なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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魔術刻印

 

 

/*/ 理事長室の刻印 /*/

 

 

 放課後、職員室に呼び出されたと思ったら、そのまま理事長室まで連れてこられた。

 

 ドアの上には「逢瀬学園 理事長室」のプレート。

 中はやたらと静かで、壁一面の本棚と、窓際に置かれた観葉植物が、いかにも「エラい人の部屋です」という空気を作っている。

 

 革張りのソファに座らされ、目の前のローテーブルには湯気の立つマグカップ。

 紅茶の匂いが落ち着けと言わんばかりに鼻をくすぐった。

 

 奥の机から、伊集院貴也がゆっくり立ち上がる。

 スーツのボタンを一つ外し、眼鏡を軽く押し上げながら、いつもの少し眠そうな目でこちらを見た。

 

「そう言えばね、青見くん」

 

 開口一番、そんなふうに切り出される。

 

「……なんですか」

 

「安生道場で、武器を貰ったそうだね」

 

「ぶっ――」

 

 飲みかけていた紅茶を、危うく噴きそうになる。

 

「え、ええ、まあ……誰から聞いたんですか、そういうの」

 

「安生先生からだよ。『あの子には何かあったときのために一本持たせておいた』とね」

 

 伊集院は、どこか楽しそうに目を細めた。

 

「教師としては、少々物騒な相談だったけれど、君のこれまでの“巻き込まれ体質”を考えると、全否定もできなくてね」

 

「巻き込まれ体質って、ひどくないですか」

 

「事実だろう?」

 

 あっさり返されて、何も言い返せない。

 中原のこと。メロディ様のこと。あの夜の音楽室。

 思い出そうとしなくても、勝手に頭の中に浮かんでくる。

 

 伊集院は、机の引き出しから書類の束を抜き出すふりをして、ちらりとこちらを見る。

 

「それで、その武器だが」

 

「……はい?」

 

「ちょっと貸したまえ」

 

「え、今ですか」

 

「今だよ」

 

 当然のように言われて、思わず眉をひそめる。

 

「どうするんです?」

 

「決まっているだろう」

 

 伊集院は、軽く肩をすくめた。

 

「君は何かと巻き込まれるからね。怪異に通じるように、“刻印”をしておいてあげるよ」

 

 さらりと言われた言葉が、すぐには意味を結ばない。

 

「……怪異に通じるって、何ですか、その中二病みたいな表現」

 

「残念ながら、これは中二病ではなく現実の話なんだ」

 

 伊集院は、真顔でそう言った。

 

 その目に、冗談の色はない。

 

「人間の道具というのはね、本来、人間にしか噛みつかない。

 だが、世界には時々、“向こう側”のものに噛みつくよう調律された道具が存在する。古い刀や、祠の鉾なんかが、いい例だ」

 

「はあ……」

 

 聞きながらも、半分はまだ信じていなかった。

 

 でも、「メロディ様」の一件を経験したあとでは、「ありえない」と切って捨てることもできない。

 立て続けにおかしなことが起きたせいで、自分の“常識”の方が怪しい気もしていた。

 

「安生先生のところで貰った武器は、よく手入れされているけれど、あれは“ただの武道具”だ。

 人間相手には十分だが、相手がそうでない場合には、少し調整がいる」

 

「……先生と安生先生、どういう付き合いなんですか」

 

「それはまた別の機会に」

 

 さらりと流される。

 

 伊集院は、ソファの背にもたれかかり、指先でテーブルをコツコツと叩いた。

 そのリズムが、妙に耳に残る。

 

「2~3日預かるから、そのつもりでいてくれたまえ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

 思わず身を乗り出す。

 

「3日って、結構長いですよ? そんなに時間かかるものなんですか、“刻印”ってやつ」

 

「物理的な作業自体は大したことはないよ。刃文に沿って印を入れ、バランスを崩さないように重心を調整し、最後に少し“音”を染み込ませるだけだ」

 

「最後の一個だけ説明になってないんですけど」

 

「気にしなくていい」

 

 まるで給食のメニューの説明でもしているみたいなノリで言われる。

 

「問題は、タイミングだ。

 君の武器を調律するには、“君自身の音”に合わせないといけない。これは少しだけ手間がかかる」

 

「オレの……音?」

 

「そう。君の歩き方、呼吸、心拍、ものを振るときの癖。

 そういうリズムの総体を、私は“音”と呼んでいる」

 

 伊集院は、指で机を叩くリズムを変えた。

 

「同じフォームでも、千人いれば千通りの音がある。

 君と安生先生では違うし、君と――そうだね、安達彩女くんでも違う」

 

 不意に出された名前に、胸がきゅっとなる。

 

「……何でそこで彩女の名前が出てくるんですか」

 

「彼女は、君の音にとても敏感だからね。

 数歩離れただけで『あ、東だ』と言い当てるくらいには」

 

「…………」

 

 そんなこと、本人の口から聞いた覚えはない。

 けれど、言われてみれば、やたらと見つかることは多い。

 

 考えていると、伊集院がふっと笑った。

 

「君の音を刻んだ武器は、君の手にあるとき、一番よく響く。

 逆に言えば、君が手放したときには、少しだけ君を呼び戻そうとする」

 

「……まさか、GPS代わりとか言うんじゃないですよね」

 

「本当にGPSを埋め込むと、学校の規則に引っかかるからね。これはあくまで“道具としての性質”の話だよ」

 

 わざとらしく肩をすくめる仕草に、苦笑が漏れる。

 

「……で、預けろって言うからには、学校への持ち込みを黙認してくれるってことですか。理事長」

 

「“護身用の訓練器具を、理事長室で安全に保管している”という扱いにしておこう」

 

 さらっと恐ろしいことを言う。

 

「普段はここに置いておきたまえ。必要なときに、私を通じて出し入れすれば、建前上の問題は少なくなる」

 

「必要なときって、いつですか」

 

「それを決めるのは、君だよ」

 

 伊集院は、真っ直ぐこちらを見る。

 

「私は、大人として君に“学校で刃物を振り回せ”と言うつもりはない。

 だが、怪異というものは、こちらの都合では選べない時間と場所で現れる」

 

 数日前の夜を、思い出す。

 

 理屈なんて通じないタイミングで、やってきたあの音。

 中原の、消えた空間。

 

「だからせめて、君の手に馴染んだ道具に、少しだけ“こちら側のルール”を教えておいてやる。

 それが後見人として、私に出来る最低限のことだと思っている」

 

 そう言われると、強く否定しづらい。

 

 安生道場の師範が、「護身用に持っておけ」と真剣な顔で渡してきたあの武器。

 あの時も、「大袈裟だろ」と内心思いながら、結局受け取った自分。

 

「……分かりました」

 

 短く息を吐いて、青見は頷いた。

 

「じゃあ、持ってきます。道場用のロッカーに置いてあるんで」

 

「よろしく。2~3日預かるから、そのつもりで」

 

「ほんとに3日で返してくださいよ。なんか嫌な予感がするんで」

 

「予感がするうちに準備しておくのが、一番賢いやり方さ」

 

 伊集院は、穏やかに笑った。

 

「君は何かと巻き込まれる。

 ――だったらせめて、“丸腰”だけはやめておこうじゃないか」

 

 その言葉が、妙に胸に残った。

 

 あとになって思えば。

 先に渡されていた特殊警棒にも同じ仕掛けがされていたのかもしれない。

 

 それが零時前の逢瀬学園に駆け込んだ夜、ほんの少しだけ、命拾いをすることになるきっかけだったのかもしれない。

 

 

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