/*/ 昼休みの勧誘 /*/
昼休み。
2年C組の教室は、いつものように弁当と購買パンの匂いで満ちていた。
窓際のいつもの島で、青見たちは机をくっつけて昼飯タイムの真っ最中だ。
「惣一郎、その唐揚げデカすぎない?」
「成長期だからな。胃袋が」
「惣くんの胃袋は、もうちょっと自重した方が良いと思うよ」
彩女、惣一郎、愛香。
他愛のない話で盛り上がっているところに――
ガラリ。
教室のドアが開いて、背の高い男子が一人、こちらへ歩いてきた。
制服の上からでも分かる、がっしりした体格。
鋭い目元だけど、どこか落ち着いた雰囲気。
逢瀬学園剣道部・現主将、高山直哉。
「……高山部長?」
青見が弁当箱から顔を上げると、高山は「よう」と軽く顎を引いて挨拶し、そのまま机のそばまで来る。
「悪い、昼時に」
そう言いながらも、用件ははっきりしていた。
「青見、剣道部に戻ってこないか」
ストレート。
箸を持ったまま固まる青見。
隣の彩女たちも、ぽかんと口を開ける。
「……は?」
「今度の大会に出るだけで良い」
高山は、真顔で続けた。
「どうしたんです、部長」
さすがに驚いて、青見も敬語になる。
高山は少しだけ息を吐いて、教室の窓の外に視線を向けた。
「優勝者が出れば、来年の入部者が増える。このままでは剣道部が危うい」
その言い方は淡々としていたけれど、言葉の端々に焦りが滲んでいた。
「一年の人数、そんなに少ないんですか?」
惣一郎が、唐揚げを一時停止して口を挟む。
「ああ。『キツそう』とか『地味』とか、いろいろ理由をつけてな」
高山は肩をすくめた。
「剣道ってだけで敬遠される時代らしい。
だからこそ、“勝てる部”って実績を残したい。優勝者が一人でもいれば、見える景色は違ってくる」
真正面からの本音だった。
「でも部長、卒業じゃないですか」
彩女が、遠慮なく突っ込む。
「来年の新入生、関係ないんじゃ?」
「あるさ」
高山は即答した。
「だからこそだ。後輩に、ちゃんとした“土台”を残したい。
俺らの代で、剣道部が先細りしていくのを見たくない」
その言葉には、主将としての責任感と、武道バカらしい真っ直ぐさがあった。
教室の空気が、少しだけ引き締まる。
「……でも」
青見は、弁当箱の端を指でなぞりながら、視線を落とす。
「オレが名前だけ貸すのって、詐欺っぽくないですか?」
ぽつりとこぼれた本音。
「練習も、今は道場がメインで。
剣道部よりそっちの稽古が中心ですし。
“剣道部の選手として優勝”ってなったら、なんか……看板だけ利用してるみたいで」
「う、むぅ」
高山が、言葉に詰まる。
図星だったのかもしれない。
静かになった机の周りで、惣一郎がそっと空気を読んで唐揚げを一個戻した。
愛香は、心配そうに二人の顔を交互に見つめている。
彩女が、箸を置き、小さくため息をついた。
「……部長」
「なんだ」
「“名前だけ貸してくれ”って頼む相手を選ぶくらいには、見る目あると思いますよ」
高山が、少しだけ目を丸くする。
「青見はさ。道場に行ってても、“剣道の人”でしょ。
勝手に“元 剣道部”にしないでくれる?」
言いながら、彩女は青見の腕を軽く小突く。
「本人がそう思ってるかどうかはともかくとして、外から見たらどうせそうなんだからさ」
「おい」
抗議しようとして、やめた。
言い返したいことは山ほどあるのに、どれも「違う」と言い切れない。
高山は、少しだけ苦笑した。
「……詐欺だと思うかもしれないがな」
ぽつりと、低い声で続ける。
「俺としては、“剣道部に東青見がいた”って事実を、次の代に残せれば、それで十分なんだ」
「部長……」
「試合で勝とうが負けようが、お前と一緒に竹刀を振った時間は、うちの部の財産だ。
その財産を、“ちゃんと残してきました”って形にしたい。
――卒業するまでに、どうしてもそれがやりたい」
教室のざわめきの中、その言葉だけがやけにはっきりと聞こえた。
青見は、黙って自分の箸を見つめる。
(名前だけ……か)
自分の中ではきれいに区切りをつけたつもりでも、こうして頼まれると、簡単に「いやです」とは言えない。
そんな青見の迷いを見透かしたように、彩女がぼそっと呟いた。
「天文部、陸上部、剣道部――」
「おい待て、陸上部は入ってねえからな!?」
「でも、スペック的には全部候補なんだよね」
愛香がくすっと笑う。
「さすが天文部、“スペックは高いけどチームプレー向きじゃない”って理事長に言われるだけあるよね」
「否定できない」
青見が、がっくりとうなだれる。
「否定できないわね」
彩女も、なぜか同意した。
高山は、そのやり取りを見て、ふっと口元を緩める。
「……答えは急がない。今度の部活の時間、道場に行く前に顔出してくれればいい」
そう言って、青見の肩をぽん、と叩いた。
「弁当中に悪かったな。安達たちも、変な邪魔してすまん」
「いえ、全然」
「部長、お疲れ様です」
軽く頭を下げて、高山は教室を出て行った。
残された青見は、ため息とも笑いともつかない息を吐く。
「……なんかさ」
「なに」
「最近、“戻ってこい”とか“こっち来い”って言われすぎじゃね、オレ」
「人気者ってことでしょ」
彩女は、からかうように笑った。
「でもさ」
少し真面目な顔になって、言葉を続ける。
「どこにいても、“東青見”なのは変わんないから。
どうせだったら、自分で“ここ”って思える場所に、ちゃんと顔出しときなよ」
その言い方が、妙に胸に残った。
弁当箱の中身を片づけながら、青見はふと、竹刀を握っていた頃の手の感覚を思い出していた。
ちゃんとした返事をしに行かなきゃな――と、ぼんやり思いながら。