「お前、女だったのか!?」「?男だよ〜」   作:澱粉麺

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オスか押されるか

 

 

『なあ、お前』

 

『……』

 

『お前だよ、そこのお前』

 

『…え、僕?』

 

『そう、お前。

なんで休み時間なのにずっと寝てんの?』

 

『…バカにされるから』

 

『誰に』

 

『みんなに。オトコオンナ、って。髪の色も、目の色も変だって。全部の全部で笑われるから、こうしてたいんだ。

もう、笑われるのは嫌だ』

 

『はあ?お前、馬鹿か。なんで笑ってきた奴らを喜ばせるようなことしてんだよ』

 

『え…』

 

『やってやんなよそんな事。そんでバカにしてきた奴らに見せるんだ。おまえらがやってきたことなんて、楽しい、の邪魔になんか全然ならねぇって』

 

『……君は、強いんだね。

でも無理だよ。僕にはそんなこと…』

 

『…ふーん。よし、決めた。今からおれはお前のアニキだ。ほら着いてこい!言っとくけど命令だからな』

 

『…えっ?…はっ?わ、うわぁっ!?』

 

『お前、名前なんてえの!」

 

『えっ、あっ、あ、し、シオン!』

 

『カイリだ!ほら、手ぇ離すなよ!』

 

 

『お前を、男らしくしてやる!』

 

 

 

 

……

 

 

 

ぱちり。

見慣れた、天井。覚めた現実を示す。

上半身だけ立ち上げ、大きく伸びをした。

シオンはそうして、先の夢を想う。

 

「……懐かしい夢見たな」

 

それは、初めて憧れた人。初めて、友達と言える人に出会えたこと。そして初めて…

 

「……」

 

ぐっ、と寝起きの眠気を覚ますように目を瞑る。懐かしい、と一人ごちたが、これは誰も見てない見栄っ張りの嘘だ。だってこの光景を忘れた事は、ずっと無いのだから。

 

「……よし」

 

どくつく心臓を抑えて。いつもの通りに考える。いつか言わねばならないことを、いつなら言ってもいいのか。どれだけ悩んでも答えが出ない事ならば、少なくとも行動はしないといけない。

 

スマホを、弄る。

メッセージのアプリを開く。

 

『今日暇ー?』

 

何気なく、何事もないかのように。

 

『暇だったら、僕の一人暮らしのとこくる?』

 

送った。

送ってしまった。

もう後戻りはできない。

これは失敗か?それの答えは、すぐに来る。

 

『いく』

 

あまりにも淡白なその二文字だけの返事が、福音のように彼を安らがせる。綱渡りをしているような感覚が、きっと、なにかが起こるまでは続くのだろう。

 

何か、とは、なんだろう。

それは彼自身にもあまり、わかっていない。

 

 

 

 

……

 

 

 

「改めて、いらっしゃーい!」

 

「おぉ〜。………」

 

「あの…さすがにそこまで部屋をじろじろ見られるとはずいんだけど」

 

「ああ、悪い。

なんかこう、思ったより普通だなって」

 

「そりゃあ、まあねえ。なんかそんな面白いものがあっても怖いでしょ」

 

「それはそうだ」

 

カイリはそう話しながら上着を脱ぐ。確かマナーとしては家に入る前に脱ぐべき、だったか。まあそんなことはいいだろう、と一笑し、そうして誘われるままに机に座る。

 

 

「前も思ったけど、随分厚着だね、カイにぃ」

 

「あぁ…いつからか、どうにも寒がりになって。それこそお前と遊んでたくらいの時は、寒さなんて気になんなかったもんだけどなあ」

 

「まあそりゃあ、子どもの頃とは色々変わるよね。色々と」

 

「そうだなぁ。……いや本当、色々。

むしろこれに関しては当時からあんまり変わらないままってことなのか…?

 

「ん、なに?僕のこと?

へへっ、褒めてくれるのは嬉しいなっ」

 

 

にへらと顔を緩める姿は、やはりどうにも子ども特有の中性的というか、まだ性徴を迎えてない無垢さを思い浮かばせる。

 

 

「で、何やるんだ?」

 

「え?」

 

「いや、ほら。なにか用事とか、やりたいことがあったから呼んだんじゃないのか?」

 

「……

…え、えーと…」

 

「無いんだな、特に」

 

「うん…」

 

じゃあなんで呼んだ、と間接的に聞かれた形になり、先までの嬉色から一転して沈んでしまった汐音を見て、どうにも嗜虐心が湧いて。

少し意地悪のつもりで黙って見つめる。

 

「まず、なんか理由をつけてカイにぃに会いたくって…あとついでに今こうやって住んでるんだよ!ってのを自慢したくてさ…」

 

 

つくづく、何を可愛いことを言っているんだろうか、と思う。見た目だけが可愛らしいだけならともかく。こうした言動がどうにも脳を困惑させてくる。だがオスだ。

 

「やっぱり気が狂いそうだ」

 

「そ、そこまで怒る!?」

 

 

そういうわけではなく、むしろ怒ってなどないと、ひとまずその場を収めてから、さて改めてどうしたものかという話に移る。

 

「しょうがない、しりとりでもやるか」

 

「ダメダメダメ!絶対その先にあるの地獄だって!」

 

「つっても話題ももうそんな…

あ、そうだ。今更だけど、一応おみやげ。あと母さんがこれ、前のお返しだって」

 

「あー、ありがと!おばさんも気を遣わなくていいのになぁ…カイにぃもありがと、甘いの好きだから嬉しいよ」

 

せっかくだしお茶でも、と立ち上がった汐音はその動きのまま外を見て、動きを止めて。おぉ、と嘆息を漏らした。怪訝に思った海莉に向け、土産のチョコを持つ手で窓をちょいちょいと指差す。

 

 

「げ」

 

空から降り出した、小さな白を見てまず最初に出る言葉は、それだった。子どもの頃だったなら、無邪気に喜べていたろうに。

 

大人になり始める一歩というのは、雪が降っててもそれへの興奮や喜びより、芯への冷え込みや後処理を思い浮かべ、ため息をつく。そんな些細な事から始まるのかもしれない。

 

 

「ふふっ、すんごい顔。確かに最近寒かったからなぁ。このまま積もらないといいんだけど」

 

「はぁ…雪かき、凍結対策、寝起きの寒さ…あぁやだやだ、面倒くさい」

 

「はいはい、そんなネガティブなことばかり言わないの」

 

 

「なんてったってカイにぃは僕の『アニキ』なんだから。もっとしゃんとしてよな!」

 

「……そう、だったな」

 

 

まるで苦々しい虫を食いしばるような顔を一瞬、して。カイリはそう答える。シオンはその表情に気付くことはなく、ただ窓の外をゆっくり見つめていた。

 

しんしんと冷え込むその空間を、白く埋め尽くされていく世界を見て、しかしそれでも高揚がどうしてもあるのは、きっとまだ心の底にいる子どもの頃の自分がばんざいをしているからなのだろう。

 

 

「雪が降るとより一層、年が終わるって感じがするね」

 

「……」

 

「カイにぃ?」

 

「ああ、いや。そうだな。そう、なんだけど…全然そんな実感がないなって」

 

「そうだねぇ…また夏も長かったから…」

 

「気がつけば、どんどん時間だけ経ってくな」

 

そんな言葉を言っている様子を見て、何処か琴線に触れるところがあったか。

少し聞きにくそうに、シオンは口にした。

 

 

「カイにぃは…なにか、あったの?」

 

 

ただ、その質問を。それは、あの時から少し変わったカイリの様子を慮ったものでもあり、自分から遠ざかった後のカイリはどうしていたかということも気になったからということもあり。

 

 

「…特に何かあるわけでも、あったわけでもないよ。ただ、そうだな。お前のアニキをしてやる、なんて言ってた頃からは随分腑抜けたかも」

 

「なっ、そんなこと…!」

 

「悪いな。失望したか?」

 

それは以前にした会話に似たような問いでありながら、もっと自嘲的なもの。

きっと、ああそうだ、と言われることの方を更に望んでいるだろう質問だった。

 

シオンには不思議とそれはわかった。

わかった、からこそ。

彼はもう一度、海莉の手を強く握った。

 

 

「そんなことない。

僕が、カイにぃのことをそう思う筈がない」

 

「……」

 

「僕は、カイにぃのことが好きだよ。

男らしくって、優しくって、僕を助けてくれた。あなたを嫌いになれる筈がないじゃないか」

 

「…はは。男らしい、か」

 

ぎこちなく、その握られた手をそっと振り払って。カイリはどうにも苦笑いをした。

 

「あまり嬉しくはないな」

 

 

 

……

 

 

 

「やっぱり積もったなぁ…あーあ、まだ降るみたいだし帰るの面倒くさいな…」

 

「まあ…見るからに冷えてるしね…」

 

 

暖房を付けて、それで尚あまり暖かくないという事実は外気温の底冷えを示している。

日の暮れまで待ってみたものの止む気配は一向になく、それならば今のうちに外に出るべきなのだろう。

 

 

「はー…仕方ない。シオン、悪いけど傘貸してくれ。今度また返すから」

 

 

そんなカイリを尻目に、シオンは一人ぐるぐると別のことを考えていた。

 

(…なんか、僕えらいこと言った気がする…)

 

あまりにも急に、言われたことだ。

頭に血がかっと上って、言っていたことを否定したかった。失望なんてする筈がない、僕は絶対にそんなこと思わない。

 

と、だけでいい筈が。

 

(好きだ、って言ったな。

言った気がする。何を言ってるんだ僕は!?)

 

落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせてカイリをじっと眺める。もう言ってしまうつもりはなかった言葉を受けて、どう変わるか。

何も変わらない、いつも通りの様相。特に何も変わっていないことに安心したような、少し、何か残念なような。本気に取られては無いようで。

 

(……そうだ。

僕は、好きだ。カイにぃのことが)

 

 

きっと、あの時からずっとだ。

それの隠しきれない感情が出てきて、先は口にしてしまった。そうだ、はずみで、出てしまうほどにずっと思っている感情。

性別の不自然があるとわかっていても、その感情は嘘ではない。それに嘘をつけない。

 

ならば、やるべきことは何だろう。

 

どく。どく。心臓が跳ねる。高揚や興奮より、極度の緊張でのそれ。

 

これを言っても大丈夫だろうか。

線を超えた発言をしたら、また自分のそばから離れていってしまわないだろうか。

怖い。けれど。

男らしく。そうだ男らしく。

この人から貰った、勇気で。

 

 

「あ、あー!その、傘貸しても、いいけどさ。やっぱり今から戻るのも大変じゃない?」

 

「だからさ。出なくていいかも、っていうか。つまりさ、なんて、いうか」

 

 

「…その、うち、泊まって、く?」

 

 

押す。押して、押されるより、押すしかない。またいつか離れてしまって、これを伝えられないよりは、そうして後悔をしないほうがいい。

 

「……」

 

顔があつい。目を見られない。

その様子を見たカイリもまた、一度うっ、と固まってから少しだけ頬を赤らめた。

 

 

「っ、と。えっ…!?

いや、そ、それはさすがに…!?」

 

びくり、と反応に身体を震わす。

失敗したか。距離を、詰めすぎたか。急にそうしすぎてしまったろうか。

 

そう、怯えに近い反応をしたシオンを知らずか。しばらく悩んだ後に、海莉はどこかぎこちなく、首を掻きながら言った。

 

「……まあ、いいか?そっちがいいって言うなら、お言葉に甘えようかな」

 

「…!う、ん!喜んで!」

 

 

 

……

 

泊まり、泊まり。

その距離の近づきが、どうなるか。

わからないけれど、それでも。

我関せずと外で雪が降り続ける。

 

 

 






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