なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

11 / 240
WIZ忍者!

 

 

 気を取り直して、本来の目的を思い出したオレは、四つん這いのまま応接間の扉をそっと開けた。

 

 廊下は広い。

 昼間にも一度歩いているが、改めて見ても本当に広い。

 古い家の廊下といえば一間幅が普通だけど、この家は洋風建築のせいか幅がある。

 

 ……困ったな。

 

 一間幅なら、手足を突っ張って天井に張り付くなんて芸当も出来るのに、この幅ではさすがに難しい。

 うまく角が使えればいいんだけど。

 

 立ち上がり、亀のようにのろのろと廊下の端を伝って階段へ向かう。

 階段の前に立ち、そっと上をうかがった。

 人間ってのは、意外と自分の「真上」と「真下」には注意を払わない。

 後ろには敏感なくせに。

 

 階段の両端に手をつき、再び四つん這いになって静かに登り始める。

 古い階段が軋むのは仕方ないが、支点を左右の端に分散させてやれば、音はぐっと小さくなる。

 実際、微かなきしみは感じるが、扉越しに気づかれるほどではないはずだ。

 

 二階にたどり着いたところで、上下左右を念入りに確認し、ゆっくりと明かりの漏れていた部屋の扉へ向かう。

 おあつらえ向きに、その扉は廊下の突き当たりにあった。

 

 どきどきする。

 

 緊張のあまり、心臓の鼓動がやかましいほど大きくなり、眩暈がする。

 

 ドク、ドク、ドク、ドク――。

 息が苦しい。

 いや、呼吸すること自体を忘れているのかもしれない。

 

 ドクドクドクドク、ドクドクドクドク――。

 

 ……うるさい。

 

 少しは静かにしてくれ。

 これじゃ落ち着けない。

 これじゃ身体が動かない。

 

 オレはポケットからカミソリを取り出し、手の甲を一筋、切った。

 

 緊張で加減を誤ったのか、刃がスパッと通り、ピンク色の肉がのぞく。

 数秒遅れて、じわりと血が滲み出した。

 

 痛みをほとんど感じないのは、あまり良い兆候じゃない。

 アドレナリンが完全に痛覚を麻痺させている証拠だ。

 

 それでも、さっきまでより少しマシだ。

 ポケットからガムを取り出し、音を立てないよう注意しながらゆっくり噛む。

 

 ガムを噛むという行為は、心拍数を落ち着かせてくれる。

 

 扉の前で、五分。

 

 ようやく鼓動が落ち着き、身体が自分のものとして動かせる感覚が戻ってきた。

 それを確かめると、スタンガンを口にくわえ、壁に手をついて扉の上の「死角」、廊下の角へと身を持ち上げる。

 

 角に張り付く。

 こればかりは慣れが要る。ちょっとだけ自慢の技だ。

 

 鬼ごっこやかくれんぼでは、随分と重宝した。

 惣一郎は「動ける方が早い」と言ってこういうのはやらないから出来ない。

 オレはこういう、意表を突くアクションが結構好きだ。

 

 張り付いたまま、足先で扉を「コン」とノックする。

 

 ……気づかない。

 

 もう一度、少し強めにノック。

 

 部屋の中で何かが動く気配。テレビの音量が絞られ、

 

「……先生?」

 

 扉越しに、雅之の訝しげな声がした。

 

 いいぞ。小西は留守。

 二人同時がキツいとは言わないけれど、一人ずつの方が話は早い。

 

 さあ、開けろ。

 今すぐ開けろ。

 

 がちゃり、と鍵の開く音。

 扉がゆっくりと開いた。

 

「……先生?」

 

 廊下をのぞき込む雅之。

 真上にいるオレからは、やつの旋毛までよく見える。

 オレの方は完全に死角。

 

 その瞬間――

 

 オレは天井から落ちた。

 

「――おまっ!!」

 

 叫びかけた雅之が、声を出し終えるより早く、左手でやつの頭を押さえつけ、右手に持ち替えたスタンガンを首筋に押し当てる。

 

 バチッ――!

 

 絶縁体である空気をねじ伏せ、電流が走る音が廊下に短く響いた。

 

 崩れ落ちる雅之を放置し、オレはスタンガンを構えたまま部屋へ飛び込む。

 

 そこは、小さな書き物机の置かれた、さっぱりした来客用の部屋らしい。

 床には、雅之が持ち込んだと思しきテレビ。

 

 奥の扉を開けると寝室がある。

 

 飛び込んで、上下左右を一気に確認。

 誰もいない。

 

 居間と寝室を結ぶ短い通路、その左右の扉も開ける。

 片方はトイレ、もう片方はドレッサー。

 

 やはり、誰もいない。

 

 それだけ確認すると、オレは再び廊下に戻った。

 

 首筋にスタンガンを食らった雅之は、床の上でまだ痙攣まじりにもだえている。

 押し付けた部分の皮膚は火傷しているようだ。

 

 ……少し、やり過ぎたかもしれないが、人間を一発で気絶させるのは難しいんだ。

 

 運が悪かったと思って諦めてくれ。

 

 しばらくはまともに動けないだろうが、オレはウェストポーチからパラコードを取り出し、適当な長さに切って手足を縛り上げ、そのまま廊下に転がした。

 

 縄抜けも、ガラスを拾って切ることも――(多分)不可能な縛り方だ。

 

 こういう時、インターネットって本当に便利だと、しみじみ思う。

 

 ……まあ、我ながら間違った活用方法だってことくらいは分かってるけどさ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。