/*/ はじめて父に感謝した日 /*/
臨時収入が転がり込んだ翌朝の安生道場は、いつになく静かだった。
ちゃぶ台の上。
炊きたてのご飯、味噌汁、焼き魚――その横に、妙に場違いな白い封筒が四つ、きれいに並んでいる。
「……で、その封筒は?」
梨花が箸を止めて、じとっと父を見る。
「お前たちにだ」
龍お父さんは、なぜか少し照れくさそうに咳払いした。
「大金が入ったからな。お前たちの服でも、好きなものを買ってくるといい」
「…………」
四姉妹の時が止まった。
先に動いたのは友香だ。
「……それ、つまり“合法クママネー”の一部ってことだよね?」
「変な名前をつけるな」
「やったー! クマさんありがとう!」
ルテアは即座に封筒を掴んで、ぴょんぴょん跳ねる。
「いや、感謝する相手はせめて父にしろ」
「……はじめて父に感謝したかも」
ぽつり、と梨花が言った。
「はじめて!?」
三人分のツッコミが綺麗に揃う。
「いやだってさ。今まで“厳格な師範”と“よくわからん武闘派”のイメージしかなかったし……」
「ひどくないか!?」
「これは、女子高生として当然の欲望だよ、お父様」
ユイリィが真顔で頷く。
「服飾に投資することは、自己表現と社会性の向上に繋がるのです」
「それっぽいこと言ってクママネー正当化すんな」
結局、封筒の中身を確かめた四姉妹は、それぞれの目をキラキラさせることになった。
――そして、その日の昼休み。
◆ 昼休み、4人+2人 ◆
いつもの教室。
窓際の机をくっつけた“安生組スペース”に、弁当や購買パンが並ぶ。
梨花、友香、ユイリィ、ルテア。
そこに、クラスメイトの安達彩女と松坂愛香が合流していた。
「でさ――」
卵焼きをつつきながら、梨花が切り出す。
「と、言うわけで。服を買いに行くから付き合って。アドバイスお願い」
「え、話、唐突!」
彩女が海苔を喉に詰まらせかけた。
「ちょ、ちょっと待って。前提を……」
「彩女ちゃん。要約するとね」
愛香が、ほんわか笑顔で補足する。
「“うちの父が素手でクマをしばいて、一千万ゲットしました。その一部で女子高生らしい服を買いたいです”ってことだよね?」
「愛香ちゃんが要約すると一気にホラー度増すんだよね!!」
彩女が頭を抱えた。
「……でも、マジでそういう話だからね?」
友香が、ため息まじりに頷く。
「ほら、これ」
スマホ画面には、例のニュース記事。
『道内各地のヒグマ、格闘技経験者とみられる人物により相次ぎ生け捕り――』
「これ絶対お父様だよね」
ユイリィが、誇らしげに胸を張る。
「“謎の協力者”って書いてあるし」
「“謎の”取ったらうちの父だな……」
梨花も苦笑する。
「で、そのおかげで服を買う資金ができたわけです」
ルテアが、プリンのふたをぺりぺり剥がしながら言う。
「どうせならさ、ちゃんと“女子高生らしいやつ”にしたいじゃん? そこで――」
「おしゃれ番長・彩女さんと、隠れ女子力モンスター・愛香さんにご相談、ってわけで」
友香が、にやりと笑う。
「ちょっと待って。おしゃれ番長はともかく、“隠れ女子力モンスター”って何」
愛香は一応否定してみるが、弁当箱の中の彩りとおかずのクオリティが、説得力を持ってしまっている。
「え、でも彩女、最近すっごい可愛いよ?」
ルテアがさらっと爆弾を投げる。
「リレーの時の写真、みんな保存してたし」
「ちょ、ちょっと!? 誰よそんなことしてんの!?」
「クラスの女子はだいたい」
「やめろぉ!!」
彩女が机に突っ伏した。
「決まりだね」
愛香が、困ったように笑いながらも、どこか楽しそうに言う。
「彩女ちゃんも断れない流れになっちゃったし。今度の土曜日あたりに、街まで出る?」
「駅前のショッピングモールなら、一日見て回っても飽きないしね」
友香が、さっそく計画モードに入る。
「カジュアル系とガーリー系、両方見たいな」
「わたし、ふわふわしたの着てみたい!」
ルテアが勢いよく手を挙げた。
「お父様が見たら気絶しそうなやつ」
「それはそれで見てみたい」
ユイリィがさらっと物騒なことを言う。
「いや、父の心臓に負担をかけるな」
梨花が即座にツッコミを入れてから、改めて彩女と愛香を見る。
「というわけで、お願い。安生4姉妹の“クママネーコーデ”、監修してほしい」
「言い方!!」
彩女は再び頭を抱えたが――
少しだけ考えてから、顔を上げた。
「……でも、ま、いっか」
「彩女?」
「どうせ誰かが変な服選んでても、わたしが止めればいいでしょ。特にルテアあたり」
「えー、もう“暴走枠”扱い!?」
ルテアが抗議の声を上げる。
「愛香は?」
「私はもちろん賛成」
愛香は、ふんわりと微笑んだ。
「せっかくのお父さんの“功績”だしね。形に残るものにするの賛成だよ。
……ちょっと血の匂いしそうなお金だけど」
「愛香ちゃん、さらっと怖いからね?」
彩女が苦笑する。
「じゃあ、土曜は決まりだね」
梨花が、ぱん、と手を叩いた。
「安生四姉妹+彩女+愛香の、ショッピングツアー」
「帰ってから父に報告したら、絶対ニヤけるよね」
友香がにやにやする。
「“それ、クマ何頭分?”とか聞かれたらどうする?」
「絶対聞いてくるだろうなぁ……」
そんな他愛もない会話と笑い声が、昼下がりの教室に広がっていく。
――こうして、“クマより強い父親”がもたらした一千万は。
安生道場の家計だけでなく、
四姉妹と友人たちのクローゼット事情にも、大きな変革をもたらすことになるのだった。