なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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はじめての一皿

 

 

/*/ はじめての一皿 /*/

 

 

 夕方。

 窓の外がオレンジから群青色に変わるころ、安達家の台所には、昼とは違う種類の緊張感が漂っていた。

 

「……で、これ本当に出すの?」

 

 テーブルに並ぶ皿を見て、彩女が、まだ半信半疑の声を出す。

 

 メインは、鶏肉と野菜のトマト炒め。

 昼間、玉ねぎのみじん切りから始めた一品だ。

 サブに、簡単なサラダとコンソメスープ。

 

「盛り付けも上出来。大丈夫大丈夫」

 

 お母さんは、手際よく箸を動かしながら、にこにこと娘の背中を押す。

 

「……焦げてない?」

「“香ばしい”って言うのよ、こういうのは」

「誤魔化した……」

 

 それでも、昼頃よりはだいぶマシになったフライパンさばきだったのは事実だ。

 

 そこへ、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。

 

「はーい」

 

 お母さんが出ようとするのを、彩女が慌てて止めた。

 

「あ、わたし出る!」

 

 エプロン姿のまま、廊下を小走りに駆けていく。

 

 玄関のドアを開けると、そこには見慣れた横顔。

 

「よっ」

 

 東青見。

 

「……来た」

 

 出迎えの第一声としてはどうなのかという言葉が、口から転がり落ちる。

 

「呼んだのお前んちだろ。おばさんに『今日の夕飯、彩女が作るから、味見係お願い』って言われたんだが」

「その言い方やめて!? プレッシャー倍増なんだけど!?」

 

 バタバタしている玄関に、お父さんの声が飛んできた。

 

「おー青見くん、よく来たね」

 

 リビングからひょこっと顔を出し、嬉しそうに手を振る。

 

「なんか、うちの娘が“初めて自力で作った夕飯”らしいからな。証人は多い方がいい」

「証人ってやめてよ!? 事件じゃないんだから!」

 

 言いながらも、彩女の頬はほんのり赤い。

 

「ま、上がってよ」

 

 スリッパを出しながら、ちょっとだけ胸がざわつく。

 “自分が作ったご飯を、青見が食べる”という状況が、想像以上にこそばゆい。

 

 

/*/

 

 

 食卓には、すでに料理が並んでいた。

 家族三人分に一皿追加された、おそろいのプレート。

 

「じゃ、座って座って。青見くん、そこ」

 

 お母さんに促されて、青見はいつもの“客席ポジション”に腰を下ろす。

 

 正面にはお父さん。

 右隣には彩女。

 左にはお母さん。

 

 どう見ても“親挨拶の図”である。

 

(いやいや、飯食うだけだから。落ち着けオレ)

 

 心の中で自分にツッコみながら、手を合わせる。

 

「じゃあ――いただきます」

「いただきます」

 

 四人分の声が揃う。

 

 少しの間をおいてから、青見は、まずトマト炒めに箸を伸ばした。

 鶏肉と、色とりどりの野菜。

 見た目は悪くない。

 

 一口、口に運ぶ。

 

 もぐもぐ、と咀嚼。

 

 テーブルの空気が、微妙に固くなる。

 

 正面でお父さんが、期待と不安の入り混じった目でこちらを見ている。

 お母さんは、口元に笑みを浮かべたまま、あえて何も言わない。

 横で彩女は、箸を持ったまま固まっていた。

 

 青見は、ごくりと飲み込んでから、静かに一言。

 

「……うまいじゃん」

 

 その瞬間、彩女の肩から一気に力が抜けた。

 

「ほんとに!?」

「嘘ついてどうすんだよ。肉、ちゃんと中まで火通ってるし。玉ねぎも甘い」

 

 素直な感想だった。

 

 味付けは、ところどころ不揃いな部分もあるけれど、全体としては十分“晩ごはん”として成立している。

 なにより、“ちゃんと作ろうとした”痕跡が味に出ていた。

 

「ほらね~?」

 

 お母さんが、どこか誇らしげに頷く。

 

「味付け、ちょっとだけアドバイスしたけど、火加減と炒め方は彩女が自分でやったのよ」

 

「お、お母さん、その言い方だと半分以上サポートされてるみたいじゃん!」

「最初はそんなもんよ。ここからは回数こなして自分の味見つけるの」

 

 お父さんも、モグモグと噛み締めながら、しみじみと呟いた。

 

「……うん。これは……いいな」

 

「でしょ?」とお母さん。

 

「いや、これは……いいなぁ」

 

 同じ言葉を二回繰り返したあたりで、目の端が少しうるんでいるのが分かった。

 

「ちょ、ちょっと……泣くほどのもんじゃないでしょ」

 

「なに言ってんだ。初めてだぞ? 娘の作った晩ごはんだぞ?」

 

 お父さんは、しみじみと続ける。

 

「ちっちゃい頃は、“ママごと”のお皿に砂とか葉っぱ乗せて『はい、どーぞ』ってやってたのにさ……。

 それが今じゃ、ちゃんと人間が食える料理になって……」

 

「ちょっと、“人間が”って言い方やめて!? 前のは人間食べちゃダメだったみたいじゃん!」

 

 彩女が真っ赤になって抗議すると、青見が笑いながらスープをひと口。

 

「スープも悪くない。ちょい塩控えめだけど、これはこれで」

「……ほんと?」

「ああ。次は味見のときに“もう一つまみ”くらい足してもいいかもな」

 

 さりげなく、具体的な数字ではなく感覚で伝える。

 それくらいの余地は、彼女の方で埋めた方がいいと思った。

 

「ふふ。さすが青見くん、“料理ができる男”のコメントね」

 

 お母さんが愉快そうに言うと、お父さんが「む」と唸る。

 

「……青見くんも、なかなかやるな」

 

「いや、その評価の仕方やめてください。敵視されるのは心外なんで」

「別に敵視はしてない。ただな――」

 

 お父さんは、箸を置いて、妙に真面目な顔になる。

 

「娘の作った料理を“うまい”って言ってくれた男に対しては、感謝半分、警戒半分なんだ」

 

「やめてよお父さん! なんで変なバランスなのよ!」

 

「父親として、そういうもんなんだよ」

 

 そう言いつつも、皿はしっかり空にしているあたり、感激の方が勝っているのは明らかだった。

 

 

/*/

 

 

 食事が進むにつれ、最初の緊張はすっかりほどけていった。

 

「青見くん、彩女の作るご飯がこれからもレベルアップしていったら、どう?」

「どうって、なんですかそのざっくりした質問」

 

 お母さんの爆弾発言に、青見が箸を止める。

 

「“毎週日曜の晩、安達家で食べてもいい”ってくらいには?」

「それ普通にご迷惑じゃないですかね!?」

 

 慌てて否定する横で、彩女の方はなぜか小さくガッツポーズをしていた。

 

「お母さん、それはナイス提案」

「おいお前まで乗るな」

 

「だってさ、練習台は多い方がいいでしょ?」

 

 言われてみればその通りである。

 

「……まあ、味見係くらいなら」

 

 ぽろっと、本音がこぼれた。

 

 お母さんが「はい、約束」と言わんばかりににやりと笑い、お父さんは複雑そうな顔でスープをすすった。

 

「ふむ……青見くんなら……」

 

 また例の独り言モードに入りかけたので、彩女が慌てて遮る。

 

「そこから先はメンタルに悪いんでしょ、お父さん」

「そうだな。自分で言っといてなんだが、今日はここまでにしとこう」

 

 そう言って笑う顔は、どこか満ち足りていた。

 

 食卓の真ん中では、空になった皿が、今日一日の“修行の成果”を静かに物語っている。

 

(……とりあえず、“人に出せるご飯”の一歩目、かな)

 

 皿を下げながら、彩女はそっと思う。

 

 横で「ちゃんとうまかったよ」ともう一度念押しする声に、胸の奥が少しだけ温かくなった。

 

 その温度を、玉ねぎのせいには――もう、できそうになかった。

 

 

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