「お前、女だったのか!?」「?男だよ〜」   作:澱粉麺

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オレか私か

 

 

物心がついた時には、父親はいなかった。どうやら交通事故で運悪く、という事らしいのだが、それを悲しむことすら、当事者という感覚がないせいで難しい。

 

母さんはいつだって仏頂面だった。弱みを見せてしまえば、そこを折られるから、と。いつだって張り詰めて子育てをしていた。

姉はそれを見て、出来る限り迷惑をかけずに、と勉強にも運動にも精を出し、見事にまで成長をした。

 

自分の考えたことは、姉とは少し違かった。

母はいつも張り詰めている。ならば、自分は男らしくないといけない。父親の代わりとまでは言わない。それでも、自分が支えるのだ。そんな考えをしていた。

 

…昔のことだ。子ども特有の、挫折を知らない万能感に酔った故の浅ましい考えだ。結局うまくいかなくて、できなくて、やめてしまった願望。

男らしく、なんてらしくない。疲れるし嫌がられて友達を失うだけの、今の時代にはそぐわないものだとすっかりと諦めてしまった。

 

『男らしく、してやるよ!』

 

いつか友だちに言ったはずの言葉。それは、自分自身そう信じ込ませるために言っていたことだったかもしれない。

男らしく、男らしく。

そんなの、疲れるだけだったというのに。

 

でもきっと、その時はそれが楽しかったんだ。

あいつの、『アニキ』でいることが。

 

 

 

……

 

 

『おつ』

 

『げんきか』

 

「……」

 

既読が、つかない。

しばらく連絡をして、ここ数日そのままだ。何かあったのかとも聞こうと思ったが、きっとそれであっても何も変わらなかったろう。そして、何があったかは自分の中に答えがある。

 

(……うう…)

 

カイにぃ、と熱に浮かされたように呟き、上気した顔をゆっくり近付けてきたあの時の記憶が瞼の裏側にずっと焼きついたようで消えない。

そして、それよりも、もっと。

 

あの後、しばらくしてすっかり身体の冷え切った汐音が部屋に戻ってきて。ごめん、と一言謝ったきり別の寝床に入った。

翌日、何事もなく起きて、何事もなく解散した。

つもり、だったのだろう。シオンは。

 

だけれど海莉には、その最後に見た。

深いクマの残った目が忘れられない。

その貼り付けたような、笑顔の目にあったそれが。

 

「……」

 

「…ああ、クソッ!」

 

やる事はわかっているはずであった。こう思っていることがあるなら、すぐに行動に移してそれで終わりのはずなのだ。だけれど、いつかの自分が見たら鼻で笑いそうなほど行動に移す勇気が出なくて。それの踏ん切りをつけるために、あるところに電話をした。

 

「…もしもし、姉ちゃん?ああうん、久しぶり。

その、さっそく、なんだけどさ…」

 

「激励、というか。背中を蹴ってくんない?」

 

 

 

 

……

 

 

38.6。

電子体温計が示すのは、高熱。

 

「…当然、だよなぁ」

 

雪の降る寒さの中、風呂上がり、薄着の状態で走り回って公園のブランコに座って、なんてやったのだ。それは風邪をひくに決まっている。自らの行動の馬鹿さを嗤って、そうしてからそのけだるさに負けて再び布団の中に沈み込む。

 

シオンはただ、眠れもせず目を瞑る。

瞑ると、言葉と光景が浮かんで自らの行動の後悔が襲う。それは外で走り回ったことのそれとかでは、なく。瞼の裏に焼きついたのは、彼の初恋の人の顔。そしてその人が言った言葉。

 

(……もう…)

 

それで、恨むとか傷ついたというよりかは。自らの愚かをどうにも疎む。

感情に突き動かされて、感情的に行動をし、今こうなった自分の自業自得のざまに、その醜さに。

 

(…いいや、なんでも…)

 

 

ぴんぽーん。

失意の気を引いたのはその音。

何かしらの配達だったか。覚えはない。何かしらの勧誘だろうか。ならばもう、それもどうでもいい。どちらにせよ、物騒な世の中。アポイントメントがない来訪者には居留守を使うと決めているのだ。

 

ぴんぽーん、ぴんぽぴんぽぴんぽ、どん。

連続で押されてから、更に扉を蹴る音。

そしてその後には。

 

「開けろ!居留守すんな!」

 

そんな声。

ぎょっと、驚いたのはその尋常ではない様子故ではない。その最後に聞こえた声の、聞き覚えから。

シオンはぐらつく身体を最大限に急がせて、鍵を開けた。

 

やはりというべきか、そこにあるのはカイリの姿。

いつものように、分厚く服を着重ねて。

 

 

「…あ…なん、で…」

 

「いや…姉ちゃんに追い出されてさ。

仲直りするまで戻ってくんな、ってよ」

 

面倒臭い、とぼやきながらそう気まずそうに語る海莉。その割には、荷物が多い事に気が付かない訳はない。そのビニール袋からちらりと覗いたものはスポーツドリンクの大きなペットボトル。看病のために、来てくれたということは誰の目にもわかった。

 

「つーことで、上げろ。

あとお前は早く横になっとけ病人」

 

「…う、うん……」

 

断る理由も、なく。

言われたままに彼らは、数日ぶりに部屋の中に入る。

がちゃり。

悩んだように鍵をかけたのは、ただ防犯目的である、はずだ。

 

 

 

……

 

 

 

「お前アレルギーとかないよな?」

 

「うん…」

 

「ならよし。とりあえず飯作ってやる。

熱高そうだし食いやすい粥でいいか?」

 

「…ふふ、カイにぃ、ご飯なんて作れるの?」

 

「おっ、馬鹿にすんなよ?

よーし、目にもの見せてやるからなこのやろ」

 

そうして出された粥は、まあ、まずくこそは無かった。ただ水を多く米を炊いて、卵と塩を足すだけなど失敗の筈はないのだから当然だが。

そうして買ってきたビタミン剤、風邪薬、口直しになんでもいいから食えるなら、と果物やゼリーなどをごとんと置いて。

ようやく、一心地をつく。

 

シオンは横になり。カイリはその横に座り。

しばらくの沈黙。

 

「……」

 

「…んで、なんで無視したよ。

気付かなかった、じゃ済まさないからな」

 

「…病人がケータイいじるのも良くないでしょ。

触ってなかっただけだよ」

 

しばらくメッセージを返さなかったのは、あくまで風邪故のそうであると。寝返りをうち背中を向けながら言う汐音に、海莉は蹴りを入れた。

 

「へえ。じゃあ、まともに寝れてもなさそうだし、その間どうやって時間潰してたんだ?ウソつくならもっとまともなウソつけ」

 

「……ごめん」

 

「…それは、何への『ごめん』だ?」

 

「全部。僕が一緒にいたせいでつけたカイにぃへの傷の全てに。僕は、だから…だからもう、あなたとは関係なんてしないほうがいいと思ったんだ。僕の身勝手で始まった関係だ。だから、こんなもの…」

 

げしり。

もう一度、カイリは蹴った。

 

「…あの、流石に痛いよ。病人だよ僕」

 

「ふん。されて然るべきだっつの。馬鹿だよお前は。まず、傷なんてあるかよ。加害妄想もいい加減にしろ」

 

「それにさ、関係ってのはそんなもんじゃないだろどっちか片方がどう思うかじゃなくて。どっちもが、どう思ってるかの話だ。

それを勝手に決めつけてんじゃねえよ」

 

両方が、両方をどう思うか。

相手はどう思っているのか。

びくり、とシオンはそれに肩を震わせた。

 

「こっちとしちゃあ、さ。また急に会わなくなるなんてしたら母さんもうるさくなりそうだし。………その。普通に、会えて嬉しいんだし。まだ一緒にいたいんだよ。それを勝手に関係切るなんてしようとすんな」

 

一言一言、ゆっくり。

時間をかけて言ったからか。その言葉は全てがじんわりと汐音に沁みていき。沈黙とともに、それを反芻する時間があった。

 

「…まあ、シオンが本当に離れてえなら仕方ないけどさ」

 

「…いやだよ。いやだ。いやだよ。

僕だって、まだ一緒にいたい」

 

「そっか!…それなら良かった」

 

まともに見れなかった顔を、またの寝返りで久しく覗き見る。にこりと、ただ嬉しそうに笑った顔を見て。

どうしようもなく、どうせざるもなく。

汐音は泣きそうになった。

一つの感情が、やはり湧いてしまって。

 

 

 

……

 

 

ああ、僕は。僕は。

性別など関係なく、どうしても、この人が好きだ。

この人を、心の底から愛してしまった。

 

そしてそう思うたびに、あの言葉の残響が耳を抉るのだ。

自分を責め立てる言葉になって。

お前は、どうあろうと男だと。

 

 

「……んで…さ。

勘違いならアレなんだけど…」

 

「お前、ほら。前やってきたのさ…」

 

「……っ」

 

…カイにぃが、話してることは、前の事。この部屋の中で起きた、僕の浅ましい行動のそれだ。今想っていたこともあり、どうしても、びくつくような気持ちになる。

 

「ああいや、そんな深刻な顔させるつもりじゃないんだ。ただ、その…確認で。さ。…そういう、ことだったんだよな?」

 

「…はい。そのつもり、でした」

 

「そっか、そうだよな。

…まあ、勘違いとかじゃなくてよかった」

 

なら、あの時に言いそびれたことを言わなきゃならない。あの時、急に何処かに行ってしまったから。

そう言ったカイにぃを、僕は、覚悟を決めて。

その顔を見た。もう、彼が何を言おうと僕は受け入れよう。そう決めて。

バツが悪そうにしていて。部屋が暑いだろうか、少しだけ頬が赤い。

 

「えーっと、まずは…あの時だめだ、って言った理由としてさ。ほら。そんな可愛い見た目しても、あれだ。

お前、男だろ?」

 

「……うん」

 

 

「で。…その、私だって、女なんだぞ?

男女がそんな、急にはさ。だ、だめ…だろ」

 

 

「えっ?」

 

「あ?」

 

???

なんだろう。

よくわからない言葉が聞こえた気がした。

 

「…んだよその反応。そりゃ、よくもまあそんなガサツで言えたもんだなって思うかもしれないけどよ」

 

「???えっ、と、僕はこんな見た目してるけど男で…?おんな…?」

 

「?何言ってんだ、んなん知ってるよ。

だから問題なんだろ?

お前と私が、その、どうしても異性同士でさ」

 

「いや、えっ?……えっ?」

 

あまりにも対処と回転が追いつかなくてあまりにもトンチンカンな返答をしてしまった自覚はある。脳の処理が追いつかない、のは熱のせいだろうか。

 

確かに、カイにぃは背が低くて、声は男にしては高めの音域をしていて。アニキ、と言いながらも中性的だなあと思っていた。

 

だけれど、待って。

待て待て待て、待って。

まさか。まさか。

まさか、カイにぃって。

 

「か」

 

「か?」

 

 

「カイにぃって女だったの!!?」

 

「女だよッ!!」

 

 

 

 

あたまがおかしくなりそうだった。

 

 

 

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