テントを三つ立て終わるころには、もう東のTシャツは汗で背中に張り付いていた。
「よし、これで男テント、女子テント×2、確保」
最後のペグを打ちこんで立ち上がると、ちょうど近くで「パタン」と椅子の開く音がした。
振り向けば、折りたたみチェアにどっかと腰を下ろし、足を投げ出している彩女の姿。
「おつかれー。いい感じじゃん?」
「お前、いい感じに“監督業”こなしてただけだろ」
「大事よ? 現場監督。バランス見て『もうちょい右』とか言ってたじゃない」
「言ってただけだろ……」
ぼやきながら、東は次の仕事に取りかかった。
焚火台を組み立て、少し離れた場所にBBQコンロを設置する。
焚火のスペースと調理スペースは分ける――これが、火遊び好きキャンプ勢の基本である。
「ねぇ、焚火台で料理しないの?」
チェアから身を乗り出して、彩女が尋ねてくる。
「やってやれないことはないけど、直火でやると鍋とかフライパンが煤で真っ黒になるんだよ。後片付け地獄」
「ふーん。じゃあ焚火は観賞用?」
「観賞用って言うな。癒し用だ。あと焼きマシュマロ用」
「それは大事だね」
彩女はあっさり納得して、また椅子に深く座り直した。
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タープの下、折りたたみテーブルの上に、クーラーボックスの中身が並んでいく。
「じゃあ、わたし野菜やるね」
愛香が包丁を取って、まな板の前に立った。
エプロン姿に切り替わる動きがやたら手慣れている。
「わたしは、お肉とソーセージをトレイごと分けますね」
玲子も、ラップを外しながらきちんと仕分けを始める。
部長らしく、種類と量を確認してメモまで取っているあたり抜かりがない。
肉、ソーセージ、野菜、きのこ、アルミホイルで包む用のじゃがいも。
包丁の音と、ビニール袋の擦れる音だけが、しばらくキャンプ場の片隅で響いた。
そんな中、ひとりだけテーブルの端で所在なげにしている人間がいた。
「……」
「彩女」
「なによ」
「包丁、握らせると指ごとスライスしそうだからさ」
「前置きに悪意感じるんだけど」
高校二年生にもなって、ここまで料理スキルが信用されていないのも珍しい。
事実だから反論しづらいのが余計に腹立つ。
「じゃあ彩女は、こっち担当な」
東はクーラーボックスの中から金属バットのようなもの――いや、串束を取り出した。
BBQ用の長い金属串と、短めの竹串。
「食材、愛香たちが切ってくれるからさ。それを串に刺していってくれればOK」
「……それなら、さすがに出来るわよ」
「多分な」
「“多分”外すわよ?」
ふくれっ面で言うと、すかさず愛香が笑いながらフォローを入れてくる。
「大丈夫だよ彩女ちゃん。刺すのはセンスだから」
「その慰め、なんかムカつく」
それでも、串の仕事を任されたのがちょっと嬉しい自分もいるのがまた悔しい。
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テーブルの上で、作業の流れができていく。
愛香がリズミカルにピーマンや玉ねぎ、パプリカを切っていく。
玲子が肉を一口大に切り分け、種類ごとに皿を並べていく。
その横で彩女は、渡された具材をせっせと串に刺していった。
「ピーマン、玉ねぎ、肉、パプリカ、肉……」
「肉の比率、もうちょい増やしていいぞ。ここは若者の特権だ」
「じゃあ、肉、肉、野菜、肉、肉」
「それはバランス死んでる」
そんなやり取りをしながら、彩女の前の皿には串が一本、また一本と増えていく。
肉多めのやつ、野菜多めのやつ、彩女が自分用にこっそり作っている「全部に唐辛子入り」の危険なやつ。
「それ誰用?」
「内緒」
「……惣一郎の分じゃないだろうな」
「さぁね?」
東は、遠くのハイエースを一瞬だけ振り返った。
さっきようやく起きた惣一郎は、まだ眠そうな顔で寝袋を広げていたはずだ。
(……まあ、あいつなら多少辛くても死なないだろ)
ざっくりした判断を下して、東はBBQコンロの網をセットする。
夕陽が、山の肩にゆっくりと傾き始めていた。
空はまだ明るいのに、キャンプ場の空気には、もう夜の匂いが混じり始めている。
火を起こす音、炭が弾ける音、野菜を串に刺す小さな指先の感触。
その全部が、これから始まる「星の夜」の、静かな前奏曲だった。