/*/ 夏休み・原宿腹筋ツアー /*/
「……マジでやるとは思わなかった」
JR原宿駅を出てすぐの人波を見ながら、青見は小さくため息をついた。
「何言ってんの。今日の主役は二人だよ?」
「そうそう。“腹筋ペアルック・東京お散歩デートコース”本番だからな」
妙にテンションの高い愛香と惣一郎が、その両脇を固めている。
その視線の先――
「……これ、本気で行くの? この格好で」
へそ出しチューブトップに、デニムのホットパンツ。
その上から、ノーカラーのショート丈革ジャンを羽織った彩女が、落ち着かなそうにチョーカーの位置をいじっていた。
鍛えた腹筋が、日差しを跳ね返してくっきりとラインを浮かび上がらせている。
日焼け止めを塗ったばかりの肌が、健康そうなツヤを帯びていた。
「似合ってるから問題なーし」
「問題しかねぇだろ、これ」
ぼやく彩女の隣には、ほぼ同じコンセプトの格好をした青見。
黒のタンクトップに、淡いグレーの細身カーゴパンツ。
フロントを少し開けたライダースジャケットの下に、やっぱり割れた腹筋がちらっと見える。
「……お揃いだな、やっぱ」
惣一郎がニヤニヤしながら言うと、
「言うな」
「言わないで」
二人同時に即ツッコミが飛んだ。
「でもさー」
愛香はスマホを構えながら、にっこり笑う。
「普通に“カッコイイカップル”って感じだよ? ね、惣くん」
「だな。もしこれで中身があのいつもの二人だって知らなかったら、“雑誌から出てきました?”って思うわ」
「中身もそこそこカッコいいでしょーが!」
「お、自己評価上がってきたじゃん」
軽口を叩きながら、四人は竹下通りへと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
人混みの中を歩いていると、それだけで視線を感じる。
派手な色のTシャツを着た外国人観光客が、ひそひそと二人を見て笑っている。
手をつないだカップルが、「ね、あの二人すごくない?」と小声で話している。
彩女は最初こそ落ち着かなそうに背筋を伸ばしていたが、
十分も歩くと、だんだん「見られてること」に慣れてきたのか、自然に肩の力が抜けていった。
「……案外、悪くないかも」
「ほら見ろ。ちゃんと似合ってんだよ」
青見がぼそっとそう言うと、
「うるさい」と言いつつ、彩女の口元がわずかに緩む。
そんな時だった。
「すみませーん!」
人混みを分けるように、一人の女性が駆け寄ってきた。
ストラップのついた一眼レフを下げ、肩からは「○○STREET」のロゴ入りトートバッグ。
「ちょっとお時間いいですか? ファッション雑誌のストリートスナップなんですけど――」
「キターーーーーッ!」
一番に叫んだのは惣一郎だった。
隣で愛香が、これでもかという勢いで頷いている。
「はい! はいはいはい! 二人撮ってもらって良いですよね!?」
「お、おい待てお前勝手に話進めんな!」
「ちょ、ちょっと彩女落ち着けって」
スタッフの女性は、そんな四人をおかしそうに見ながら笑った。
「いや、でも本当に。すごく目立ってて。お二人、ペアコーデなんですよね?」
「……まぁ、そういう、ことに」
「お揃い、です」
観念したように答える二人。
「じゃあ、お名前と年齢と、今日はどんなイメージでコーディネートしたか、簡単に教えてもらえますか?」
取材モードに入るスタッフを前にして固まる二人を、
背中からぐいっと押す愛香と惣一郎。
「腹筋ペアルックってことで!」
「二人とも体操部で鍛えた腹筋が自慢なんですよ!」
「言うなって言ってんだろ!!」
「そこ一番先にバラすとこじゃないから!」
顔を真っ赤にしながらも、
数分後には、二人並んだ全身ショットと、腹筋が少し見えるアップ写真までしっかり撮られてしまった。
「いやぁ、良いですねぇ。“夏の原宿・スポーティカップル”って感じで」
「そんなタイトルまで……」
最後に、簡単なアンケートに答えさせられて、取材は終了した。
「じゃあ、来月発売の○○STREET、よかったらチェックしてみてくださいね」
そう言って、スタッフは人混みの中へと戻って行く。
「……マジで載るやつじゃん」
「いやもう、載れ。全力で載れ」
惣一郎が肩を組もうとして、彩女に全力で払われる。
「やったね二人とも~。腹筋ペアルック、公式に認定されたようなもんだよ」
「誰が認定したんだよ、その意味不明なワード」
青見は苦笑しながらも、どこか楽しそうだった。
◇ ◇ ◇
そして――一か月後。
夏休みの終わり、二学期が始まって数日経ったある朝。
「なあなあ!! これこれこれ!!」
クラスの女子が叫びながら、教室のドアを勢いよく開ける。
手には、例のファッション雑誌。
「おい青見! 彩女! お前ら!!」
惣一郎が机をばんばん叩きながら、雑誌を開いて見せる。
そこには――
見開きページの片隅。
「夏休みの冒険、腹筋ペアルック」というコピーとともに、原宿の竹下通りで撮った、あの日の二人の写真。
腹筋がちらりと覗くカットには、
〈体操部で鍛えたシンクロボディが自慢の二人。シンプルなアイテムで“魅せる”夏コーデ〉
とコメントが添えられていた。
「うわあああああああああ!!??」
彩女の悲鳴が、教室に響き渡る。
「ちょっ、コピー! コピー!! 誰よ“腹筋ペアルック”って書いたの!!」
「公式になっちゃってんじゃん、完全に」
青見は顔を覆って崩れ落ちる。
周りのクラスメイトたちは大爆笑だ。
「なにこれ最高なんだけど」
「え、ふつうにカッコいいじゃん」
「ていうかさ、これ彼氏彼女って紹介されてるよ?」
記事にはさりげなく〈付き合い歴はまだ短いというふたり〉と書かれている。
「いつ付き合ったことになってんだよ!!!!」
「インタビューで『まあ、そんな感じ、です』って答えたのお前だからな?」
青見の抗議に、彩女が真っ赤になって叫ぶ。
「だってあの場の空気で否定したらすごい気まずいじゃん!!」
「結果として全国誌デビューおめでとうって感じだな」
惣一郎と愛香は、雑誌を中心にハイタッチ。
「愛香……お前、これ狙ってただろ」
「まさかここまで上手くいくとは思ってなかったけど、結果オーライでしょ?」
にこにこと笑う愛香に、彩女は「後で覚えてろよ」と小声で唸る。
それでも、教室の女子たちが口々に「マジでスタイル良いよね~」「憧れるわ~」と騒いでいるのを聞いて、
彩女の表情は、どこかくすぐったそうに揺れていた。
「……まあ、悪くない、かもね」
ぽつりと零したその言葉は、雑誌の中の自分たちの笑顔に、確かに重なっていた。
夏休みの冒険。
“腹筋ペアルック”の四文字を残して――
二人の関係も、クラスの空気も、少しだけ前より賑やかになったのだった。
/*/ 放課後・駅前書店 /*/
「……せっかくだから、ね。うん、せっかくだから」
授業が終わって、部活も軽いメニューだけで切り上げたあと。
彩女はひとり、駅前の小さな書店の前で立ち止まっていた。
ガラス越しに見える雑誌コーナーには、例のファッション誌が表紙を並べている。
その端っこに、小さく「ストリートSNAP特集」の文字。
教室で見た、あのページが頭をよぎる。
(……別にさ。欲しいとかじゃなくて)
心の中で言い訳を並べながら、彩女は自動ドアをくぐった。
カラン、と鈴の音。
店内は放課後にしては静かで、数人の客が立ち読みしているだけだ。
「えっと……」
雑誌コーナーの前まで行き、一瞬だけ躊躇して――
さっと目的の雑誌を手に取る。
表紙をめくって、該当ページまで飛ばしたくなる衝動を、ぐっと堪えた。
(ここで食い入るように見てたら、なんか“乗り気でした”って自白してるみたいじゃん)
自意識が邪魔して、ぱらぱらと適当なページをめくるふりをしながら、ページの端にちらっと、自分たちの写真が見えたところで手を止める。
「……」
竹下通りの雑踏の中、笑っている自分と青見。
あの日は緊張で顔が固まっていた気がしたけれど、こうして印刷された写真を見ると――
「……意外と、ちゃんと笑えてるじゃん、あたし」
小さく呟いて、慌てて周りを見回す。
幸い、近くに人はいない。
文章の“夏休みの冒険、腹筋ペアルック”というコピーを見て、
「だから誰よこれ書いたの」と小声で突っ込みながらも、指先でその文字をなぞってしまう。
(……記念。うん、記念だから)
パタン、と雑誌を閉じて、そのまま脇に抱える。
他に何か買うフリをしようかと一瞬思ったが、
余計に怪しい気がしてやめた。
「……よし」
レジに向かって歩き出す。
途中で、高校生くらいの女の子二人が同じ雑誌を手にしているのが見えて、思わず背筋が伸びた。
(バレてない、バレてない……はず)
レジの前には誰もいない。
中年の店員さんが、新聞を積み直していて、彩女に気づいて顔を上げた。
「いらっしゃい」
「こ、これ……お願いします」
雑誌を差し出すと、ピッとバーコードを読み取る音がする。
「この雑誌、今日よく出るんだよねぇ。ストリートスナップ人気らしいよ」
「へ、へぇ、そうなんですね」
(やめて、その話題振るの今やめて)
引きつった笑顔のまま会計を済ませ、レシートと一緒にビニール袋を受け取る。
「ありがとうございました」
「ど、どうも」
店を出るまでの数秒が、やけに長く感じられた。
外に出ると、夕方の風が少しだけ汗ばんだ頬を冷やしてくれる。
「……ふぅぅぅ……」
書店の脇に回り込み、人気のないところまで来てから、ようやく大きく息を吐いた。
ビニール袋の中には、ぴんとした背表紙の雑誌が一冊。
(べつに、毎日眺めるとかじゃないし)
自分に言い聞かせるように、心の中で続ける。
(将来、思い出したときに“こんなことあったなー”って笑う用の……資料? うん、資料)
「資料」という妙に味気ない言葉でごまかしてみても、
胸のあたりがふわふわしているのは隠せなかった。
ふと、ページの隅に印刷されていた一文を思い出す。
――〈シンプルな服装だからこそ、鍛えた体とまっすぐな笑顔が映える二人〉
「…………」
自分の笑顔が“映える”なんて言われたの、多分初めてだ。
「……悪くない、よね。そういうのも」
ぽつりと呟いて、ビニール袋をぎゅっと握る。
そのまま駅へ向かいかけて――足を止めた。
(あ、これそのまま部室とかに持ってったら絶対バレるわ)
即座に進路変更。
遠回りになる住宅街ルートを選ぶ。
「絶対、誰にも見せないからな……!」
なぜか敵に宣戦布告するようなテンションで呟きつつ、
彩女は雑誌の入った袋を、そっと胸の前に抱え直した。
夏休みの冒険の証拠は、こうしてひっそりと彩女の部屋の本棚の隅――
教科書の影にこっそり差し込まれる運命になるのだった。