なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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天文部観測キャンプ会
観測会1


 

 

ライトバンは山道をゆっくり登っていく。

 

空はやたらと青く、雲はふわふわと白い。

左右の窓の外には、濃い緑の山肌が、せり上がったり、遠のいたりしながら流れていく。

 

――教科書に載っててもおかしくない「夏休み山の風景」だな。

 

助手席の東青見は、そんな場面にふさわしくもない顔で、必死にシートベルトを握りしめていた。

 

ハンドルを握るのは、我らが天文部顧問・篠原結先生。

車は学校所有のハイエース。天文部合宿という名の「観測会兼キャンプ」に出発して、すでに一時間近くが経っている。

 

「先生、前、前……もうちょっと左……!」

 

思わず口から悲鳴めいた指示が飛んだ。

 

前方、緩やかなカーブの外側にはガードレール。

その向こうは、さっきまで青く見えていた“山の景色”――つまり、落ちたらただでは済まない斜面だ。

 

「大丈夫ですよ~。センターラインは守ってます~」

 

のんきな声で返事をしながら、結先生はハンドルを切る。

たしかに、ぎりぎりのところでセンターラインは踏んでいない。ぎりぎりすぎて、東の寿命が縮んでいく音が聞こえるくらいだ。

 

問題は、そこじゃない。

 

「……先生」

 

「なんですか、東くん?」

 

ぴょこん、と小さな背中越しに見えるのは、目一杯前に出された運転席のシート。

だが、それでもなお結先生の短い足は、アクセルとブレーキのペダルに「楽々と届いている」とは言いがたい距離感だった。

 

そのギリギリを補うために、彼女の足元では厚底のブーツが大活躍している。

ヒールとソールで、5センチは底上げされているだろうか。

 

「――やっぱり、ギリギリじゃないですか」

 

「そうですね。ギリギリ届いてます」

 

「届いてる、じゃなくて、余裕が欲しいんですけど!?」

 

東は、たすき掛けのシートベルトを両手でつかんだまま、半ば悲鳴で抗議した。

 

海外在住経験のある東は、国際免許も持っている。

だからこそ知っているのだ。

アクセルにまともに足が届かない、という状況がどれほど危なっかしいかを。

 

(ああ、“知らない”って、なんて幸せなんだろう……!)

 

後部座席から聞こえてくる歌声と笑い声を背中に受けながら、東は心の底からそう思った。

 

「月が出た出た~♪ 月が~出た~♪」

 

後ろでは、誰かが調子っぱずれな声で歌っている。

それに合わせて手拍子やツッコミが飛び、車内は遠足前の小学生のような浮かれ具合だ。

 

「お前ら、ちょっとは命の危険感じろよ……」

 

東がぼそっと呟くと、すぐ後ろからひょいと顔が覗き込んできた。

 

「どうしたの青見ー? 酔った?」

 

ツインテールの松坂愛香が、助手席の背もたれ越しに覗き込んでくる。

その顔は心配そう――というより、半分くらい面白がっている。

 

「酔ってねぇよ。ただ、色々“見える”だけだ」

 

「何が?」

 

「このカーブの先で、ニュースのテロップになってる俺たちの名前とか」

 

「縁起でもない事言わないでよ!」

 

後部座席から、安生彩女の怒鳴り声が飛んだ。

その声の向こうでは、三森玲子が窓の外を眺めながら、案外涼しい顔で山の稜線を見上げている。

 

「青見先輩。もうすぐ星の村ですよ。標高的には丁度いい場所です」

 

「丁度よくても、たどり着けなきゃ意味ねぇんだよなぁ……!」

 

東が頭を抱えると、運転席の結先生が小さく笑った。

 

「大丈夫ですよ。ちゃんと下見もしましたから」

 

「それ、徒歩でですよね?」

 

「ええ。車だと酔いますから」

 

「運転手がそんなこと言うなぁぁぁ!」

 

叫んだところで、車は淡々と山道を登り続ける。

エンジンの唸りとタイヤがアスファルトを噛むざらついた音。

時折、木立の切れ目から差し込むまぶしい陽光が、フロントガラスに白い斜線を走らせた。

 

カーブをひとつ越えるたび、東の心臓もひとつ脈打つ。

 

あと一つ丘を越えれば、目的地の「星の村」のはずだ。

資料で見た限り、そこは小さなドーム型天文台とロッジが並ぶ、なかなか立派な観測施設である。

 

(着いたら土下座して地面にキスしてやる……)

 

そんな決意を固めかけたところで、ふと、いやな事を思い出す。

 

――そういえば結先生、出発前に言っていた。

 

『星の村は“途中”のチェックポイントですからね』

 

「……先生。念のため確認しておきたいんですけど」

 

「なんですか?」

 

「今日の宿泊場所って、星の村のロッジ、ですよね?」

 

結先生はハンドルを握ったまま、少しだけ首を傾げた。

 

「いえ? 星の村から、さらに30分ほど山奥に入ったキャンプ場ですよ。そっちの方が、街の明かりが少なくて、星がよく見えますから」

 

「……………………は?」

 

東の握るシートベルトに、きしり、と嫌な音が走った。

 

あと15分で解放される――そう信じていた希望は、今、先生の一言で、あっさりと30分延長されてしまったのである。

 

後部座席からは、相変わらず楽しげな笑い声と歌声が聞こえる。

窓の外には、誰が見ても「気持ちのいい山のドライブ」の風景。

 

だが助手席の東にとっては――

 

ここからが、本当の「気合いを入れる時間」だった。

 

 

 

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