「お前、女だったのか!?」「?男だよ〜」   作:澱粉麺

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凹か凸か

 

 

「思えば、だ」

 

暫く、やいのやいのと喚き合い。二人はようやく落ち着いた。正確には、高熱を発しているシオンがそうしていられなくなりふらりと倒れてしまったから正気に戻ったということではあるが。

 

「おかしいと思うところは時々あった。なるほど、確かに腑に落ちるわ。あまりにも距離感が近くないか?ってなってたし、一緒にシャワー浴びる?とか言われた時はお前そんな奴だったか!?って思ったよ」

 

「…まさか、男だと思われてたとは…」

 

頭を抱える、海莉。そうして思い返すとだいぶまずいこと言ってたかも、とだらだらと冷や汗を流すシオン。浴室どうこうに至っては、ほぼセクハラだ。そんな風に更に内心で心を追い詰めながら。

 

「…と、とりあえず、ごめんなさい…ほんと…」

 

「いやまあ…悪気があったわけではないだろうし。…いや、にしても間違えるか?普通にショックだぞ正直」

 

「ほら!ずっと厚着だったから!身体の起伏とかわからなくって…!」

 

何を言っても言い訳ではあるが、少なくともなぜ疑問に思わなかったか、という理由は挙げていく。なんとかそうすることで、まだ御しきれない動揺を抑えようとしていた。

 

「ああ、ほんと最近寒かったからな。私自身、ずっと冷え性で厚着ばっかしてたし。なるほどそれのせいもあるか。いや、にしても…」

 

「だ、だって!子どもの頃!『おれ』って言ってたじゃないか!そりゃ、僕も勘違いするよ!アニキって自称してたじゃないか!」

 

そう言われてしまえば、何も言い返せないと言わんばかりにカイリはまた手のひらを額に当ててそのまま抱えてしまう。

 

「それかぁ…そうなると自業自得なとこもあるかぁ…あれは若気の至りっていうか、どうにもそういうことをしたい時期でさ…」

 

語りにくそうに昔のことを歯切れが悪くそうもごもごと話す。あの時のことは、何かがあって、あまり話したくはないらしい。その何かは、彼女にとって重要な何かかもしれないし、もっと単純に過去の自分を語りたくないだけかもしれない。何にせよそこで話は止めて。

代わりに、一言呟いた。

 

「……そんなに、女らしくねえかな」

 

汐音はそれに、どきりと呼吸を一拍止める。

その、少しの動揺は何から来たものだろう。様々な要因が考え得るからこそ、ひとまずその内である罪悪感にのみ、目を向けた。

長めの男性にも見えるくらいの黒髪。切れ長の目と、薄めの唇はどうにも中性的で、しかし確かに女性だと言われれば、そうわかるようなライン。

 

「…しょ、正直、あんまり…」

 

「…くっ」

 

くつくつ、と屈むようにして身体を震えさせる姿を見て、やってしまった、と目を閉じる、少年をしかし裏切るかのように。

次の瞬間には、カイリは笑い出した。

 

「あっはっははは!正直だな、ほんと!いや、そんなことないよ、とか言ってたらぶん殴ろうかなって思ってたけどさ、そこまで素直に言われたら怒るに怒れねえな」

 

「え、っと」

 

「まあ、もうそれについてはいいさ。とりあえずこっちは今日来た理由をちゃんとやんなきゃな」

 

そうして、カイリは立ち上がったと思うと、折角ならと買ってきた林檎をすりおろして持ってくる。

そうしてスプーンを皿に乗せてそのまま差し出す。

 

「あ…ありがと…」

 

「あーんでもしてやろうか?」

 

「い、いいよ!一人で食べれるって!」

 

まだくらつく頭をなんとか耐えながらそうして匙を取り、なんとか林檎を口に運ぶ。食欲などまるで無く、無理に食べてはいる状態だがその甘酸っぱさが辛うじて手を動かせる。

そうして静かに食べている最中、一つ後悔をする。

 

(…折角ならあーんしてもらえばよかったな…)

 

つい恥ずかしく、しなくてもいいと言ってしまったが、思えばやってもらえれば良かったじゃないかと。彼…ではなく、彼女が、冗談混じりとはいえそう言ってくれたのなら別に、断る理由もなかったなと。

 

そうしてからシオンは、恐ろしいことに気がつく。いいや、それは恐ろしいなどということではなく。

 

(…というか。初恋の女の人に看病をしてもらってるって、とんでもなく贅沢なシチュエーションなんじゃないか!?)

 

そうだ。先までは、すれ違いにより傷付いた心と、高熱による体調の不良によりそんなことを思う余裕すら無かった。

だが今、男だから気色が悪い、と言われたことが誤解であったこと、そしてまともに食べられていなかったところに、なんとか摂食をできたからか身心ともに余裕が出来た。

そうすると、今自らが置かれている状況がいかに恵まれているのか、ということに自覚的になる。

 

「どうだ、調子は?」

 

「えっ!?あっ、う、うん!

さっきよりは全然いい、気がする!」

 

「そうか。…風邪引かせたのも、結構、こっちのせいみたいなとこもあるからな。少しでも早く治ってくれたら嬉しいよ」

 

「そんなことは…!あれは、僕が勝手にやったことだし」

 

また、沈黙が入る。両名の間に入った致命的な亀裂は、それぞれの勘違いによるとわかりはしたものの、まだ少しずつ、ぎこちない。

 

「……なあ」

 

「うん?」

 

「その、なんだ。こんなこと正面から聞くのも恥ずかしいけどさ。シオンは私のこと…」

 

「うん。好きだよ。何度聞かれても、何度でも答える。

僕はあなたのことが好きだ」

 

「そう。それだ」

 

真正面から目も全く逸らさず好意を示されたことの照れ臭さを隠せず、しかしその上で、それから逃げるのはしてはならないと。カイリは眉を顰めながら口にした。

 

「その『好き』は、『おれ』に向けられてるものか?それとも『私』に向けられてるものか?」

 

「…」

 

抽象的な物言いだったが、言いたいことは分かる。

少なくとも、汐音にはわからざるを得ない。

それはまた、彼自身ずっと悩んだことだった。

思春期の真っ只中、自らが好きな性別はなんなのかということ。自らの性自認はどうあるべきなのか。不安定な精神と肉体のバランスを保とうと、何度も何度も自問自答したことだ。

そして、答えは既に、出せたことでもあった。

 

「うーん…それについてはね。

僕自身もまだ、どっちなのか分かってなくて…

というかそれの区別は必要ないかなって」

 

「は?」

 

「男だから、女だからじゃなくて。性別がどうとか関係なくって、カイにぃを好きになったんだ。カイにぃが、カイにぃ。僕は僕。それだけで、好きなことに変わらないよ」

 

「…お、おお。そうか。…やめてくれよ、そんなこと照れもせず言うの。反応に困るだろ」

 

「あはは、ごめん。でも、もうここで伝えられないと、もう二度と伝えられなくなったりしたら嫌だからさ」

 

 

相手が男だと思い込んでいたまま、劣情を抱いていたのは確かだ。そしてだからと言って、今、それが女性だったと聞いてそれが失望であったり、想っている感情が消えたりということは微塵もない。

 

「…お前は、なにやら私に期待をしすぎだ。そんな大した人間じゃないってのに、昔の良い思い出を私に乗っけて過剰に愛してるだけだろ」

 

「えー、いいじゃん、別に。本当にそうだとしても、僕がカイにぃのこと好きなのは変わんないよ?」

 

「…ぐ…う…」

 

歯の浮くような台詞を次々と言っていて、恥ずかしいという気持ちはシオンにも無論ある。だが風邪だから故の思考能力の低下と、なによりもう、大恥をかいたのだからこれ以上は変わらないだろうという気持ちがどんどんと感情の吐露に繋がっている。

 

「で、どうなの?」

 

「どうっ、て」

 

「カイにぃは、僕のことが嫌い?

…『そういう』好きかどうかは今は聞かない。

だから嫌いかどうかだけ聞かせてほしい」

 

自らに向けられた言葉が白刃となったように海莉はそれに口を開閉して固まる。頬が赤まるのは、ずっとのことだからそれ以上の変化は見られなかった。

 

「………そりゃ、嫌いじゃ、ないさ。でも…」

 

「よしっ、言質。なら問題ないかな」

 

「でも、私はお前のことを忘れてたような人間だ。母さんに話を聞くまでお前の名前まで忘れてたような奴だぞ?」

 

「いいよ別に。今は思い出してくれてるでしょ?」

 

「…〜ッ…ポジティブだな、お前」

 

「うん。そりゃポジティブにもなるよ。だって」

 

ひゅー、と。さすがに、無理をして話しすぎたか。少し苦しくなり、息継ぎのように深呼吸、そうして咳をしてからシオンは改めて話す。

心の底から湧き出てくる、嬉しさを。

 

「だって、カイにぃは言ってたじゃない。

『男女が急にそういうのはだめだ』って。

それってさ、急じゃなければ。

そういうの、いい、ってことでしょ?」

 

「……あ……?

…!?ち、違う、そういうつもりじゃ…!」

 

「…だめなの?」

 

どきり、と。

潤んだ目でそう言われたらどうにも否定はできなくて。やはり、どう見ても、この見た目は女の子にしか見えない。

なのに、がんがんと、今のように攻めてくる様はすごく男のままで。そしてそうして、そいつがアニキだと慕っている相手が女なのだ。

なんなのだろう、この因果の逆転は。

 

「……わ、わかった、わかったよ。

発言には責任持たなきゃな。…あと、なんだ。ずっと、お預けにするのも悪い、し…前の続きも、一回くらいなら…」

 

そう、覚悟を決めたように。

カイリは不慣れに口を尖らせようとして…

 

 

「だめ」

 

この前とは逆の立場のように。

突き出した手で、それは阻止された。

 

「…な、なんで」

 

「いやだって。風邪うつっちゃうでしょ」

 

「それもそうか」

 

 

思いきり、正論だ。

そうしてようやく冷静になり。

そして今何をやろうとしてたのかと、自らの正気を疑った。

 

 

 

……

 

 

「んじゃ…体調良くなったら連絡しろよ」

 

「うん、また今度」

 

 

そう、外に出る。

平然のフリをして、外気に触れる。

だけれど冬の気温は、残酷に。

顔がどれだけ赤く、熱を帯びているかを知らしめてきた。

 

 

(…私はこれから……)

 

(……どうなっちまうんだ)

 

 

カイリはただ、困ったように頭を抱える。

積雪がそれを嘲るように、溶けていく。

 

 

 

 

 





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