なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

138 / 240
父よ、なにをした

 

 

 

/*/ 父よ、何をした /*/

 

 

 その日。

 安生道場の居間には、妙な緊張感が漂っていた。

 

「――父が」

 

 ちゃぶ台の上に通帳をバンッと叩きつけて、梨花が宣言する。

 

「家に一千万なんて大金を入金した!!」

 

 パタン、と廊下で誰かがスリッパを落とす音がした。

 顔を出したのは、次女の友香だ。

 

「……は?」

 

「見てこれ!」

 

 梨花は通帳のページを広げ、赤い数字の桁数を指でなぞった。

 0が、いつもの給料振込の二倍どころじゃない。

 

「一、十、百、千、万、十万、百万……千万。

 はい、アウトー!! これはもうアウトの金額!」

 

「落ち着いて、姉さん」

 

 友香は通帳をひったくって、改めて数字を確認した。

 

「……ほんとに一千万だね」

 

「でしょ!?」

 

「……お父さん、宝くじ当てた?」

 

「それならそれで問題はないが……」

 

 低い声がして、奥の座敷から“龍お父さん”がのっそり現れた。

 道着のまま、タオルで頭を拭きながら居間に入ってくる。

 

「なんだそんなに騒いで」

 

「父よ、何をした」

 

 梨花が、すっと立ち上がって指を突きつけた。

 

「大人しく自首せよ」

 

「そうだよ、お父さん!」

 

 友香まで、うるうるした目で通帳を突き出す。

 

「こんな大金、普通に考えておかしいよ! ニュースでやってる詐欺とか横領とか、そういうやつじゃないの!?」

 

「お前たちの父親の犯罪イメージがひどくないか?」

 

 龍お父さんはこめかみを押さえた。

 

 そこへ、廊下の向こうから小走りの気配。

 ひょこっと顔を出したのは、銀髪ポニテの三女・ユイリィだ。

 

「どうしたの? なんか騒いでるけど……」

 

「ユイリィ! 聞いて! 父が――」

 

 梨花がドラマチックに指をさす。

 

「家に一千万なんて大金を入金したのよ!!」

 

「えぇ……?」

 

 ユイリィの顔が、みるみる青ざめる。

 

「ま、まさか、そんな……お父様が闇の組織に……」

 

「なぜいきなりスケールを跳ね上げる」

 

 龍お父さんのツッコミはスルーされ、さらに奥からもう一人、ぴょん、と跳ねるように現れた。

 

「えー、やっちゃったの?」

 

 ピンクブロンドのふわふわヘアー、四女・ルテアである。

 

「お父さん、ついに裏社会デビュー? “虎の爪”とか“一角龍”とか、そういう二つ名つけられるやつ?」

 

「お前らの父親像どうなってるんだほんとに!!」

 

 龍お父さんは、全力で否定の手を振った。

 

「ち、違う。これは賞金首を捕まえた懸賞金だ」

 

 居間の空気が、一瞬だけ固まる。

 

「……しょうきんくび?」

 

 友香が復唱する。

 

「お父様に捕まる賞金首なんて、現代にいなさそうですが……」

 

 ユイリィが真顔で首をかしげる。

 

「そうだよね、今の賞金首って、完全犯罪とかやってる知能犯っぽいもん」

 

 梨花も腕を組み、うんうんとうなずいた。

 

「ニュースでやってる“国際指名手配の天才ハッカー”的な?」

 

「そうそう。“都市伝説の殺し屋”とか“顔を見たら最後”とか」

 

「お前ら、父親がそういうの捕まえてきたと思ってんのか」

 

 龍お父さんは、大きくため息をついた。

 

「いいか。ニュース見てなかったのか、お前ら」

 

「ニュース?」

 

「最近、世間を騒がせてる“クマ狩り”の話だ」

 

 その単語で、全員の表情が同時に変わった。

 

「あー……」

 

「山から下りてきて、畑荒らしたり、人を襲ったりしてるっていう……」

 

「猟友会の人たちが大変そうにしてたやつ?」

 

「そうだ。あれを、俺なら一番効率よく止められると思ってな」

 

 龍お父さんは、さらっと恐ろしいことを言った。

 

「俺ならば、市街地でもクマを倒せる! 素手だからな!」

 

「どれだけやってきたのよ!!」

 

 梨花が、思わずちゃぶ台を叩いた。

 

「ちょっと待って、確認。

 本州のクマと、北海道のヒグマ、どっち?」

 

「両方だな」

 

「両方!?」

 

 今度は四姉妹全員の声が揃った。

 

「本州のクマと北海道のヒグマだな。

 〇S〇何号とか言うのも倒してきたぞ」

 

「待って待って待って」

 

 友香が、慌ててスマホを取り出し、ニュースアプリを開く。

 

「〇S〇何号って、あの……連日ニュースになってた、“被害が相次いで捕獲困難”って言われてたヒグマだよね……?」

 

「そうだ。あれな、動きがいい。なかなかのもんだった」

 

 龍お父さんは、なぜか嬉しそうに頷いた。

 

「山の中で追い詰めたら、急に方向転換して崖を駆け上がってな。

 ああいうのは、鍛えられた体にしか出せん動きだ。ちょっと惚れた」

 

「惚れんな!!」

 

 梨花のツッコミが冴え渡る。

 

「で、どうやって倒したの?」

 

 ルテアが、なぜか目を輝かせて身を乗り出す。

 

「まさか、“熊殺しの正拳”的な?」

 

「いや、ああいうのは真正面から殴るより、崩すのが大事でな」

 

 龍お父さんは、畳の上で軽く構えてみせる。

 

「足を払って、体勢を崩し――顎と肩をまとめて極めて、意識を落としてから縛る」

 

「え、ちゃんと捕獲ルール守ってる……」

 

 ユイリィがぽかんとした顔をした。

 

「てっきり、“素手で一撃KO!!”みたいなノリかと」

 

「俺だってなぁ、野生動物相手に無駄な殺生はしたくない。

 今回の懸賞金は、全部“生け捕り”の分だ(どうせ始末されるんだがな)」

 

「そこはちょっと安心したかも……」

 

 友香は胸をなでおろしつつ、それでも納得はいかない顔をする。

 

「でもさ、それにしたって、一千万は桁がおかしくない?」

 

「何頭分よ、それ」

 

「本州のツキノワと、北海道のヒグマ合わせて――」

 

 龍お父さんは、指を折りながらさらっと言った。

 

「少しやりすぎたかもしれん」

 

「“少し”ってレベルの額じゃないからね!?」

 

 梨花が再び通帳を突きつける。

 

「っていうかさ、その……」

 

 ユイリィが、おずおずと手を挙げた。

 

「お父様が素手でクマ捕まえてる映像とか、どこかに出回ってませんか……?」

 

「さすがに顔出しはしてない」

 

 龍お父さんは首を振る。

 

「猟友会経由で依頼受けて、現場ではフードかぶってたしな。

 ニュースで出てるのは、せいぜい“謎の協力者”くらいだろう」

 

 友香のスマホ画面には、ちょうど速報の文字が踊っていた。

 

『――道内各地のヒグマ被害、格闘技経験者とみられる人物により次々と捕獲され――』

 

「これ絶対お父さんだよね!?」

 

「決めつけるな」

 

 そう言いつつも、龍お父さんはどこか居心地悪そうに頭をかいた。

 

「とにかく、その一千万は真っ当な懸賞金だ。

 市役所と猟友会から正式に振り込まれてる。あとで書類も見せてやる」

 

「…………」

 

 四姉妹は顔を見合わせる。

 

「……じゃあ」

 

 梨花が、ゆっくりと通帳をちゃぶ台に戻した。

 

「父よ。今回は――」

 

「“今回は”?」

 

「――自首は保留とする」

 

「最初から自首案件じゃない」

 

 龍お父さんは、深く深くため息をついた。

 

「でもさ、お父さん」

 

 ルテアが、ぽふんとクッションに座り込みながら言う。

 

「クマと素手で戦うの、やっぱり危ないと思うからさ。

 次からは、せめて誰か連れてってよ。動画くらい撮らせて」

 

「そっちの心配か」

 

「だって、“クマと戦うお父さん”とか、絶対バズるじゃん」

 

「お前たち、父親を何だと思っているんだ本当に」

 

 安生道場に、一日で一千万もの大金が転がり込んだ理由は――

 犯罪でも、宝くじでもなく。

 

 ただひたすらに、“クマより強い父親”のせいだった。

 

 その事実が、道場の噂として外に漏れるかどうかは、

 四姉妹の口の固さ次第……ということになるのだが。

 

 それはまた、別の日の話である。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。