「お前、女だったのか!?」「?男だよ〜」   作:澱粉麺

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チョウか半か

 

家を出る時間の、5時間前に目が覚める。早く起きすぎた自分自身を、遠足前の小学生のようだ、と笑ってからシオンは準備を始めた。

服装は、どちらかというと可愛らしい、中性的な服がどうにも好きだったけれど、今はせっかくだからと出来れば男らしく、それらしくなるように意識をしてみた。

 

つけぱなしにしていたテレビの天気予報から雨が降るかもしれないと言われて、玄関に置いたままの折り畳み傘を手に取り、トートバッグの中に入れる。

 

「…大丈夫か、大丈夫かな」

 

独り言、漏れ出る言葉が彼の本心を物語る。

服装も約束の内容も時間も、全てにおいてこれでいいのか、これはいいのかとずっとずっと、どうしても迷っている。だけれどだからと言って足を止めるわけにはいかない。そして止める理由もない。何故ならば、今日は待ちに待った。

 

(待ちに待った、映画館デートだ!)

 

迷いながらも足取りは軽く。

汐音は曇り空の下を早歩きで歩いた。

 

 

 

……

 

 

シオンが待ち合わせ場所に着いた直後に、待ち人は姿を表した。

いつものように厚着のダウンをきちりと上まで閉め、ポケットに手を入れた眠そうな気怠げなような目元。短めに切り揃えられた黒髪の上には、前に褒めた帽子。それをなんだか嬉しくなって、つい手を振った。

 

「ん。早いな」

 

「カイにぃこそ。僕わりと早く着いたつもりだったんだけどな。ふふ、楽しみでつい気が急いじゃって」

 

「子供かよ」

 

「んー?じゃ、カイにぃはどうしてそんな僕と同じくらい、早かったのー?」

 

「……別に。飲みもんでも…買おうと思って」

 

ふん、と顔を逸らした海莉を、にやにやと笑ってそのそらした方向に回り込む。そうして顔を見るが、相変わらずに仏頂面だ。

だけれど。

 

「しかし…良かったな」

 

「ここに来て?あはは、まだ気が早いよ」

 

「いや。お前が遂にヒールとか履いてたらどうしようって思ってたから」

 

「僕、別に女装趣味って訳じゃないからね!?」

 

そうして、冗談だ、冗談。と笑うカイリの顔は初めて会った日のあの時よりずっと柔らかいようだ。ただ、嬉しくて。それだけでもシオンは、ああ、確かによかったなと思うのだ。

 

「で、映画何見る?」

 

「あー、そうだなー…」

 

「どう?せっかくならラブコメとか!」

 

「嫌。ぜってぇ嫌。何が悲しくて赤の他人のカップルがイチャイチャするとこ観なきゃなんねえんだよ」

 

「…なんかそう言うと思った。

デートなんだからいいと思うんだけどな」

 

「ともかくそれ選んだら私は寝るぞ。多分」

 

「まったく、ほんと捻くれものなんだから」

 

「ふふん、だろ?」

 

自慢げに言うことでないことを、自慢げに言ってくる。その顔を見て何も言わずにそれを見つめてしまう。言わない、のではなくて、言えなかったのだ。その笑う口元に、その動く鼻筋に、その吊り上げた目元に、全てに心が奪われてしまって。

 

まったく。意識しているのは僕だけだろうか。

そう、シオンは心の中でため息をつく。

前会った時もそうだった。内心こちらは、どきどきしたまま、なんて話したらいいかと卒倒モノだったというのに、彼女とくればいつも通り。

 

なんなら、無理に会っているのではないか、ということを言われ、とてもショックを受けた。ついカッとなり、やってしまったハグの時のみは固まってくれていたが、その時にはこちらももう顔が見れなくて、どういう反応をしているかはわからなかった。

 

「蝶々が飛ぶようなそんな平和なもの…よりかはこういうアクション系の方が好きだな、私は。だってかっこいいだろ?」

 

「ええーっ、風情も何もない!

それに僕、グロいのちょっと苦手」

 

「うーん…中々難しいもんだな」

 

 

「じゃ、間をとって」

 

「うん、間をとって」

 

「「二人とも苦手なものにしよう」」

 

示し合わせたように同時にそう言って。

二人で見つめ合って、くすっと笑った。

これもきっと昔の頃のまま。

二人が悩んだ時はいっつもこうだった。

どっちもにとって、嫌なことをやろう。どっちもが、二人とも嫌がることなら、二人とも結局、笑って楽しいままになるとわかっていたからだ。

 

(……)

 

 

 

……

 

 

昔の頃の思い出に浸ると、丹田が温かくなる。

だけど、それでも。きっとこの温かさのままでは、駄目なこともわかっている。

 

 

 

……

 

 

映画の内容は、正直さして覚えてない。

二人ともに苦手なホラーを選んだから、それをあまり直視したくなかったということもあり。それよりもっと、横に座っている想い人の横顔が、暗い場内の中でも一際見えてしまったということもあった。

 

「うーん…正直いまいちだった」

 

「でもアクションは良かったんじゃない?

華やかな感じはしたよ」

 

「……なああれ言うほどホラーだったか?」

 

「?人死んでたしホラーでしょ」

 

「そうかなあ…そうかもなあ…」

 

そう、曖昧な感想を二人で言いあいながら、そのまま映画館の外に出ようとして。おや、と空を見る。

曇天の空は大分前からその機嫌を悪くしていたようで、外からはすっかりと雨粒の音と、アスファルトに跳ねる水粒が蔓延していた。

 

海莉は、一度その雨にため息を吐くとダウンのポケットの中から小ぶりの折り畳み傘を取り出した。一体どれだけ入ってるの、と汐音が言うと、悪戯が成功した少年のように、ひひ、と一言笑った。

 

「シオン、お前傘持ってる?無かったら入れてやるよ」

 

「あ、僕は…」

 

バッグに触ろうとする。

だけれど、その手の動きを止めて。

 

「ううん。傘、忘れちゃった」

 

そう、言った。

入れたままの折りたたみ傘が呆れた声をあげる。

 

 

 

……

 

小さな、折りたたみ傘。

せめて僕が持つよ、とシオンが手に取って。お互いがお互い、肩を少しずつ濡らしながら寄り添って歩く。もう少し距離を詰めたら、もう少し濡れなくて済むかもしれないけれど、それはどちらかが言ったわけでもなく、ただどちらにとっても出来なくて。

 

 

(……僕は、半端者だ。心の底から)

 

歪んだ水たまりに映る自らの像を見て、思ったわけではない。もっともっと、心の底から湧いてくるこの感情たちを雨に打たれて映し出されて。

 

この、今、少しでも手を伸ばせば届く距離にいる人を。どうしても、この手のものにしたくなる男の自分と、もう二度と傷つけたくはない女々しい自分がいる。自分にとって、どちらかが唾棄するものではない。どちらも、平等に必要で、そして平等に嫌いなもの。

どちらにも振り切れなくて、どっちも好きだから、自分可愛さにどちらも捨てることができなかった半端者。

 

一度拒絶をされて、諦めが付けられればよかった。

なのにその拒絶は勘違いで、アニキと思っていた人は女の子で。自分の性嗜好に悩んだこともそれならきっと、このままでもいいのか?とわからなくなって。少なくとも自分はこの人が好きなままなのは間違いなくって。

 

迷いばっかりだ。迷いは堂々巡りで答えは出ない。羽の傷ついたチョウのように、頼りのない足取りで、心が動いている。

だからこそ、止まり木としての行動がいる。

 

傘を持つ手を、左にして。

そうして右の手で、隣にいるカイリの左手をそっと手に握ろうとする。だけれどポケットに入れたままの手はどうしてもそれが出来なくて。

 

「ん」

 

そして、それに気づいた彼女は。

ゆっくりと、ポケットから手を出して差し出した。

 

どくん、どくん。少し前までは、握ったその手をするりと離していたカイリは、今はその握ったままで手を動かしはしない。ただそれだけで、強く握りしめ返したりはしないが、シオンにはそれで十分だった。

 

(…やめてよ、カイにぃ。

そんなことされたら、さ)

 

どうしようもなく、歯止めが効かない。こんなことをされてしまっては、この半端な心の内の、片方の部分がどうしても喚き出すのだ。

この人を、この人をどうしても。

 

 

「…ねえ。カイ、にぃ」

 

「ん?なんだよ」

 

「……年越し、さ。うちに、こない?

二人で年を越したりさ、したりして」

 

「はっ…?」

 

ぴた、と雨の中で足が止まって、二人で顔を見合わせる。何故止まったのか、どういう気持ちなのか。結局のところ二人は他人だ。心のうちは分かりはしない。

 

「…お、お前な。前、女の子が家に来るの気をつけなきゃって言ってたよなあ?言うことが、ほいほい変わる男はモテねえぞ」

 

「いいよ」

 

「いいよ、モテなくって。ある一人以外には、僕はモテなくって全然構わない。そうなりたいなんて思うこともない」

 

「…へーえ。その、一人とやらは幸せものだな」

 

「でしょ?僕もそう思うよ」

 

シオンは頑張って、冗談めかそうと笑おうとしたつもりだった。だけれどどうにも強張って、それも出来ないで。

気が付けばそんなままで帰路も終わりに近づく。

楽しい時間は、どうしてこんなにすぐに終わってしまうのだろう。

 

「…返事、すぐじゃなくていいから!

せっかくだから考えといて!」

 

握っていた手を離して、そうして走る。身体の表皮だけが冷たくって、右手だけがあつい。そんな体温の違いが、どうにもくすぐったかった。

 

 

(……)

 

カイリは、しばらく、その場で立ち尽くしていて。

そうして片手でがしがしと頭を掻きむしってから、何か吹っ切るかのように、また走っていった。

 

 

 

 





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