顔に雨粒が当たり、何かが焦げる嫌な匂いで目が覚める。あたりを見渡すと私の生まれ育った村はどこにもなく、あるのは雨で鎮火された民家の焼け残りだけ。そこが自分の生まれ育った村だったと脳が理解する頃には枯れたはずの涙が溢れていた。たいした思い入れはなかったので泣いている自分にどこか他人事の様にびっくりする。そして、まだ混乱を残す脳で事の発端までの記憶を振り返る。
…
「シラス、今日の夜ご飯、何か希望はある?」
キッチンから私の育ての親、マレットが聞いてくる。
「特にない…かな」
「そう…」
マレットはそっけない返事をする。彼女は父の幼馴染。
私の村では古臭い宗教が信仰されていた。雨が降らなければ祈り、獣が村を襲えば供物を捧げ、どうにもならない時には“生贄”によって均衡を取り戻す。そんな古い習わしが誰も疑わぬほど深く根強く残っていた。そして何年か前の大飢饉の際、飢饉を鎮めるための生贄に私の両親は選ばれてしまった。そして木に縛り付けられ焼かれてしまった。当時は突然両親が消え、訳もわからず泣きじゃくった覚えがある。あれは生贄という名の口減らしだったのかもしれないと今となっては思う。私は生贄儀式の前日の夜に父によってマレットさんに預けられたらしい、それからはずっと二人で暮らしている。だがとても楽しいものではなかった。彼女は私のことを嫌っていたし私もあまり好きになれていない。罵られ暴力を振るわれることもしょっちゅうあった。しかし最近では暴力どころか会話すら少なくなってきていた。とても気まずく嫌な空気の毎日、まだ暴力を振るわれながらも会話をしていたあの頃のほうが健全だったかもしれない。何度も家を抜け出そうと考えた、だがなぜだか私がいなくなればマレットさんまでいなくなってしまう…そんな気がし思いとどまっていた。今思えば不思議なものだ。彼女からしてみたら私なんていないほうがいいだろうし、私にしてもマレットさんがどうなろうが
どうでもいい、そう思っていた。
散歩がてら村の近くの森に野草を取りに行く。子供がひとりで行けるほど安全な森だ。森には先客がいた、アプトノスの子供はこちらを一瞥するも特に気にする様子もなく食事を再開する。私も少し離れたところで腰を下ろす。
しばらくして十分な量が集まり村へと帰る準備をする。気づけばアプトノスの子供はいなくなっていた。現実か、もしくは幻聴か、どこか遠くで何かの咆哮が聞こえた気がした。日が落ち暗くなった森が急に怖くなり急ぎ足で村へと帰った。
「ただいま…」
「………」
テーブルを見ると夜ご飯が並べられている。
「いただきます…」
ウォーミル麦のパンをちぎりあったかいスープと合わせる
なかなか美味しい
「ごちそうさまでした…」
夜ご飯を食べ終わり、さっさと床に就いて目をつむる。目をつむるもなかなか寝付けない。いつまでこんな生活が続くのか、なんのために生きているのか、考えてもしょうがない悩みがどんどん湧き出て眠れない、と悩んでいるうちにいつのまにか眠りにおちる…
「ラス… シラス… シラス…!」
誰かが呼んでる…
「起きなさいシラス!!」
「…!」
うっすらと目を開けるとマレットが私に覆いかぶさっていた。意味の分からない状況に困惑するも外が騒がしい。ただごとではなさそう。
「マレットさんどうし…」
見上げると星空が見える。天井が突き抜け端から燃えていた。そこから火の粉が飛び交いみるみる燃え広がっていく。マレットが上に覆いかぶさり火の粉から守ってくれていた…周りを見ればランポスにでも入られたように散らかり燃えている。
「モンスターが…村がモンスターに襲われて…」
お腹のあたりに暖かい感触がしマレットの頭から血がしたたり落ちていることに気づく
「マレットさん、どうしてわたしを…」
「今そんなことどうでもいいでしょ!いいから…早く外に出るよ…」
「う、うん…」
理解が追い付かないまま外へと出る。
外へ出てこれは夢じゃないかと錯覚する。それほどまでに目の前の光景は非現実的であり脳が理解を拒むものだった。
村全体が燃え盛り人が逃げまどっている。そして警鐘を鳴らす鐘の真上、村の中心に一匹の竜が羽ばたいていた。あれがマレットの言っていたモンスターだろうか、私が今まで見てきたモンスターの中で、一番大きくて恐ろしく、赤い鎧に覆われ巨大な翼をはためかせる威厳に満ちた姿。村の仇にも関わらず不思議と目を惹かれてしまう―――
『ガダㇻㇻッ』
家が倒壊する音で我に帰る
「マレットさん大丈夫?」
「えぇ、平気… …あの竜がこっちにくる前に森に入るわよ」
マレットに促され、怯える心臓を抑えながら森の方へと体を向けた瞬間、耳をつんざくような怯声が聞こえた。
「きゃああああああああ」
振り返ると倒壊した家屋から這い出てきた男が竜を見て恐怖の声を上げていた。
その乙女のような甲高い悲鳴はあの竜の耳にも届いてしまった。
鷹のように鋭い竜の瞳がはっきりと此方を捉える。
「走るわよ」
小さく舌打ちをしマレットが私の手を取る。
「えっ」
マレットに手を引かれ慌てて森へと走る。
それを合図かのように竜がこちらへ向かって剛翼をはためかせる。その羽ばたきは速く、二、三軒の民家が並ぶ距離を瞬く間に縮め、先の男の頭上に辿り着き、毒の滴る竜爪が男を襲う。
男を掴んだまま竜の瞳は次なる標的を私たちに定める。竜の口からは燃え盛る火が籠れ見え始める。竜が大きく息を吸い込み、その口から特大の火球が吐き出された。みるみる私との距離を縮めるその火球は不可避の魔球であった。
すぐに訪れるであろう獄炎の熱と激痛を覚悟し目をつぶる。
寸前、何かにやさしく抱き寄せられる。火球と私の間に何かが割って入る
私の体に触れたのは火球ではなく火球から私をかばったマレットだった。
「マレっとさん!」
共に吹き飛ばされ地に叩きつけられる。痛む体を起こしマレットの方を見るとそこには服の有無すらわからぬ程の血に濡れたマレットの姿。顔の半分が血に覆われ意識も虚ろだった。どんな奇跡が起ころうとも助かることはないと本能で察してしまうほどに。
「マレットさん、死んじゃやだよ…」
「シラス、無事ね…」
「そんなに泣くことはないわ、あなたも私のことが嫌いだったでしょう?」
「そんなこと…」
「あなたを縛るものはもう何もない… 私は、この小さな村にずっと囚われていた。世界はきっと広いわ。あなたはきっと助かる。だからこんな村のことなんか忘れて広い世界を見に行きなさい。」
「…」
「髪が少し焦げちゃったわね、せっかく綺麗な、白髪、なのに。ほら、いつまで泣いてるのよ、あのこわい竜がきちゃうよ…」
「…マレットさん、いままで、ありがとう…」
「えぇ、…もうしばらくは、シラスに会いたくないわ」
そう言い終えたマレットが目を見開く。あの赤い竜が再びこちらに向かってきていた。そしてその口から地獄の業火が水の様に吐き出される。呆然とする私の横腹に衝撃が走る。その勢いのまま燃え尽きた民家の残骸に突っ込む。視界の端に見えたマレットの姿は真っ赤な炎に包まれていった。頭が何かにぶつかる。
視界がだんだんと狭まっていき最後には真っ暗な闇が訪れた。
マレットさん…