激しく降り注ぐ豪雨は、稲光をアクセントに山々を照らし出していた。
轟々と唸りをあげる風は、どっしりと不動の山々の息吹のようでもある。
昼だというのに、山の中は夜のように暗い。
山道に沿って建つ避難小屋には、かろうじて頼りない灯りが瞬いていた。
その状態の良い避難小屋で、天文部六名パーティからはぐれた青見と彩女は、雷雨を避け、一時の休息にまどろんでいた。
◇ ◇ ◇
雨に濡れた衣服を脱いで、小屋のロープに掛けた青見は、今はパンツ一枚の姿で板張りの床に胡坐をかいている。
目の前ではマウンテンストーブのガスが青白い炎をあげ、コッヘルの水を温めていた。
微かな輻射熱が裸の上半身に当たるが、暖かいと呼ぶにはいささか心許ない。
本来なら、服が乾くまでエマージェンシー・ブランケットにくるまって体温を保つべきなのだろう。
しかしそれは一枚しかなく、山に不慣れで装備も不十分な彩女へ譲ってしまっていた。
正直に言えば、かなり寒い。
だが、それを言葉にすれば彩女は気に病むに違いない。
十分な装備を用意していたのに、「ハイキングなんだから」と取り上げたのは彼女自身なのだから。
――だからこそ、青見は何でもないふりをした。
掌を合わせて押したり引いたり、簡単な筋トレのような動きを繰り返し、体力と引き換えに体温を維持しようと努める。
背後では、彩女が濡れた衣服を脱いでいく、湿った衣擦れの音がしている。
体操部で活動している彩女を、体育館二階から見ていることはよくある。
だからこそ、彼女の体つきがどういうものか、想像できてしまうのだ。
(……生まれたままの彩女を見たのなんて、いつ以来だっけ)
二人が小学校に上がる前のことだ。十年以上も昔になる。
そんな記憶がふと浮かんでしまい、我知らず、青見はぎゅっと目をつぶった。
瞼の裏に浮かぶのは――シャツを脱ぎ、ズボンを脱いで、ロープにそれらを掛けている彩女の姿。
きめ細かくて白い肌。鍛えられた、しなやかなライン。
(はいストップ。そこでやめとけ、オレ)
これ以上想像を膨らませるのは危険だ。
頭に血が上って立ち上がれなくなるし、振り返って彩女と顔を合わせづらくなるに決まっている。
妄想しかけたイメージをぶった切るように、青見は深く息を吸い込み、ゆっくり吐きだした。
平常心。平常心。
耳を澄ませれば、外の雷雨の音がよく聞こえる。
叩きつけるような雨は弱まる気配もなく、あと数時間は続きそうだ。
(でも、数時間で止んでくれれば、明るいうちに下山はできるはずだよな)
自分たちは、他のメンバーより先に進んでいる。
どこかにサインさえ残しておけば、結先生あたりがきっと気づいてくれるだろう。
そう考えるうちに、火で炙られたように熱く火照っていた頬の熱が、ようやく引いていくのを感じた。
(……よし、これなら大丈――)
そう思った矢先、激しい雨音の合間を縫うように、彩女のため息と、何かの留め金を外すような小さな音が耳に届く。
続いて、再び衣擦れの気配。
(……え? 今の、何の音だ?)
靴下まで脱いでいたのはさっき確認した。
じゃあ今度は何を脱いだのか――そこから先は、考えたくても考えてはいけない領域だ。
背後からは、ロープに衣服を掛け、濡れた身体をタオルで拭く音。
それから、ふぅ、と肩の力を抜いたような息遣いと、エマージェンシー・ブランケットを広げるカサカサ、パリパリという音が続く。
(……なんか今、「まぁいいや、青見だし」とか思われた気がするんだけど)
良くない。全然良くない。
何が「青見だし」で済まされているのか、当の本人にはわからない。
内心は動揺しきっているのに、背中はおくびにも出さないように固まったまま。
それでも、脳裏の中では彩女の白い肌がスペースの大半を占領しつつあった。
(落ち着け、オレ! 今はそれどころじゃないだろ!)
遭難しかけている状況で、何を考えているんだ。
雷雨、下山ルート、パーティとの合流――考えるべきことはいくらでもある。
えぇい、鎮まれ、鎮まれ、鎮まれぇッ!!
(この紋所が目に入らぬかぁッ!!)
……。
…………。
………………。
…………………あぁ、だいぶ迷走してるな、オレ。
完全に現実逃避コースだ。
でも――助さん、角さん、それに黄門さま。
皆さんの顔を総動員で思い浮かべたら、本当に鎮まってくれた。ありがとう。
(おっさん達思い浮かべても鎮まらないとかだったら、男として色々問題あるよな……)
ひとしきり心の中でツッコミを入れたあと、青見はこっそりため息をつく。
(とりあえず……オレのズボンだけでも早く乾かないかなぁ)
視線は宙を彷徨い、コッヘルから立ちのぼる湯気をぼんやりと目で追う。
雨は、まだ止まない。