なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

124 / 240
お泊りしてないよ?

 

 

/*/ 土曜の朝の匂い /*/

 

 

 土曜の朝。

 いつもの住宅街のコースを、二人分の足音がリズムよく刻んでいた。

 

 タン、タン、タン――

 

「はぁ……今日、ペース速くない?」

「いつも通りだって。昨日の夜食べ過ぎたんだろ」

 

 隣で肩をならべて走る青見が、横目で彩女を見る。

 彩女はポニーテールを揺らしながら、少しだけむっとした顔をした。

 

「夕飯、あんたが作ったやつよ? 美味しかったんだから仕方ないじゃん」

「それはそれ。走るのは走る」

 

 朝の空気はまだひんやりしていて、吐く息が少し白い。

 それでも、軽く汗ばんだ額に当たる風は、心地よかった。

 

 ふと、彩女が自分の髪先を指でつまむ。

 走るたびに、ふわりとシャンプーの香りが揺れた。

 

(……まあ、同じ匂いになるのは、ちょっと悪くない、かもだけど)

 

 昨夜のことを思い出し、ひとりで勝手に頬が熱くなる。

 

「おい、信号変わるぞ」

「分かってるって」

 

 小さな交差点を渡り、その先のゆるいカーブに差しかかったとき――

 

「わふっ!!」

 

 元気すぎる声と同時に、茶色いもふもふが視界に突っ込んできた。

 

「うおっ! またお前か!」

 

 大型犬カーが、全力で青見めがけてダイブしてくる。

 慌ててスピードを緩めた青見が、いつものように腰を落として受け止めた。

 

「カー、減速って言ってるでしょ! ストーップ!」

 

 少し遅れて、小柄な女子がリードを引っ張りながら走ってくる。

 三森玲子。安生道場で見かける、中学生みたいな見た目の高校一年生。

 

「あっ、青見先輩と安達先輩だ」

 

 息を整えながら、玲子が笑顔を向ける。

 

「おはようございます」

「おはよ、三森。今日もカー元気だな」

「おはよー玲子。朝散歩?」

「はい。お父さん、早起きすぎてわたしが付き合ってあげられないので、代わりにカーだけ……って、あ」

 

 そこで、玲子の動きがぴたりと止まった。

 

 カーが青見にじゃれついて、ぱたぱたと尻尾を振る。

 そのたびに、ふわっと何かの匂いが漂った。

 

 玲子は、きょとんとした顔で一歩近づく。

 

「……あれ?」

 

 彼女の鼻先が、すん、とかすかに動く。

 カーの匂いではない。もっと近くからする匂い。

 

 シャンプーの香り。

 

 青見の髪から。

 そして、隣の彩女の髪から。

 

(同じ……?)

 

 玲子は首をかしげ、それから二人を見比べた。

 

 同じ朝のランニングウェア。

 同じ汗のにじみ方。

 そして――同じシャンプー。

 

「…………」

 

 じわじわと、玲子の表情が意味ありげに変わっていく。

 

「えっと、三森?」

「玲子?」

 

 二人が同時に名前を呼ぶと、玲子は「ふふ」と口元に手を当てた。

 

「ええ、お二人、そんな関係になっちゃったんですね」

 

 にっこり。

 

 その言葉に、反応は二つに分かれた。

 

 一人は、青見。

 

「え? なに?」

 

 完全に分かってない。

 本当に、まっっったく分かってない顔。

 

 もう一人は、彩女。

 

 ――一瞬、きょとん。

 そのあと、じわじわと口元が吊り上がっていく。

 

「そう。そんな関係になっちゃったのよねぇ~」

 

 わざとらしく、勝ち誇った声を出す彩女。

 ニヤリと笑って、青見の腕に軽く自分の腕を絡める。

 

「ちょ、おま――」

「ねー玲子。わたしたち、昨夜からずーっと一緒だったから」

「はい! 知ってます!」

 

 玲子が、なぜか元気よく返事をする。

 

「青見先輩、昨日、安達先輩の家に“見張り”に行くって道場で言ってましたから。

 そっかぁ……なるほどぉ……“見張り”ねぇ……」

 

 明らかに納得の仕方がおかしい。

 

「いや待て違う。お前、何をどう解釈して――」

「だってシャンプーの匂い、同じですよね?」

 

 玲子の追撃。

 

 すかさず彩女が、さらに燃料を投下する。

 

「そうなの。私のシャンプー、使って良いって言ったから。ね?」

「お、おう……ありがとう、とは思ってるけど……」

 

 青見が、わずかに耳を赤くしながら答える。

 

 その様子を見て、玲子の目が「ほら見たことか」と言わんばかりに細くなる。

 

「……お二人とも、否定しないんですね?」

「事実だし?」と彩女。

「いや事実だけどニュアンスが違うだろそれは」と青見。

 

 言い合っている二人を見ながら、玲子はふふん、と満足げに頷いた。

 

「分かりました。わたし、誰にも言いませんから」

「いや待てホントに待て、今すぐ訂正させろ」

「……玲子なら、いいかな」

 

 彩女が、さらっと爆弾を置く。

 

 青見が「お前まで何言ってんだ!」と抗議する横で、玲子はますます楽しそうだ。

 

「大丈夫ですよ東先輩。こういうのは、本人たちが否定してもあんまり意味ないって、お父さんが言ってました」

「教授、何教えてんだよ……!」

 

 カーがその場の空気などお構いなしに、「遊ぶ? 走る?」と言わんばかりにリードを引っ張る。

 

「じゃあ、わたしたちこれで。カーがコース覚えちゃって、このあと安生道場まで行きたがるので」

「ああ、また道場でな」

「玲子、またねー」

 

 手を振って走り去っていく玲子とカー。

 茶色いもふもふが角を曲がって見えなくなるまで見送ってから、ようやく静けさが戻った。

 

「……お前さ」

「なに?」

 

 青見が、じとっとした目で彩女を見る。

 

「わざとだろ、今の」

「さあ? なにが?」

 

 彩女は、わざとらしく髪を揺らす。

 ふわりと、やっぱり同じシャンプーの匂いがした。

 

「でもさ」

 

 軽く息を整えながら、彩女はぽつりと言う。

 

「“そんな関係”って言われて、全力で否定されるのも、それはそれで腹立つんだよね」

 

 横顔でそう言われて、青見は一瞬、言葉を失った。

 

 返す言葉を探しているうちに、彩女が先に走り出す。

 

「ほら、置いてくよ。ランニング再開!」

「……はいはい」

 

 青見も、その背中を追いかけて走り出した。

 

 土曜の朝。

 住宅街に二人分の足音と、どこか同じ匂いの風が、軽く流れていった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。