/*/ 安生道場・夕方 /*/
安生道場の畳に、夕方の光が斜めに差し込んでいる。
稽古前の静かな時間――のはずが、その一角だけ妙ににぎやかだった。
「ねぇ青見、ちょっと」
掃除を終えたばかりの畳の端で、友香が雑誌をひらひら振って呼び止めた。
隣には、きちんと正座した梨花、その向こうにユイリィとルテア。
安生家の「4姉妹」フルメンバーがそろっている。
梨花、友香、ユイリィ、ルテア。
長女、次女の双子、三女、四女――と言いつつ、全員同い年で青見たちのクラスメイト。
学校ではカフェテリアの看板ウェイトレス、道場では青見に型の細かい修正まで入れる武術バケモノ集団だ。
「……何その妙な圧」
道着の袖を捲りながら近づくと、梨花がにこやかに顔を上げた。
「こちら、ご覧いただけますか?」
パタン、と雑誌が開かれる。
そこには、竹下通りで撮られた例のストリートスナップ――腹筋ペアルックの二人が、ばっちり映っていた。
「お前ら……よく見つけたな、それ」
「すぐ分かりましたよ」
梨花が写真を指でとんとんと叩く。
「立ち方も表情も、完全に“青見”です」
「隣は彩女ちゃんだしねー」
ルテアがにやっと笑う。
「“夏休みの冒険、腹筋ペアルック”って。コピー強っ」
友香が見出しを読み上げて、ケラケラ笑った。
「……梨花たちも、そんな雑誌みるんだ」
つい口をついて出た一言。
その瞬間、空気がピタッと止まった。
「――“そんな雑誌”?」
梨花が、にこやかなまま首をかしげる。
丁寧な口調なのに、目だけが笑っていない。
「青見、それはどういう意味ですか?」
「いや、その……」
言葉を探していると、友香がずいっと間合いを詰めてきた。
雑誌をぱたんと閉じて、にこーっと笑う。
「ねぇ青見さぁ、“そんな雑誌みるんだ”って――
うちらのこと、どんな目で見てたのかな~?」
背後から、ユイリィがやわらかい声で追い打ちする。
「わたしたち、カフェテリアで働いているんですよ?
“女の子として可愛く見える”ための研究に、こういう雑誌は大事なのです」
ルテアが腕を組んで、元気よく眉を吊り上げる。
「つーかさ。今のニュアンス、“女の子っぽくないのにそんなの読むの?”って聞こえたんだけど?」
「……いやいやいや、そこまでは言ってない」
「じゃあ、“武闘派だからオシャレ雑誌とか似合わない”って?」
「だからそこまで言ってないってば」
友香がじりじりと距離を詰めながら、下から覗き込む。
「もしかして青見さぁ――
“うちらのこと、女の子として見てない”感じ?」
「……」
図星を刺されたみたいな間が、ほんの一瞬空く。
「ほら、今ちょっと間があいた?」
ルテアがすかさずツッコむ。
「今の、完全に“言葉選んでます”って沈黙だったよね?」
「証拠、取れましたね」
ユイリィまで穏やかに追い打ちする。
友香の笑顔の圧が、さらにアップする。
「ふーん……そっかそっか。
うちらは“武術仲間”で、“弟子みたいなもん”で、“女の子としては見てません”っと」
「誰もそこまで――」
「彩女ちゃんに言いつけよっか」
その一言で、青見のリアクションが半テンポ跳ねた。
「待て」
「“うちら女として見てないらしいよ~”って、今度カフェでこそっと言ってみよっか」
「やめてくださいそれはマジでやめてください」
即土下座体勢になりそうな勢いで頭を下げる青見。
梨花が堪えきれず、ふふっと笑った。
「……冗談はこのくらいにして」
そう言いながらも、目はしっかり楽しんでいる。
「でも、少しはショックですよ? 同い年で、同じクラスで、
学校ではウェイトレス、ここでは一応“指導側”のわたしたちが――」
「“そんな雑誌読むタイプじゃない”って括られるのは、ね~?」
友香が続ける。
「悪かったって。言い方が悪かった」
青見は頭をかきながら、素直に認めた。
「ただな、お前らのイメージが“強い”方に寄ってるのは事実だ。
型も投げも打撃も、俺より上手いし」
「それは嬉しいですけれど」
ユイリィが小さく笑う。
「“強くて可愛い”って二軸で見てくれても、別にいいんですよ?」
「そこんとこ、ちゃんと彩女ちゃんにも共有しとこうか」
「だからやめろって」
四人に詰められ、青見は大きく息を吐いた。
「……分かった。撤回するよ。
“そんな雑誌”じゃなくて――」
少しだけ言葉を選んでから、続ける。
「安生4姉妹が読む、一流の“女の子資料”ってことで、いいか?」
梨花が満足そうに頷いた。
「はい、その認識でお願いします」
「よし、許してあげよっか」
友香が雑誌をバシバシ叩く。
「ついでにさぁ、この雑誌参考にして――
今度、“安生4姉妹プロデュース・青見の私服コーデ”でもやる?」
「やらない。全力でやらない」
「えー、“腹筋カルテット+青見”でストリートスナップ撮ろうよー」
ルテアが無駄にノリノリだ。
「そのグループ名と企画内容、どっちも却下だ」
そう言いつつも、青見の口元には、どこか笑みが浮かんでいた。
「でも、ひとつだけ言っとくぞ」
四人の視線が集まる。
「女の子として見てないわけじゃないからな。
“強い上に女の子でもある”って、割と厄介な分類に入ってる」
「お、今のはまあまあ点数高いですね」
ユイリィが素直に評価する。
「“厄介”って付いたのがちょっと減点だけど?」
友香がすかさず突っ込む。
「その辺は、稽古のときに体で教えてあげますから」
梨花がさらっと物騒なことを言い、
「うん、今日のミット打ち、ちょっとメニュー増やそっか」
ルテアが楽しそうに拳を握る。
「……やっぱ今の発言、さっきの撤回していいか?」
「ダーメ♪」
畳の上に、笑い声が広がる。
雑誌の中の「腹筋ペアルック」は、
カフェテリアの看板ウェイトレスであり、道場最強の4姉妹にとって――
「同級生・青見をからかう最高のネタ」として、
しばらく使い倒されることになるのだった。