「シラス、晩御飯なにか希望はある?」
「特にない…かな」
小声でうなずく彼女はシラス・スラベル。腰まで伸びた綺麗な白髪に翡翠色の綺麗な目。そして少し尖った両の耳。一緒に暮らしているが私の実の子ではなかった。あの子の両親はあの子が小さい頃、この村の薄汚い信仰により生贄として磔にされ燃やされた。シラスは満月の夜、彼女の父によって私の元に届けられた。最初は何かの冗談だと思っていたが、翌朝、彼と彼が村の外から連れてきた女は既に灰となっていた。
それからかれこれ10年ほど、シラスとずっと二人で暮らしている。あの子にとってはこの数十年、楽しかった瞬間などないかもしれないが。
両親は突然消え、私に愛などない様な育て方をされ、こんな辺境の村に囚われている。
「野草取ってくる」
「あっ、ちょt」
"森は危ないから気をつけろ"と言う前にシラスは外に行ってしまった。
いくら行き慣れた森でも何があるかわからないと私の過去の記憶が言っていた。最近はシラスとの会話もだんだんと減ってきている。
ため息をつき夜ご飯の支度を始める。
(最近肌寒くなってきたし温かいものにしようかしら)
編みかごから根菜類を取り出し皮を剥き食べやすい大きさに切る。
厚手のフライパンに油を引き、適当な大きさに切ったレアオニオンとお肉を炒める。レアオニオンがいい飴色になったら胡椒と塩、水を加えフライパンについた旨みをこそげる。もろもろを加え、蓋をして、じっくりことこと煮込んだら―――
「完成ね」
焼きたてのウォーミル麦パンにあったか野菜スープ。我ながら美味しそうだ。
「ただいま」
タイミングよくシラスが帰ってきた。
食卓を見てさっそく夜ご飯を食べ始めている。私はというと先に調理で出た洗い物をしている。なんとなく、一緒に食べるのは気まずかった。
気づけば食卓に並べられていたものはぺろりと平らげられ、シラスはもう寝ようとしていた。
「シラス、体ぐらい拭きなさい」
「…はーい」
まったく、あんなだから寝起きの寝癖が酷いことになるのだ、と思いながら食器を片付ける。そういえば"彼"も毎朝、寝癖が酷かった記憶がある。寝癖も遺伝するんだろうか。"彼"とはシラスの父親であり、私の幼馴染だった男だ。
小さい頃、彼に助けられたことを思い出す。あれは私がまだ7歳だったころ、森に野草を取りに出かけランポスに襲われた。3匹ほどに囲まれ、私はもう死ぬんだと思った。一匹が屈み、今にも飛び掛かってきそうになったその時、彼はきてくれた。頼りない木の棒を片手にランポスを怯ませ私の手を引き、村まで全力で逃げ帰った。同い年だったこともあり、当時よく遊んでいた彼は一人で森に行った私を心配し駆けつけてくれたのだった。両親を早くに亡くし孤独だった私は、自然に彼に惹かれていった。しかし16になったころ、彼は突然村を出て行ってしまった。何も言わずに私を置いて…
時計を見ればすでに日を跨いでいた。
机に突っ伏し考え事をしていたら寝てしまっていた様だ。
まだ脳がほわほわしている。早いとこ寝る準備をしてきちんとベッドで寝よう。
そう思い、椅子から立ち上がった
『カァーンカァーンカァーン』
村の警鐘が鳴り響いた。一気に脳が覚醒する。
『モンスターだぁー!モンスターが襲ってきたぞぉー!!』
警鐘を聞いたのは私がこの村に住んでいて初めてだった。
しばらくして警鐘が止んだ。モンスターが去ったのだろうか?なんて淡い期待を抱いていた私を激しい揺れが襲った。屋根に何かが凄まじい勢いでぶつかった様だった。
「…シラス!」
急いで部屋へと向かうと彼女はまだ眠っていた。内心呆れながら急いで駆け寄る。天井には穴が空きそこから火が出ていた。火の粉や瓦礫が当たらない様、シラスに覆い被さる。
「シラス!起きなさい!シっあがっ」
頭に特大の瓦礫が落下し生温かい感触がする。
(なんでこれで起きないのよこの子ッ!)
「シラス! シラス! 起きなさい!シラス!」
「うーん?」
やっと彼女が反応を見せる
「シラス!起きなさい!」
ついに彼女は瞼を開きその深碧色の瞳を見せる。
私の頭から垂れる血と外の騒々しさで彼女も何かが起きていることを察したらしく、目を見開かせる。モンスターの襲撃について彼女に伝えながらどうするべきか考える。できればここでじっとしていたいが、すでに家には火の手が回り爆発的に燃え広がっている。外に出るのはやむを得ないだろう。
まだ理解が追いついていなさそうな彼女の手を引き外へと出る。
外の景色は悲惨そのものだった。家のほとんどに火が付き逃げ惑う人々。その中心に竜がいた。闇に紛れその全貌は隠されているが、火に炙られ見えるその体の一部は赤褐色の鱗に覆われ、牙がずらりと並んだその口からは地獄に囚われた亡者のごとく燃え盛る、煉獄の炎が漏れ出ていた。
美しさすら覚えるその竜には無数の傷が刻まれていた。
「マレットさん大丈夫?」
シラスの問いかけにハッとする。
幸い竜は今こちらを見ていない。
シラスに森に逃げるよう促す。
「きゃああああああああ」
私たちと竜の間で村の男が女の様な悲鳴をあげた。
それを聞き竜の瞳がこちらを見据える。やってくれたあの男。
男がいまさらこちらに向かって逃げ出し始める。それを追って竜も翼を広げ飛び立つ。
こうなっては仕方ない。シラスの手を取り全力で森へと走り始める。後ろで男が絶命する声が聞こえた。まずい、まずい、このままでは―――
後ろを振り返るとシラスのすぐ後ろに火球が迫っていた。
考えるより先にシラスを抱き寄せ火球とシラスの間に自身の体を滑り込ませていた。
背中に痛みが走り呼吸が止まる
ふいに昔の記憶がよみがえる
村を出て6年程経った頃、彼は帰ってきた。自身の子供であるシラスと、よりによってこの村で忌み嫌われている竜人の女を連れて。人間より圧倒的に長寿なその生命の力を恐れてか、はたまた我々とは異なる体の構造を忌避したいからか、なぜ私の村で竜人が嫌われているのか、はっきりとした理由は私にはわからなかった。そんな私の村に彼女は運悪くきてしまった。そしてさらに運の悪いことに、彼女がきてしばらくし大飢饉が村を襲った。それが引き金となった。彼女は大飢饉を鎮めるための生贄となり、それを連れてきた彼も共に生贄とされた。
なんて馬鹿な男だろう
なんて運の悪い男だろう
そして、この村の次の標的は竜人の血を継いでいる半竜ともいえるシラスへと向き始めていた…
「マレtt マレットさん マレットさん!」
シラス…
「マレットさん!!」
シラスが大粒の涙を垂らしながら私の顔を覗き込んでいた。
私なんかのためにこの子がこんなに悲しそうな顔をするなんてね
もうほとんど体の感覚がなかった。
もうじきだろう…
シラスに私の本心からの願いを話した。
見ればシラスの奇麗な白髪がところどころ焦げてしまっていた。
竜が来ないうちに早くこの子を逃がしてしまおう…
シラスが涙をぬぐい私の右目を見て云う
「…マレットさん、いままで、ありがとう…」
あの日見た、彼の奇麗な深碧色の瞳にそっくりだった。
背後から再び竜と火が迫ってくる。
私の最期の力、人生、愛、恨み、すべてを振り絞りシラスを横に蹴飛ばした。
ここまでしたんだ、あの子には目いっぱい幸せになってもらわなくちゃ…
私を包む業火がなぜかとても心地よく感じた
マレットさん(´;ω;`)