれも、あくまで敵艦に接近できればの話だ。一万以上の距離では話にならない。射撃精度その他諸々で、戦艦側に軍配が上がる。

 

もう何度目になるかわからない弾着の衝撃が、局所的なスコールとなって摩耶たちを濡らす。合間に聞こえる砲声は、果たして敵戦艦のものか、最上たちのものか。

 

―――お礼はたっぷりしてやるぜ。

 

ずっと近くなった敵艦を睨みつけ、ともすれば押しつぶされそうになる闘志を燃え滾らせる。

 

そしてついに、待ち望んだ瞬間がやって来た。

 

『距離、一○○!』

 

鳥海の絶叫。続いて、照明弾が投下される。

 

闇夜に、敵艦の影が映し出された。

 

海上に立つのは、女性の姿をした何者か。先頭の影は白く、続く二つの影は黒く、長い髪を風にたなびかせている。海の女神と錯覚する神々しさであるが、彼女らが人々に幸福をもたらすことはない。禍々しい異形の装飾品から放たれるのは愛の導きなどではなく、死と破壊の旋律、そして鋼鉄製の火矢。女帝のごとき威厳は、彼女たちが海洋の覇者にして破滅と絶望の象徴―――戦艦であることを雄弁していた。

 

『四戦隊、目標二番艦。各艦測的はじめ!』

 

わずかに舵を切り、敵艦隊に対して斜めに突撃する体制を作る。当然、同航戦だ。戦艦と違って、小回りが利く重巡洋艦の艤装は、同航戦においても高い攻撃力を叩き出す。逆に艤装の射角が取りずらい敵戦艦は、射撃をある程度制限される。

 

やりようによっては、互角以上の戦いが出来る。摩耶がそう確信したときだ。

 

前方に、眩いばかりの光が生じた。照明弾とは比べ物にならないほどの光量を持ったそれは、暗闇に白い帯となって敵艦隊へと伸びてゆく。海面を輝かせ、二番艦の姿を露にした。

 

―――まさか!!

 

摩耶が何が起こっているのかを察すると同時に、敵戦艦が発砲した。十秒ほどで、前方の光源の辺りに、多数の巨大な水柱が生じた。

 

光の道標を発する、先頭艦―――高雄に射撃が集中しているのは、明白だった。

 

 

「どれくらいで、トドメを刺せる?」

 

突撃の最中、高雄は愛宕にだけ聞こえる声で、そう尋ねた。

 

それが意味するところを、二番艦につく妹は、姉の気配から悟った。そして、ざっと計算する。

 

「そうね、夜間補正を考慮すれば、三人で三斉射ってところかしらね」

 

「了解」

 

会話はそこで終わった。そして高雄は、彼我の距離が一万まで詰まった時、行動を起こした。

 

探照灯の点灯。

 

夜戦において、敵が見えるか見えないかは大きな違いだ。もちろん、電探を用いた射撃は可能だが、それでも目視というのは非常に重要な部分を占める。

 

照明弾は、暗闇において敵を視認するよい手段だ。しかし、それ以上に確実な方法が、探照灯―――所謂サーチライトで敵の居場所を直接照らすことだ。これは味方に具体的な砲撃目標を示すと同時に、より正確な敵艦の位置を知ることが出来る。

 

ただし、代償も大きい。

 

闇夜の提灯がごとく、探照灯を点けた艦は否応なくその存在を敵に曝してしまう。ゆえに、敵艦の集中砲火を浴びることが多い。

 

高雄の周囲にも、先程までに倍する数の水柱が噴き上がっていた。それでも、彼女は照射をやめない。

 

「目標二番艦。撃ち方、始めええええっ!!」

 

空を圧する砲弾の飛翔音に負けないよう、声を張る。後方から、連続した発砲音が響いた。

 

十秒と少し、二番艦の周囲に多数の水柱が立ち上る。中口径砲弾のそれとわかる飛沫に混じって、真っ赤な炎が踊った。間違いなく、放たれた十数発の砲弾のうちの何発かは命中した。どこまで、夜間補正が効いているか。

 

二番艦が次の斉射を高雄に放つ前に、四戦隊はもう一度砲弾を撃ち込む。今度も何発かが直撃の火焔を噴き上げるが、敵戦艦はわずかによろめいた程度にしか見えない。ダメージのほどは測れなかった。

 

―――だめなの?

 

報復は強烈だった。

 

噴き上がる一六インチ砲の水柱と飛び散る断片。それらが高雄の主機に確実にダメージを与える。そして次の瞬間、それまでとは比べ物にならない衝撃が、後部から襲ってきた。

 

 

「喰らいやがれ!!」

 

姉よりも随分と荒々しい声で、摩耶は敵戦艦に向かって吼えた。

 

二○・三サンチ砲の咆哮。橙色の花が、暗闇に浮かび上がる。

 

―――さっさとくたばれ!!

 

高雄が敵戦艦の砲撃を引き受けているおかげで、摩耶たちに砲弾が降ってくることはない。巧みな操艦によってぎりぎりで敵弾をかわしていたが、それもついに限界を迎えた。目の前で、高雄の後部艤装が吹き飛ばされ、速力を落としていく。それでも、彼女は意地でも探照灯を消そうとはしなかった。

 

―――奴さえ食い破れば・・・!!

 

今の摩耶を支配しているのは、その思いだけだ。

 

第三斉射が落下した時点で、二番艦は大きく燃え盛っている。速力も落ちてきた。夜間補正のかけられた重巡の砲撃は、間違いなく効いている。

 

『第四射、撃てえーーーっ!』

 

高雄から引き継いだ愛宕が号令する。彼女の発砲を見届けて、数秒差で摩耶も砲撃を放つ。それに鳥海も続いた。

 

これで落とす。その思いは、三人に共通だ。

 

多数の水柱。噴き上がる爆炎。

 

「どうだ!?」

 

視力補正がいらないほどに燃え上がる二番艦に、目を凝らす。変わった様子は、ない。

 

否。

 

一際巨大な火柱が上がった。たちまちにして敵艦を包むほどにまで膨らみあがった炎は、その半身を焼いていく。わずかに青みがかった火は、勢いをそのままに天まで昇って行った。

 

弾薬庫への命中を、摩耶は確信した。いかに戦艦といえど、ただではすまない。二番艦は、もう戦力として勘定できない。

 

速度を大幅に落とし、落伍していく二番艦を確認したように、探照灯の光が消えた。しかし、その光源すら必要ないほどに、高雄の艤装も燃えていた。

 

『高雄より。戦闘指揮を愛宕へ任せます。任務は続行。我を省みず、敵艦隊の殲滅を図ってください』

 

『愛宕了解。戦闘指揮を引き継ぎます。四戦隊残存艦は突撃、敵艦隊を殲滅せんとす』

 

「取り舵!!」

 

途端に摩耶は舵を切り、今まで斜めに迫っていた敵艦隊に向け、全速力で突撃する。

 

『あっ!ちょっと、摩耶!!』

 

鳥海の声が入るが、気にしない。

 

『あいかわらず早いわねえ~。愛宕、目標一番艦。摩耶、鳥海、目標三番艦。鳥海ちゃん、摩耶ちゃんをよろしくねえ~』

 

「ちょっ、逆だろ普通!?」

 

こういう時、愛宕は高雄とはまた違うカリスマ性を発揮する。

 

はきはきと、明確にみなを指揮する高雄。気負うことなく、僚艦の緊張をほぐす愛宕。二つの個性は、方向こそ違えど、艦隊の中で確かな信頼を得ている。悔しいが、今の摩耶にはないものだ。

 

まあその分、色々自由に動けているわけだが。

 

波を蹴立てて進む摩耶の意図を察したのか、三番艦の砲口がこちらを指向する。だが、弾幕は薄い。おそらく両用砲の類も大部分失われているのだろう。

 

―――これ、あたしはあっちにいった方がよかったんじゃないか?

 

ちらと横を見やる。同様に敵一番艦に突撃する愛宕の周囲には、大口径の砲弾だけでなく、小口径の近距離砲弾まで落着していた。弾幕は非常に厚い。おそらく彼女も、被弾覚悟で接近を続けている。

 

「・・・わりいが、お前に付き合ってる暇はなさそうだ。やるぞ鳥海!!」

 

『了解!!』

 

距離は七千を切ろうとしている。これで外す方がおかしい。

 

初弾から斉射。数秒遅れて、鳥海も撃つ。

 

捉えた。細かな破片が飛び散るのが見え、小さな火が踊る。それを目標として、新たな射撃諸元をはじき出す。

 

『きゃっ・・・!!』

 

「愛宕姉!?」

 

繋がれたままの通信回線から、愛宕の悲鳴が聞こえた。主砲か、両用砲かはわからないが、あれだけの弾幕を全てかわせるはずもなく、被弾してしまったらしい。これからは、あの恐ろしく早い小口径砲弾が、一寸刻みに艤装の能力を奪っていく。

 

時間がない。

 

摩耶は歯を食いしばり、第二射を放つ。鳥海も続く。今度こそ―――万感の思いをこめて、数秒後の着弾を待った。

 

だが、腐っても戦艦。敵艦はしぶとく浮き続け、反撃とばかりに残った砲から砲煙を吐き出した。これを間一髪の操艦で回避。

 

―――持ってくれ、姉貴・・・!!

 

摩耶は祈ることしか出来ない。通信機器をやられたのか、先程から愛宕との通信が途絶えている。状況を図り知ることは出来ない。ただいまだに発砲し続ける一番艦と、負けじと撃ち返す姉の砲炎が目に映るだけだ。

 

ようやく装填された砲弾を、第三射として敵艦に投げつける。手ごたえはあった。

 

着弾の瞬間、今までとは明らかに違う閃光が、三番艦の艦上に生じた。閃光は一瞬のうちに勢いを増し、周囲に拡散していく。

 

一拍遅れて、大気を揺るがさんばかりの轟音が摩耶の耳朶を打った。何かがひしゃげる音。右半身からずぶずぶと海水へ浸かっていく敵艦の、声無き断末魔だったのかもしれない。

 

「鳥海、目標変更だ!」

 

しかし、摩耶にそんなことを考えている暇はなかった。一刻でも早く、姉の救援に向かわなければならない。

 

突撃の勢いそのままに、摩耶と鳥海は一番艦へ舳先を向ける。主機が焼ききれるのではと錯覚するほどに、彼女は速力を上げた。

 

あの野郎を叩きのめす。二人の姉を傷つけた代償は、きっちり払ってもらう。そう心に決めて、摩耶は残弾を確認した。しかし―――

 

「・・・まずい、残弾がほぼ無い。鳥海、そっちはどうだ」

 

『ごめん、こっちも心もとない』

 

お互いに予備弾倉はある。だが取り替えている暇はなかった。今目の前で、姉が砲火に曝されているのだ。

 

「しゃあねえな、魚雷で決めるぞ」

 

『了解』

 

鳥海の返事は短い。あまりの高速運転で、下手にしゃべれば舌を噛みそうだ。

 

この時点で、一番艦との距離は約七千。同航だからなかなか距離は縮まらない。ようやく六千五百になったあたりで、摩耶は砲撃を始めた。

 

敵も気づいた。位置的に死角にいる摩耶たちを捉えようと、こちらへ正面を向けて迫ってくる。これで向かい合っての反航。好都合だ。

 

「こっちだ!」

 

叫び、二度目の砲撃を放つ。ほぼ同時に、敵艦の艦上にも発射炎がきらめく。

 

最初に落ちてきたのは、小口径の弾丸。続いて大口径の主砲弾。それが雨霰と降り注ぐ。正面を向いた分、今まで使えなかった反対側の艤装からも、両用砲が飛んでくる。密度は、ほぼ倍。なかなか命中しないのは、反航戦による命中の低下があるからだ。だが、このままでは。

 

―――射点に取り付けねえ・・・!

 

一番艦が、こちらに被害を与えるのではなく、魚雷発射点に付くのを妨害しようとしているのは明らかだった。敵ながら頭のいい奴と、どこかで感心した摩耶は、それでもと奥歯を噛み締める。

 

こっちも必死だ。摩耶たちに残された手段は、今両腰に格納された魚雷だけ。先の発射から十分以上がたった今、用意された予備魚雷の次発装填は完了している。

 

両用砲弾が頬をかすめる。至近に噴き上がった水柱からは、断片が飛んできて艤装に当たり、鈍い音を上げる。転舵に次ぐ転舵。紙一重で弾雨の中を縫っていく。

 

だが、敵艦との距離は一向に縮まない。激しすぎる弾幕が、鋼鉄のカーテンとなって前に立ちふさがっていた。

 

「っ!?」

 

摩耶は声にならない驚きを叫ぶ。再び、夜を真昼へと変える光の道筋が出現した。摩耶や鳥海のものではない。根本は先程まで姉がいた辺りだ。

 

―――なにやってんだ、姉貴!?

 

摩耶は愛宕の意図を理解できず、思わず叫ぼうとした。しかしその時、ふと気づく。

 

弾幕が乱れた。

 

顔を敵艦へ向ける。光に照らされた顔は、死んだ珊瑚のように白い。白銀の透き通るような髪をなびかせるのは、戦艦タ級。それも金色のオーラを纏うFlagshipだ。

 

彼女―――という表現が正しいかはわからないが、今タ級はその表情を歪めている。目を細め、額の辺りにしわが寄っていた。

 

摩耶は姉の取った行動の意味を察して、にやりと笑った。探照灯の圧倒的な光量は、タ級の視力を潰したのだ。

 

いかに電探が闇夜の目になるといっても、目の前に敵がいるのなら、目からの情報に頼ってしまうのは至極もっともなことだ。そして実態はどうであるにせよ、深海棲艦は、生物に非常に近い生態を持つ。生物そのものと言っていい。目を潰したのは大きいはずだ。

 

それだけじゃない。新手の来訪を告げる声が、通信機から届いた。

 

『瑞雲隊、急降下あああああっ!!』

 

響いた雄叫びと共に、軽やかな発動機と風切り音が近づいた。続いて連続した爆発が、タ級の艦上に生じる。

 

『ごめん摩耶、鳥海。遅れた』

 

「気にすんな最上。サンキューな、おかげで・・・よく見えるぜ」

 

『残りは全部片付けた。後はそいつだけだ』

 

「了解っ!!」

 

隙を逃すはずはない。摩耶と鳥海は一気に距離を詰めた。ようやく視力を取り戻したらしいタ級も射撃を開始したが、その弾量はさっきとは雲泥の差だ。最上たちの瑞雲は、戦艦でも非常に脆弱な両用砲を破壊してくれたようだった。

 

それでも、一発が命中し、摩耶の高角砲を一基吹き飛ばした。だがそこまでだった。

 

手を伸ばせば届きそうな距離にまでタ級が近づいている。もう、逃しはしない。

 

「艤装展開!!」

 

抵抗を減らすために、ぎりぎりまで格納状態だった魚雷発射管が、光と共に出現する。左右で八本、鳥海と合わせて一六本。装填された六一サンチの必殺の酸素魚雷は、黒光りする弾頭を海面に向けていた。

 

「魚雷発射はじめ!!」

 

摩耶が号令するのと、探照灯が消されたのはほぼ同時だった。

 

―――姉貴のやつ。

 

たまたまタイミングが重なったのか、愛宕が摩耶の投雷のタイミングを読んだのかはわからない。だが、摩耶は後者だと思っていた。

 

青白い影が海面下を突き進んでいく。五十ノット越えという破格の速度を与えられた一六本の暗殺者たちは、船にとって―――当然深海棲艦にとっても致命傷となる損害を与えるべく、水中を驀進して行った。

 

タ級はこれを避けようとした。

 

「そうはさせるかよ!!」

 

摩耶はありったけの二○・三サンチ砲弾を叩き込む。残った高角砲もだ。酸素魚雷の投網の中から、獲物を逃がすわけにはいかない。

 

命中した砲弾が炸裂する。タ級はその行動の自由を奪われた。

 

『時間!』

 

魚雷の航走時間を計っていた鳥海が叫ぶ。

 

チェックメイトだ。

 

一際巨大な水柱が、タ級の姿を隠す。二本、三本、四本。連続した爆発と間欠泉のように噴き上げる水柱が上がるたびに、タ級が断末魔の悲鳴を上げた。

 

やがて全ての狂騒が収まったとき、海面に残っていたのは、燃え盛り、左へと傾いで沈み行くタ級と、それを静かに見つめる二人の艦娘だった。

 

「終わった、か」

 

「終わったのね」

 

摩耶の呟きに、寄せてきた鳥海が答えた。どこかほっとした声音に、摩耶も筋肉を弛緩させた。

 

『各艦集合、離脱するわよ』

 

高雄から通信が入る。消火に成功したようだ。こちらもまた、嬉しい知らせだ。

 

完全に沈み込んだ敵艦を確認した後、摩耶は転針する。日が昇る前にこの海域を離脱しなければならない。

 

静まり返った海上に、朝がやってくるのは約四時間後だ。

 

 

「失礼します」

 

深夜の執務室に、来訪者があった。提督は入室を促す。

 

「南西諸島邀撃艦隊より、入電ありました」

 

入ってきたのは、先程まで通信室に控えていた大淀だった。今日は彼女が当直だ。

 

眠気を感じさせぬはきはきとした声に、身を引き締められる思いで提督は頷いた。

 

「南西諸島邀撃艦隊は、敵主力艦隊と交戦、これを撃破。同海域の離脱にも成功しています。被害は、高雄大破、愛宕中破、最上、三隈小破です。九州沖に展開している支援母艦“佐世保”から補給と簡易整備、応急処置を受けた後、明朝一○○○以降に帰還予定です」

 

通信は、臨時で旗艦を引き継いだ摩耶から入っていた。どうやら高雄は、旗艦任務を続行不能と判断したらしい。

 

「わかった。ありがとう、大淀。もう休んでくれ、夜更かしはあまりよくない」

 

「ふふ、それを提督がおっしゃるんですか?ですが、お気持ちはありがたくいただきます。入電内容を精査しましたら、お先に休ませていただきます」

 

そう言って、大淀は執務室を後にした。

 

ドアが閉まると、提督は強張らせていた全身の筋肉を一気に弛緩させ、軍帽を机に置いた。

 

「なんとかなった、か」

 

「提督も、お疲れ様です」

 

お茶を差し出した秘書艦を見上げる。色白の顔に、しなやかな黒髪が似合う扶桑は、柔らかな微笑を浮かべていた。

 

「俺はなにもしてないよ」

 

提督は苦笑する。受け取ったお茶は、まだ肌寒い春の夜には心地よかった。

 

「・・・できれば、“横須賀”か“呉”辺りが出せるとよかったんだが」

 

現在定期的な整備と装備類更新のためにドック入りしている二隻の艦娘支援母艦は、本格的な入渠施設を供えていた。“佐世保”も将来的には装備する予定だが、今回の作戦には間に合っていなかった。

 

「支援母艦がいてくれるだけで嬉しいんです。補給や整備よりも、この船がいる、提督が待ってくれている。そういう思いが大切なのですよ」

 

「しかし、せめて修理は・・・」

 

「しかしもかかしもありません。もう、あいかわらず心配性なのですね、提督は」

 

でも、少し安心しました。そう言って、扶桑はまた微笑んだ。鎮守府最古参の戦艦には、提督も頭が上がらない。

 

「とにかく今は、彼女たちを待ちましょう。迎えの駆逐隊は、どうしますか?」

 

南西諸島邀撃艦隊の対潜能力は低い。それを補うために、帰還時は護衛の駆逐隊をつけることが決まっていた。

 

「第八駆逐隊が、すぐに出撃可能なはずだ。朝になったら、出てもらおう」

 

「では、工廠部に伝えておきます。八駆のみんなには、提督から」

 

「わかった、そうするよ。扶桑も、そろそろ寝ていいんだぞ?秘書艦だからって、ずっと起きてなくても」

 

「もう、本当に提督は」

 

扶桑は困り顔を浮かべて、小さく首を横に振った。

 

「いいんです。私が起きていたくて、起きているのですから」

 

「・・・そうか」

 

それ以降は何も言わない。常に物静かで、控えめな扶桑ではあるが、一本芯の通った強い女性だ。一度決めたら、滅多なことでは曲げない頑固さも持ち合わせている。そうでなければ、個性派ぞろいの戦艦たちをここまで育て上げることは出来なかっただろう。

 

提督は立ち上がり、窓の方へと移動する。カーテンを開けば、今まさに昇ろうとしている太陽が、その頭を覗かせていた。その下に広がる海原も、キラキラと光り輝いて眩しい。

 

ふと、人影が目に入った。鎮守府を、海岸沿いに駆け抜けようとする、少女がいる。逆光で見えずらいが、提督はその正体に思い至った。

 

「あら、吹雪ちゃんですね」

 

横の扶桑も、少し驚いたように呟いて、それから口元を緩めた。

 

朝を告げる光景に心を和ませ、提督は自らのなすべきことに思いを馳せた。




よし、吹雪の出番は確保した!!

次回は吹雪が大活躍する・・・予定

あと、新兵器が登場する・・・かも?

それと、飛行機から落とすのって吊光弾ですよね、書いてて思ったけど

読んでいただいた方、ありがとうございます。

次回はもっと早く書けるように努力しますので、なにとぞよろしくお願いします。

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