なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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観測会4

 

 

 

 炭がいい感じに白くなって、じゅっ、と最初の肉が網の上で鳴いた。

 

「よーし、そろそろ始めますかね」

 

 東がトングを構えたタイミングで、愛香がペットボトルのジュースを順番に配っていく。

 

「はい、オレンジ。はい、コーラ。先生はリンゴ」

 

「運転手ですからね~。ノンアルで十分です」

 

 結先生が紙コップを軽く掲げる。

 

「じゃあ――」

 

 愛香がみんなの顔をぐるりと見渡して、笑った。

 

「天文部合宿、無事到着記念ってことで。かんぱーい!」

 

「かんぱーい!」

 

 紙コップが、カシャンと軽い音を立ててぶつかり合う。

 夕焼けに染まった空をバックに、ジュースの泡がきらっとはじけた。

 

 

/*/

 

 

「惣くん、はい、あーん」

 

「自分で食べるから!? いや、うまいけどさ!」

 

 BBQコンロの一角では、いつもの光景が展開されていた。

 

 焼けたばかりの肉を一枚、さっとタレにくぐらせて、愛香が惣一郎の口元に差し出す。

 惣一郎は「しょうがないなぁ」と言いつつ、結局ちゃんと口を開ける。

 

「はい次。野菜も食べなきゃダメだよ」

 

「子ども扱いが過ぎるぞ、愛香……」

 

「はいはい、文句言う子にはお肉減らしちゃいます」

 

「それは困る!」

 

 必死に抗議しつつ、結局ペースよく食べ続けている辺り、本当に「食べる係」だ。

 

(……あれはあれで、完成された生態系だよな)

 

 東は少し離れた場所から、その二人を眺めつつ肉をひっくり返す。

 

 じゅうじゅうという音と一緒に、脂の匂いが風に乗って広がっていく。

 

「ね、青見。そろそろこっちも焼けてる」

 

 彩女が、串の乗ったトレイを抱えて隣に腰を下ろした。

 

 さっき自分で刺した串だ。肉多め、野菜多め、バランス型――三種類がきれいに並んでいる。

 

「お、いいじゃん。彩女にしちゃ上出来」

 

「"にしちゃ"を付けるな。これ全部あんたの口には入らないからね」

 

「え、なんで」

 

「女子の恨みをなめるな」

 

「あの唐辛子まみれのやつだけは遠慮したいんだけど」

 

「それは……まあ、惣一郎行きで」

 

「殺す気か」

 

 そんなやり取りをしていると――

 

「青見さん、わたしも焼いていいですか?」

 

 玲子が、遠慮がちにトングを持って近づいてきた。

 

「お、いいぞ。ほら、ここ空いてるから」

 

 東がコンロの前のスペースをぽんぽん叩いた瞬間――

 玲子は、するりと彩女と東の間に腰を下ろした。

 

「じゃ、じゃあわたし、この辺を……」

 

 トングの先で、肉の列をそっと持ち上げて確認する。

 頬にほんのり、火の照り返しとは別の赤みが差しているのが分かった。

 

「あのさ」

 

 背後から、じとっとした視線を感じる。

 

「なに、彩女」

 

「なんでさらっと真ん中に座ってんの、玲子」

 

「え? いえ、その……焼き加減、青見さんに見てもらおうと思って」

 

「俺そんなに信用されてんの?」

 

「はい。キャンプ慣れてるって聞きましたし」

 

「聞きましたし、じゃないわよ……」

 

 彩女の抗議は、半分本気で、半分自分でも持て余しているような響きだった。

 

 玲子は少しだけ肩を縮こまらせてから、敢えて明るい声を出す。

 

「彩女さん、こっちの串、野菜多めにしておきましたよ。後で半分こしましょう」

 

「……ん。ありがと」

 

 口では素直じゃないが、トレイを受け取る手つきは、どこか嬉しそうだ。

 

(……まあ、これはこれで、いいんじゃないか)

 

 東は、二人の距離感を横目で見ながら、炭の位置を整えた。

 

 

/*/

 

 

 少し離れた折りたたみチェアで、結先生が紙コップ片手に、その様子を眺めていた。

 

「青春ですねぇ……」

 

 ひとりごとのように呟いてから、すぐ近くの焚火台に目をやる。

 まだ本格的には火を入れていないが、細い薪を組んだ形だけは整っている。

 

「先生、飲み物おかわりいります?」

 

 愛香がジャグを持って近づいてくる。

 

「あ、じゃあリンゴジュースもうちょっとだけ」

 

「はーい」

 

 コップに注がれる黄金色の液体を見ながら、結先生はにこにこ笑っていた。

 

 東と彩女の間に、さりげなく割り込んで座る玲子。

 その向こうで、惣一郎にせっせと肉を運び続ける愛香。

 

 焚火台の向こう、まだ明るい空。

 

(星もいいですけど……こういうのも、悪くないですね)

 

 顧問として見れば、どれもこれも"扱いにくい"生徒たちではある。

 でも――このくらい賑やかで、面倒くさくて、眩しい方が、きっと普通なのだ。

 

 炭の上で、油がはじけて火の粉がひとつ跳ねた。

 笑い声と、肉の焼ける音と、ジュースの氷が当たる小さな音。

 

 夏の山の夕暮れは、ゆっくり、ゆっくりと、星の時間へと近づいていく。

 

 

/*/

 

 

 肉が一通り片づいて、片付けもひと段落したころには、山の空はすっかり藍色に沈んでいた。

 

 ロッジの灯りも、炊事場の蛍光灯も、結先生の号令で全部落とされる。

 残っているのは、小さくした焚火の炎と、各自の手元ランタンだけ。

 

「じゃあ――そろそろ、今日のメインイベント行きますか」

 

 東がそう言うと、惣一郎がようやく「食べる係」から「本来の仕事」に切り替わった。

 

「おっしゃ、出番だな。玲子ちゃん、赤ライト頼む」

 

「はい」

 

 玲子がヘッドライトのスイッチを切り替える。

 白色から、星図を見ても目が眩まない赤色へ。

 

 地面に広げられた星図。

 隣にはさっき組み立てたばかりの天体望遠鏡が、夜空に向かって無骨にそびえている。

 

「じゃ、まずは肉眼で確認な」

 

 惣一郎が指を空に向けて伸ばした。

 

「ほら、あれ。頭の真上より、ちょい東側。ひときわ明るい星、見えるだろ?」

 

「えーと……どれ?」

 

「……全部それっぽく見えるわね」

 

 彩女と愛香と東、三人揃って首をかしげる。

 

 玲子が少しだけ前に出た。

 

「三人とも、そのまままっすぐ上見ててください。

 そこから、ちょっとだけ右。三角形に星が三つ見えませんか?」

 

「あ、見えた。なんかデカい三角形」

 

「それが夏の大三角です。今見えてるのは――」

 

 玲子が指を換えながら、ゆっくりと説明していく。

 

「一番明るいのがこと座のベガ。

 その少し下、弱めだけど並んで見えるのがわし座のアルタイル。

 で、左側にちょっと離れて見えてるのが、はくちょう座のデネブです」

 

「ベガが織姫、アルタイルが彦星、だっけ?」

 

 愛香がぽん、と手を打つ。

 

「はい。デネブは“天の川の渡し守”って呼ばれることもあります」

 

「へぇ~」

 

 三人分の「ほえー」が、ほぼハモった。

 

 その様子に、惣一郎がちょっと得意げに鼻を鳴らす。

 

「夏の大三角が基準になるんだよ。

 星座探すとき、まずあいつを見つけられるかどうかで難易度が変わってくる」

 

「さすがオタク」

 

「おう。褒め言葉として受けとっとく」

 

 焚火の火の粉が、時々ふわりと夜空へ飛んでいく。

 そのずっと上、高い高いところで、本物の星たちがじっと瞬いていた。

 

 

/*/

 

 

「じゃ、望遠鏡の出番といきますか」

 

 惣一郎が筒を軽く叩く。

 

「今はまだ月も出てねぇし、暗さ的にはベスト。

 まずはこと座のダブルダブルスターでも見せるか」

 

「名前からしてチートっぽいんだけど」

 

「実質、二重の二重星だしな。ゲーマー心をくすぐるだろ?」

 

「いや、そういう問題?」

 

 東がツッコむ横で、玲子が真面目に説明を補足する。

 

「ひとつの星に見えるところが、実は近づいて見ると二つに分かれていて、

 さらにその一つひとつも二つの星のペアになってるんです。

 “ダブルダブルスター”って、ちょっとかわいい名前ですよね」

 

「かわいいって感想、初めて聞いた」

 

 そんなやり取りを挟みつつ、望遠鏡のファインダーを覗き込む惣一郎。

 ピントを合わせ、ゆっくりと筒を動かす。

 

 しばらくして、満足げに頷いた。

 

「OK、入った。はい、一番手、誰行く?」

 

「はいっ!」

 

 真っ先に手を挙げたのは彩女だった。

 椅子から立ち上がって、望遠鏡の接眼部にそっと目を当てる。

 

「……わ。分かれた」

 

「ちゃんと二つに見えるだろ?」

 

「うん。小さいけど、並んで光ってる。なんか、兄弟みたい」

 

 彩女の感想に、玲子が目を細める。

 

「お互いの重力で周りあってるんです。

 ずっと一緒にぐるぐる回ってる星たち」

 

「へぇ……いいな、それ」

 

 彩女が、ほんの少しだけ羨ましそうな声を出す。

 望遠鏡から目を離して、ちらりと横の東を見るのは、半分条件反射みたいなものだ。

 

「じゃ、次は?」

 

「はいはーい」

 

 愛香が手を挙げて交代する。

 

「わ、ほんとだ。ふたつ、ぴったりくっついてる……。

 ねぇそーくん、これ、カップル星?」

 

「勝手にニックネームつけんな。ダブルダブルスターな」

 

「でもカップルっぽくない? ほら、寄り添ってるし」

 

「……否定しづらいのが腹立つ」

 

 愛香が楽しそうに笑う。

 玲子も望遠鏡から顔を上げながら、うっすらと頬を赤くしていた。

 

 

/*/

 

 

 しばらく望遠鏡の順番を回したあと、玲子が空を指さした。

 

「――あ、流れました」

 

「え、どこどこ?」

 

「ペルセウス座のあたり。あの、大三角の向こう側……」

 

 三人が一斉にそちらを向く。

 

 その直後。

 

「今の、見えた?」

 

 東が声を上げた。

 夜空を横切る、細く白い線。線香花火の最後の火花を伸ばしたみたいな、儚い軌跡。

 

「あっ――見えた!」

 

 彩女の声が弾む。

 

「すごー……ほんとに流れるんだ。テレビのやつじゃなくて」

 

「お前、今までまともに見たことなかったのか?」

 

「街だとこんなに見えないもん。

 ていうか、夜に外で空見上げる余裕がない」

 

 彩女の言葉に、愛香もこくこく頷く。

 

「願い事、三回言う暇は無いね」

 

「そんだけ早く流れるってことだな」

 

 惣一郎が肩をすくめる。

 

「でもまあ、回数じゃなくて“思ったかどうか”って話だろ。

 願いごと叶うかどうかなんてさ」

 

「惣一郎にしてはいいこと言うじゃん」

 

「“にしては”って付けんのやめろ」

 

 その時、少し離れたところで手を組んで空を見上げていた結先生が、さりげなく口を挟んだ。

 

「流星群って、実は“星が流れてる”わけじゃないんですよ」

 

「え、違うんですか?」

 

 三人がそろって振り返る。

 

「はい。地球が、彗星の通ったあとの“塵の帯”に突っ込んでいくから、

 大気とこすれて光ってるだけなんです」

 

 結先生は、焚火台の光に照らされながら、楽しそうに説明を続ける。

 

「だから、今日みたいに同じ方向からたくさん流れるのを“流星群”って呼ぶんです。

 ペルセウス座流星群は、だいたい毎年同じ時期に、同じ場所から見られるんですよ」

 

「へぇ……」

 

「なんかさ」

 

 彩女がぽつりと言った。

 

「“神様の気まぐれ”とかじゃなくて、ちゃんと理由があるんだね」

 

「理由があって、それでも綺麗だから、いいんじゃない?」

 

 東が寝転がったまま、頭の後ろで手を組む。

 

「理由分かってても、“おおー”ってなるものは、ちゃんとすごい」

 

「そうだね」

 

 玲子の横顔が、星明かりの下でふっと笑う。

 

 その様子を、結先生は少し離れたところから静かに眺めていた。

 

(……ちゃんと、見てほしいものを見てくれてる顔だ)

 

 学力だの内申だの、普段はそんなものに追われている生徒たちが、

 今はただ、空を見上げるためだけにここにいる。

 

 顧問冥利というやつかもしれない、と結先生は小さく頷いた。

 

 

/*/

 

 

「――あ、今のはでかかった!」

 

「見えてないってば! どこ見てればいいのよ!」

 

「空全体!」

 

「雑ぅ!」

 

 何度目かの「見えた/見えてない」攻防を繰り返しながら、時間はゆっくり過ぎていく。

 

 流れ星は、忘れたころにふっと現れて、すぐに消える。

 誰かの「見えた!」という声と、「今のは分かった!」という歓声と、「ちくしょう!」という悔しがる声。

 

 笑い声とため息と、虫の声。

 遠くの山影の向こうで、夜はさらに深くなっていく。

 

「……ねえ」

 

 ふいに、彩女がぽつりと呟いた。

 

「なに?」

 

 隣で同じように寝転がっている東が答える。

 

「今こうやってさ。同じ空見てるじゃない」

 

「まあな」

 

「――そう思うと、ちょっとだけ、怖くなくなるね」

 

 その言葉に、東は一瞬だけ黙った。

 八月の夜風が、静かに髪を揺らす。

 

「……そりゃ、よかった」

 

 それだけ答えて、また空を見上げる。

 

 星は、さっきと同じ場所で、さっきと同じように瞬いている。

 けれど、その下で息をする自分たちは――もう、さっきまでと同じではないのかもしれない。

 

 流れ星がひとつ、ゆっくりと尾を引いた。

 

 誰の願い事を拾ったのかも分からないままに、それは夜空のどこかへ溶けていった。

 

 

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