「それじゃあ、僕も発表するか」
気の進まない様子で自分にスマホを手渡す。ずいぶん綺麗なスマホだ。ちょっと前に発売された最新機種だろうか。
「君も文句言うなよ」
「わかってますよ」
冷コーヒーを一口飲み、受け取ったスマホの画面に目を向ける。
「花より団子」 染井紫陽
暖かい日差しが体を包み、涼しい風が肌をなでる春の日。花見だ宴会だと騒ぐ人であふれかえる公園。その公園の隅の隅で小さな二匹の蜘蛛がぐだぐだと愚痴を言い合っていた。
「最近どうよ、大量かい?」
縞模様の蜘蛛がわかりきったことを尋ねる。
「全然、お前さんの察しの通り、羽虫一匹かからねえよ」
無地の蜘蛛がうんざりしたように答える。
「やっぱりか、それにしてもなぜこうも不漁かね、去年の今頃なんて糸がちぎれそうになるくらい獲れたってのに」
縞模様が嘆く。
「さあね、環境汚染がどうのこうのって奴じゃないか、冬を越したってのに、見ろよ、あの死んだような草を。あれじゃあ羽虫も食うのに困って飛んでこないよな。」
無地が吐き捨てる。
「確かに、ありゃあ酷いな、草を食ったことはないが、とても食いたいとは思えない色だ」
「それにしても、なんで俺らが人間の都合でひもじい思いをしなきゃならないんだろうな、理不尽って奴だ。やるせねえぜ」
「まったくその通りだ。しかし、ここで文句を垂れていても、仕方ねえな」
縞模様が物分かりのいいことを言う。
「そりゃあそうだが、巣に戻ったところでどうせ大してかかっちゃいないぜ。それとも何か、大量祈願の方法でも思いついたのか」
無地が期待せずに訊く。
「ああ、ただ祈願じゃなく策だがな。さっきの環境汚染が云々の件で思いついたわけよ。聞きたいかい?」
「勿体ぶらずに教えろよ」
縞模様の問いに無地が苛立つ。
「まあそう焦るなよ。そうだな、まずあの桜を見ろ」
「桜がどうした?」
「花が咲いてるだろう」
「咲いてるが、それがどうした」
「だから焦るなよ。話はここからさ、さっきお前さんも言ってたが環境汚染がひどいって話だろう。にもかかわらず桜の奴は平気で咲いていやがるよな。あれにあやかろうって話さ」
縞模様が勢いづいて話す。
「桜にあやかろうったって何するつもりだ」
「糸に張り付けんのさ、あの花びらを。巣一面びっしり埋め尽くすようにな」
「そんなことして何になるのさ、派手になって羽虫にばれやすくなるだけじゃねえか」
無地が疑わしい顔で縞模様を見つめる。
「まあ待て、少し考えてみろよ、そこらの草は枯れてんのに、なんで桜はああも満開なんだ?」
「知らねえよ。草と桜じゃ生まれが違うんだろう」
「惜しいな、違うってところは合ってる。違うのは生まれじゃなくて扱いさ、人間からの扱い」
「人間?」
「そう人間。あいつらがどういう仕組みかは知らねえが、汚え空気をはじいて桜を守ってんのさ」
「なんで桜は守って、そこいらの草は見捨てるんだ」
「そいつは俺に聞かれてもわからないが、おおよそのところ桜は綺麗で草は汚いからじゃないか」
「そんなに違うか?それに草を汚くしたのは当の人間だろう」
「人間って奴は馬鹿だからな、俺たち蜘蛛のような高尚な頭は持ち合わせてねえのよ。」
「なんにしろ人間は桜が好きなわけだ。こいつはわかるな?」
「まあ扱いが違うってのはわかったけどよ、巣に花びらを貼っ付けて桜の真似をして、それで人間を集めてどうするんだい?」
「最近、あたりで騒いでる人間を見たか?そろいもそろって赤ら顔で、周りに羽虫がいるのを気にも留めねえ、羽虫の方も躍起になって飛び回ってやがる。そこからおこぼれを頂戴するわけさ」
「そう上手くいけばいいがな、人間だってそこまで間抜けじゃねえんだ桜色の巣があったって騒ぎやしない」
「いやいや、さっきも言ったが人間は馬鹿さ。桜とまでは思わなくたって、桜みたいにきれいな蜘蛛の巣だって珍しがって、それを編んだ俺たちに食い物を運んでくれるぜ」
「はあ、そんなもんかね。まあ、このままやってても腹がすいて仕方ねえし、取り敢えずやってみるとするか」
気だるげそうに無地の蜘蛛が巣に向かって動き出す。
「そう、その意気だぜ。きっと上手くいくさ」
縞模様の蜘蛛も道中の花びらを集めながら、巣へと進む。
あくる日、公園には桜の花びらを一面に飾った蜘蛛の巣が二つ広がっていた。
桜色の巣を見た人間が「珍しい」「写真を撮って投稿しよう」などと騒いでいる。
「なあ言ったろう。上手くいくって」
縞模様が無地に威張る。
「癪に障るが、今回ばかりはお前さんに助けられたよ」
無地が縞模様に嫌々頭を下げる
その頃、公園を飛ぶ羽虫たちは不満そうにしていた。
「なんだ、騒いでいるから花見の宴会かと思ったら、食い物一つ持ってやいないじゃないか」
「あれは女だぜ、それも若い。あいつらときたら俺たちを見かけるや否や叩き潰そうとしてきやがる、近づかないに限るな」
「読み終わった?」
スマホから目を離したのを確認したのだろう、手に持っていたスマホを手荒く持っていかれる。
「感想は?」
恥ずかしいのか不安なのかジトっとした目で自分を見つめる。
「面白いと思いますよ」
「本当に?どこら辺が?」
心配そうな顔でこちらの顔を伺っている。疑り深いことだ。
「本当ですよ。オチでタイトルを回収する形になっていますし、蜘蛛が江戸っ子的な喋り方をしているのも好きでした」
楽天的な彼女が皮肉なことを書くのは意外だった。
「ふふん、そうだろうそうだろう」
先ほどとは一転して得意げに胸を張る。何を考えているのか分かりやすい人だ。
「それにしても、桜の巣とは珍しいものを見てるんですね」
「ああ、去年の今頃に近所の公園で見たんだ。まあ、実際には蜘蛛じゃなく風の仕業だろうけどね」
彼女は、少し残念そうな顔をしながらブレンドを飲み干した。
「さて、満足したことだし次のテーマでも考えようか」
満足とは評価のことを指しているのか、ブレンドのことを指しているのか。
「まだ続けるんですか?」
「もちろん、君だって結構楽しかったろう」
まあ楽しくないといえば嘘になるが。
「次のテーマですか。そういえば、今回のテーマはどうして「忘れられないもの」になったんでしたっけ?」
「んえ?え~と何だったかな~」
どうやら何も思い浮かばないらしい。話のオチも同じ形になったようだ。