なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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蛇水鍾乳洞6

 

 

 ◇ 洞窟出口・合流 ◇

 

 

 まぶしい。

 

 そう感じるくらいには、蛇水鍾乳洞の闇に目が慣れていたらしい。

 ひんやりした空気から、むわっとした夏の湿気に変わる。

 

 半ば駆けるようにして出口の階段を上がると――

 

「青見!」「彩女ちゃん!」

 

 待機スペースのベンチから、ほとんど飛び出すみたいに惣一郎と愛香が駆け寄ってきた。

 

「お、お前ら……!」

 

 惣一郎が息を詰まらせて、結先生と玲子の顔をざっと確認し、それから青見の胸をドン、と小突く。

 

「全員そろって帰ってくるとか、フラグぶち折りすぎだろ、お前」

「お前な……心配して損したって顔すんな」

「心配したわ! めっちゃしたわ!」

 

 言葉とは裏腹に、惣一郎はほんの一瞬だけ、目を赤くしてから顔をそむけた。

 

「惣くん……よかった……ほんとによかった……」

 

 愛香は、ほっと息を吐いた途端、ずるずると青見の腕にしがみつく。

 濡れた服越しに、彼女の手が震えているのが分かる。

 

「ごめん、心配かけた」

「ううん……帰ってきてくれたなら、それで……」

 

 その横で、彩女と玲子も目を合わせる。

 

「玲子」

「彩女さん……っ」

 

 玲子は言葉にならない声を漏らして、思いっきり抱きついた。

 普段はマイペースな彩女も、背中をぽんぽんと叩きながら、苦笑する。

 

「ごめん、怖い目に遭わせたね」

「いや、あれは……怖いっていうか、ホラー通り越してファンタジーでしたけど……!」

 

 結先生が改めて全員の顔を確かめ、深く息を吐いた。

 

「全員無事ね。よかった……伊集院さんにも、“最悪の事態は免れました”って言えます」

 

「そうだ、それ!」

 

 惣一郎が思い出したようにスマホを掲げる。

 

「貴也おじさんと、あと桜さん? 竜樹さんが今こっち向かってるってさ」

「桜さんも?」

 

 結先生が目を瞬かせる。

 愛香が補足するようにうなずいた。

 

「貴也おじさん、車で二人で来るって。あと、受付の人に“伊集院のものだ”って伝えて、連れが“ヘビ人間”に攫われたって状況だけ説明しておいてくれって……」

 

 さらっと物騒な単語が出てきて、青見たちがざわつく。

 

「ヘビ人間って、やっぱりヘビ人間だったんだ……」

「え、名前そのまんまなんだ……」

 

 そんな中、受付の方から「あらあら」と年配の女性の声がした。

 

 振り向くと、洞窟の受付カウンターから、おばさんとおじさんが一緒に出てくるところだった。

 観光地らしいポロシャツに名札をつけた、どこにでもいそうな夫婦――なのに、「ヘビ人間」という言葉に眉一つ動かしていない。

 

「さっきのお電話ねぇ。伊集院さんのとこの子たちって聞いて、びっくりしたわ」

「ご迷惑を……」と結先生が頭を下げると、おばさんは慌てて手を振った。

 

「いえいえ、あの人に世話になってるのはこっちの方だからねぇ。それより、“ヘビ人間に攫われた”って聞いて、ちょっと首を捻ってたところで」

「首を、ですか?」

 

 結先生が聞き返す。

 おじさんが、ぽりぽりと頭を掻いた。

 

「いやねぇ……あの子たち、人を襲ったりしないはずなんだけどねぇ」

「……あの子たち?」

 

 彩女と玲子が顔を見合わせる。

 おばさんは「そうそう」と頷いて、洞窟の方へ視線を向けた。

 

「もともとね、この洞窟に住まってる“怪異”でねぇ。うちらは“蛇水さま”とか“へびの子たち”って呼んでるんだけど」

「が、怪異……」

 

 惣一郎がごくりと唾を飲む。

 おばさんは、まるで「そこにスズメが巣作っててねぇ」とでも言うみたいな気楽さで続ける。

 

「観光地にする時にね、地面を均したり砂を敷いたりする作業が大変だったのよ。そしたら、夜な夜なあの子たちが出てきてねぇ」

「手伝ってくれたんですか?」

 

 玲子が思わず食いついた。

 おじさんがにやりと笑う。

 

「そうそう。あいつら、意外と力持ちなんだわ。岩どかしたり、狭いとこ潜って様子見てきたりな」

「胎内くぐりのとこなんか、あいつらが先に通って、『ここまでは人が通れる』『ここからは無理』って教えてくれたんだよ」とおばさん。

 

「へ、へぇ……」

 

 玲子の脳裏に、「測量ヘビ人間」のシュールな姿が浮かんでしまう。

 

「で、その代わりってわけでもないけどねぇ」

 おばさんは指折り数えるように言う。

 

「たまに卵とか、お肉の切れ端とか、お供えしてるの。あと、たまーに、“迷子”を送り届けてくれたり」

「迷子……?」

 

 結先生が姿勢を正す。

 おじさんは少し真面目な顔になった。

 

「観光客でね、たまにいるんだわ。勝手にロープくぐって奥まで入り込んで、帰れなくなっちまうのが」

「あー……」

 

 惣一郎と青見、心当たりがありすぎて同時に目をそらす。

 

「そういう時、朝の見回りで見つかるのよ。胎内くぐりの出口辺りに、びしょ濡れでひっくり返ってるお客さんが」

「“気がついたらここに出てた”“夢見てたみたいだ”なんて言うんだよ」とおばさん。

 

「……人知れず、助けてくれてるってことですか?」

「そうそう。奥の方で変に足滑らせたりしても、だいたいあの子らが運んできてくれるのよ。で、こっちはお礼に、ご飯ちょっと多めに置いとく、って感じでねぇ」

 

 なんとも牧歌的な「共生関係」の実態に、その場の空気がぽかんとした。

 

「じゃあ……」

 玲子が、おそるおそる口を開く。

 

「さっき、わたしたち攫われたのも……」

「怪我、してないだろ?」

 

 おじさんがすかさず返す。

 玲子と結先生が顔を見合わせる。

 

「腰を掴まれて、引きずられて……で、広いところに連れて行かれて」

「“蛇水さま”の広間だな。あそこ、奥行きがある割に足場が悪いから、あいつらのテリトリーなんだわ」

 

 おじさんは腕を組んでうなった。

 

「うーん……やっぱり、襲ったっていうより、“運んだ”んじゃねぇかなぁ」

「でも、囲まれてましたけど……」

 

 玲子が口ごもる。

 その横で、彩女が小さく呟いた。

 

「……話、しようとしてたよね」

 

 その言葉に、玲子がはっと顔を上げる。

 

「うん。あの……なんか、すごい勢いでジェスチャーしてました」

「シューシュー言いながら、星の絵みたいなの見せてきて」

「星?」

 

 惣一郎が眉を上げる。

 おばさんが「ああ」と頷いた。

 

「夜、あんまり騒がしいとねぇ。あの子たち、時々、外の空見たそうに入り口の方うろうろしてるのよ」

「でも、さすがに人前には出せないしな」とおじさん。

 

「だからまあ……星が見たい、ってのは、前からあるんだろうなぁとは思ってたけどねぇ」

 

 そこで、おばさんは首をひねる。

 

「でも、攫うような真似をするのは、初めて聞いたわ。伊集院さんにも相談して、ルール決めたはずなんだけどねぇ。“人を驚かさないこと”って」

「……ごめんなさい」

 

 思わず、彩女が頭を下げた。

 

「え?」

 

 全員の視線が集中する。

 

「もしかしたら……わたしが、一緒にいたせいかも」

 

 彩女は、胸の前で手をぎゅっと握る。

 

「玲子と先生を連れて行ったの、ほんとは“星を見せてってお願いするため”だったのかもしれないのに。そこに、わたしが後から入っていって……」

「彩女」

 

 青見が呼びかける。

 けれど、彩女は首を横に振った。

 

「さっき、あの子たち、すごく怯えてた。わたしを見て、逃げて。……多分、わたしの“何か”に、びっくりしちゃったんだと思う」

 

 おばさんとおじさんは、顔を見合わせた。

 

「……伊集院さんのとこって、そういう子も来るんだったねぇ」

「“強い子”は、あの子たち苦手なんだわ。昔も、神主さんが大祓いしに来た時、あいつら巣から出てこなかったしな」

 

 そこへ、愛香のスマホがぶるぶると震えた。

 

「あ、貴也おじさん」

 

 通話に出て、短く状況を話す。

 すぐに、愛香が皆に向き直った。

 

「今、こっちの駐車場に着いたって。伊集院さんと、桜竜樹さん」

「お、ボスとガチのプロ来たな」

 

 惣一郎が、どこか安心したように肩を回す。

 

「受付の二人にはそのまま、今聞いた話も全部伝えておいて、だって。“共生のルールが崩れてる可能性があるから、ちゃんと調べる”って」

「心配かけてすみませんでした」

 

 結先生が、受付の二人に改めて頭を下げる。

 おばさんは「いいのいいの」と手を振った。

 

「伊集院さんが来るなら安心だわ。あの人、あの子たちとも顔なじみだからねぇ」

「お前らも、今日はもう洞窟入るのはやめときな。星は、外からでも見えるさ」

 

 そう笑うおじさんの言葉に、彩女は小さくうなずいた。

 

(……約束、しちゃったからな)

 

 “また来る”“夜空、連れてくる”。

 

 闇の中で交わした約束が、胸の奥でまだじん、じんと熱を持っている。

 

 駐車場の方から、車のエンジン音が近づいてくる。

 伊集院貴也と桜竜樹――“怪異側”と“人側”の中間に立つ大人たちが、蛇水鍾乳洞の異変を確かめにやって来る気配が、外気と一緒に流れ込んできていた。

 

 

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